九話 道北抗争~②~
「礼子…みんなを事務所大広間に集めてくれ……今回この北見に攻め込んでくるであろう奴等について話しておきたい事がある……」
怪我も治り、二代目北見白狼会の最高顧問に返り咲いた、礼子の実父でもある、神楽竜二がしばらく思案のあと、その重い口を開くのだった。
礼子は、父親の幹部会召集に無言でうなずくと最後まで、故朝倉源治氏を会長と慕っていた最高幹部五名と、二代目北見白狼会最高幹部二名を旧北見黒狼会事務所大広間に召集をかけるのだった。
「皆の衆!緊急の幹部会大義!今回の喧嘩の相手について先代から一言あるそうなので心して聞くように!」
彼女はそう言って、父親の左隣に二代目若頭に就任した八坂平蔵と並んで座るのだった。
「……さて…皆の衆……何かと忙しい中集まってもらったなぁ他でもねぇ…今回の喧嘩の相手についてだ……奴等ぁ関東龍神会がこの蝦夷の地を狙って侵攻してくるなぁ三度目だぁ……一度目と二度目は差したる障害も無く俺達が勝利を物に出来たんだが…三度目となる今回だきゃあ別物だぁ……今回伐って出くるなぁおそらく…関東龍神会の母体組織だ……今回ばかりぁこっちも無傷の勝利たぁいかねぇだろうよ……そこでだぁ!改めておめぇさんがたの意思を確認してぇ!
俺達親子と一緒に散ってくれるかい?無理強いはしねぇ…そんなのごめんだと思う者ぁ遠慮無く言ってくれぇ……後ぁお咎め無しの無罪放免だぁ……」
彼はそう言うと、ショートピースを燻らせ幹部達の顔色をうかがうのだった。
「先代…お嬢……俺等にオヤジの遺言不義にしろと言われるんですか?だったら俺等ぁ……ここまであんた達に義理だてすることも無かったと?」
彼、神楽竜二の決起発言のあと、そう声を荒げたのは故、北見黒狼会朝倉源治会長が一人息子の朝倉良治だった。
「良治ぃ!言葉を慎みなぁ!」
彼のその発言に、いきり立ったように言って抜き身の刃を彼の首筋に押し当てたのはお竜だったが、それはあっさりと竜二の娘で二代目会長の礼子によっていなされていた。
「お竜姐さん…そんな物騒な物早くしまってくださいな……それから良治ぃ不器用で言葉足らずのあたしのオヤジ…許してくれないかえ?あたしのオヤジは常に前を見据えてる人でね……今回だって…自分やあたし達に万が一の事があったときに次代の担い手としてあんた達にこの北見の未来を託そうとしてるんだぁ決して朝倉の叔父貴の遺言…不義にしようってんじゃないのだきゃあ解ってくれない?」
自分と平蔵の真横でいがみ合うお竜と良治を交互に見据えて、礼子が落ち着いた口調で言った。
「……お嬢…すんませんでしたぁ!自分が浅はかでしたぁ!」
礼子にいなされ、お竜が刃を退き、良治がそう謝罪したのだが、そこに居る誰もが彼の次の行動を読み取っていた。
「良治ぃ…指ぃ飛ばそうなんて考えるんじゃねぇぞぅ……おめぇさんがんなことしたらぁ俺があの世に逝ったとき…兄弟に合わす顔がなくなんだろ……」
静寂を取り戻した大広間に、彼、神楽竜二の低く重厚感のある声が響くのだった。
「……先代…お嬢ぉそれからぁ海猫の姐さん…おそれいりましたぁ……生前…親父の言ってたとうりのお方だぁ……いくら自分が義兄弟朝倉源治の実子でもまだまだどなた様の足元にも及ばねぇ自分を最高幹部扱いして頂いたばかりかその行く末まで案じて頂けるたぁ…この朝倉良治!身命を賭けてご奉公させて頂きます!」
彼、朝倉良治は涙ながらにそういうと、上座に座る神楽親子を始めとする面々に、深々と頭を下げた。
「良治こそ変わらないね……あんたの心意気…あたしのここにずっしり響いたよ……」
彼女はそう言うと、未だ自分に頭を下げつづける彼をそっと優しく立たせるのだった。
「……礼子ぉ…血戦前のお客人だぁ……」
あたしと良治のやり取りを優しい眼差しで見つめていた、父親であり、先代北見白狼会、会長でもある、神楽竜二が突然声色低くそう言った。
「てまえ…関東龍神会、龍神一家二代目皆上康太の使いの者にございます北見白狼会二代目神楽礼子様はおられますか?」
黒革のパンツスーツに、黒色のキャップを目深にかぶったその人物は、声色低く言ってはいたが、体つきからして明らかに、女性であるのは明白だった。
「てまえが北見白狼会二代目神楽礼子ですが…血戦前のご来訪…どういうご了見でしょうか?」
明らかに相手方のヒットマンにしか見えない出で立ちに、あたしは訝しげな様相を隠せないまま、事務所玄関先でその来訪者と対面していた。
「お久しぶりです礼子さん……血戦前に今一度だけ…貴女の顔が見たかった……」
その来訪者はそういうと、目深にかぶっていたキャップを取り、再びあたしの前に傅いた。
「……里緖ちゃん?びっくりしたなぁもぅこんな時に……でも大丈夫なの?敵陣にたった一人で?」
敵方ではあったが、休戦協定締結後はかつてのお竜同様に、実の姉妹のような間柄になっていた彼女の突然の来訪に、あたしとしては嬉しさ半分、悲しさ半分と、少しばかり複雑な心情だった。
「……賽は投げられたから…できれば戦いたくなかった……けど…もう遅いのよね……悪いけど明日は全力でいくから!あたし達にしたってこの北見を獲れば…全国制覇を達成したことになるの!今度は絶対負けないからね!」
彼女、一ノ瀬里緖は哀しく笑ってあたしに拳を見せて、事務所玄関を宵闇へと姿を消して行った。
「みんなぁ!ちょいと聞いとくれ!たった今相手方の使者があたし達に静かに宣戦布告して行ったぁ!あたし達も全力でこれに応える所存!今一度!皆々様のお力を拝借したくよろしくお願い申しあげます!」
「二代目ぇ!あっし等の命ぁとおの昔に貴女に預けたモンだぁ!そんな事するなぁ野暮ってモンですぜぇ!あっし等…先代やお嬢のためならこの命ある限り…何処まででもついて行きますぜぇ!」
あたしがそう言って、全員に頭を下げた時、彼、朝倉良治はまだ乾ききらぬ涙そのままに、皆に頭を下げつづけるあたしの手を握り、再びまた、泣いた。
「……血戦前におめぇさんがたにいっときてぇことがある……今回の相手…関東龍神会、龍神一家……今までこの道北に攻めてきたヤクザ者の中でも最強レベルの連中の集まりだぁ……特に…二代目総長皆上康太始め…一ノ瀬里緖…リーリーファン……この三人だけはとにかく別格の強さだぁ!腹ぁくくってかからねぇと殺られるなぁこっちだということだけ忘れねぇようになぁ」
決起に逸るあたし達二代目北見白狼会に、先代会長でもあり、あたしの実父でもある神楽竜二が釘を刺すように言った。
「オヤジぃ…二代目なら何の心配もいりませんやなぁ……二代目はもう…立派に独り立ちしなすった独りの女極道だぁ……そっと見守ってやるのもまた…親心ってやつじゃありませんかねぇ…あっしはそう思いますぜぇ……」
そう言ってあたしの父親に提言したのは、北見白狼会二代目若頭の八坂平蔵と同じくらいに、先代北見黒狼会、会長の朝倉源治、良治親子を見守ってきた、かつての北見黒狼会大幹部の久坂浩二郎さんだった。
しかし、そこに居る誰もが、彼の腹黒く、要領の良い性格なのを理解していたため、彼のその提言に賛同する者は一人も居なかったのである。
「おぅ!久坂ぁ!てめぇ今…何て言ったか解ってんのかぁ!てめぇが先代に意見するなんざぁ百年はえぇんだよぉ!」
そこに居る誰もが、かれの提言に苛立ちを感じて居たのだが、まだ、二十代前半の朝倉良治には、自分の父親、朝倉源治が笑い者にされたと同じくらいの怒りを感じたのだろう。
彼はそう啖呵を切るように言うと、久坂浩二郎に掴みかかって行った。
本来この世界で、年少者が目上の者に手を挙げるのは御法度とされており、本来ならば、罰せられるのは掴みかかって行った朝倉良治の方なのだが、その場に彼の暴挙とも取られかねない行動を止める者は、一人として居なかったのである。
「若ぁ!御乱心あそばしたかぁ?その拳を振り下ろせば罰を受けるなぁ若の方ですぜ……それでもいいなら!さあ!殴りなせぇよ!」
彼の襟首を掴み、拳を握りしめたまま、彼の暴言にじっと堪える彼、朝倉良治を事もあろうか、久坂浩二郎はそう言って煽るのだった。
「久坂のぅ……おめぇにゃあ反吐が出るぜ!どの口がそんな巫山戯た事ほざくかぁ?若ぁ!構やしねぇ俺等が見届け人だぁ!我慢する必要なんてなにもねぇ!存分に奴の事ぉ殴ってやんなせぇ!」
そう言ったのは、今までの一連の流れを腕組みをしながら静観していた、第二代、北見白狼会、二代目若頭の八坂平蔵だった。
「な……何だとぉ!おぅ!八坂ぁてめぇそれでもカシラかよぉ!?掟破りしてんのはこの朝倉のガキの方だろうがぁ!それを何で俺が咎められんだよぉ!」
自分の魂胆がバレそうになるやいなや、彼、久坂浩二郎は標的を朝倉良治から、八坂平蔵に変えて、今度は彼に隠し持っていた匕首で斬りかかるのだった。
しかし次の瞬間、血しぶきと共に両腕を斬り落とされていたのは、久坂浩二郎で、斬ったのはあたしの父親、神楽竜二だった。
「久坂よぉ…おめぇは今日で破門だぁ……これから関東最強レベルの連中を相手にしようって時に士気を下げられちゃあ叶わねぇし…おめぇ俺等が何にも知らねぇと思ってるみたいだけどよぉ…むしろその逆だぁ……おめぇの良くねぇ噂ぁ生前の朝倉の兄弟から腐るほど聞かされてたからなぁ……両腕だけで今回のケジメにしてやろうって俺の気が変わらねぇうちにとっと失せろやぁ!」
あたしの父親、神楽竜二は、その修羅さながらの様相のままそう言うと、鞘に収めかけた血の付いた刃をまた再び、彼の首筋に押し当てるのだった。
「オ…オヤジぃ破門たぁあまりにひでぇ仕打ちだぁ……」
皆の前で両腕を斬り落とされ、その激痛に堪えながら彼、久坂浩二郎はあたしの父、神楽竜二に嘆願した。
しかしその嘆願が、聞きいれられる事は無く、彼の破門が解かれることは無かった。