十二話 道北任侠道の終焉~②~
撃ち止まぬ銃弾の雨、ここにきて、あたし達神楽親子と、三代目北見白狼会の銃撃戦は更にヒートアップしていた。
「竜二さん…貴方にはやはり…あの時死んで頂くべきだった……貴方達親子のした事でこの!道北任侠界は終わったんだ!こうなりゃもう仁義も道理もない!あんた達親子をこの北見から全力で排除させて頂く!」
すでに、何発かの銃弾を被弾しながらも襲いくる相手に対して一切手向かいしないあたしの父、神楽竜二に対して、海猫のお竜事、海原竜子が業を煮やしたように、自分の思いの丈を白刃の刃にのせて、あたしの父、神楽竜二に斬りかかって行った刹那だった。
彼女の振り下ろそうとした刃は、瞬時に間に割って入ったあたしの刃によって弾き返されていた。
「海猫のお竜……あんたたぁ戦う運命にあったのかもね……大恩あるあたしの父に怒りをのせたその刃…見逃す訳にはいかない!わるいけど…全力で行かせてもらう……神楽礼子!参る!」
彼女の刃を弾き返した後、あたしはそう宣言すると、片手下段に構え直した日本刀で、彼女に斬りかかっていくのだった。
「……一度できちまった溝ぁ深まる事ぁあっても埋まる事ぁ無いんだねぇ……
哀しい事だけど…あたし等が一度刃を抜けばどちらかがくたばるまでその刃は二度と同じ鞘には戻れないってのもまた…哀しいけど渡世の定石だぁ……かかっといで!礼子ぉ!」
彼女は問わず語らずにそう言うとあたしと同じ、片手下段に日本刀を構えるのだった。
こうして始まった、あたしと彼女の果たし合いだったのだが、互いに手の内を知っている二人、決着は中々着かず、互いに無駄に斬り傷を増やすだけで、致命傷を負わせるには至らないまま、ただひたすら、出血と時間だけが二人の体力をむしばむだけだった。
そしてさらに二時間後、膠着状態にあったあたし達の果たし合いは、互いに最後の想いをのせ振るった刃は、互いの左腕を斬り飛ばして決着するのだったが、ここにきて状況は一変したのである。
あたし達二人の果たし合いのために、一時的に止んでいた銃弾の雨が再び降り注いだのだが、それはお竜さんもろとも、あたし達全員を殲滅させん勢いで、三代目側から一方的に降り注いだ銃弾の雨だった。
そしてさらに、消音器を付けた拳銃の発射音と同時にあたしの父親、神楽竜二が撃たれたのだが、蝦夷狼の血を宿すあたし達親子にとっては、全く効果が無く、逆に父の強烈な峰打ちをくらい、意識を失っていたのは拳銃を発砲した、朝倉良治の方だった。
「良治ぃ!てめぇ!何故親父を撃った?それも…背後の至近距離からってぇゲスな真似しやがってぇ!」
自分の眼前で、実の父親を後ろから銃撃されたことによって、一気に怒り頂点に達したあたしは、我を忘れたように父の峰打ちをくらい意識を失った朝倉良治に猛然と斬りかかろうとした刹那だった。
あたしの振り下ろしした刃は彼には届かず、変わりに彼を護るように、あたしの前に傅いたお竜さんの肩口に深く斬り込んでいた。
「こんな事態になっちまったのも…あたしの女としての曝かさ……されどわかって頂きたい!我が子の三代目襲名を喜ばない母親はいないと……あたしはどう処罰されようが構いません……息子だけは…良治だけは…どうか寛大な御処置を願いたく存じます!」
お竜さんはそう言うと、あたしの食い込ませた刃を自らの手で一度引き抜き、再び自ら身体の中心奥深く刺し直して、吐血すると、今一度あたしと父の顔を優しく見つめ、そして絶命するのだった。
「お竜さんのバカぁ!そんな大事な事…何で黙ってたのよぉ!……海猫のお竜…あんたの願い…神楽親子がきっちり聴き入れた!」
海猫のお竜事、海原竜子。享年、三十三歳
それは奇しくも、あたしが三十路の誕生日を迎えた年で、あの激動の内部分裂抗争から一夜明けた翌日、生き延びたあたし達は北海道警察北見東署へと、自首するのだった。
そして、共に十五年の御祓を済ませ再び北見に戻ったあたし達は最後の仕上げをすべく、電気、ガス、水道といったライフラインの供給が全てストップした、旧北見白狼会事務所に再び集結するのだった。
「親父ぃ…二代目だなんだって言ったところで所詮あたしも一人の女であり…北見白狼会初代神楽竜二の娘……お竜さんの頼みも解るけど…父親を襲ったあいつを許す事なんて到底できゃしない……これで本当に最後だ……お互い生き延びてりゃあここで…三途の川の上なら来世で逢えたらまた逢おう……狙うはただ一つ!朝倉良治の首!襲撃決行時刻は本日午前零時!以上!散会!」
旧北見白狼会事務所に集まったあたし達五人の襲撃部隊、あたしは十五年の御祓を済ませる中、今回の内部抗争の首魁として、あたし達より三年長い、十八年の実刑を受け、未だ医療刑務所に収監中の実父、神楽竜二にそっと親子の別離を宣言して、最後の采配をしたのが、襲撃決行の一時間前の午後二十三時だったのだが、あたし達の襲撃情報がどこから漏れたのか、奴等の知るところとなり、北見市内至るところに、まんまと三代目会長の座を射止めた朝倉良治の指示で、新たに集められたヒットマン達が雑踏に紛れて放たれるのだった。
そして、もうじき日付も変わり襲撃決行の午前零時を迎えよう頃、あたしの居るここ、旧北見白狼会事務所にも何人かのヒットマンが押し入っており、右手しか使えないあたしはかなりその対処に苦戦を強いられていたのだが、間一髪その修羅場に参入した康太達によって、難を逃れるのだった。
「お嬢大丈夫っすかぁ?あの朝倉良治とかいう若いのかなりないかれ野郎ですぜぇ!どこからネタ仕入れたのか知らねぇが俺等が娑婆に戻る日から襲撃決行日まで全てよんでやがった……あのいかれ野郎早急に始末しねぇとこの北見ぁ奴が力で道民を支配する地獄絵図になっちまう…そんな事んなったら俺等ぁ奴の凶弾に倒れた先代やお竜さんにあの世に逝った時合わす顔がありませんやなぁ……お嬢…最後の采配を!」
彼、皆上康太以下三名の侠客達が、押し入ったヒットマン達を殲滅させた後、揃ってあたしの前に傅くのだった。
しかしこの時すでに、あたし達の行動は相手方の知るところとなっており、あたし達は絶対絶命の窮地に追い込まれていた。いつの間にかこの事務所は、前と左右を三代目白狼会の組員達よってとりかこまれており、あたし達は彼等の一斉集中砲火を浴びたのである。
「……栄二ぃ…てめぇかぁ?奴等に俺等のネタ流したなぁよぉ!」
三代目の襲撃部隊が去り、あたしの咄嗟の判断から逃げ込んだ地下シェルターの中、これまでも、度々妙な行動をしていた平方栄二に、康太が詰めよった。
「……もう…いい加減うんざりなんだよぉ!おめぇらの任侠ごっこに付き合うなぁよぉ!まぁ…んなこたぁどうでもいいやぁ……ただ一つ言わせてもらうならよぉなんでもっと要領よくたち振る舞えねぇかな?今のご時世目まぐるしく時代は変わってんだぁ……いつまでも…義侠心なんてぇ古くせぇもんにしがみついてっとおめぇら全員…浦島太郎だぜぇ……悪いが俺ぁ…そんななぁ御免だからよぉ先に抜けさせてもらうわぁ……」
彼、平方栄二のその暴言がそこに集う全員の逆鱗にふれたのは言うまでも無かったのだが、常に、何時如何なる時も皆上康太という一人の漢を間近に見知っていた里緖とリーファンにとっては、その時彼の吐いた暴言は万死に値するほど許しがたいものがあったのだろう。
それはあたしにしても例外ではなく、それぞれの柄物に手を添えるのだったが、おそらくここに居る人間の中、一番の最年少であろう、二十七歳の彼が一番事を冷静に見ていたのだろう。
「……どう言われようが知ったこっちゃねぇけどよぉ……後悔すんなぁおめぇの方だと俺ぁ思うぜぇ…あのいかれ野郎が外様の俺等を本気で信用してるたぁ到底俺には思えねぇからよ……それでも四の五の抜かしやがんならぁ俺がこいつらやお嬢抑えてるうちにとっとと消えちまいなぁ……どのみち今のおめぇにゃあ命の保証なんてどこにもねぇんだからよぉ……」
彼は淡々とそういうと、決起にはやるあたし達を制したまま、彼、平方栄二を事務所の外へと叩き出すのだった。
「康太…さすが貫禄だねぇ……生前…あたしの父がめちゃくちゃ三人の事を警戒してたのが今のあんたを見ててあたしにもわかった気がするよ……それから…もうあんたや里緖ちゃん達は外様なんかじゃない……ちぃっと信用できるあたしの大事な仲間だ……もう…今後二度とあたしの前で外様なんてぇ哀しい事言わないでよね……」
彼のその、義侠心と仁義の熱さと、それでも尚、自分達を外様と蔑む彼に、それを説得するあたしの目にはいつしか熱い涙が溢れて止まらなかった。