欲していたもの
「「ブルーディー!!」」
テレビやネットで見た街を守るヒーローの登場に子供達の恐怖でひきつっていた顔は一瞬で笑顔に変わり、安堵する。
「シャアァァッ………!!」
片やいきなり蹴りを入れられたヴェノコンダは警戒を強め、距離を取って青き龍をまじまじと観察する。野生の本能が一瞬でただならぬ相手だと、不用意に手を出してはいけない相手だと看破したのだ。
その異なる二つのリアクションを見て、瀕死のショーン・ヴォークスは……。
(なんだこれは……!!)
心の底から悔しがった。
(たった一撃で、姿を見せただけで空気を一変させてしまった。守るべき子供達には安堵を、倒すべき敵には恐怖を……これこそおれがやりたかったこと……!!)
床に投げ出された身体がワナワナと震える。流血のせいでもなく、毒の影響でもなく、ただただ悔しさで……。
「ヴォークス!!」
「た、隊長……」
上の階からビョルン隊長機が降りて来ると、一目散にショーンの下に駆け寄り、彼を抱きかかえた。
「そんなヴォークス……まさかこんなことに……!」
傷口を抑えるが指の隙間から血は流れ落ち、その生暖かい感触がさらにビョルンの後悔を大きくした。
「あんた特務だろ?こういう時、嘆いていればいいって教わったのか?」
「!!?」
アストは今会ったばかりのビョルンが隊長であることも年上であることもその人と成りも全く知らない。ただ彼の知っている特務部隊なら、こんな時に最善を尽くそうと必死に努力するだろうと思ったら、彼らしくない刺のある言葉が出てしまった。
けれど、だからこそ、厳しい一言だったからこそ、ビョルンに冷静さを取り戻させ、奮起させることに成功した。
「そうだ。こういう時は……ヴォークス、一旦ハイヒポウを解除できるか?」
「はい……ハイヒポウ……解除……」
言われるがままショーンは傷だらけの愛機をサングラスの形に戻した。レンズ越しの目は虚ろで瞼が閉じかかり、皮膚からは血の気が引いていた。
「私も……ハイヒポウ解除」
隊長も自分の出した指示の通りに動き、生身を晒した。そして直ぐ様、懐から救命キットを取り出す。
「まずはこれを……ヴォークス、悪いが少しだけ自分で抑えてくれ」
「はい……ぐっ!」
ガーゼや包帯、とりあえず出血を抑止できそうなものを傷口に押し付けると、ショーン自身にそこに当てておけと命じる。
「あとは……マシンを交換だ」
続いて自分のかけているサングラスとショーンのかけているものを取り替えた。そして……。
「音声認識、できてるな?所持者ビョルン・ハンゲランの権限で命じる。ハイヒポウ、今お前を身に着けている者に装着されろ」
サングラスは再び機械鎧に。ショーンの身体をビョルン隊長が纏っていたほとんどダメージのないハイヒポウが覆う。
「これで傷口の圧迫、万全の生命維持装置が働くはずだ。少なくとも出血でどうにかなることはない」
「ありがとう……ございます……」
「礼を言う必要はない。部隊の仲間として当然のことをしたまでだ」
部下の最低限の安全を確保するとビョルンは視線を移動させ、ずっとヴェノコンダを牽制し、接近を許さなかったスピードアストを見上げた。肩越しにこちらを見つめる金色の瞳と目が合うと小さく首を縦に動かした。
「ひとまずこれで……あなたの発破のおかげでやるべきことを思い出せたよ。感謝する」
「いや、オレは何も。そもそももっと早く駆けつけていればこんなことには……!」
アストは悔しさと自分への憤りから拳をギュッと握り、それを僅かに震わした。
それを見てショーンはまた心に激しい妬みの炎を灯す。
(なんだその言葉は……!?もっと早く来ていればだと!?どこまで傲慢なんだ!もうヴェノコンダに勝った気でいるのか!おれとイチタ先輩でも敵わなかったあの怪物に……!!)
「えーと……」
「ビョルンだ、ビョルン・ハンゲラン。これでもイフイ第三ピースプレイヤー特務部隊の隊長をやらせてもらってる」
(ビオニスさんと同じか。道理で雰囲気があるはずだ)
「それであいつは何なんだ?あんた達の相手はチンピラじゃなかったのか?」
「ブルード……君は先ほどの私達とイエローポイズンとの戦いを知っているのか?」
(ヤベ!)
「えーと……今はそんなことはいいだろ!それよりも直近の問題はあいつのことだ!」
「そ、そうだったな……」
(誤魔化せた、セーフ)
内心、失言をしてしまったと慌てふためいていたアストは話の流れが戻ったことに安堵した。
「あいつはヴェノコンダ、イエローポイズンが密輸入したものだ」
「じゃあ、やはりあいつは望んでもないのにカウマに連れて来られて……」
当たって欲しくない予想が当たってしまい青き龍は僅かに目を伏せる。正直、今の一言で闘志は萎えに萎えた。だが、それでも彼の責任感はそこで止まることを許してくれない。
「……奴の、ヴェノコンダの処分は法律的にはどうなる?」
「被害が出てなければ捕獲して然るべき場所に送り返すという話にもなったかもしれんが……」
ビョルンは自らの愛機を纏った部下の姿をチラリと見た。肩で息をして苦しそうだ。
「……この通り、私の部下が二人ほど大きなダメージを受けた。さらに奴を買おうとした者を上階で殺害してしまっている」
「じゃあ……」
「あぁ、カウマの法的にも、国際法でも基本的に人間を手にかけたオリジンズは殺処分だ。仮に無傷で捕まえても、何らかの形で殺されることになると思う」
「そうか……」
アストは同情した。人間の勝手に振り回された挙げ句、人間の勝手で命を奪われる哀れな獣に……。
そして同時にならば自分がと覚悟を決める。
「アウェイクいつもの」
歪な青龍の身体から水蒸気が噴き出し、縮んでいく。比較的人間に、いつものアスト・ムスタベのシルエットに近い通常形態へと移行すると、ゆっくりとヴェノコンダに向かって歩き出した。
「ヴェノコンダ、君には悪いと思うが人間として、法治国家の国民として、倒させてもらうよ」
「シャアァァァァァァァァァァッ!!」
覚醒アストの言葉はわからないが意思は本能で察したようで毒蛇もまた意を決して戦闘態勢に移行した。
首だけをゆっくりと弓を引き絞るように引いたのだ。まるで力を溜めるように、あの時のように……。
(あれはイチタ先輩を一撃でKOした……)
「シャアァァァッ!!」
再び放たれた全身筋肉の身体から放たれる高速かつ重い頭突き!覚醒アストにはヴェノコンダの頭が一気に巨大化したように感じた。
「はあっ!!」
ドゴオォォォォォォン!!
「――シャッ!!?」
「「なっ!?」」
カウンターパンチ炸裂!覚醒アストはあの高速ヘッドバットにベストなタイミングで拳を合わせたのだ!真正面からぶつかり合った拳と蛇頭の衝撃でビル自体が揺れた気がした。
(あれにカウンターを合わせられるのか!?タイミングはもとより相当の腕力がないとむしろ自分の拳が……)
「ちょっと痛いな。さすがに無茶だったか」
「なんと……」
(先輩を倒した一撃をちょっとで済ますのかお前は……!!?)
自分達を遥かに超えるスペックを見せつけられ、ビョルンは呆然とし、ショーンは情けなさに打ちひしがれた。
「シャアァァッ……!!」
一方のヴェノコンダも自分の認識がまだ甘かったと理解する、させられてしまった。
額が割れ、流れる血液が焦燥感を駆り立てるが、理性で抑えつけて再び様子見に転じる。
「臆したか?」
「シャッ!?」
「別に恥じることはないし、できることならそのまま自慢の尻尾を巻いて逃げて欲しい。だが、悲しいかなそれが許される段階は当に過ぎてしまった。全部オレの行動が遅かったせいだ。だからせめて……!!」
「!!?」
覚醒アスト突撃!間合いを一瞬で詰める!
「シャアァァァァッ!!」
それに対し自慢の尻尾とやらで迎撃しようとするが……。
「遅い!!」
ゴッ!ゴッ!ゴォン!!
「――ッ!?」
目にも止まらぬスピードで右フック!左フック!そしてもう一度右フック!ヴェノコンダが動き出す前にアストの華麗なパンチコンビネーションがクリーンヒット!毒蛇の頭を左右に揺らす!
(こんだけ頭を揺さぶれば失神……)
「シャアァァァッ……!!」
「してくれない……」
こちらを睨む人間のものとは違う瞳はきちんと焦点を合わせて、アストの姿を捉えていた。
(気絶させて一番きついところはお役所任せなんてセコい真似は許してくれない。だったら……)
「はあっ!!」
未だ態勢を整えられてない毒蛇に放たれたのは右ハイキック!長く伸びる青い足が再び毒蛇の頭部に衝撃を与える!
ドゴオッ!!
ヴェノコンダは長い身体を空中でくねらせながら勢いよく吹っ飛んだ。
「やったか!?」
遠目から見ていたビョルンにはそれが決着の一撃に見えた。しかし当のアスト本人は……。
(手応え、この場合は足応えがなかった。あの柔軟な身体に衝撃をいなされた)
アストはまだ終わっていないと、即座に追撃に移る。
「シャアァァァァァァァァァァッ!!」
案の定ヴェノコンダは健在であった。すぐに起き上がると尻尾を振り回して牽制する。
「当たるかよ」
けれどアストは人間を遥かに超えた動体視力と反射神経で打撃の嵐を掻い潜り、あっという間にまた毒蛇の前に。
「ほっと!!」
ガシッ!!
「――シャッ!?」
そして機敏に背後に回り込むと蛇の首を腕で締め上げた。
(打撃が通じないなら絞め技だ!このまま血流を止めて意識を奪う!それが無理なら首の骨を折って命を終わらせる!!)
ギリギリと万力のようにゆっくりと、しかし確実に力を込めて絞め上げる覚醒アスト。その背後には彼と同じ思惑を持ったヴェノコンダが尻尾を忍ばせていた。
「ブルード!後ろだ!!」
「シャッ!!」
ビョルンの声は一歩遅かった……アストはとっくに蛇の考えに感づいていたのだから。
バシャッ!!
「――シャッ!?」
尻尾は青龍の首に巻き付くことはできなかった。かつてディオ教の支部長に“無敵の青龍 (インビンシブル・ブルードラゴン)”とまで言わしめた肉体の液体化によって、尻尾を身体から通過させてしまったのだ。
「生憎、オレには絞め技は効かない。不公平だと思うかもしれんが、それが現実というものだ」
グッ!!
「――シャ!?」
文字通り後顧の憂いを断ったアストはさらに腕に力を込めることに集中する。さらに深く、深く腕をめり込ませて……。
ドロッ……
「!!?」
ヴェノコンダの鱗の合間から突如液体が溢れ出す。それは普通の水よりも遥かに……ヌルヌルしていた。
ヌルン!!
「うあっ!?」
「シャアァァァァァッ!!」
滑らかな液体にコーティングされた軟体を拘束し続けることなど不可能であった。いとも容易く青い腕から抜け落ち、ヴェノコンダはアストから離れていく。
「なんだよ……そっちも絞め技が効かないなら先に言っておいてくれよ」
覚醒アストは気だるげに腕を振り、まとわりついた天然のローションを払った。
打撃も絞め技も通用しないならば、あれしかない。
「せめて外から見える傷はできるだけつけないようにと思ったんだがな……」
アストが手を開くと、その中心に水の球が出現し、それが高速で回転していく。回転のスピードが上がるごとに球は薄く潰れていく。最終的に水の球は丸いノコギリのような形になった。
キィィィィィィィィィィィィン!!
ご存知、アスト覚醒体の最強の必殺技“龍輪刃”である。
「シャアァァァッ……!!」
対するヴェノコンダは口を開き、鋭い牙から毒を滴らせると、今までで一番大きく頭を引いた。こちらも最強の必殺技の構えのようだ。
「お互い持てる一番強いカードの切り合いか」
「シャアァァァァッ……!」
「この状況……気分はガンマン、イグナーツを思い出すな……」
最強の一撃を放つ準備を整えにらみ合う両者だったが、ほんの一瞬だけアストは苦い思い出が脳裏を過ったことで集中力を途切れさせてしまう。
その一瞬を見逃さずに先にヴェノコンダが動いた。
「シャアァァァァァァァァァァッ!!」
それは生涯一番の出来、会心の一撃であった。
身体中に織り込まれた筋繊維が最適な力を発揮し、敵に向かって頭部を最短距離で伸ばす……ヴェノコンダはこの土壇場で自分の限界を超えたのだ。
けれどそれでも……それでもいくつもの理不尽な苦難を乗り越えた青き超越者の命には届かなかった。
「龍輪刃」
ザッ!ザシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
射出された極限まで薄く、極限まで高速で回転する水の円盤は向かって来るヴェノコンダの鼻先に着弾すると、イチタ機を一撃で再起不能にした強固な頭蓋骨を切り裂き、そのまま覚醒アストの打撃をいなした柔軟で長い身体をまるで高級なケーキや豆腐を切るように何のつっかえもなく一直線に進んで行き、尻尾の先から再び外に出る。
ヴェノコンダは縦に真っ二つにされ、分断された肉体は静かに佇むアストの左右を血飛沫を撒き散らしながら通過した……。
「こんな形で終わらせることしかできなくてすまない……」
左右に転がるグロテスクな断面図に、青き龍は手を合わせ、せめて魂は安らぎに包まれてくれと祈りを捧げた。
「あれがブルード……ここまで強いか……」
ビョルンは目の前で起きたことが信じられないといった様子で口を開けて、呆然とした。
(あれが……戦闘特化のエヴォリストの実力……!)
片やショーンは重い瞼を必死に開けようとしているができずに薄目で羨ましそうに、そして恨めしそうにアストの姿を眺めていた。
(おれが欲しかったのはやはりあの力だ!どんな悪にも屈しない絶対的な……なのに何故それを持っているのはお前なんだ……!おれにもその力があれば、おれは……)
ここで限界を迎えた。
ショーンの瞼は完全に閉じ、彼の意識は闇の底に沈んだ……。




