1-14 騎士団へ
「では王国騎士団の本部まで一緒に行こう。
身分証の発行並びに、君の部屋の手配をしなければならん」
「はーい、わかりました」
「ん? 君、荷物は?」
「あ、これは内緒にしてください。
私、収納の能力がありますので」
「なんと! 君は一体何者だ」
「一介の外国人の少女ですが、それが何か。
少なくとも、この国の敵ではない事は確かですが。
それなら、あの羽根なんか絶対あげません。
それに敵なら、自分の能力をあなたのような役職の方にバラしたりはしません」
「まあ確かにな。
わかった、騎士団の恩人を特に詮索はしないよ。
少なくとも、君が他国の間諜のような人間でない事は一目でわかるのだし」
「おや、そのような事が簡単にわかってしまうのだと?」
それはちょっと気になるなあ。
このような胡乱な世界にて、自分の情報がスイスイと流出しているなんて聞き捨てならないですから。
是非とも追及しておかねば!
「ははは。
何しろ君と来たら、なんというかもう、お上りさん丸出しで非常に危なっかしい。
こんな女の子が一人で王都を出歩くなんて大丈夫かと、傍から見ていて心配になるほど頼りない。
あまりにも隙だらけで、悪い連中が一発で目を付けるだろう」
「うわあああ」
この人ってば、笑顔眩しいイケメン・フェイスでなんて事を。
言われてみれば、まさにその通りなのですが。
くそう、せめてあの風の刃をもっと習得しておくのだった。
でもあれ、私には凄く難しいんだよね。
ガルさんが言っていたみたいに方向性が違うっていうか。
要は適性がないともいう。
「あとだな、そのような身のこなしでは間諜どころか、ここの門番すら務まらない。
そういう振りをしていると疑う事すら完全に無理なレベルで。
悪いが、君に敵性要素は欠片もないよ」
「ガーン」
「さっきのヘンリック爺さんなんか、もう正規の兵士を引退したから、仕事口を与えるためだけにここへ配置されているくらいなのだが、その彼の足元にすら大きく及ばないだろうね」
ううっ、まあ敵として疑いを持たれるよりはよっぽどいいのですがね。
何しろ、身分証すら持っていない余所者なのですから。
しかし、定年爺さんよりも遥かに格下扱いなのか、私。
「はは、まあ女の子なら、それくらいでちょうどいいさ。
うちにも女性騎士はいるが、さすがにアレにちょっかいをかける猛者はいない。
おっと、こいつは内緒でな」
私はクスクスと笑って悪戯っぽく言っておいた。
「ふふ、口止め料は高いですよー」
「はは、怖い怖い」
このようなスーパー・イケメンな公爵家の跡取りと気楽に軽口が叩けてしまえるとは、異世界もそう捨てたものじゃありませんね!
それから外へ出ると、物凄く立派な馬車が待機していた。
その辺のボロ馬車と違ってピカピカで、なおかつ立派な紋章が入っているので、リュールの家の馬車なんだろう。
馬車の中の内装もなかなかの物だった。
「へえ、立派な馬車だなあ」
「まあ、これは我が家の物だ。
今は門の方に詰めているから、こうやって入用になる事もあるので乗ってきている。
騎士団は、もっぱら馬に乗るからな」
「なるほど。馬かあ」
「馬には乗れんのか?」
「無理です。
でも馬の鼻面を撫でるのは好きです。
あ、この馬車の馬を撫でるのをうっかりと忘れていました。
なかなか可愛い奴なのに」
「はは、そいつはまた後にしておくれ。
では、アルバート。
馬車を出しておくれ」
「は、リュール様」
しかし前方からは馬達の、こんなのんびりとした会話が聞こえてきた。
『なあ、兄弟。
そろそろ、野菜の美味い季節がやってくるよな』
『ああ、干し草なんか糞くらえだ。
あんなもんばっかり食っていると死にたくなるぜ。
ああ、人参が食いてえ』
『ああ、甘く瑞々しい春人参。
誰かおやつにくれる人がいないかなあ』
私は思わずクスっと笑ってしまった。
たとえ世界は変われども、馬には人参ってかー。
可愛いなあ。
「人参かー。
この街で手に入るお野菜の種類の確認もしないとな」
「なんだい、君は野菜が好きなのかい」
「ええ、それに動物に上げると喜びますし。
私、動物が大好きなんですよ。
それに馬って、人参が大好物なんですよ、知っていました?」
「ああ、そういや人参も食べるんだったな」
(駄目だ。
この人、騎士のくせに馬心がまったくわかっていない。
日頃からちゃんと可愛がらないと、いざっていう時にちゃんと働いてくれないぞ)
そして流れる街並みを車窓から眺めながら、ぼんやりと考えていた。
今までは大変過ぎて、あまり考えられなかったような事を。
今頃、家では心配しているだろうな。
学校のみんなも。
高校、入ったばっかりだったのに。
本当にもう日本には帰れないんだろうか。
それに、あの青い鳥。
あれは一体何だったのだろう。
「ん? どうした、ボーっとして。
気分でも悪いのか」
「あ、ああいえ別に。
この馬車って随分と乗り心地いいんですね」
「ああ、これは高級品だからな。
各部の作りが普通の馬車とは違う。
飛ばしていなければ、そうそう揺れる事もないはずだ。
ここは王都だからな。
地方都市へ行くと、舗装も荒れているだろうから、また事情が違うと思うが」
「へえ」
ここの道路は、馬車が互いに余裕を持ってすれ違う事を前提に作られているようだ。
その端を人が歩いている感じで、ローマ帝国の大都市にはあったという、高さのある歩道などはない。
規格に沿って道が作られ、区画が整理されているようだった。
きっと固定資産税に相当するような税金などもありそうだ。
もし、家を買うような事にでもなれば、いろいろ調べてからの方がいいかな。
税制の優遇措置なんてものさえあるかもしれない。
飛ばしている馬車はいないので、速度制限が厳しいのか、あるいは日本の江戸時代みたいに交通の罰則が厳しいのかもしれない。
あれは馬なんかの事故で人死にが出ると、運行していた責任者が死罪になったはず。
だから暴れ馬が出ると「誰か止めてくれー」って、叫ぶんじゃなかったっけ。
だがそのような事も一切なく、異世界の春は麗らかな陽気に包まれて、私もつい微睡んで眠くなってしまっていた。