六話~道北抗争~①~
「裕司ぃ…おめぇ本気でそう言ってんのか?なら尚の事おめぇを逝かせる訳にゃあいかねぇな……俺ぁおめぇの兄貴と約束したんだぁ…おめぇをいっぱしの龍神一家三代目に育てるってなぁ……おぅ!てめぇ等!喧嘩の支度だぁ!道北乗り込むぞ!っていいてぇとこだがよ…その前にだ……この中に居る裏切り者みっけて血祭りに上げてやらねぇとなぁ?」
彼、里中裕司の決意表明の後、足早に会合場所を退席しようとした、川島洋平以下三名と、康太に様相の変化を見抜かれた里中裕司。合わせて四名の幹部組員の退席を遮るかのように、康太の合図の元、店、出入り口の防弾防音処理のなされたシャッターが降ろされるのだった。
「……裕司ぃ…おめぇだったんだな?川島だったり日向の叔父貴まで利用して道北に攻め入ろうって企んだなぁよ?何でだ?何でこんな騒動巻き起こしやがったぁ!?」
最初こそ、物静かに切り出した康太だったが、龍神一家の先代総長で、自分の五分義兄弟だった、里中弘二の実弟でもある裕司の強行が許せなかったのだろう。何時しか彼は、激昂したように裕司を怒鳴りつけ、彼の頭髪を掴むとそのまま彼をボックス席の冷たいガラステーブルに押し付けていた。
「離せよ!バカヤロー!兄貴やあんたのやり方じゃあよ…いつまでたっても全国制覇なんてなぁ夢のまた夢物語だぁ!兄貴やあんたがチンタラやってる事ぉちっと裏から手ぇ廻して早めてやっただけじゃねぇかよ!感謝こそされていいものを責められる覚えもなきゃあましてや血祭りに上げられるなんてなぁ!まっぴら御免なんだよぉ!」
自分を抑え付ける康太に、裕司が逆上気味にくってかかると、隠し持っていた匕首で斬り付けるのだった。
「裕司ぃ…今なぁいい一撃だったぜ……斬り付ける刃に迷いがねぇ……だが…残念だったなぁ……ヤクザの世界は完全な縦社会だぁ下のモンが上のモンに刃向かうなぁ完全に御法度だぁ……だがよ…おめぇは俺の義兄弟里中弘二の実弟だぁ命までぁ獲らねぇ……その代わりぃ…絶縁破門だぁ……今すぐに龍神一家のシマ内から出ていけやぁ…今後二度と俺の前にツラぁ見せんなよ!そんときゃあ命の保証は出来ねぇぞ!」
彼の強行に、にわかに殺気だつ里緖とリーファンを制して、康太は裕司に諭すように警告するような口調で言うと、彼の刺した匕首を事も無げに抜いて投げ捨てた。
「……時…時代は変わったんだ……あんたや兄貴達の頃とは違う…もう…義理人情だけで組は仕切れねぇ……そんな古くさいモンに縛られてたら…俺等はいずれ終わっちまうんだ!今回の件に…兄貴は関係ねぇ……俺が全て…自分一人の考えでやったことだ……下剋上が御法度なら…絶縁破門なんてぇ生易しい処分じゃ無くこの場で俺を獲れよ!」
彼、里中裕司はそういうと、周りの視線を憚ること無く、諸肌脱いでその場に座り込むのだった。
「……そうか…兄貴は関係ねぇ…か?じゃあ…遠慮無くてめぇの望み通りこの場であの世に送ってやるよ!里緖!ポン刀持ってこいやぁ……それから…兄弟に繫ぎだぁ……すぐに…西新宿のこの店に来いってなぁ!」
裕司の再びの暴言に、康太もさすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
彼は自分の後ろで既に臨戦態勢の里緖とリーファンに、そう激を飛ばした後、里緖から受け取った日本刀を抜くと、自身の眼前に座る里中裕司の頭上にその刃を振り下ろすのだった。
裕司が自身の鮮血の海にその体を投げ出した時、刃を振り下ろした康太自身も血の涙を流していた。
「……馬鹿野郎がぁ……こんなとこだけつまらねぇ意地ぃ見せやがってよぉ……洋平!てめぇ等はどうなんだよぉ!俺に意見するならぁこのくれぇの意地ぃ見してみろやぁ!」
血涙そのままに、修羅の様相で既に逃げ腰になる、川島洋平以下三名の幹部組員を康太が止めた。
「……狂ってる…あんた狂ってるよ総長!時代は確実に変わってんだ…それならぁ俺も遠慮無く言わせてもらいますわぁ!そんな古くさい考えにいつまでもしがみ付くあんたにゃあこれ以上は付いて行けねぇ……本日たった今…俺等はあんたとの親子の縁を切らせてもらう!」
逃げ腰になりながらも、彼、川島洋平は康太の顔を正面から見据えて言うと、スーツの内ポケットに入れていた彼からもらった杯をボックス席のテーブルへと叩き返すのだった。
「……そうかよ…それがおめぇの意地かよ?鼻クソにもなんねぇ小さな意地だなぁ?けどまあ…それがおめぇの意地だってんなら俺ぁ別に構わねぇぜ……てめぇの好きにすりゃあいいさぁ…けどよ…俺のボディーガードしてくれてる後ろの二人はそれじゃあ許してくれねぇだろうがな……それ以前に…今ここに向かってる兄弟が何て言うかな?俺もおめぇ等と一緒に粛清されちまうかもしれねぇな……」
彼、川島洋平の言葉の後、康太は寂しく笑って、自分の後に立つ里緖とリーファンに洋平以下三名の幹部組員達への攻撃指示を出すのだった。
しかし次の瞬間、何者かの拳銃が里緖とリーファンの武器を弾き飛ばしていた。
「ったくよぉ随分な事…してくれたじゃねぇかよ?兄弟!こいつらに道北攻めるように言ったなぁ他ならねぇ俺だぁ!おめぇはびびり過ぎなんだよぉ道北のあの親子になぁ……」
そう言って姿を現したのは、龍神一家初代総長の里中弘二だったが明らかに様子がおかしいのは明白な事実だった。
「今の言葉…そっくり兄弟に返すぜ……シャブ打たなきゃチャカも握れねぇヘタレ極道がぁ…裕司の方がよっぽど漢だったぜぇ……最後までおめぇは関係ねぇ…自分一人でやった事だってよぅ立派に意地ぃ見してくれたぜ……」
彼はそういうと、瞬時に手持ちの武器を回収した里緖とリーファンに目で合図をするのだった。
そしてその合図と同時に、彼の右横から里緖の投げた三本のスローイングナイフが川島洋平以下三名の幹部組員を瞬殺した直後、今度はリーファンの持つ鉈とスローイングナイフをかけ合わせたような武器が瞬時に彼、里中弘二を店の壁へと貼り付けていた。
「……どうしてだ兄弟?何で今んなって道北攻めようって思ったんだ?まさか…忘れた訳じゃあるめぇよあんときの負け戦をよぅ……向こうは俺等の半分にも満たねぇ人数だったのに…そんとき連れてった組員の半分以上を失ったのは俺等の方だった……兄弟はまた…あんときの悲劇を繰り返してぇのかよ?」
店の壁に縫いつけられた形となった、五分義兄弟でもあり、はたまた先代の龍神一家総長でもあった里中弘二に対して康太のかける言葉は冷ややかな物だった。
「そんなのぁ解りきった事だろうがぁ!全国制覇を狙う俺等がぁ負けたまんまじゃ終われねぇからだ!」
店の壁に縫いつけられ、体の自由を奪われてもなお、彼はみっともなく強がるのだった。
「……わかった……けどよ…その前に一つ頼みがあんだよ……俺との義兄弟の縁を切って…二度と俺の前にそのツラ見せねぇでくれやぁ……道北にゃあ俺と里緖とリーファンの三人だけで行く!もう…おめぇにゃあうんざりだ!」
彼はそういうと、壁に縫いつけられ体の自由を奪われた状態の里中弘二の頚椎に、彼の実弟里中裕司が先ほど自分を刺した匕首を突き立てるのだった。
「あばよ!クスリに溺れた負け犬さん!」
彼は最後にそういうと、弘二の頚椎に突き立てた匕首を捻りを加えて引き抜いた。
首から鮮血を吹き出して、彼が絶命したのを確認した康太は、そっとその体を壁から外して、実弟里中裕司の遺体の傍にそっと横たえるのだった。
『…じゃあ逝ってくるぜ兄弟……』
彼はそう心の中で念じるように言うと店全体にガソリンを捲いた後、タバコに火をつけたライターをそのまま店の床に投げ、紅蓮の炎に包まれ燃え上がる店を後に、一度、龍神会本部事務所に立ち寄った康太達三人は、事務所に詰める組員達に激を飛ばした。
「俺等はこれから…道北に乗り込む!おめぇ等に強制はしねぇ……俺等について来てもいいと言う奴だけついてこい!今回の喧嘩をもって…龍神会は解散する!以上!」
彼のその呼びかけに、組員達の反応は半々だった。弘二と康太が二人で
立ち上げた龍神会。
その頃から仲間に加わっていた、橋口寛太以下平木英治、三枝伸二、他数名の康太が愚連隊時代からの仲間のみが、彼の呼びかけに賛同しただけで、後の十数名は、康太が上座中央に広げた紫色の風呂敷に盃を返して、逆に康太から託された解散届けを携えて、龍神会本部事務所を出ていくのだった。
「…結局…頼りになるなぁおめぇ等だけか……生きて東京戻れねぇかもしれねぇが…また…よろしく頼むぜぇ……」
彼はそう言うと、里緖に用意させた水盃を人数分配り、彼等がそれを飲み干し、事務所床に叩き付けて割った事で、今回の喧嘩の決起の狼煙を上げるのだった。