十一話 道北任侠道の終焉~①~
あたし達五人が、同じ北海道内の札幌市に着いた時だった。
そこは正に、地獄の入り口だった。ヤクザ者達の死体の山、目を背けたくなるような惨憺たる現場。その中に、一般人の母子が混ざっていた事が、あたしの怒りの感情を一気に解き放つのだった。それは何と、父、竜二の元に暮らしはじめて久しく会っていなかった、あたしの母、神楽理沙と、母の連れ子であたしとは、一廻り近く年下の弟、神楽誠二だったのだ。
「良治ぃ……あんたは北見に戻りな!そして父さんに伝えてくれる?貴方の娘神楽礼子は故…朝倉源治会長が一人息子朝倉良治にぃ北見白狼会三代目を頼み母の暮らしていた札幌に散りましたってねぇ!」
あたしは語尾強めにそう口早に告げると、訳がわからずまるで幼子のように泣きじゃくる良治の延髄に黒鞘の一撃を見舞い、意識を無くした彼を里緖とリーファンの二人に託して、康太と二人顔を見合わせて、共に頷きあったと同時にあたし達二人は、敵陣の最前線へと斬り込んで行くのだった。
「あの二人なら…きっと大丈夫だよ……今までだって幾つもの死地から復帰してきた二人だもんこんな事でくたばったりしないもん……だよね…康太…礼子さん……」
あたし達二人が敵陣の最前線へと斬り込んで行った後、彼女、一ノ瀬里緖は問わず語らずにそう言って涙を吹きこぼしていた。
「今はあの二人信じるしかないある……あたし達は彼女に言われた事…全うするね……」
その場にしゃがみ込み、涙を吹きこぼす彼女を気遣うように、彼女、リーリーファンは優しく里緖の肩をたたくと、意識を失なった、朝倉良治をその大きな背中におぶり、里緖と二人、北見へと帰路を急ぐのだった。
一方その頃、札幌の市街地まで進撃したあたしと康太は、街外れの雪原で敵方の大将とおぼしき人物と対峙していたのだが、それは、彼の龍神会時代の一番の理解者であったはずの平木圭吾という男だった。
「圭吾さん…何故だ?この道北へ突っ込みかけるって決めた時…龍神会は解散したんだ!なのに何故…?」
雪原で対峙するあたし達二人と、数人の仲間を従えた彼、平木圭吾。一触即発の間合いで康太が彼に詰め寄った。
「康太ぁ…おめぇすっかりその隣で殺気だってる北見のメス狼に飼いならされちまったかぁ?龍神会は…解散なんてしてねぇよぉ……それでも解散したって言うんならよぉ…本日…たった今からぁ俺とおめぇは敵どうしって事だなぁ!元ぁおんなじ釜のメシぃ食った仲だぁ…最後の情けって事でぇ苦しまねぇように一発であの世に送ってやるよぉ!」
しかし、そう宣言した彼の銃弾が、康太に届く事は、なかった。何故なら、彼が発砲するより早く、彼の懐深く潜り込んでいた康太が、順手から逆手に持ち直した小太刀で、彼の拳銃を持つ両腕を斬り飛ばしており、この喧嘩、圧倒的にあたし達二人の有利に戦況は進んでいるはずだった。
「おぅ…嬢ちゃんよぉこんなとこで…俺等の内輪もめに立ち会ってて平気なんかよ?早く北見に戻らねぇとこいつ同様にあんたの帰る場所も無くなっちまうんだぜ……それでもいいなら…さぁ!俺等をとっとと殺せやぁ!」
最早、戦況挽回のチャンスが無くなったと見るや否や彼は、標的をあたしに変えて凄むのだった。
「……平木さん…あんたぁあたしが女だからってナメてない?この道北全部があたしにゃあ帰る場所も同然だぁ……それに…あんたの息の根止めなきゃああたしゃ北見にゃあ戻れないんでねぇ……」
彼、平木圭吾の全国制覇まで目論んだ巨大組織の一員成らぬ発言に、あたしも康太も笑いと嘆きが止まらず、唯々、失笑するばかりだったのと同時に、あたし達二人の抑えようのない怒りの感情への着火剤にもなった彼は、あたしと康太、それぞれの怒りの感情をのせた刃にその身を貫かれ、狂い咲きの桜の大輪がごとく、その雪原を真っ赤に染めて果てるのだった。
「二代目…お見事です……これで不憫に命を落とされたお母様と弟さん…きっと草葉の陰で喜んでくれてますよ……」
康太は哀しげな様相でそう言うと、刃を収めた小太刀を再び左手に携え直すのだった。
「だといいんだけどね……何せ娘らしいことなんて何一つとしてしてなかった…母と弟にしてみたらあたしと父は神楽家の恥さらしみたいなもんだからね……けど…こうなった事…今は微塵も後悔はしてないよ……それよりこの喧嘩…あんたのがつらかったんじゃない?彼、あんたの兄貴分だったんだろ?」
虚ろながらもその瞳の奥、紅蓮の炎の如き士気を宿した眼差しで、あたしの前に傅く彼に、あたしはそっと手を差し伸べた。
「……彼の事ぁ…俺が勝手に信用してただけだったみたいです……けど…彼の言ってたあの言葉だけぁどうにも気になります…二代目は一度北見にお戻りください……稚内へは…俺と栄二の二人で向かいます……何かわかれば…すぐにそちらに連絡を……」
彼は静にそう言うと、自分の一番の腹心でもある平方栄二を伴い、一路稚内へと進路を取るのだった。
そして彼と別れ、あたし自身も一抹の不安に駆られながら、北見を目指していた時だった。
『お竜さん暴走…急ぎ北見に戻られよ……』
北見の情勢が激しく動こうとしている旨の、里緖からのメッセージがあたしの携帯端末に送られてきた時、あたしの頭の隅にあった一抹の不安は、現実のものとなり、北見へと軽トラを走らすあたしの右足にも必然的に力が入るのだった。
当然そのメッセージは、康太の端末にも送られており、折り返しあたしの端末に返ってきた彼からのメッセージには、自分達との手打ち交渉を良しと思えない、彼女の熱い義侠心が綴られており、北見へと急ぐあたしを、さらに掻き立てるのだった。
しかしこの、あまりにもできすぎた筋書きに、新たな疑念を抱いたのはあたしだけでは無かったようで、今度は、稚内へと向かった康太からあたしに直接電話がかかってきた。
『二代目…貴女にゃあ非常に伝えにくいんだが……
とんでもねぇ事がわかっちまった……外様の俺がなんて言おうが信じちゃあもらえねぇでしょうが…カシラをしていなさる八坂平蔵さんの事だ……詳しい事ぁそちらに合流してから話します……最悪な事態になっちまわねぇうちに北見に急ぎましょう』
おそらくは通話の盗聴を警戒したのだろう。彼の緊迫感のある声音が、あたしの携帯端末に返ってくるのだった。
「遅くなりました二代目ぇ……二台連れ走りは目立ちます俺等の車に乗り変えてください……」
彼がそう言ったのは、あたしがちょうど借りていた軽トラを漁協関係者に返して、彼の先ほど指示してきた場所で待っていた時だった。
「康太どういう事?お竜姐さんの暴走に平蔵さんが絡んでるって事?」
彼の腹心でもある平方栄二の運転する車に乗り変えて、開口一番にあたしは彼に先ほどの電話での会話に対する彼の真意を聞いてみた。
「……絡んでるっていうよりは…あの人が…平蔵さんが裏で意図引いてお竜さんを動かしてるって考えたが俺は妥当かと思いました……俺…あの男の顔にゃあ見覚えがあるんす……
そう思ってあの男の素性調べてみりゃあ案の定だぁ…あの男はこの何十年の間ずっと先代や二代目達を欺し続けてきたんすよ……あの男は関西屈指の広域暴力団大阪天神会を御法度とされていた麻薬ビジネスに手を出した事で追われ一時俺等龍神会にもヒルみてぇに吸い付いてきたっていうとんでもねぇ男だったんすよ」
彼はあたしの問いかけに、伏し目がちではあったけどはっきりと今回の騒動の真意を語った。
「……なんてこったい……あたしとオヤジぁこの何十年あの男の嘘で塗り固められた忠義心に欺かれてたって事……?康太…全く見ず知らずの街で危ない橋渡らせちまってごめんよ……あんたの忠義心…あたしのここにズシンと響いたよ!あの腐れ外道ぉ!叩き斬ってやらぁ!栄二ぃ北見に急いどくれ!」
康太の真意の告白に、心揺らぐ部分はあったけど、その時のあたしには、この何十年もの間あたし達親子のみならず、この道北任侠界を愚弄したも同じな所業をした、八坂平蔵を許せないという怒りの感情の方が勝っていた。
一方その頃北見では、あたし達三人の予想どおり、白狼会を分裂させようと画策していたのは二代目若頭の八坂平蔵だった。
あたしの父親を信じて集まった人達の忠義心と義侠心を盾にとり、尚かつ先代北見黒狼会、会長の朝倉源治氏の御子息、朝倉良治を担ぎ出し、あたしの父親、神楽竜二と今正に北見に向かっているあたしに対する引退宣言を迫っていたのである。
「先代…今の極道ぁゼニ稼いでなんぼでっせ……あんたや二代目のやり方やったらわし等ぁの暮らしぃいっこも楽んならへんねんええ加減あんた等親子は引退しぃやぁ……」
彼は事もあろうか、あたしの父親の首筋に抜き身の刃を押し当てるのだった。
「……平蔵よぉ…俺が何にも知らねぇでおめぇを仲間にしたと思ってんのかぁ?ったくてめぇは何にもわかっちゃいねぇんだなぁ……おめぇを破門にしてからの悪行の数々俺のとこ入れりゃあちっとはまともな極道になるだろってよぉ…安西会長本人から頼まれてたんだよぉ……けど…全く意味なかったみてぇだな……だが…最後に一つだけいっとくぜぇ…その刃引きゃあ蜂の巣になんのはてめぇだぜぇ……」
あたしの父親神楽竜二は、彼の暴挙にざわめく組員達を無言で制すると、一瞬彼を強く睨んだだけで、声を荒げるでも無く淡々というのだった。
「な…何余裕かましてんねん……あんたの生き死に握ってんのは俺やでぇ……」
父親神楽竜二の余裕の態度に逆に動揺を隠せないのは彼の方だった。
そしてちょうどその頃、あたし達とほぼ同着くらいに安西玲二大阪天神会、会長と会長の御子息で若頭の安西伸二さんがこの白狼会事務所に到着するのだった。
「……八坂よぉ…それじゃあ何にも変わらへんやないかい!神楽はん…わしとこ破門したあほぅをよぉここまで面倒見てくれはりましたなぁ…ほんますんまへん……このあほぅの事はそちらさんでどない処分してもろてもかましまへん……わし等ぁこれ以上そちらさんに迷惑かけるつもりはあらしまへんよってにこれで失礼しますわぁ……神楽はん…娘さん…ええ極道にならはりましたなぁうちとこの伸二にも見習わせたいくらいやぁ……ほな…失礼しますぅ」
安西さんは優しい表情であたしと父、竜二にそう言って、その場を後にしようとした時だった。
「な…何やねんそれ……安西わりゃあどいだけわしの人生めちゃくちゃにすりゃ気ぃがすむんやぁ!」
父と安西さんのやりとりを呆然と見ていた八坂が今度は、事もあろうか自分を破門にした安西さんに刃を向けた刹那、臨戦態勢に入るあたし達や、彼の息子の伸二さん。彼、八坂平蔵の手にした小太刀の刃が玲二さんの脇腹に後一センチという刹那、今の今までにこやかに笑っていた玲二さんの様相が一転して、修羅の様相と化した次の瞬間だった。
「八坂よぉ…おどれぁほんまどうしようもない外道以下のクズやなぁ!この恩知らずがぁ……刺したいんやったら…はよぉ刺せぇや!せやけど応えはさっきの神楽はんとおんなじやぁ……くたばんなぁおどれの方やでぇ……」
彼は低く迫力のある声音で暴挙に出る彼の説得を試みたのだが、麻薬によって、身体全部の神経が麻痺している彼には、玲二さんの説得も馬の耳に念仏だった。
しかし次の瞬間、短くうめき声をもらし、崩れ落ちるように絶命していたのは彼、八坂平蔵の方だった。
「お嬢さん…いいんや…北見白狼会二代目ぇあんたらぁ仲違いしたらあかんでぇ……」
修羅の様相が緩み、あたしと年の近い息子をもつ一人の父親として、はたまたあたしとお竜姐さんの仲違いに気づいてなのか、玲二さんは優しくあたし達を諭してくれるのだった。
しかし、任侠の世界とは非情なもの、一度出きた溝が深まる事はあっても埋まる事はないのである。
玲二さんのあたし達に対する説得は徒労に終わり、あたし達は終わり無き内部分裂抗争の渦へとのみ込まれていくのだった。