1-40 王太子の憂鬱
そして、翌日にはベロニカさんは常態に復帰していた。
立ち直り、早っ!
しまったな。
こんな事ならば、あの痴態をもう少しじっくりと楽しんでおくのだった。
私といえば、当然のように『ミス・ドリトル』として復活し、騎士団のお馬さん達と再会を果たしていた。
『サヤー』
『おねたん、おねたん、おねたん』
『ニンジーン』
そんな可愛い奴らと遊びつつ、そして一つだけ以前と変わった事として、おチビのチュールを屋敷から連れ出してもいい許可をもらったのであった。
まあ基本的な行先が、自分の家の跡取り息子がいる勤務先なんですけどね。
一応はあの子と会話の出来る保護者付きの馬車による送迎付きですし。
本日の活動メニューは、試食係二名の監視付きで騎士団の厨房でシュークリーム作りだった。
ベロニカさんは以前ほど壊れていないけど、やはりシュークリームには執着していた。
作り方を覚えてもらうために、ここの料理人さんも一緒にやっている。
普通のシュークリーム自体の作り方はそう難しいものではないので。
まだ小学生の、私の弟にも作れてしまうくらいなのだから。
あれで、なかなか結構美味しいのを作ってくれる。
そのように私が仕込んだのですが。
「どうでもいいけど、ここのメニューって、さすがに肉ばっかり偏り過ぎていない?」
「ああ、それはなんというか、あの筋肉騎士団長の方針でね」
「そうだったのか……」
さすがに栄養学を学んできた訳ではない、そういう事は家庭科で勉強した程度の中学生レベルだったので、彼を説得するほどの根拠には乏しい。
だが、公爵家の食事はよく栄養バランスが取れているから、その辺を考えると騎士団本部の食事はアウトだ。
しかも騎士団本部の料理人には、そのあたりの知識と自覚があるのがまたね~。
「サヤ殿からも少し騎士団長に言っていただけませんか?」
なんと料理長さんからも、そんな事を言われてしまった。
「むーりー」
私は、ちゃんと家からお弁当をいただいてきているのだ。
きっちりと他人事なのです。
もちろん、チュールの分もちゃんとお弁当はあるしね。
「まあ、それはさすがに少し難易度が高いですよね」
「そこを少しと言い切っちゃう辺りに、この小娘とは違ってベロニカさんには年季というか風格すら感じますね」
「まあ、あれと仕事で毎日顔を突き合わせていれば嫌でもね」
「うん、この間の旗の一件を見ていただけで、もうお腹いっぱいですね」
副団長様も、その辺りの事はあまり気にしない人だからな。
あの人の場合は、朝晩ちゃんと栄養たっぷりに食事をしているから気にならないのだろう。
むしろ仕事柄、昼は蛋白質の豊富な肉ばっかりでも丁度いいのかもしれない。
あの人もイケメンのくせに、これまたよく鍛えたいい体をしているのだ。
ああいうのって服の上からでもわかるんだよねえ。
うへへへへ。
結局、騎士団旗勝負はうちの騎士団が勝ったので第二王子の面子は丸潰れとなり、向こうの国からの第二王子への信用も大きく低下したらしい。
だが、それで諦めるような人ではないようなのだが。
かなり執念深い性格なものらしい。
関わったら負けって感じのタイプだ。
私は王宮なんて絶対に行かないからな~。
そして、ごく普通に騎士団本部に現れちゃう我らが王太子殿下。
うーん、やっぱりイケメンだわ。
騎士団員からも慕われている感じだ。
第二王子の方は、騎士団員からもビビられているというか、単に嫌われている感じなんだけど。
「よーし、これで騎士団の分のおやつはOKかな」
「俺の分は?」
こんな事を言いだす人が今日も来ていた。
「あのー、それは王宮の料理人が作るんじゃないんですか⁉
実の弟からいつ毒殺されるかもわからないような人物に気安くお菓子の差し入れが出来るほど、こっちは肝が太くないんですがねえ。
いつも傍にいて例の回復魔法を好きにかけられるのなら別ですけど?」
「はっはっは。
実はな、今日はその件で来た。
お前の例の奴を聖水にしてくれんか。
騎士団旗の件で、あの馬鹿から相当恨まれているようでなあ。
もう毒見役が三人も殺されているのだ。
あの旗はお前の仕業だからな。
責任をとってくれ。
いや、さすがに参ったぞ」
「うわああああ。
さすがに、そこまでは責任取れませんよー。
まあ、聖水くらいならいつでも作りますがね」
なんという事か。
このままだと毒見役が誰もいなくなっちゃうので、もしかすると毒見役用の回復用聖水が要るのでは⁉
さすがに、そこまで毒見役が死にまくっていたら王太子の威信に関わりそうだし、みんな毒見役をしてくれって言われたらビビっちゃうよね。
もしかしたら、それが狙いの毒攻勢なのかな。
「あと悪いんだが、ちょっと俺の飯を作ってくれないか。
今は信頼できる奴の飯でないと、簡単に食い物を口に出来る状況じゃなくてなあ……腹が減った。
ここの俺とは関係ない騎士団の料理人にそんな重責を負わせるのは、王太子としてさすがに忍びない」
「もう! それ、私ならいいんですか⁉」
「お前のような特殊な回復魔法持ちが俺を暗殺しようとしていると言う方が無理過ぎる。
そもそも、お前自身が俺の一派である実弟の預かり案件ではないか」
「まあ、そう言ってしまえばそれまでなんですがね。
あなたを暗殺しても、私には不利益しか巡ってこないですから」
《俺の飯を作ってくれないか》
せっかくの超イケメンな王族から、女の子にとって憧れの台詞をいただいてしまったというのに、それがえらく切実で、またすこぶる残念な理由からだった!
まあお気に入りのイケメンから頼られてしまった事に関しては、存分に心を奮起させましたけどね。
「じゃあ、ちょっとご飯を作るまでこのシュークリームで凌いでいてください」
『サヤー、僕も食べる~』
「はいはい」
そして、イケメン王子様が可愛らしいモフモフと一緒にシュークリームを齧っているという、私的には超御褒美でしかない光景を横目で睨みつつ、速攻で御飯を作り出した。
「ねえ、王太子殿下。
収納の能力は持っていますか」
「そんないい物を持っているのは、お前ら稀人くらいのものだ」
「そうでしたか。
じゃあ作り溜めをして御飯を持たせるのは無理そうですね」
「お前、しばらく侍女として俺のところに来てくれないか?
回復役も兼ねて」
「さすがにそれは無理でしょう。
それで私がうっかり第二王子に目でも付けられでもした日には、この王国的に悲惨な事になりますよ?」
「まあ、それもそうなんだがなあ」
「とりあえず、(エセ)聖女小夜の愛情御飯、お召し上がりになあれっ!」
当然、御飯はオムライス大盛り。
この世界には、ちゃんと美味しいお米があるのだ。
もうそれだけで幸せっ!
あれって御飯に肉・野菜に卵と、結構見た目よりも栄養たっぷりなのだ。
チャーハンなんかもそう。
自分で作ってみればわかる。
結構な量の肉や野菜を刻まねばならぬ。
さすがに中華は私にはキツイけどね。
女が真面に本式のチャーハン作りをやってたら、そのうちに腕を疲労骨折しちゃう。
女の人が中華鍋を振るって本式にチャーハンを作るような時は、たぶんアルミ製と思われる、見た目で軽いと一目でわかる軽量の中華鍋を使うのだ。
この世界にはそんないい物はないし、中華出汁もないから全部自分で作らないといけないんだよね。
そんなレシピの知識はないし。
そもそも、まず中華鍋を作るところからスタートなのだからハードルが高い。
そしてオムライスには、ケーキ用の鉄製絞り金口と薄手の革袋による絞り出し器で、何故か存在するケチャップを用いて絵を描くのだ。
「小夜の特製オムライス、美味しく美味しく美味しくなーれ!」
絵で描いたのは、リュールさんっぽい奴だけどね。
おチビの方には、ちゃんと本人であるチュールの絵を描いてあげた。
だが、もう一人一緒にいた奴からクレームが付いた。
「ねえサヤ、私の分が無いのですが」
「う、そう来ましたか。
もうベロニカさんはしょうがないなあ。
じゃあ今から作りますから待っててね」
「済まん、ついでに俺の分のお替りも頼む。
夕べから何も食っていなくてな。
大盛り一皿では足りそうもない」
『チュールもお代わりー』
「ああ、はいはい。
ちょっと待っててね~」
本日、王族より受けた聖女業務の前に、料理人の仕事の方がなかなか片付かないようです。




