初恋はブリオーソに!
―「みずきほんと西村先輩よく観察してるね~もしかして…」
家に帰ってからもその言葉が頭を離れない。そんなはずない、とかぶりをふるが、どうしても、離れない。そういえば、小学校のとき、恋なんてしなかった。周りの子なんかは誰々がかっこいいとか、足が速いとか、頭がいいとか言ってキャーキャー盛り上がっていた。でも私はあまり興味がなかった。男子なんてガキじゃん、と思っていた。けど西村先輩は、違う。上田先輩にからかわれてすぐ反応しちゃうのは子供っぽいけど、やさしいし、ちょっとかわいいし、何というか、男子らしさを感じない。でも、好き…なのかどうかわからない。ってか、恋ってどんな感じなのかな…?
とりあえずパンクしそうな頭を冷やそうとベランダに出た。夜風が気持ちいい。少し潮の香りもする。星…は見えないか。―30分もそうしていただろうか。そろそろお風呂に入って寝よう。その前に明日の準備か。えーっと、ジャージと楽譜と…
「んじゃ、学校の外周を3周な。車に気をつけて。」柿山先生はもう走り出している。それに西村先輩や男子勢が続く。それに遅れないように1年、2年、3年と続く。
2周目で男子勢にぬかされた。
「おらみずき、速く走れ~」
「ほらみずき、西村先輩応援してるよ」
「うるさい!」
「ほらほらムキになっちゃって~」
「そんなことないっ!」
やっと3周走り終わった。あれ、西村先輩いない…?
―はぁ、はぁ、はぁ、ふぅー。え、なに、この人4周したの?
「にっしー?誰もいなかった?」と上田先輩
「大丈夫、です、ふぅ」
ゆきがニヤニヤしている。殴るぞワレ。
水を飲み一休み。この後は筋トレだ。
「10秒腹筋行きまーす。せーの」
「いーちにーいさーんしーい…」10秒間、背中を上げキープする。案外きつい、というか、普通にきつい。
「2回目行きまーす。せーの」
「いーちにーいさーんしーい…」
「こら西村、サボるな」やーい先生に怒られてやーんの
「あい、あい、サーセン」
「にっしーちゃんとやって?みずきちゃんが見てるよ?」-え、あ、私!?
―珍しい、反抗してない。どうしたんだろう。
「はい、筋トレお疲れ様です。それじゃ、基礎合奏をやるから、全員楽器と合奏体形の準備をしてください。」
「ほい、みずき、俺の譜面台もってこい」
「嫌ですよ自分のことは自分で、って先輩いつも言うじゃないですか」
「俺は合奏体系作ってるんだからいいだろ、ついでだ、ついで」
「わかりました…」
「にっしー怖―い」と上田先輩。怖いですよね~
「そんなことないです。先輩だって俺のことこき使ってたじゃないですか。」
「だってにっしー素直なんだもん。すぐやってくれるじゃん」
―ほーら顔赤い。褒められてうれしいんだ。
譜面台、楽器、譜面、チューナーとチューナーマイク、クリーニングペーパーにペン…一通り持ったな。西村先輩のはこれか。譜面台に全部くっついてる。
「先輩、これでいいですか?」
「あい、ありがと。基礎の譜面って持ってきたよね?」
「はい、ここに。」
「ん。じゃあチューニングしよう。俺の後に続いて吹いて。」
ドーソーレーシードーソードー…チューニングだけなら結構早くなってきた。
「ん、チューニングはこれでいいかな。じゃあハーモニー練習の譜面とか出して、軽くやっといて。」
「はい」
「基礎合奏始めまーす。気を付け、礼。よろしくお願いします。まず初めに西村から順番にチューニング。」
―西村先輩、やっぱり上手。早い。もう終わる。
「はい次」
ドーソーレーシードー…うーん、あそこまで早くできないなぁ。
「みずき」 西村先輩がささやく
「はい、何でしょう」
「上手くなってんじゃん」
―急すぎてびっくりした。あ、え、ありがとうございます。先輩のおかげです。とつぶやいた。
先輩は少し笑った後、すぐにいつもの真顔に戻った。チューニングは続いていく。
「チューバ」
ドーソーレーシードー...ちょっと低いよ、ゆき。音程上げなきゃ。
「全然あってない。もう一度外でやってきて。」―え、できないと出されるの?
「はい…」
―出来ないと出される。嫌ならちゃんと合わせてきて。と西村先輩。はい、言われなくてもそうします。
「今日の練習はこれで終わり、明日は走らないからジャージはいらないけど、水分補給しっかりして。」
みずき、ちょっと来て。西村先輩に呼ばれた。
「…お前、上田先輩に何か言ったか?」
「え、特には。」
「そうか…まあ、そうだよな。何でもない、ごめん、ありがとう」
「みずき、帰ろ♪」ゆきだ。会釈を残してゆきに駆け寄る。
―誰だよ、バラしたやつ。俺が上田先輩、いや、はるか先輩が好きだってこと。
沈みゆく太陽だけが、そのつぶやきを聞いていた。夏はまだ遠い。