決断
「救うかどうかって……助けられるんですか!?みんなを!?」
「本当!?本当に!?」
「適当こいてんじゃねぇよな!?なぁ、おい!?」
このシニネ島出身の幼なじみ三人がテーブルから身を乗り出し、唇が触れそうなぐらいセリオに顔を近づけた。
「お、落ち着け!まずは話を聞きなさい!!」
「うおっ!?」
セリオはそんな彼らを額を押して、力ずくに元の位置に戻した。
「す、すいません……」
「ぼくとしたことがつい……」
「はい、落ち着かせてもらいます……」
「うんうん、落ち着け、落ち着け」
三人は仲良く目の前のコップを手に取り、中のお茶を一気に飲み干した。
「もう……大丈夫です、セリオさん……」
「みたいだな」
三人が平静を取り戻したのを確認して、セリオはついにこの島で起きたことの真実を話し始める。
「まぁ、まずはこのガスティオンのこと……こいつは厄介な生態を持っている」
「生態……?興味深いね。そんなに凶悪なオリジンズなの?」
「いや、ナンジョウ、こいつ自身は穏やかな性格だよ。戦闘能力自体は高いとされるが、そもそも人間のいるところに現れることはないし、見つけてもちょっかい出しさえしなければ、基本的に無害さ」
「無害……じゃあ、何が厄介なんだよ」
「絶命した時……こいつが死ぬ時が厄介きわまりないんだよ、ノスハート」
「死ぬ時……?」
メグミは軽い頭を傾けた。彼からしたら死んだら、それで終わりだ。けれど世界には、オリジンズには彼の想像を遥かに超える現象があるのだ。
「こいつは寿命が尽きた時、全身からガスを噴出する……吸った生物を狂暴化させるガスをね」
「なっ!?」
「こいつが……」
「オレ達の島をめちゃくちゃにした原因か……!!」
アスト達は写真の中のガスティオンを睨み付けた。そんなことをしても意味はないし、写っているのは、自分達が見た個体とは別のものだと頭では重々理解しているが、そうせずにはいられなかったのだ。
「気持ちはわかるが、今言ったようにこいつは死んでいるからな。恨みを晴らすことはできないぞ。それに何よりガスティオンに悪意があったわけでもないし」
「そう……ですね……」
セリオの言葉でアスト達は自分達の心の中に生まれたほの暗い感情を封じ込め、写真から目を離し、彼の方を、前を向いた。
「よし、気持ちを切り替えたな。話を続けるぞ」
「はい……」
「ガスはかなり広範囲に散布されるが、二、三十分ほどで人体には無害になる。君達やわたしが外に出てもなんともなかったのはそういうことだ」
「確かに……ぼく達、こいつを見てから、一時間ほど地下室に避難していたから……」
「けれど、おまけ……というにはタチが悪過ぎるが、ガスは電波障害も引き起こし、それは三日ほど続く。わたしもスマートフォンがいつまでも繋がらないから外に出て、君達に出会ったんだ」
セリオはポケットから未だ圏外のスマホを取り出し、ふりふりとアスト達に見せるとテーブルに置く。そして……。
「で、ここからが本題だ……」
部屋の空気が重苦しくなった。皆がこれから語られることの重要性を本能で理解したのだ。
「もったいぶっても仕方ない……はっきり言わせてもらうが……」
一瞬の沈黙、ゴクリと唾を飲む音だけが部屋に響く。
「狂暴化した島民は治療することが……できるということになってるっぽい」
「よっ!!………しゃあ……なのか……?」
アスト達は島民達の治療が可能だと聞いて、喜びから立ち上がろうとしたが、よくよく考えたら、なんとも歯切れの悪い、というか、できるとは断言していないセリオの言葉に困惑し、再び腰を下ろした。
「それって……どういう意味ですか……?なんで推測なんですか……?」
「なんでと言われても、そのままの意味だよ。理論上は可能ということになってる」
「理論上……?」
「あぁ、昔は為す術なかったんだが、お君達、ブラッドビーストって知ってるよな」
セリオは君達と言いながら、視線は一番の知識を持っているウォルの方に向けていた。ウォルは眼鏡を光らせ、その期待に応えた。
「もちろん!オリジンズの血液を科学的に調整、それを人間に取り込ませることによって、驚異的な身体能力を持つ獣人への変身能力を……ってやつですよね」
「そうだ、それ……」
「元々は人工的にエヴォリストを造り出そうとして始まった研究で、世界各地にいた先祖代々、古代文明の秘法でオリジンズの血を摂取して、獣人に変身能力を手に入れた特殊な少数民族から着想を得て……」
「ウォル!」
「なんだよ、アスト……いいところ……じゃなかったね……どうぞ、続けてください」
ウォルは文字通り肩身を狭くし、セリオは彼にはもう二度とこの手の話は振るまいと胸に誓った。そしてコホンと一回咳払いをして仕切り直した。
「そのブラッドビーストの技術を利用すれば、元になった個体の血液から元に戻す治療薬を作ることができるとされている」
「やっぱり……推測なんですね」
「あぁ」
セリオはアストの言葉を肯定しつつ、目の前のファイルをめくった。そこには別の写真や、古代遺跡の壁画に描かれたガスティオンが載っていた。
「ガスティオンはさっきも言ったが、基本的には人前に現れない。だから、ここに載っているぐらいしか姿を捉えたものはないんだ。当然、生け捕りにされたこともない。治療薬の元となる血液は人類の手に入ったことはナッシング、つまり治療薬が作られたこともゼロだ」
「だから理論上……」
「だから理論上だ」
アスト達の心が暗く沈んでいく……一人を除いて。
「だとしてもよ……理論上できるってなら試してみる価値あるぜ。この島がこんなことになっているなら死体はここら辺に落ちてんだろ?それから血液が回収されて、治療薬が完成することを信じることしかないだろうに、おれ達に選択肢は!!」
「メグミ……」
「そうだよ!あれだけの大きなオリジンズ、本土から来た軍なら簡単に見つけられる!治療薬だって、今のテクノロジーならきっと出来るよ!ねっ、アスト!」
「ウォル……あぁ、そうだ!そうに違いない!」
メグミのポジティブさに当てられ、アスト達の瞳に輝きが戻っていく。けれども、現実というのはそう甘くはなかった。
「盛り上がってるところに水を差すようで恐縮なんだけど、そもそも本土から人が来るまでガスティオンの死体は残ってないよ」
「えっ……」
一瞬、何を言われたかわからず、四人仲良く固まった。
その姿を見るとセリオもこの先のことを言いたくない……が、言わなければならない、選ばせなければならない。
「……死体が残るなら、もっと研究も進んで、きっと治療法も確立している……でも、そうはならなかった。ガスティオンは絶命すると、急速に肉体が分解されていき、コアストーン以外、跡形も残らない」
「死体が……」
「残ら……」
「ないぃぃぃぃっ!?」
セリオは無言で頷いた。アスト達は必死に登って山頂に到着寸前で、崖から叩き落とされた気分になった。
「……もう一度だけ聞きます……聞かせてください……本当に死体は、血液は残らないんですか……?」
「あぁ、多分一日、二十四時間もたない」
「そんなぁ………」
ウォルの身体から力が抜け、呆然としている。一方でメグミはまた一人、気を吐く。
「だったら!だったらよ!今からおれ達がその死体を見つければいいんじゃねぇか!そうだろ、おい!!」
力強い言葉……アストとウォルもそれに乗っかりたかったが、良くも悪くも彼らはメグミより賢く冷静、俯瞰で物事が見えている。
「気持ちはわかるが……リスクが高すぎる……見つかるかもわからないものを探して、この狂暴化した人が溢れる島をかけ回るのは、ゴウサディン一体だけじゃ……」
「それに本土からこの島の状況を確認するために人が来るにしても、何も知らないままだと狂暴化した島民に襲われて……ぼく達のように家に閉じ籠って難を逃れている人達もいるだろうし、早く連絡船で脱出して知らせないと……!」
「ぐっ!?」
アスト達はセリオの選らばなければいけないという言葉の意味を今、嫌というほど痛感した。
「君達にある選択肢は三つ……。
一つは、一か八かリスクを犯してガスティオンの死体を探す。
二つ目は、連絡船に乗ってこの島を脱出して、少しでも早くこの状況を外に知らせるか。
三つ目は、ここで助けが来るまでひたすら待つか。幸い水道は生きてるし、食料の備蓄もある。この辺に人は住んでないから襲われる危険性も少ないから、余裕で一週間、やろうと思えば一ヶ月は持つだろうね」
セリオは親指、人差し指、中指を立てて、宣言通り世にも残酷な選択肢を提示した。
「そう……ですか……」
「で、君はどれを選ぶ、ムスタベ……?」
「えっ?なんでオレ……?」
アストは自分で自分の顔を指さした。彼にはなんでここで自分に振られるのかわからなかった……彼だけが。
「だって、このメンバーのリーダーは君だろ?」
「いや!?そんなこと……」
アストは周りのみんなの顔を一人ずつ見回した。
「まぁ、誰かって言われたらアストだろうね」
ウォルは肯定した。
「ふん!」
メグミは腕を組んで不機嫌そうにそっぽを向いた……だが、否定はしなかった。
「僕も……君だと……リーダーなら君が相応しいと思うよ……」
トウドウも肯定の言葉を発した。
そして、アストの視線は再び目の前のセリオに……。
「というわけだ」
「本当にオレが選ぶんですか……?」
「酷だとは思うが、それがベストだとわたしも判断した。さぁ、どうするムスタベ……?」
「オレは……」
混乱の中、アストは目を瞑って、必死に思いを巡らせた。
脳裏に平和だった、文句を言いつつ大好きだったこの島の光景と、様変わりした今日の記憶が蘇って来る。そして、森の中でのことも……。それが決め手だった。
アストは目を開き、重い口を開く。
「オレは……オレ達はここで助けを待ちます。これ以上、友達を危険に晒せないですし、カウマの人間もそこまで愚かじゃない……きっと今無事な人もなんとかやり過ごすし、本土から来る人も上手くやると思います……だから……!」
「君達もそれでいいんだな?」
「はい」
「わかった」
皆の代弁者であるウォルの返事を聞くと、セリオはゆっくり立ち上がった。
「寝床を用意してくる」
そのまま部屋を後に……。
「あ、あの!!」
「ん、なんだ、ムスタベ?まだ、何かあるのか……?」
真剣な眼差しのアストに呼び止められたセリオは怪訝な顔になった。何を言われるのかと身構える……が。
「いえ……また汗をかいちゃったんで、もう一度お風呂入らせてもらえませんか……?」
セリオの身体から力が抜け、口元が綻ぶ。
「好きにすればいいさ」
そう言ってセリオは部屋を出て行った。
「じゃあ、もうひとっ風呂浴びてくる」
「あぁ」
「ゆっくりしてくればいいよ」
「ふん!」
アストも皆に声をかけられながら部屋の外へ出て行った。
「ふぅ……」
一人になったアストは一息ついた。その顔は自分の決断が正しかったのかと苦しんでいるように見え……なかった。
「これでいい………“お前達”は残ればいい……!!」
アストの瞳の奥で決意が青い炎のように燃えていた。




