アオハルの悩み
―ねえ、にっしー。なんで私が好きなの?
学校から帰る道すがら、はるか先輩はそう聞いてきた。とっさに答えられず、しばらく固まってしまった。はるか先輩はニヤニヤこっちを見ている。
「ねえ、にっしー、教えてよ~」
「なんで俺が先輩のこと好きってことになってるんすか」-ヒヤッとした。
「えへへー、教えてくれた子がいたの~」
「誰ですかそいつ」
「ナイショ」
-好きであることは認める。だけどバレたくなかった。
「にっしー、でも今のうちに言っておくね」
―その先を、聞きたい、聞きたくない。
「私、好きな人がいるの」
―頭が真っ白になった。え、誰だ?
「…吹部の人ですか?」
「どうでしょうねぇ~教えられなぁい~」
こんなことを言われても、そのしぐさにかわいいと思ってしまう。1年の体験入部のとき、話しかけてくれた。それを今でも覚えている。女々しいというか、なんというか…
「でも、私にっしー好きだから」
「え、それ、どっちの意味で…」
「教えなーい」
周りの誰にも言っていない。顔にも出していない。けど、なぜバレたんだろうか…それであいつを疑ってしまった。反省している。申し訳ないことをしてしまった。
「…ごめん、って連絡するか。」
今日は変なことを言ってごめん、気にしないで。
「みずき、私絶対にっしー先輩上田先輩好きだと思うんだけど」
「またその話?辞めなよ、ホントだったらかわいそうでしょ」
「だって隠しきれてないじゃ~ん」
「…まさか上田先輩に言ってないよね?」
「えへへ~『かもしれない』って言っちゃった~」
「…え?」
―そのあとどんな話をしたのかを覚えていない。西村先輩がなんか、かわいそうで、仕方がなかった。ゆきは悪気はないのだろう。本人は恋バナが好きなだけだと思う。けど、なんか、秘密にしたかったのかもしれない。バレたくなかったかもしれない。自分で言いたかったかもしれない。そんなことを思うとかわいそうで仕方がなかった。初めてこの友人に怒りがわいた。
「みずき、また明日ね♪」-こいつは自分のしたことに気づいていない。
「ん、また明日」声が固くなっていないか心配だった。
家に向かうまでの足取りがどことなく重かった。ずっと西村先輩のことを考えてしまっていた。自分がそんなことをされたらどうだろう、とか。
「…かわいそうだよそれは、ゆき」
紫色に染まった夕暮れの下、みずきは小さくつぶやいた。
家に帰ると、おいしそうなにおいがぷーんとした。肉じゃがだ。やった。
「ただいま」とキッチンに声を投げ、自分の部屋に向かう。ジャージを取り出して洗濯物に回す。
ピロン、とスマホがなった。西村先輩からだ
今日は変なことを言ってごめん、気にしないで。
少し考えた。無邪気で残酷な友人が浮かぶ。「ゆきが言ってしまいました」といってしまいたい。だけど…
大丈夫です、私にできることがあれば言ってください
これでいいかな、と送信ボタンを押す。ごはんできたよーと声がかかる。気持ちを振り切るようにリビングに向かう。
えへへ~『かもしれない』って言っちゃった~
「え…?」―え、なんで、そんな顔をするの…?
言い放った瞬間、みずきは血が引いたような顔になった。何かまずいことを言ってしまったのか、自分ではわからなかった。そのあとのみずきは、どこか上の空というか、私の話を聞いていないようだった。だって、絶対あの人上田先輩が好きじゃん、言いたくなるじゃん。何が悪いのか、わからなかった。みずきと別れてから、自分のやったことを振り返った。確かににっしー先輩は言いたくなかったかもしれない、でもだったら、もっとばれないようにしたらいいじゃん。私は悪くない、私は悪くない。よし。
「なんでみずき、そんな顔をしたの。私が悪いみたいじゃん」
真っ暗になってしまった空に向かいそうつぶやいた。目頭が熱い気がした。