四話 二代目[北見白狼会]~④~
「会長…ちっと待ってくれませんか?あんたぁ先代の息子を敵に伐たせるつもりかよ?冗談じゃねぇや…なんで俺がこんな小娘に伐たれなきゃなんねぇんです?」
彼、日向洋一と会長を名乗る初老の男、川島良悟。両者のやり取りを聞きながら、礼子の頭の中に出た答えはただ一つだけだった。
「会長自らお出ましたぁちっと迫がなさすぎゃしませんか?それにだ…お宅さんさっき攻め入るつもりは無いとお言いだったけどねぇ……会長のあんたがここに居る時点で…あんた等の道北侵攻は成立してんだよ……二代目北見白狼会はシマ荒らしは絶対許さない!ここで我々に伐たれるか…それとも…このまま東京逃げ帰るか?この場で即答願いたい!」
彼女はそういうと、刃を抜刀したままの日本刀を、改めて片手下段に構えると、二人に詰め寄った。
「……あんたぁ…てめぇで何言ってるか解って言ってんだろうな?この日向のバカに刃向かうだけなら…こっちも笑って済ましてやろうとか思ったがよぉ……会長の俺にまで牙向こうってんならぁ話ぁ別だぁ……おめぇらは何百人といる関東龍神会を全て敵に回しちまったんだからなぁ!おめぇらこそ…黙ってこの土地…俺等に明け渡しなぁ!」
最初は紳士的に対応していた彼だったが、礼子の一言に化けの皮が剥がれたのだろう。自分の右横にいた彼、日向洋一を瞬時に射殺すると、今度はその銃口を、こちらに歩み寄る礼子へと向けるのだった。
「あぁあ…ここまで来て仲間割れたぁ…お宅さんの先代も哀れなもんだぁ……あんたの野心を見抜けなかったばっかりに大事なご子息亡くすはめになっちまったんだからねぇ!」
礼子はそう啖呵を切るように言うと、彼の向ける拳銃に臆する事無く、一直線に彼に斬りかかっていった。
そして一方こちらは、礼子の指示から自分の父親の収容されている病院に着いたお竜と平蔵だったが、いくら屈強の男の彼でも、五発近くの銃弾を身体中に被弾していたため、病院に担ぎ込まれた時には既に手遅れで、手の施しようのない状態だったのである。
「……平蔵さん…オヤジと二人っきりで話しがしたい……平蔵さんはこのまま二代目のとこ…戻ってくれない……落ち着いたらあたしも必ず戻るから……」
銃弾摘出手術を終え、生命維持装置に繋がれた彼、初代北見黒狼会会長、朝倉源治を眼前に、彼女は力無くそう言うのだった。
「……お竜さん…心中お察しいたしやす……」
彼、八坂平蔵は、言葉すくなにそう言うとお竜を病室に残し、礼子達の所へと戻って行くのだった。
そして、平蔵が病室を出た数分後、ずっと昏睡状態状態にあった彼、朝倉源治の意識がわずかではあったのだが戻り、自分の手をさすり続けるお竜の手を軽く握るのだった。
「……お竜…よぉく聞くんだ……神楽の兄弟を守れ……こ…これが…俺からの…最後の命令だ……お竜…兄弟と…二代目を…俺の分まで…頼んだぜぇ……」
それが、彼の最後だった。一瞬だけ彼女の手に力を込めて、そして、事切れるのだった。
「……解りました……」
お竜が一言返したのを見届けたかのように、わずかに波打っていた生命維持装置のディスプレイが一本の線になり、冷たい電子音を響かせていた。
一方その頃、礼子の父親
神楽竜二の病室では、娘礼子と先ほど亡くなったばかりの北見黒狼会初代、朝倉源治のヨミどおり窮地に直面していた。
「凌矢ぁ…やっと本性表しやがったなぁ!あんときと同じように…俺も殺すかよ?てめぇの親父を殺したみてぇによぉ……」
余裕の薄ら笑いすら浮かべ、病室のベッドに寝かされたままの彼に拳銃を向ける。彼信楽凌矢に対して、彼、神楽竜二は語気を荒げるでも無く、淡々と語ると拳銃を自分に向ける彼の目を正面から見据えると、彼はそのまま続けて言った。
「凌矢ぁ…俺も早…半世紀以上の年月この蝦夷の地で侠客やらせてもらってるがよぉ……おめぇさんほど…見さげた警官は初めてだぁ……俺を獲りたけりゃあ獲ればいいさなぁ…けどよぉ…娘は違うぜぇ……おめぇさん朝倉の兄弟を上手く抱き込んで関東系のヤクザ者…この蝦夷に引き込もうって魂胆らしいがよぉ……はっきり言ってやるよ…そいつぁ無理だぁ……娘は…礼子はシマ荒らしは絶対許さねぇよぉ……」
「う…うるさい!この死に損ないがぁ!」
自分がどれだけ脅しをかけようが、全く動揺した素振りを見せない神楽竜二に対して、逆にその恐怖心と焦りからなのか、震えながらもベッドの上の彼に狙いを定めた凌矢が、その拳銃を発砲しようとした刹那だった。
瞬時に竜二の病室に飛び込んだ一つの人影が、凌矢と竜二の間に割って入ったと同時に彼、信楽凌矢はその人影が持つ黒鞘の白刃によって、両腕の肘から下を斬り落とされており、鮮血の海にのたうちまわっていた。
「オヤッさん…病室を外道の血で汚したことお許しください……」
その人影は女だった。彼女はそう言うと、血の付いた刃を背に隠し竜二の前に傅くのだった。
「……お竜か?また…おめぇさんに助けられちまったなぁ……聞いたぜぇ…朝倉の兄弟が獲られたそうだな……このクズぁ俺の方で始末しとくからよぉ…礼子を頼む!」
彼はそう言うと、ベッドの枕元に隠していた護身用の白鞘の小太刀を出して、血の海にのたうちまわる信楽凌矢の身体の中心にとどめの一太刀を見舞うのだった。
「オヤッさんも一緒に来て頂きます……兄弟と娘さんをお守りしろと…北見黒狼会初代朝倉源治会長からの遺言ですので……出立のお支度を……」
彼女はそう言うと、刃を収めた日本刀を右脇に置き、再び彼に傅いた。
「……朝倉の兄弟がそんな遺言をな……けどお竜…怪我人の俺を連れてじゃあ経路の確保が難しいんじゃねぇのかい?」
彼はそう言って、自分の前に傅くお竜を立たせるのだった。
「そのへんはご安心を…この病院にはあたしの信用できるスジの看護師が何人かいます……あたし…極道になる前はこの病院で看護師長してましたから……」
今まで自身の過去は、ほとんど語ろうとしなかったお竜が、ここにきて、初めて自身の素性を語り始めるのだった。
「……初めてだな…けどどうしてだい?今まで自分の素性は一切話さなかったおめぇさんが…まぁ…いろいろあんだろうな?医療現場ってのもよぉ……けど…それ以上は何も言うな……兄弟の忘れ形見のおめぇさんだぁ…信用しねぇ訳にゃいかねぇだろ?」
時折俯きながら、目頭を押さえ、自身の過去を語り始めたお竜に、彼は彼女の肩を優しく叩いて、にっこりと笑うのだった。
そして、海猫のお竜事、海原竜子の計らいで二人が病院を出て、礼子達のいる黒狼会事務所に向かっている頃、現場では北見白狼会二代目、神楽礼子と、関東龍神会三代目、川島良悟との一騎討ちが始まっていた。
「おっさん!あたいを撃ち殺したいんだったらぁ四十四口径以上のチャカ持ってきなぁ!こっちとらぁんな鈍な鉛弾ぁ嫌って言うほどブチ込まれてんだぁ!」
一騎討ちが始まって数分後、拳銃の中の弾を全て撃ち尽くし、スライドストップのかかった拳銃に彼が予備のマガジンをセットしようとした刹那だった。
礼子はそう吐き捨てると、瞬時に彼との間合いを詰めて、すれ違い様に彼の両腕の肘から下を一刀両断に斬り伏せるのだった。
「……お…おのれぇ小娘がちょございなぁ!…ふ…俺を獲りたくば獲れやぁ……だがな…俺を獲った瞬間…お前等の壊滅も確定したって事だきゃあ忘れんなよぅ……」
彼女に両腕を斬り落とされた事で、気が狂ったのか、今までガタガタ喚いていた彼が、急に凄味を増した声音で言った。
「……川島さん…素直に負けを認めて東京逃げ帰った方がお宅の身のためだと私は思いますがねぇ……みっともねぇ強がりはおよしなせぇよ……何人連れてこようが…あっしらぁ一歩も譲りゃしねぇ!道北の親子狼なめたらぁ無駄に死人を出すなぁそっちだぜぇ!これだけ言ってもわからねぇんならぁ…バカはそっちだ…その斬り落とされた両腕で覚醒状態の二代目にゃあ叶わねぇし…万に一つもあんたの命の保証ぁ出来ねぇよ!」
そう言って、立ち上がる事すら出来ない川島良悟に引導ともとれる一言を投げかけたのは、しばし、無言で戦況を見ていた八坂平蔵であり、彼はその、無表情なまま礼子の瞳を見据えると、今度ははっきりと魂の宿った瞳でコクリと首を縦に振るのだった。