2-47 最高の枕
「おい、代官どの。
こいつはどこへ運べばいいんだ?」
筋肉任せに上半身裸になってでかい資材を担ぎ、逞し過ぎる筋肉の塊を見せつける英雄がいる。
あれは絶対に本日の鍛練を兼ねているのに違いないと私は踏んでいる。
「あ、ああ騎士団長。
ちょっと、ちょっと待ってくれ」
「よお、代官様。
今夜はどこまでやる?
子供達の臨時宿舎はもう出来るからいいとして。
あの『自称孤児院』とやらは、我が王国としては証拠隠滅のために、早いところ跡形もなくバラしたい気持ちなんだがな。
他国の間諜にあれの存在がバレると面倒だ」
「え? い、いや。
あなたって、もしかして時期国王様であられる王太子殿下なのでは⁉
な、何故あなた様がここにいらっしゃるのか」
だがそれを豪快に笑い飛ばす、同じく荷物を肩に担いだイケメン王太子に、思わず膝が震えるメルヒャン代官。
そして、背後からチョンチョンして、振り返った彼に物問いた気に眉を寄せる巨大神獣。
その両肩にはでかい柱様の資材を担いでいる。
あれで結構パワーはあったようだ。
思わず息を飲んだ代官。
まあ、確かにそこの建築現場は面子がヤバ過ぎる。
そして、これらの騒ぎの元締めたる、この聖女サヤ様と来た日には。
「よっし、聖女印の小夜の愛情オムライスが完成よー。
美味しく美味しく美味しくなあれっ」
子供達のために、もっぱら「おさんどん」の時間だった。
あと、他の肉体労働者と化した奴らのためにも飯を作ってやらねばなるまい。
今日から、『おさんどん聖女』とでも名乗るか。
非力な私には工事の手伝いとかは無理だし。
代わりに現場には『魔物重機』たるチャックを貸し出してある。
かつて彼にボコボコにされていた騎士団の連中も、うちの本官にだいぶ免疫が出来てきたようだ。
また、工事の中でどうしても出るのが避けられない怪我人のために、騎士団の回復魔法士も出張ってきてくれている。
まるで騎士団総出でやる演習のような騒ぎだ。
サンドラは冒険者の貸し出しのための算段をしてくれているし、今後はここの出身の人間にも、冒険者ギルドへ大きく門戸を開いてくれるようだ。
ベロニカは騎士団の切り盛りをしながら子供達の面倒を見てくれていたりする。
公爵家からも、リュールが手配してくれたメイドさんや調理人などの応援がやってきて、アメリはもっぱら私の手伝いや給仕などで頑張ってくれている。
王太子殿下は、あの後で私が駆け込んで即日王宮へ出した旧スラム・パルマへの支援要請を受けて、その方面の調整のために出張ってくれているのだが、何故か団長や草色枕などのマブダチと一緒に張り切って現場に入っているし。
まあ役人を連れてきてくれているのでいいか。
彼らは国王陛下に言われ、あれこれと支度などを請け負ってくれている。
『王都スラム地区再開発』
これは王都では悲願とも謳われたプロジェクトなのであったが、なかなか進まなかった。
欲に塗れた計画は、現実のスラムに渦巻く数多の絶望の前にあえなく頓挫し、腰を据えて覚悟を持って火中の栗を拾う人間は誰もいなかったのだ。
そして長年その闇の負債が累積してしまっており渦巻いていたのだが、マースデン王国との暗雲犇めく軋轢の結末が、逆にスラムの肥大化した闇の勢力を、あっさりと引かせる結果を招いてしまった。
聖女・神獣と、立て続けに現れた、福音をもたらす象徴に近いような物。
国王の苦渋の決断による、第二王子の粛清による排除。
特に王の厳しい決断はアースデン王国の決意を内外に示した。
それのきっかけとなったのも、よく考えてみたらこの私なのだった。
今それらの障害の消失が突然に現実のものとなったので、役所も国からの緊急予算付きという事で、本腰を入れてスラムに人材を出してきつつあるのだ。
その辺が一番ここに足りないと代官がボヤいていたところなのだし。
その予算に関しては、私が前に渡した特殊鉱石の上がりなどに加えて、私がいただく予定だった恩賞分も回してもらったのだ。
さすがにこれだけの騒ぎにしておいて、口だけ出すのでは決まりが悪い。
この王都新都市計画対象・聖女直轄開発特区サヤードの総責任者たる私がそこまでやっているので、他の連中もあまりおかしなことは言えないらしい。
大体、こういうものは一枚噛んでいるだけでも十分に利益が上がるものなのだから、そう欲張るでないわ!
とりあえず、うちの枕が望んだであろう理想は立派に形を結ぼうとしているようだった。
神獣って、ある意味で自由人かつ妙に人間臭い。
もしかしたら、そういうところが福を呼ぶのではないだろうか。
とりあえず、今の時点で判明している事はある。
子供達はもう違法な仕事などはしなくてもいいし、美味しい御飯を食べて、屋根のある家で暖かい布団の中で眠れる。
そして学校へ行き、また商人や工房などでの丁稚奉公なんかも道が開ける。
そのあたりは国としても本格的に取り組んでくれているのだ。
「とにかく一つ言える事としては、うちの『枕』はやっぱり最高だな」
『サヤはやっぱりどこまでいってもサヤだなあ』
『本官もチュール先輩の意見に激しく賛同であると聖女サヤに報告いたします』
「そうよ。
だって私はどこへ行ったって、やっぱりミス・ドリトルなんですもの。
みんな、これからもよろしくね」
ご愛読ありがとうございました。