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相変わらず上着を着ていないエクエスは、無駄話は要らないとばかりにカリン達との距離を詰め、拳を振るう。
その一撃は魔術によって強化されており、まともに受ければ人間が肉塊に変わるほどの威力だった。
躱せない彼女達は反射的に防壁陣で防いだが、それでもだいぶ遠くまで弾き飛ばされた。
「かったりい」
「ちょっと、お話しぐらいはしようよ」
「してどうするんだよ」
能天気にさえ思えるフォセティの声が、とにかく激しく胸をかきむしる。何故、という思いと。それを上回るほどの怒りがふつふつと沸き上がった。
「裏切ったの……!」
「え? 裏切るも何も、初めから残党なんていないよ?」
首を傾けるフォセティは笑顔でそう言い切った。
「全部、オートマタで動かしてたんだ。仕込みが大変だったよね、ディエフを滅ぼすのに時間かかっちゃって」
「おい、悪趣味だぞ、フォセティ」
「事情くらいは聞きたいと思うかなって」
「だから、それが悪趣味だっつー……ああもういいわ。俺は知らねーからな」
呆れたエクエスが沈黙して首を鳴らしている。
その様子を睨みつけると、彼もまた嫌悪の表情を隠しもしない。
「どういう、こと」
「んとね、魔人って知ってる?」
初めて聞く単語にカリンはフォセティを睨みつけながら無言になる。オグールもまたファルシオンを握りしめたまま睨んでいる。
会話が返ってこないことにフォセティは頓着せず続けた。
「私達、その魔人を駆逐しないといけないの。ほら、魔力に目覚めたって人達」
駆逐。まるで、動物か何かのように考えているような彼女の口ぶりに怒りが募っていった。
そもそも、フォセティとて魔力を扱うのだから、その駆逐対象に己も入るはずだ。
理解できない思考に「頭が狂ったの」とカリンは吐き捨てた。
「え? なんで?」
「フォセティ、あいつらと俺らが同じと思われてんだよ。魔力だって」
「ええー……何それ」
フォセティの声のトーンが一気に下がった。いつぞやカリンが見た冷たい目を向けてくる。
「そんな訳無いじゃん、馬鹿にしてるの?」
「何が、違うの」
「悪魔の力と私達の力を一緒にしないでよ。神への冒涜だよ」
神。そんな存在を彼等は信じているのか。前時代の化石じみた思想を。本格的に彼女の頭が何処かおかしい、とカリンは銃を構え直す。
フォセティに注意を払われていないオグールが動こうとするが、エクエスが察知して動くせいで膠着状態だった。
「もう最悪ー、私、本気出していい?」
「出せよ、初めから」
冷たい目のまま軽くステップを踏んだフォセティの姿がぶれた。
そして、隣のオグールが崩れ落ちる。
胸を抑えている手の隙間から血が。
「やだ、オグールも覚醒しかかってるの? カリンだけとばかり」
「だから、余計なことは言うなよ」
覚醒?
何が、と考える隙もなくやけにスローモーションにフォセティの姿が動いた。
しかし、カリン自身は到底動くことはできそうにない、と確信している。
そんな絶体絶命の中、返って冷静になったカリンのインカムがまたノイズを拾う。
『早く、聞こえるなら応えて』
この声は何だ。
不確定要素の第三者、なのだろうか。ただの幻聴にしてはあまりにも必死だった。
「誰」
その瞬間、声は嬉しさを帯びた。
『ようやく通じた』
謎の声に返事をしたカリンはスティレットの切っ先が目に届く直前に魔術で弾いた。
短い叫びをあげてフォセティがエクエスの前まで吹き飛ばされていた。
カリンは混乱した。デバイス抜きで魔術を使えたことなど無かったのに、思っただけで彼女は魔術を発動させた。
「何が、起きてるの」
フォセティ達が体勢を立て直す前にオグールの元へ駆け寄る。
彼の胸の傷は。また命が零れていく様など見たくなかったカリンが止血をしようとしたところ、さほど血が流れていないことに気付く。
彼の意識もまだはっきりとしており、その目には闘志が宿っていた。
「傷は塞がった」
ファルシオンを力強く持つ彼は、追撃してくるエクエスの拳を刀身で受け止めた。
すぐに飛び退くエクエスと、真顔でこちらを見つめるフォセティが異様だ。この現象を理解できない以上、カリン達も次の手を打ちあぐねる。
『聞こえるかしら』
謎の声がはっきりと何処からか聞こえる。インカム越しではない、すぐ近くにいるかのように。
恐らくオグールも同じなのだろう、彼は目で訴えかけてくる。
『もう返事はしなくていいわ。一度でもパスが繋がれば、途切れないから』
幻聴だが意思をはっきり持っている声だった。声はやや楽しそうに笑う。
カリンは攻撃をしてこないフォセティ達を警戒する。
『ああ、そこの連中にも聞こえているのよ。聞かせているともいうわね。ふふ』
「黙れ」
『さっさと馬鹿なあの子の元へ帰りなさい』
「私の主を愚弄するな!」
『するわよ。だって馬鹿だもの』
歯軋りをしそうなほど激昂したフォセティをエクエスが抑える。そして彼は冷静にカリン達に目を向ける。
「次は殺す。首洗って待ってろ、魔人共」
「認めない! こんなの認めな」
「ほら、一旦退却するぞ」
そう告げて二人は別のポータルを開き、その中へと消えていった。
カリンは彼等が撤退したのを確認して膝から崩れ落ちた。理解が及ばない状況に途方に暮れている。
そんな彼女を支えたオグールもまた、僅かに顔をしかめている。
光の消えたモノリスは稼働音もなくそこにあるだけ。一気に暗くなったこの場所で彼等はお互いの体温だけを感じる。
カリンは手を動かす。
生きている。あれほどまで濃厚な死の気配に晒されたにもかかわらず。また、救えなかったと嘆くことになると思っていたにもかかわらず。
彼女は理由なくオグールに抱きつく。そして、彼はそんな彼女をそっと抱き止めた。
ただひたすら、カリンはこの命があることを喜んだ。