1-13 イケメン面接
彼は落ち着いて体面に座り、まず取り乱した事への謝罪をしてくれた。
「いや、済まない。
何分、切羽詰まった状態だったのでね。
そうだ、君の名前は?」
「愛土小夜、いえサヤ・アドですわ」
「サヤードか、いい名だ」
あー、また何か勘違いしていらっしゃる。
まあいいか、でも身分証の名前がなあ。
「名はサヤ。姓はアドです」
言い直しておいた。
こうしてカタカナにしてみると、あたしの名前って日本人に聞こえないかも。
他に日本人がいたとしても、日本人名として認識されないのかもしれない。
「そうか、失礼した。
ではサヤ、例の羽根を騎士団に譲ってもらえないだろうか」
「それは別にいいのですが、何故?」
私はあのガルさんの残念ぶりをよく知っている。
彼はイケメン・ガルーダで、あの羽根は最高に綺麗なのだが、何故かそれよりも、まずあの残念ぶりが脳裡に浮かんでしまうのだった。
とってもいい人なんだけどね。
「それはだな……」
彼は苦渋を張り付けた顔で語り始めた。
ああ、イケメンはどんな顔をしていても似合うなあ。
私もうっとりとしながら、その端正な顔に見惚れていた。
お話を聞いてみれば、彼はなんと公爵家の跡取りだった。
道理で王子様風だと思った。
おそらく、王族扱いの人間だ。
これは日本なら『宮家』に当たるものなのではないだろうか。
そして、彼は王太子である第一王子派の人間だった。
そういう身分であるにも関わらず、騎士団の仕事なんかしているところをみると、きっと融通の利かないタイプで悪党には靡かないタイプなのだろう。
きっと、第一王子が真面な人なのに違いない。
という事は……。
「そして、対立する第二王子派から騎士団に無理難題が突き付けられたのだ」
やっぱりなあ。そんなこったろうと思ってました。
この人って見かけはいいけど、世渡りはへたそう。
もしかして、そうだから騎士団でこんな門勤めをしているのかねえ。
「近々、親善訪問してくる隣国のマースデン王国の騎士団は、その団旗を希少な魔獣の素材で装飾している。
実はその隣国というのが、最近おかしな動きをしていてな。
戦争になる可能性すらある。
そのせいで、私もここに詰めているという訳だ。
おかしな連中の出入りを自らの眼で監視するためにな」
「はあ。それで?
その件の第二王子派が何か言ってきたと?」
「そうだ。
その対抗する隣国に騎士団の旗が負けるのはアースデン王国の名折れだとな。
隣国の騎士団旗よりも希少な素材である七色ガルーダの羽根で旗を飾れと。
無理難題を言ってきているだけなのだが、言っている事自体は正論なので、騎士団としても無闇に反論はできぬ」
なんとベタな。
それにしても、跡目争いの政情不安に加えて隣国との軋轢かあ。
いやヤバイねー。
勘弁してくださいな。
せっかく王都みたいなところへ来れたのに、すぐに難民生活になるのは嫌です。
そんなもの、テレビとかでしか見た事がありません。
「出来ねば、騎士団の、ひいては王太子である第一王子の面子は丸潰れだ。
そうなれば、第二王子派を勢いづかせる。
それだけは避けねばならん。
しかし、その手立てがなかった。
そこへ君がその羽根の現物を持ってやってきたというわけだ」
「あのう、それで羽根があったなら、とりあえずのトラブルは回避できますので?」
「無論だ。
第二王子派も絶対に無理だと決めつけて高笑いしていただろうから、泡を食うだろうな。
おそらくあいつは隣国とも繋がっているのだろう。
馬鹿な男だ。
そんな事をすれば、そのうちに向こうに国ごと飲み込まれる。
あの馬鹿フランクにだけは絶対に王位はやれん」
ああ、多分その馬鹿王子って……この人の従兄弟かなんかなんだろうなあ。
きっと、何かにつけ子供の頃から折り合いが悪い感じなのだろう。
「そうですか。では幾らでもお持ちください」
「だから、なんとしてもそいつを譲って……え!」
「ですから、どうぞ。
どうせなら目いっぱい旗を飾って、そいつらの度肝を抜いてやりましょうよ。
それで、この国が安定するなら安いものです。
しばらく御厄介になるつもりなので」
「よいのか? そのような貴重な品を」
私は無言で一旦机の上の羽根を全部仕舞い、今度はガルさんのゴミ箱、もとい古くなった巣から収集した古い抜け毛の山をバンバンと並べてやった。
ガルさんの羽根の方が大きいから見栄えがするもんね。
「そんなに持っているのか……しかし、それだけの羽根の代金は騎士団の予算では」
「お代は結構です」
「なんだと!」
「その代わり条件があります。
先程の身分証の他に、この王都での私の身の安全を保障し、住居と割のいい仕事を手配してください。
私は余所者ですからね。
それくらいしてもらえるのなら十分に割が合います」
何しろ、ここからまた他の街へ行くなんて辛すぎる。
ここは結構良さげな感じなのに。
どうせ移動手段は馬車しかないんだろうしなあ。
なまじ、快適に空から連れてきてもらったので、長距離馬車なんか乗りたくない。
きっと慣れない、私の可愛いお尻が即刻発狂するのに決まっている。
「わかった。
その条件は、しかとこのアースデン王国騎士団・副騎士団長リュール・アース・ホルデムが保証する。
いや、我がホルデム公爵家の名にかけて」
そして、なんと彼は再び私の前に跪いて手を取り、それへ恭しい感じに口づけまでしてくれたのだった。
うわー、うわー。
こんなのって、お姫様待遇じゃないですか!
これの対価って、あのゴミ箱に入っていた、ただ貰いのガルさんの抜け毛の束なのよー。
なんて、お得な。
いや、もう一生物の体験だったなあ。