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幸せをあなたに(終)



レオンは先程から部屋の扉にへばりついて大声で騒いでいる、自分の父親に少し……いや、だいぶ引いていた。


「うぉおおお!! どうして入れてくれないのだ!!! レーナがあんな痛そうな声を上げるなんてっ……!! 開けろ! せめてレーナの側にいさせてくれ!!!」


「いい加減にしなさい! アーノルド!! いい歳した大人がみっともないですよっ、レオンを見習って大人しく座っていなさい!!」


廊下に設置された長椅子にレオンと座っていた王妃がアーノルドを叱りつけた。


「そうだぞ、こういう時の男はドンと構えとくものだ。少しは、お、落ち着け…。」


「そ、そうだよ。アーノルド君、こ、こんな時は落ち着くものだ。」


そう言っているこの国の王様もレーナの父親も先程から座ったままで、貧乏ゆすりが止まらない。

何故この場に国王夫妻がいるかというと、二人にとってレオンは孫であり、そしてレオンの母であるレーナが産気づいたと聞いて城から飛び出してきたらしいのだ。


「しかしっ、レーナのあのような苦しむ声を聞いたことがありません!! ああっ、なんでこんな時に傍にいてやれないのだ!!」


「子を産むときに痛みはつきものです! 父親であるあなたがそんなに取り乱した声を上げてはレーナちゃんの気が散りますよ。いいから黙って座っていなさい!!」


「ちちうえ、となりにすわってください。おててつないであげますから。」


いつも冷静沈着でかっこいい父親がこんなに取り乱しているのを初めて見たレオンだが『ここは僕が父上を安心させなきゃ』という使命感に駆られた。


「ほら、レオンくんを見習いなさい。まだ4歳なのにあなたよりだいぶ落ち着いているじゃないの!!」


王妃がレオンの頭を撫でる。レオンは大好きなおばあ様に褒められて嬉しそうに顔を赤らめた。

そしてアーノルドは、名残惜しそうに扉から離れてレオンの隣に座るとレオンを膝の上に乗せた。


「ちちうえ、これからぼくのおとうとかいもうとがくるのですか?」


「そうだぞ、お前はお兄ちゃんになるのだ。だから、妹や弟を守れるくらい強い男にならないとな。」


「はい! ……ちちうえはぼくがうまれたとき、おくにのためにたたかっていたとははうえからききました。」


「そうだったな……。」


ああ、あの時も大変だったな~と国王夫妻とレーナの父親は遠い目をした。

レーナが産気づいた時に、運悪く辺境伯の領地で魔物によるスタンピードが発生した。第一騎士団長であるアーノルドは応援要請で急遽向かわないといけなくなったのだが、大いにごねた。『行くくらいなら団長を辞める!!』という子供じみた事まで言い出して、王様と王太子は頭を抱えたのだったが。

産気づいたレーナが『私は無事にこの子を産みます、だからあなたもこの子の、この国の未来を守ってください』という言葉にやっと辺境の地へと向かったのだった。あの時のアーノルドの戦いっぷりは凄まじく、バッサバッサと魔物を一人で退治して僅か三日でスタンピードを終息させた。


『まるで、団長の方が悪魔のようでした……。』


そうして戦いに同行した騎士達に軽いトラウマを植え付けたようだった。







「ぼくもちちうえのように、つよいおとこになりたいです!」


「そうか、では今以上に勉学に励み、毎日の鍛練を欠かさず行う事だ。」


「はいっ。」


レオンは大好きな父親に頭を撫でられて嬉しそうに笑った。


その時だった。


『……おぎゃああ! おぎゃああああ!!』


扉の向こうから赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。


一瞬、その場が静まり返ったが次の瞬間、『おおおおー!!』と歓声と共に王様とレーナの父親が手を握り合って喜んでいる。王妃様も目を潤ませてハンカチで目元を押さえていた。

アーノルドはというとレオンをしっかり抱きしめたまま固まっていた。


ガチャと扉が開き中からレーナの母親が顔を出した。


「アーノルド様、無事に出産しました。レーナにそっくりな女の子ですよ。どうぞ、中へ入ってください。レオンも妹に会ってあげて。」


「‥‥‥。」


アーノルドは何も言わずにレオンを抱えながら立ち上がって、ふらふらとした足取りで部屋の中へ入った。部屋の中にある大きなベッドにレーナがいて、その腕の中には生まれたばかりの赤ちゃんが抱えられていた。


「レーナっ、大丈夫なのか!?」


「ふふ、ちょっと疲れちゃったけど無事に生むことが出来ました。ほら、レオン。今日からあなたの妹になる子よ。」


「わああ! ちっちゃいですね。かみのいろは、ははうえとおなじだあ!! やっとあえたね、おひまさま。きょうから、ぼくがおにいちゃんだよ!」


レオンは赤ちゃんがレーナのお腹にいる頃、毎日お腹にこんな感じで話しかけて、ずっと会えるのを楽しみにしていたのだ。


「ああ、レーナにそっくりだな。」


アーノルドは指で恐る恐る赤ちゃんの頬を撫でた。


ああ、なんて愛らしいのだろう。

あれ? 何だか今日は、目がおかしいのかぼやけてよく見えないのだが……。


アーノルドは慌てて目を擦るのだが何故か指が濡れていて拭っても拭っても上手く見ることが出来なかった。


「ちちうえがないている……。」


レオンはびっくりした。父親の泣いているところなんて初めて見たから。なんでこんなに嬉しい事なのに泣いているのかと不思議に思ったが、人は嬉しい時でも泣くのだとしばらくして、レーナに教えてもらうのだった。


「さあ! レオン、お爺様達に赤ちゃんのお披露目をしましょう。一緒に来てくれる?」


「はい!」


レーナの母親が気を利かせて、赤ちゃんとレオンを部屋の外へと連れだした。

部屋にはアーノルドとレーナしかいない。


「大丈夫か?どこか具合が悪いところはないか?」


ベッドの側にある椅子に腰かけて、レーナの手を握った。


「はい、大丈夫です。少し疲れましたが元気な子を産めてよかったです。」


顔に疲労をにじませながらもレーナは、幸せそうに微笑んでいる。


「レーナには与えられてばかりだ、俺をどんどん幸せにしてくれる。……こんな俺に返せるものがあるのだろうか。」


「何を言っているのですか、私だってあなたから数え切れないくらい沢山のものをいただいているわ。こんなに幸せでいいのかしらって、いつも思っているのだから。」


「そんなことは……。」


レーナは握ったアーノルドの手にもう片方の手を重ねた。


「私ね、いつも思うの。あの時、あの卒業パーティーであなたが助けてくれたから今の幸せがあるんだって。感謝してもしきれないわ。……改めて、お礼申し上げます。あの時は助けて下さってありがとうございました。」


「お礼を言われるようなことはしていない……。俺こそお礼を言いたい。君がいなければ今の俺はいなかった。ありがとう。」


あの時、あのお茶会でレーナに会わなければ俺はずっと最低な人間のままだった。彼女が俺を救い出してくれた女神だ。


「あらあら、今日は涙もろいのですね。…ふふ、やっぱり親子ですねレオンの泣き顔とそっくり。」


レーナはそう言って近くにあったハンカチでアーノルドの涙を拭った。


「じゃあ、こうしましょう。これからもっともっと、あなたを幸せにするのであなたも私達をもっともっと幸せにしてください。」


「ああ、必ず、これからもずっと幸せにすると誓おう。」


アーノルドはそう言ってレーナの手の甲に誓いの口づけをした。

それからもアーノルド一家は笑顔の絶えない、幸せな家庭を築くのだった。



《終》




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