君の✕✕は蜜の味
「るいなちゃん〜〜やっぱり怖いよ〜〜!!」
夕陽の差す教室。
窓から吹き抜けてきた風が花瓶の花を揺らし、私の頬を撫でた。
既に残っているのは私と美穂の二人だけ。二人の机を向き合わせて、私は今更になって怖じ気付き始めた美穂をなだめていた。
「……じゃあやめる?」
「やだ!!それはやだ!!!」
「じゃあ勇気出しなって」
「ふぇぇ……それはぁ……」
私は経験がないから美穂の気持ちはわからないけれど、字面を見ただけでもそれが乙女の一大イベントである事は察せられる。
「怖くもなるでしょ!!だって!!告白するんだよ!!!」
告白。
恋する乙女がそのうちに秘めた感情を吐露して想い人からの愛を勝ち取らんとする、まだ十数年しか生きていない女子にとってはその人生で一番と言っていいであろう大勝負だ。
上手く行けば、そこから先は“恋人同士”という夢の舞台で繰り広げられる夢のような甘い日々を過ごすことができる。そこはすべての女子の憧れの世界。理想の彼氏との理想の学園生活。そこへ至る最後の関門へと、美穂は今手をかけようとしているのだ。
「るいなちゃんも恋すればこの気持ちがわかるようになるよ」
「恋かぁ、私はまだいいかな」
「なんで?」
「どうでもいいし、男子とか」
「昔からそうだよねー、るいなちゃんは」
小中高と学校生活を過ごしてきて、私は男子に恋をしてきたことがない。わざわざ女子に話しかける男子なんて八割下心見えてるし、下心のない男子はそもそも女子に話しかけすらしないから彼らの事はよく知らない。私からすればそんな彼らのどこに惹かれればいいのか全くわからない。
それでも、美穂は見つけた。
下心以外のもっといろんな感情を見て、この人と一緒になりたいと思える相手を。
そんな相手を想う美穂の恋心は、やっぱり美しいと思える。
「恋はすごいんだよ!好きな人ができるだけで毎日がキラキラぁって輝くの!その人の周りが輝いて見えて、その人のことを考えてる私までも輝いてる気がして、私はこの人と結ばてるために生まれてきたんだぁって、恋はそう、運命なんだよ!!」
そう力説する美穂こそが私には輝いて見えるけどね。
恋する少女が輝くというのはきっと本当なんだろう。美穂の瞳の奥の輝きがそう教えてくれる。
それは私にはないものだから。私の持たない輝きがただでさえかわいい美穂をより魅力的に見せる。
「そう!運命!!私達は運命で繋がってるから惹かれ合うの。毎日想い合うっていうただそれだけの事でこんなにも満たされて、それでこれから彼氏彼女になれたらそれがずぅーーーっと続くの!最高じゃない!?」
美穂の力説は続く。
美穂はきっと運命を心の底から信じているんだろう。昔からこの子は星座や占いといった不確定なものにひたすら運命を感じる重度のロマンチストだった。
私はそこまで運命を信じれはしないけど……
…………まぁ、美穂が楽しそうだしいっか。
「美穂、楽しい?」
「うん!!毎日が楽しい!!!」
この朝凪美穂という少女はずっと恋に憧れていた。
小さいころに少女漫画で読んだ世界に心を奪われ、その主人公と自分を重ねて幾度となく理想の彼氏と出会う日を夢に見た。そんな彼女の天真爛漫な性格は今まででも多くの男子の注目を集めてきたが、今に至るまで彼女が彼氏を作ったことはなかった。そんな彼女を見てきた私からすれば、やっと自分の納得する恋をした美穂に『ようやくか』という思いさえ湧いてくる。
それだけ、この子は魅力的な女の子だ。
「……そろそろじゃない?」
「ほんとだっ!!」
気が付けば時計の針は6時を回ろうとしていて窓越しにグラウンドを覗けばサッカー部は既に荷物の撤収を始めていた。
「じゃあ行って来るね!!」
「うん、頑張ってね」
「うん!!!」
美穂が勢いよく立ち上がる。
あれだけ怖がっていたのにいざ直前になると自信が満ち溢れているのは流石美穂といったところか。
……まぁ、どれだけ自信があっても。
うまく行きっこないんだよね。彼、彼女いるし。
これは本人たちが隠してた事だから美穂が知らないのもしょうがない事だとは思うよ。
でも、そんな事は美穂は全く考えてない。考えようとすらしない。
輝かしい笑顔で親指を立てる美穂を見ながら、あぁ、きっとこのかわいい顔をぐしゃぐしゃに泣き崩して帰って来るんだろうなぁ……君の泣き顔は、本当に、素敵だろうなぁ……なんて、そんなことを考えながら。
早く、君に私の胸の中で泣きじゃくってほしくて。
私は、笑顔で彼女を送り出した。