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アダイルのとある都市。
カリンは目立たないよう外套を羽織り、隣にいる男性に目を向ける。彼女と同じような外套の下にファルシオンを佩くこの男はカリンの同僚だ。
いつも表情はオートマタめいている。それでも、無駄口を叩かないだけで感情は持っている男だ。
今回はディエフ残党の支援者が標的だ。
後方支援の人間まで手に掛けるのは、カリン個人としてはあまり気が進まない。しかし、物資を提供することで利益を得ている以上は、そこに正義はない。あるのは欲望だけ。
「オグール。私は位置につくから、警戒お願い」
相手にそう伝えると、首肯してカリンの後方を警戒する。
慣れた手つきでケースから取り出した銃を組み立て、彼女は精神を落ち着かせた。今回は攪乱の為に多方向から空砲も交える。そうカリンが立案した。その時を待ってじっとスコープを覗く。
出てきた要人と周囲の護衛。やはり、魔術を使える人間が配置されているという情報は正しかった。話しているわけではないのに唇を常に動かしているという事は、防御壁の呪文を唱えている。
短くインカムに「構え」と声を伝える。そして、カリンは引き金を引いた。
爆発の魔術ではなく、今回は弾を強化しただけ。これで組織にたどり着くまで時間が掛かるだろう。地位のある人間の敵はいくらでもいるのだから。
被弾したことを確認し、幾つも鳴り響く銃声を背にオグールと共にポータルで脱出した。
続々と帰ってくる狙撃班。
しかし、一組離脱できなかったのか、帰ってこない。
まさか、誰かに見つかったのか。
心臓が大きな音を立てる。言いようもない焦燥感を抑えつけて残りの一組に通信を送る。
「応答して」
『――、――』
「何があったの」
インカムの受信範囲を広めたカリンは雑音が酷く入り乱れていることに苛立ち、声を荒げる。
もう一度ポータルを開くか。しかし、既に捕縛されているか殺されていた場合は無用な犠牲が生まれるだけ。
無感情なオグールが彼女の肩を叩き首を振る。諦めろと、そう無言でカリンは告げられた。
作戦は失敗だ。組織内の情報を知られてしまった可能性も考慮しなければならない。自分の不甲斐なさに苛立っていると、インカムに全く知らない声が混入してくる。
『早く――』
女性の声?
しかし、例の一組は男性のペアだったはずだ。支援者の護衛も全て男性。ではこの声は一体。
「誰。誰なの」
カリンは強い口調で語り掛けたがその後インカムは沈黙した。
そして、最後の最後で失態を犯したカリンは会議でつるし上げられた。
「おい、カリン。分かってんだろうな」
タンクトップ姿の男性がカリンを睨みつける。普段からこの男性と彼女は折り合いが悪い。
今回は弁明の余地はない。作戦の穴を認め大人しく叱責を受けるしかない。現場に残された彼等がどうなったかは想像もしたくないカリンだが、挽回の為に作戦の修正を考えねばならない。
「損壊は計り知れない。どう責任取る気だ、てめえは」
「こらー、エクエス。責任の押し付け合いは建設的じゃないぞ」
フォセティが間に入って男性を宥める。
男性は虫唾が走ったように顔をしかめるが、その言葉に深呼吸した。
「だがよ、これで警戒を引きあげられたらどうするんだ」
「そこで私に考えがあります! 聞いてくれるかな?」
仲間が死んだかもしれない事を忘れたような笑みのフォセティに、カリンは言いようもない苛立ちを覚える。
この奇妙な苛立ちはどこから来るのか。ストレスが掛かっている状態だからか、と客観的に納得させて言葉の続きを待つ。
「私の部下が追尾機能付きの爆発デバイスを作ったんだ。それを、残党の拠点に仕掛けるの」
「拠点の位置とか分かってるのか?」
「ふふーん、バッチリ!」
顎に手を当てて何かを企てるような笑みをするフォセティ。
爆発物を作成した研究者によれば、この爆発物は標的物を認識して近づいたら自ら飛び込む。オートマタに近いが、とにかく速さに特化させたもので、初見で対処方法を見抜くことはまず無理だという。
「どうやって標的物を認識させるの」
「このデバイスは見た目を記憶できるんだ。だから、残党の構成員の顔をね」
そんなのが都合よく手に入るのか、というカリンの次の質問には先回りして顔データをフォセティが幾つか用意してきた。
「ほら、これね。全員じゃなくても、主要人物さえ居なくなれば一気に戦力が落ちるかなって」
確かに指揮系統が混乱すれば容易に一網打尽も不可能ではない。
しかし、カリンは直観的に何かがおかしいと感じている。何が――何かが。
「その情報元は正しいのか」
オグールが平坦な声でフォセティに確認する。長いまつ毛に彩られた丸い目を瞬かせる彼女は手を叩いて頷く。
「んー、スパイが偽情報を掴まされてないなら」
「先に情報の精査が必要では」
「そうだな。俺もそう思うぞ」
オグールの言葉にエクエスも賛成する。
少しだけ顔を曇らせたフォセティ。やはり、さすがにそう簡単には敵も尻尾を出すはずがない、とカリンは納得した。
そのスパイからの情報に確証が持てればフォセティの作戦を決行することになった。
心底疲れたカリンは会議が終わり一人自室に籠った。
自分のせいで。自分の詰めの甘さのせいでまた命が失われた。ミスリルのドッグタグを握り締めて彼女は口を震わせて涙を流した。その行き場の無い怒りが彼女を苛む。
『早く――、――て、応えて』
やはりどこからか聞こえる幻聴のような女性の声を無視して、カリンはそのまま眠りについた。