十三話 道北任侠道の終焉~③~
そしてその日の夜半、夜陰に乗じたあたとし達四人の襲撃部隊は全身黒ずくめで、北見の市街地のど真ん中に新たに建て直された三代目北見白狼会本部事務所前まで凱旋するのだった。
そして事務所正面玄関まで来たあたし達は、着ていた黒の上着を脱ぎ、白の着流しに白の襷に鉢巻き姿になると、四人全員が白鞘の日本刀を抜き、鞘を捨て、事務所内へと斬り込んで行くのだった。
本部事務所内を善戦したあたし達四人は、満身創痍ではあったものの、四人全員が会長室の前まで辿り着くのだった。
「……もし?少々お尋ね致します……北見白狼会三代目…朝倉良治さんはこちらにおいででしょうか?初代の娘が出所のご挨拶にうかがいましたとお伝えくださいましなぁ……」
あたしは物静かにそういうと、会長室に近づくあたし達を訝しみ寄って来た組員達を瞬殺で仕留めて、会長室の扉を一気に蹴破るのだった。
「こいつぁ驚いた……誰かとおもやぁ二代目じゃねぇですかい……何ですぅその成りぁまるでカチ込みでもかけに来たような出で立ちでぇ……しかし…あのお竜とかいう女にしろ…あんたやあんたの親父…俺の親父もそうだがよぉ……今どき流行もしねぇ任侠道だ義侠心なんて古くせぇもんにいつまでも縛られやがってよぉ…俺等ぁヤクザだぜぇ…なにが哀しくてカタギ衆と仲良くしなきゃなんねぇんだぁ?大方あんときの仕返しにでも来たんだろうがよぉ…残念だったなぁ……今のおめぇらにゃあ逃げ場なんてねぇぜ…おめぇらのネタぁよぉぜぇんぶこいつが洗いざらい教えてくれたからよぉ……てめぇらぁここでくたばるしかねぇんだよぉ!」
彼はあたし達四人にありったけの暴言を吐き散らしたのと同時に、一人の男の惨殺死体をあたし達の前に、まるでボロ雑巾でも投げ捨てるように放り投げるのだった。
「……こんなクズ野郎…知らねぇなぁ……俺の仲間にんな巫山戯たことする奴ぁ一人もいねぇからよぉ……」
彼、皆上康太は無感情にそういうと、事務所のフロアで断末摩をあげるかつての仲間、平方栄二に対して何の躊躇いもなく、彼の首筋に白鞘の刃を突き刺したのと同時に、彼の刃の切っ先は瞬時に詰め寄った朝倉良治の首筋に後一ミリの所で止まっていた。
「……外様のてめぇがこいつぁ何の真似だぁ?逃げ場がなくなってぇ気ぃでも狂ったかよ?」
彼、皆上康太の気迫と殺気だけを全面に押し出したその態度にも臆すること無く、彼はその強気の姿勢を崩さず、新たに集めた組員達に総攻撃の合図を出すのだった。
しかし、彼の力のみで集められた彼等は、あたし達本者の極道の気迫を知らず、彼やあたし達の放つ独特な気迫と殺気に慌てふためくだけで、さして、何の戦力にもなっていないように見えたのだが、十人を超える組員達に一斉に襲いかかられると、今の満身創痍のあたし達には少々厄介に思われたのだが、失うものの何も無いあたし達には、進撃あるのみだったのである。
されどやはり、所詮は寄せ集めの組員達、彼、朝倉良治の求心力は一時間ともたず一時間後には、手持ちの武器を捨てて逃げ出す者まで現れる始末だったのである。
「……人望のねぇ奴ぁつらいねぇ…良治ぃ……あんときゃああんたの母さんの顔に免じて命までぁ獲らねぇでおいてやろうって思ったけぇ……けど今は微塵でもそんな事考えたあたし自身に強烈に後悔してるよぅ……あんたみたいな人のクズ…このまま生かしといたらあの世であんたの母さんに合わせる顔無いじゃない……」
あたしはそう言うと、更に強い殺気を放ち、今まさに彼に斬りかからん勢いの康太達三人を去なして前に進み出ると、右手に持った白鞘の日本刀を袈裟斬りに振りおろそうとした刹那だった。
突如として、彼、朝倉良治はまるで乱心でもしたかのように笑い出して、さあ、斬れと言わんばかりにその場に諸肌脱いで座り込むのだった。
「二代目ぇ…いいや姉さん……あんたも俺もあの男達の犠牲者だったんだな……俺が本当の父親だとばかり思ってた朝倉源治と、あんたが本当の父親だと信じてた神楽竜二のなぁ……これだけの大事起こしちまって…今さら何言っても信じちゃもらえねぇだろうがよぉ…あんときあんたに斬られた海原竜子……あの人が正真正銘の俺等二人の母親だ……」
突如として語られたあたしと良治の過去、俄には信じ難い真実に、あたしは無意識に彼の胸ぐらを締め上げていた。
「良治ぃ!あんたぁてめぇが助かりたいからって口からでまかせ言ってんじゃないだろうねぇ!」
お竜さんとの一戦で、左手が使い物にならなくなったあたしはそれが直接の原因かどうかは定かじゃないが、残った右手の筋力と腕力が、プロの格闘家以上に発達しており、右手一本で彼を絞め殺さん勢いでさらに強く彼に詰め寄っていた。
「……う…嘘は言っちゃいねぇよ……ただ…これだけの一大事を引き起こしちまった俺だぁ……信じてもらおうなんて微塵も思っちゃいねぇよ……最後に血を分けた姉のあんたに殺されるんならぁそれこそ極道冥利に尽きるってもんだぁ……」
彼の言った事が、白か黒かは彼の目を見れば、一目瞭然だった。応えは白、今の危機的状況下でとても彼が嘘を言っているとは思えなかったのである。
「……朝倉良治…あたしの可愛い弟……あたしの心の中で生きて…来世で逢えたらその時は…お互い姉弟として逢おうね……」
あたしはそう言うと、片手三角締めの要領で彼の首をさらに強く締め上げて、首の骨を折るのだった。
朝倉良治、享年二十二歳。彼のその死は、発足間もない三代目、北見白狼会の解散を意味したのだが、あたし達四人にとっては哀しく孤独な戦いの幕開けでもあった。
昨夜、夜半より敢行したあたし達の北見白狼会本部事務所襲撃から一夜明けた頃、あたし達のいる、ここ北見白狼会本部事務所周辺は北見市民の通報によって駆けつけた北海道警察組織犯罪対策部捜査四課の刑事達により、全ての逃走経路を封鎖され、あたし達の行動は北海道の全メディアが知るところとなり、あたし達四人の手配書が北海道のみならず、日本全国に出回るのも、最早時間の問題だった。
一方その頃、内地の医療刑務所に未だ服役中だとばかり思っていた、あたしと良治の人生そのものを狂わせた張本人でもある神楽竜二だったが、その時彼がいたのは医療刑務所ではなく、道警の署長室だった。
メディアに乗り、あたし達の襲撃を察知した彼は昔のツテを辿り、自身の身辺警護を頼みに訪れていたのだった。
「あの四人は必ず俺を狙って来る……その前に…あの四人の逮捕起訴をお願いしたい」
彼のその願いは、身勝手極まりない要求だった。
「……神楽さん…貴方任侠家としてはかなりの人望がおありのようだが…父親だったり男性としては最低の方のようですね……
残念ですが貴方の要求はお受け出来ませんね……貴方が彼女の父親を名乗るなら…素直に己の非を認めてあの子達に討たれてやるのが貴方方の言われるスジってやつじゃありませんか?」
彼のその無茶な要求をあっさりと切り捨てたのは、かつてあたしと良治の母親だった海原竜子さんが看護師時代に最後を看取った男性刑事、信楽竜三さんの長女である信楽深雪さんだった。
「あんたじゃ話しにならんな!本部長と掛け合わせてもらおう!」
あくまで自分の非を認めたくない彼が、女性である彼女には侮辱罪に匹敵する暴言を吐き、部屋を退出しようとした時だった。
「……ちっと待ちなよ……あんたぁどいだけの人の人生狂わせりゃあ気ぃがすむんだい?あんたみたいな奴にゃあワッパなんかよりこの場で鉛玉ぶち込んでやりたい気分だよ!けどね…あんたみたいなクズ野郎に死ぬなんて逃げ道ぁないからねぇ……保護という名の下に一生ムショ暮らしを約束するわ……それともう一つ…貴方がここに押しかけて来てる事…あの子達にはもう…連絡済みよ……」
彼の身勝手極まりない言い分に、一瞬激昂したように言った深雪さんだったけど、あたし達にこれ以上罪を重ねさせないための彼女の苦渋の決断だったようにも、彼が道警本部に押しかけて来たことを教えてくれた、四課の刑事さんの口調から推測したあたし達四人は、白狼会本部事務所周辺に集まった警察官達の前に温和しく投降する事にしたのだが、本部事務所を外に出たあたし達は、そこに集まった警察官達から被疑者としてではなく、要人待遇を受けるのだった。
「信楽警視よりのご命令です……あなた方を丁重に道警までお連れしろと……」
まるであたし達を警護するように、覆面パトカーまで誘導してくれた男性刑事が、あたしにそう話してくれるのだった。
「お嬢…これではっきりと白黒つきますね……結果はどうあれ俺等三人は地の果てまででもお供します……」
彼、皆上康太がそう言ったのは、あたし達を乗せた覆面パトカーが道警本部に到着したときだった。
そして、道警本部に到着したあたし達は、取調室ではなく道警の署長室へと通されたのだった。
「よく来てくれましたね……海原礼子さん…それと後ろの三人も久しぶりね……」
彼女、信楽深雪さんは落ち着いた口調でそう言うと、あたし達を部屋のソファへと促してくれた。
「……なんであたし達がって顔してるわね……本当はもっと早くに真実をお話しするべきだったのよね……」
彼女は、混乱と動揺が隠せないあたし達の心の奥まで見抜くような、鋭くも優しい視線をあたし達に向けて、笑った。
「……信楽さんは最初から気づいていらしたんですね……神楽竜二と朝倉源治があたしと良次の実の父親では無いことを……」
四人の中では、彼女との接点が極めて薄いあたしは彼女の言動を理解するのも、彼等より早かったのである。
「……そうね……けどその前に謝らせて……貴女達姉弟と、貴女達のお母様の人生をあたしのバカな弟が狂わせてしまったことを……」
彼女はそういうと、座っていたソファから立ち上がって、あたし達四人に深く頭を下げるのだった。