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 悪夢がカリンを苛む。


 泥だらけの戦闘服でカリンは小さく嗚咽を漏らす。体を揺すっても彼は起きない。

 腹部から流れる命の赤。カリンは応急処置をしても間に合わないと悟っている。しかし、感情ではまだ望みがあるのではないかと必死に彼に語り掛けていた。


『起きて、ねえ起きて。お願い、だから』


 失われていく体温と硬直していく手先。無知で何もできない己はただ彼の眼の光が消えるのを見るだけだった。何故、自分はこうも罪を犯すのだろう。自分を庇わなければ、彼はきっと無事だったのに。


 応援隊が駆け付けた時には、カリンは呆然としていたらしい。どうやって基地に戻って来たのかさえ覚えていない。憔悴した彼女がじっと膝を抱えていると、来客が来る。


 ほとんど接点の無かった突撃部隊の隊長。全く表情が動かず取っ付きにくそうに思っていた彼が、何故ここに来たのかカリンには分からなかった。


『オグー、ル……』

『これを』


 言葉少なに握らされたのは、彼のドッグタグだった。僅かに染みになっている部分は指の跡だろうか。

 枯れたと思っていた涙がまだ堰を切ってあふれ出す。


『君が持っていた方が、浮かばれるだろう』


 そう言い残して隊長は踵を返した。



 ***



 久しぶりに寝起きの気分が最悪だったカリンは気持ちを切り替えるべくトレーニングルームで体を動かす。

 余計な事を考えるな、作戦の遂行だけを考えろ。それが今のカリンのスタンスだ。

 筋肉の疲労と充足感に多少の安堵を覚えたところで、例によってフォセティが入ってくる。


「結構、タイミングが被るねー」

「……わざとだったりする?」

「まさかー、さっきエクエスと大喧嘩しちゃって。その憂さ晴らしだよ」


 にこにこしつつも多少空気が穏やかではないフォセティを見て、珍しいこともあるものだとカリンは他人事として思う。

 二人は恋人ではないと公言しているが、お互いに気を許し合っているのは周知の事実だ。噂が事実となる日も近いとカリンは思っている。


 組み手用のオートマタと対戦をしながら、フォセティはカリンに話しかける。


「無神経すぎるって。私、そうなのかな」

「多少は、その気がある」


 彼女があまり人の感情に注意を払わない性格だと、カリンは接していて感じる。よくいえば、無邪気なのかもしれない。しかし、それが癇に障る時が無いとは言えない。


 カリンの言葉を聞いたフォセティは、「そうかー」とオートマタに蹴りを入れた。

 吹き飛ばされオートマタが消える。死亡判定の一撃だったらしい。カリンは悩んでいるらしい彼女にそれ以上の言葉を掛けられない。言葉を求めているような気がしなかったのだ。


 しばらく無言で数体のオートマタを撃破したフォセティは、組み手をずっと見ていたカリンを振り返った。その間際に見たフォセティの表情にカリンの体は反射的に後ずさった。ほんの一瞬。本当に瞬きの間だけだったが、鋭く冷たい目に思えた。


「気が済んだから先に行くねー」


 よほど虫の居所が悪かったのだろう。すぐに元の笑顔に戻ったフォセティは、何事もなかったかのように出ていった。

 カリンは残りのトレーニングメニューを続けることにしてあの表情を振り払った。


 数日後、フォセティが収集した情報の裏が取れたため、ディエフ残党の拠点の破壊工作を決行することとなった。

 相棒の銃を拭きあげてカリンは準備をする。

 この銃は移動しながらの発射には向かない。


 普段から敵に突っ込むオグール達とは違って、接近戦はオートマタとの模擬戦がほとんどだった。不慣れなカリンはもしかすればここで死を迎えるかもしれない。その不安を振り払うように、ドッグタグを握り締めた。


「後方を警戒してくれ」


 短く命じるオグールに頷き、彼の後ろで周囲に目を向ける。

 施設内に残党達を閉じ込めてあの爆発デバイスを起動させる。それが今回のカリン達の任務だった。頭に叩き込んだ経路を思い浮かべながら残党が逃げられないようにバリケードを設置していく。

 異変に気付いた残党は気絶させる。殺しては生命反応を監視していた場合に気付かれる。


 インカムを通じて標的がどこに滞在しているのか把握し、一斉にデバイスを仕掛け、撤退の合図が出される。これで後はポータルを開いて基地に戻ればいい。


 しかし、呪文をいくら唱えてもポータルが開かない。


「どうして!?」

「走れ、爆発する」


 オグールが侵入した出入り口を目指しカリンもそれに倣う。遅れて聞こえてくる起動音に二人は後ろを振り返る。


 デバイスが、こちらに向かってきていた。

 不気味な音を響かせる球体と、そこから節足動物のような足が数本生えて地面を這っている。

 デバイスの不具合が発生したのか――カリンは銃でデバイスを狙撃するが、器用に避けられて弾が当たらない。


「カリン、あの角を曲がれ」

「だけど、あっちは行き止まり」

「どちらにしろ、追い付かれるなら」


 最後までは言わずにオグールは足を速める。

 焦っているカリンはとにかく彼を信じることにして角を曲がる。直後にデバイスも方向転換する音が響いた。先に向かった彼は行き止まりの場所でファルシオンを構えていた。


「壁を撃て!」


 それだけ告げた彼は、カリンとすれ違ってデバイスの方向へ突っ込んだ。

 ゆっくりと、スローモーションのように流れる目の前の光景。彼の言葉を頭が反芻する。カリンは行き止まりの壁にわずかな歪みが生じているのが見えて、銃口をその場所へ向けた。


 耳をつんざくような音と己の魔術が壁に被弾した音。

 その音が混ざり合ったと同時にすさまじい風圧でカリンの体は壁の方向へと押し出される。鉄の壁に思えたそれは砕け、広い空間へと続いていた。

 転がり込んだ二人は急所を庇いつつ投げ出される衝撃に耐えた。


「いきて、る?」

「ああ、何とかな」


 お互いに裂傷や火傷の跡はあるが致命傷は避けられた。

 それだけで済んでカリンは場違いにほっとしてしまう。まだ、緊急事態であることは変わりないのに。


 オグールはすぐに立ち上がり周囲の状況を確認する。

 広い空間だ。そして、操作パネルや巨大なモノリス状のデバイスが点在している。それらは淡く光っており不気味でさえあった。

 恐る恐るオグールが触れると、微かな起動音がした。しかし、特に何かが発動することは無く、音がするだけだった。


「旧式のデバイス、か」

「旧式、というと。演算処理に使っていただけの物?」

「そうだ。だが、何故こんな化石を……」


 物陰に敵がいないか一歩一歩慎重に二人は歩いた。人の気配はしない。見える範囲には敵がいない。


 デバイスは全く埃をかぶっている様子がない。誰かの管理が行き届いている。つまり、残党にとって重要施設なのでは、とカリンは頭を巡らせた。


 端まで歩いた彼等は出口を探すも壁があるだけ。カリンはこぶしを握り締めて壁を叩く。

 オグールはそんな彼女の様子を見ながら目を細めた。


「爆発デバイスの不具合なんて、最悪」

「……一つ、いいか」


 苛々している彼女にオグールは淡々と、しかし真剣な空気で話し始める。


「道すがら、残党達の意識を狩っただろう」

「それがどうしたの」

「あの残党達は、恐らく人間ではない。オートマタにホログラムを被せた物だ」


 目を見開くカリンに、オグールが空いている手に視線を落とした。


「殴った時の感触が人間のそれではなかった。精巧に作られてはいたが、あれは違う。血の通わない偽物だ」


 どういうことなのだろうか。カリンは俯き加減に目を閉じる彼の言葉が何を示しているか分からない。

 いや、思考がそれ以上進むことを拒否をしている。

 そしてその答えがすぐそばまでやって来た。


「ちっ、まだ生きてたか」


 軍靴を鳴らしてそう言葉を投げつけてきたのは。


「ん-、ごめんって。本当にごめんって」

「ったく。計画がパーじゃねえか」

「だってそこまで目敏いとか思わなかったんだもん」


 見知った声。見知った姿。しかし、カリンは全然彼等の事など知らなかったのだ。

 オグールはファルシオンを構えて姿勢を低く取った。


「お前達が、ディエフのスパイか」


 そこには――フォセティとエクエスが居た。

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