十月 四
「それで、話って何?服部くん。」
放課後の教室、杏色の夕日に照らされながら、高橋は服部に尋ねた。
「高橋、急に呼び出してすまん。少し話がしたくてさ。」
緊張を悟られないよう、精一杯平然を装うとするが、声は少し震えている。
服部はいつも、抱いた恋情を自己完結しようとする。もちろん、それで満足だからという訳ではない。どうせ無理だと諦めてしまうのだ。そのため、人より顔立ちの整った服部は想いを伝えられることはあっても、人にそれを伝えたことはなかった。
「実は俺、お前のことが好きなんだ。」
「えっ…」
2人の間に一瞬の静寂が生まれた。しかしその静寂を感じる間もなく、服部は続ける。
「気持ち…悪いかな、でも、本当に好きなんだ、急にそんなこと言われて困るかもしれないけど、でも、えっと、」
感情が溢れ出す。恋情だけでなく迷いや不安も一緒になって流れてゆく。
「からかってる訳じゃなくて、嘘偽りなく君のことが好きなんだ、たまらなく、本当に...。」
募っていた感情がとめどなく溢れ出てゆく。
伝えたかったことを一頻り吐き出したところで、服部はハッとする。
強ばっていた肩の力を少し抜き、いつの間にか足元へ向いていた目線を、少しずつ、少しずつ上げる。
高橋の顔は、思っていたものと違っていた。というより、何を想像していたのか忘れるくらいに、何故そのような顔をしているのか分からなかった。
―高橋は、哀愁を漂わせながら、微笑んでいた。
何も言えなくなっていた服部に、高橋は優しく微笑みながら言った。
「…ありがとう。実は私も、服部くんのこと好きだったの」
「えっ、本当に?」
「うん、だから凄く嬉しいよ。でもね、ごめんね…。」
断りながらも、高橋は微笑んでいた。
服部は、高橋が嘘をついてるようには思えなかった。だからこそ、なぜ「ごめんね」と言ったのか分からなかった。
「ど、どうして、俺達が男同士だからか?」
服部は咄嗟に言った。すると、高橋はより哀しそうな顔をした。
「君は…男を好きになったんでしょ?」
「それは、高橋もだろ?」
訳も分からず服部は答えた。
高橋は、その返事が返ってくることを分かっていたかのように少し笑い、目を潤ませた。
「…だからだよ。」
そう言い残し、教室から去っていった。
服部は、後を追わなかった。追えなかった。追ってどうしろと、何も理解できず何を伝えろと、これ以上は高橋を傷つけてしまうだけだろう。
服部は茫然と立ち尽くし、赤い赤い西日を見つめていた。