十話 道北抗争~③~
「……どうあっても…俺の破門は解いちゃあもらえねぇんですねぇ……わかりやした……けど…後悔するなぁあんたらの方ですぜぇ……今回のこの喧嘩ぁ…俺が間に入って少しでも双方の犠牲者減らそうって考えてたんですがねぇ……」
自分にかけられた破門の措置が、どれだけ嘆願しても解けないと知るや否や、彼は手のひらを返したようにそう言って、皆に背を向け、数人の舎弟を引き連れ、組事務所を出ようとした時だった。
「……久坂さんよぉ…誰が何時…俺等の間に入ってくれって頼んだ?んなこたぁこっちぁ一言も頼んじゃいねぇぜぇ……」
彼、久坂浩二郎の体の中心奥深くまで、白鞘の小太刀の刃を突き刺し、彼が絶命して倒れるとほぼ同時くらいに、そう言って姿を現したのは何と、敵方の御大将、皆上康太だった。
「……襲撃たぁ…おめぇらしくねぇな……何をそんなに慌ててる?俺等北見白狼会は逃げも隠れもしねぇよぉ……」
双方の大将どうしの会話が、血戦の合図だった。
「……別に焦っちゃいませんがねぇ…どうもいけねぇや……東京生まれの性…なんですかねぇついついせっかちになっちまう……
ただ…今回のこの喧嘩ぁ休戦協定を不義にしちまった詫びと…過去の喧嘩で散った内とそちらさんの兵隊達の弔いも兼ねてるんでね……って言いてぇとこだが…今の俺はもう…龍神会たぁ何の関わりもねぇんですよぉ……俺等八人は西新宿の路地裏で派生した孤児ばかりの愚連隊でしてねぇ……今の俺等にゃあ大義名分なんてねぇ!あんたらからぁこの北見を奪いに来たぁ!ただの破落戸ですわぁ!」
彼はそういうが早いか、騒ぎを聞きつけて、大部屋から出て来た旧黒狼会の兵隊と、僅かに残った白狼会の兵隊を、瞬殺の勢いで血祭りに上げていくのだった。
「……そうかい…なら俺等も…遠慮はいらねぇって事だなぁ!」
あたしの父、神楽竜二はそういうと、着ていた着流しを諸肌脱いで、切り傷刺し傷だらけの背中を露わに、先陣切って、段平片手に彼等に斬りかかるのだった。
この時の事は、あたしの脳裏に焼き付いて一生離れないだろう。
何故なら父も彼等も、ここに居る人間みんなが生きるためじゃなく、誰もが死に場所を求めて戦っていたのだ。そんなのばかげてる。一瞬だけ、そう思った事もあったかもしれない。
けどその時のあたしも例外ではなく、みんなと一緒に、死に場所を求めていた。
刃と刃がぶつかり合い、耳をつんざくような金属音が響き、時折聞こえる銃声と怒声。やはり父の予想どおりというべきか、徐々に劣勢になってきたのは、あたし達、北見白狼会の方だった。
しかしあたし達親子には、一縷の望みがあった。それは、あたしも父も最古の日本狼と恐れられた蝦夷狼の血が流れており、その未知なる力は劣勢になり、手負いになった時にこそ、解き放たれるものだったのだ。
「里緖ぉ!リーファン!油断すんじゃねぇぞ!あの親子ぁまだ全ての力をだしきっちゃいねぇ!もう…他の連中にゃあ構うな……神楽親子を全力で叩き潰す!」
敵将、皆上康太から激が飛び、彼等三位一体の攻撃があたしと父に死に物狂いの牙を剥いてきた。
実際この時、あたしも彼等三人も、確実に死を意識していたように思う。けど、父だけは違ったようで、この時父はあたし達に教えたかったのかもしれない。
縄張り争いの滑稽さを、そしてそんな事に若い命を無駄にする虚しさを。
その証拠に、康太の攻撃はことごとく父に躱され、焦りを見せ始めてたのは、彼の方だった。
そしてそれは、全国制覇などというくだらない野望に取り付かれるのでは無く、縄張りも関係無く、気軽にまた遊びにこいとでもいいたげだった。
「……竜二さん…俺等八人にゃあもう…帰る場所なんてありゃあしねぇんですよぉ……この際…俺はどう処罰されようが構わねぇ……ただ…こいつらだけは見逃してやってくれませんか?やっぱり今回も俺等の完敗ですよ……」
幾度となく父と刃を交えた後、彼、皆上康太は刃を納めた白鞘の小太刀を右脇に置き、戦意のない事を示した上で、傅くのだった。
「康太の…バカぁ!あんたくたばったら跡に残された里緖ちゃん達どうすんだよぉ!……父さん…端っからあんた達殺すつもりなんてなかったんだぁ!父さんずっと信じてたんだよ!あんた達だけは他はどうあれあんた達だけは…ちゃんと話しの解る連中だってぇ……父さん最初から解ってた…あんた達が全てを捨てて…この北見に殴り込んで来るって……帰る場所無かったらさぁこの北見で暮らしなよ?あたし達は元の事務所戻るから…この事務所でまた…北見龍神一家…立ち上げなよ……あたし達も協力するから……」
あたしはこの時、父に悟され、死を覚悟した彼が放っておけず、感情の赴くまま、彼の肩を掴み、いつしかあたしも、泣きながら彼を説き伏せていた。
「礼子お嬢さん…それから神楽竜二先代会長……あなた達親子は何で底抜けにそこまで人に優しいんだよぉ……二度ならず三度までこの北見を脅かした俺等を……温情…ありがたく…お受けいたします……」
彼もまた、情に脆く、優しい男だったのだろう。あたしの涙の説得に、彼はそういうと、周囲をはばかること無くあたしと父の手を固く握りこれでもかといわんばかりに号泣するのだった。
そしてこれは、関東龍神会、龍神一家二代目でもある総長皆上康太が、あたし達親子の前に墜ちた瞬間でもあった。
そして、三度にわたってこの北海道北見に攻めて来た関東龍神会と、あたし達北見白狼会の長きにわたる抗争は、関東龍神会、龍神一家二代目、皆上康太と、北見白狼会二代目のあたしと、先代会長のあたしの父、神楽竜二を見届け人とした、手打ち交渉の結果、完全終結を迎えるはずだった。
しかし、彼等三人の龍神会脱退、解散に伴い、北海道全域に散らばっていたかつての龍神会傘下組織が暴走を始めてしまい、北海道のあちらこちらで、暴れ回るという事態になってしまい、手打ち交渉からのあたし達北見白狼会が初めて親子縁組の杯を交わし、再始動しようとした矢先の出来事で、結局あたし達と彼等三人の戦いは終わっておらず、あたし達と彼等三人で最早、暴徒と化して制御不能状態になったその暴動を何としてでも止めなければ、本当の意味での停戦にはならなかったのである。
「先代…二代目ぇ…本当に申し訳ねぇ……今まで散々迷惑かけてきた俺等をあたたけぇ恩情で傘下組織にまでしてくださったってぇのに…こんな事態になっちまって……俺等はこれから…特にひでぇ状態にある札幌…稚内方面に向かいます…先代と二代目におかれましてはまた…いつ火の粉が飛ぶかわからねぇこの北見を護って頂きたくよろしくお願い申しあげます!」
手打ち交渉からの停戦協定ならびに、親子縁組の粋事がすんだばかりのここ、旧、北見黒狼会事務所。
新たに仲間に加わった、旧、関東龍神会、龍神一家二代目総長、皆上康太がそう口早に告げ、事務所を出ようとした時だった。
「……礼子ぉ…それからお竜……おまえら二人は康太達の援護に廻ってやれぇ……北見の事ぁ平蔵とこの俺が引き受けたぁ!」
終始腕組みをして、無言のままあたし達の様子を鑑みていたあたしの父親であり、北見白狼会先代会長でもある、神楽竜二が静かにそう宣言するのだった。
「父さんは黙ってて!ここからは二代目であるあたしが仕切らせてもらう!お竜姐さんは平蔵さんと父を頼みます!それからぁ良治ぃ!あんたはあたしと一緒だぁ!以上!散会!」
あたしは父の宣言を途中で遮り、再び先の戦いから生き残った僅かな組員達に、新たに進撃の狼煙を上げるのだった。