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弱虫な僕ら

作者: ロゼ

彼女は毎日夜の7時から8時の間にやって来る。


パンかおにぎりを2つと缶チューハイを1本を買って帰る。


切れ長で涼し気な目元、少し高くて筋の通った鼻、薄い唇には暗めのピンクの口紅。


パンツスーツにパンプス、髪はきちんと1つに纏めている。


少しキツめに見えるが実は猫好きで、店の前によく居着いている猫を撫でるのを楽しみにしている可愛い人だ。


名前も知らない彼女の事を僕は密かに想っている。


しがないコンビニのバイト店員に想われてもきっと彼女は迷惑なだけだろう。


彼女はきっと、きちんとした社会人で、僕のように面接に落ちまくっている駄目な人種とは違うのだろうから。


そして何より僕には彼女に声を掛ける勇気すらないのだから進展するはずもない。


彼女は雨が降ると少しだけ店にいる時間が長くなる。


雑誌コーナーでパラパラと雑誌をめくりながら時間を潰して「長居してごめんなさい」とでも言いたげな顔をしてペコっと頭を下げて帰って行く。


毎日雨が降ればいいのに。


※♡※♡※♡※♡※


お気に入りのコンビニがある。


少し気の弱そうな、でも優しい笑顔の店員さんがいて、猫が居着いているコンビニだ。


猫は良い。


柔らかい毛並み、少しツンとした態度、愛らしいフォルム。


全部が好きだ。


でも私の住むアパートはペット禁止だし、仕事に没頭すると周りが見えなくなる私だからペットなんて飼う余裕はない。


あのコンビニで猫を撫でる時間が最高の癒しだ。


それに、あの店員さんも…


乱暴な客に何を言われても嫌な顔をせずにきちんと対応する姿は好感しか持てない。


何より猫に優しいのはポイントが高い。


でもあんなに優しい人なのだから、きっと素敵な恋人がいるだろう。


性格がキツそうだと距離を取られる私なんかと違って、あんなに穏やかで優しい笑顔をする人なのだから。


1日の終わりにあの店員さんに会えて猫にも会える。


それだけで満たされている私の事なんて知る由もないのだから。


※♡※♡※♡※♡※


その日は酒臭い男2人がずっと店に居座っていた。


店長もいたのだが「ほっとけばいい。関わるとろくな事にならない」と言うのでそれとなく警戒はしつつもそのまんまにしていた。


そろそろ彼女が来る時間だ。


今日だけは来なければいいと思った。


あんな男達がいては彼女に危険が及びやしないか心配だった。


7時半過ぎに彼女はいつもの様に店に来た。


おにぎりを2個手に取り缶チューハイに手を伸ばした時、あの男達がニヤニヤしながら彼女に近付いて行った。


咄嗟に体が動いていた。


彼女の腕を掴もうとした男の前に立ちはだかった。


「何だ?!店員が出しゃばって来んじゃねーよ!」


男に胸を強く押されたが怯まなかった。


ここで怯んでしまえば彼女が危険になる。


それだけは嫌だった。


もう1人の男は床に座り込んでゲラゲラ笑いながらこっちを見ている。


「ヒーロー気取ってんじゃねーよ!」


男はそう言うと僕に殴り掛かって来た。


彼女の悲鳴が店内に響いた。


「たかが店員風情がお客様に楯突いてんじゃねーよ!」


3発程殴られ無様にも床に尻もちを付いてしまった所に蹴りが飛んで来て腹に鈍い痛みが響いた。


店長が呼んだ警察が来るまでの間、僕はやり返す事も出来ないまんま殴られ蹴られた。


こんな僕を彼女は泣きながら真っ青な顔で見ていた。


「ありがとうございます」


彼女に泣きながらそう言われたけど、ただやられっ放しで情けない姿しか見せられなかった自分が恥ずかしくて、彼女の顔も見れなかった。


※♡※♡※♡※♡※


酔っ払いに絡まれそうになった所を助けてくれたのにただ「ありがとうございます」しか言えなかった。


私に害が及ばないように身を呈して守ってくれたのに。


人が目の前で殴られる光景が怖くて止める事も出来ず、ただ悲鳴を上げて泣いていただけだった。


いざと言う時に動けない。


それが私。


昔からそうだった。


仲のいい友達が虐めにあっていた時も怖くて何も言えなかった。


もっと早くに助けられたはずなのにそれが出来なかった。


そんな自分が大嫌いだ。


キツい性格をしてそうだと言われる見た目をしていても中身は弱虫で、あと一歩が踏み出せない。


手を差し伸べる勇気がない。


今度彼に会ったらもう一度ありがとうと言おう。


言葉だけじゃ足りないから何かお礼もしよう。


そう思っていたのにそれから彼を見掛けなくなった。


店長さんに聞いたら肋が折れていたそうで「迷惑はかけられない」とお店を辞めてしまったのだそうだ。


私の心にぽっかりと穴が空いた気がした。


ああ、そうか、私、あの人の事好きだったんだ。


今更気付いてももう彼には会えない…


馬鹿みたいに泣きながら家まで帰った。


※♡※♡※♡※♡※


店長に絶対に行けと言われて病院に行き、肋が2本折れていると診断された。


バイトの内容的にレジ打ちだけしていればいい訳じゃなく、品出し、在庫チェック、倉庫整理、ゴミ出し、店内清掃、他にも結構やる事の多いコンビニでは僕みたいな状態だと役に立たない。


「治った時にまだ人がいなかったらまた雇ってください。迷惑は掛けられませんから」


店長にそう告げてバイトを辞めた。


仕事中の事故の様な物だったのでバイトだったが労災扱いとなったが、休業補償は店長が渋っていたのを過去に見た事があったので期待出来ないと判断しての結論だった。


労災だけでも扱ってくれただけマシだ。


前のバイト先ではバイトには労災なんて使って貰えなかったのだから。


ただ、こんな形で僕が辞めた事を知って彼女が気に病まないかだけが心配だった。


今日も彼女は店に来ているのだろうか?


彼女が訪れる時間になるとそればかりが頭をよぎった。


可能性なんてない恋だったはずなのに僕は僕が思うよりずっと女々しいようだ。


※♡※♡※♡※♡※


あれから何となく世界は色褪せて見えた。


仕事に没頭すれば忘れられると思ったのに、気が付けば彼の笑顔を思い出して胸が苦しくなった。


大好きな猫を撫でても満たされるのはその時だけで、すぐに彼の笑顔が浮かぶ。


1人の部屋がやけに寂しくて悲しい。


ずっと1人だったのに何でこんなに寂しいんだろう…


心に空いた穴からはヒューヒューと音を立てて風が吹いているみたいだった。


彼がいないと分かっていても私はコンビニに通い、行く度にいない事を思い知らされては打ちのめされる。


それでも何となく彼がいる気がして通う事を止められない。


私って結構粘着質だったんだな…


乾いた笑いが口をつく。




今日もまたコンビニに足が向いていた。


いるはずがないと分かっているのに。


自動ドアが開き「いらっしゃいませ」と声がした。


俯いていた顔を上げると、柔らかい笑顔の彼がいた。


ドクンと心臓が跳ねる。


目の前が霞み視界がぼやける。


「どうしました?」


慌てて駆け寄って来た彼に、泣きながら笑顔を見せた。


「ずっと会いたかったです」


涙で滲んだ視界では彼が今どんな顔をしているのか分からなかった。


何となく書いてみたので色々と荒だらけですが温かい目で読んでいただけたら有難いです。

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