一話 これがほんとの生き地獄。
「海斗君、、なんでここにいるの?」
「早苗、なんだよその格好、、それに、なんで光ってるんだ、、?」
質問に質問で返すのはあまり褒められた行為ではないだろう。しかしそうなってしまうのも仕方がないような気がした。なんせ目の前に天女の格好をした彼女がいるのだ。そんなの常識的に考えてあり得るはずがないし、そもそも体が発光するのも不可能なはずだ。しかし、いま目の前でそのあり得ないことが起きている。それらから海斗の脳はいま、パニックを起こしていた。
「海斗君、質問に答えて。なぜ、ここにいるの?なぜ、私がここにいるとわかったの?」
「俺がここにきたのは偶然だ。それにそっちこそ答えてくれ。お前はここでなにをしてたんだ?なんで光ってるんだ?」
「それを答える義理はないよ。」
意味がわからない。本当にこいつは早苗なのか?朝の早苗と性格がまるで正反対じゃないか。声色もおしとやかな感じからトゲが見える声色に変わってるし、なにより、
「答える義理はない、、て。俺ら、付き合ってるんじゃないのか?互いを大事に思い合ってるんじゃないのか?」
いつもならば恥ずかしくて絶対に言えない言葉。しかし今は何故か風船から空気が出るようにすんなりと言葉が出てきた。
「ああそうだったね。確かに私からお付き合いをお願いしたんだった。でも、もういいよ。私たち、分かれようか。」
「な、何を言ってるんだ?いきなりそんなこと言われても意味がわからな、、むぐぅ!?これは、、一体、、?」
突然身体を襲う嘔吐感。それと同時にまるで体全体に虫が入り込んだような激痛が走る、体全体を虫に喰われてるような激痛。しかし、自分の手を見てみても虫らしきものは一匹も確認できなかった。
「はぁ、、やっと効いてきた。流石に遅いから焦ったけど、無事に間に合って良かった。それじゃあ海斗君、、。」
その言葉が終わるとともに、静かに早苗がこちらに歩み寄ってきて、こういったんだ。
「ありがとう、カイ、大好きだよ。でも、」
【絶対に許さないから。】
「なにを、、言って、、」
最後まで言葉を紡ぐことができず、俺の意識は【赤い】空とは対称的な闇の底へと落ちた。
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「!?息が!!、、、できる?あれ、ここ、神社、、?でも、早苗がいない、、一体これは?」
目が覚めると、そこは先ほどまでいた神社のようだった。しかし空は【青い】。しかも突然襲った嘔吐感や激痛も無くなっていた。
「空が青い、、ていうことは、今は朝か昼?」
先ほどまでの時刻は5時、つまり夕方だ。だが、周りを見てみても明らかに夜ではない。ということは、すぐに意識が回復したわけではないのだろう。
「えっと、スマホは、、あった。今日の日付は、9月21日?おかしいな、確か俺が早苗に神社であった日も21日のはずだ。だけど、、周りが明るい。」
まるで1日をまた最初からやり直したかのような感覚を覚える。夕方に気を失ったということは、その日のうちに目を醒したとしても夕方か、夜のどちらかである。しかし今は朝、そんなことは時間を巻き戻さない限りあり得ない。
「あ、海斗君!!なんでこんなところにいるの?」
「な、、早苗?」
「もぅ、何で家にいないの?一緒に登校しようって約束したじゃん。」
(性格が戻ってる?一体なにがどうなっているんだ?夢、、だったのか?とりあえず少し様子を見てみるか。)
「ああごめん。少し神社が懐かしくなっちゃってさ。さぁ、学校へ行こう。」
「、、懐かしく、か。」
「ん?どうした?」
「いや!なんでもないよ!よーし!学校まで競争しよう!」
「お、おい!ちょっと待てって!」
(まぁいつも通りの早苗だし、特に問題はなさそうか。正直あの出来事が夢か現実かわからないし、あれが現実だとしても意味がわからない。なら、今目の前にいる早苗を大切にしないとな。)
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「、、おい智樹、そろそろ太ももをつけるのはやめてくれないか。地味に痛いんだよこれ。」
「嫌だね。そもそもお前が早苗様と一緒に登校してるのが悪いんだ!」
「はぁ、、、とりあえず、飯の時間だし食堂行こうぜ。今日は豚の生姜焼き定食らしいし。」
「おお!マジかよ!さぁ早く行こうぜ!」
「、、飯の話になると急にこれだもんなー、、。」
、、何かこの状況にとてつもないデジャブ感があるんだが。しかし、早苗も今は教室にいないみたいだし、【聖母早苗ファンクラブ】の連中もいない。やはりあれは夢だったのだろう。
「あの、海斗君、、これ、良かったら食べて!!」
「うわ!いつのまに!?」
突然大きな声で名前を呼ばれたと振り返ると、後ろには早苗が弁当箱をこちらに突き出して立っていた。だが、後ろには先ほどまで誰もいなかったし、早苗が即座に出現したのは少し不可解に思えた。
「まぁ、ベランダにでも隠れていて俺を驚かせようとしてたんだろう、、。」
「ん?どうしたの海斗君?」
「いや、なんでもない。ただの独り言だよ。」
(でも、あの夢のことの後だし、少し警戒しておいた方がいいかな。まぁ夢を真に受けるってのもあれだけど、、念のためだ。弁当は受け取らずに食堂で食べるか。それに、、もしあの夢が本当だとしたら、この弁当には毒が入っている可能性が高い。この弁当を食べたせいであの原因不明の激痛に襲われたかもしれないからな。)
夢のことを真に受けて弁当を受け取らないのは何か悪い気もしたが、海斗は正夢をよく見る体質なので慎重に行動することにした。
「ごめん早苗。俺今日は智樹と食堂で食べる約束してたんだ。悪いけど、弁当は受け取らない。」
「か、海斗、、俺そっち系には興味ないぞ、、?」
「うるさい黙れ。こっちもそんな趣味ないから安心しろ。」
「、、そう、ごめんね。じゃあお弁当は私が二つ食べるよ。二人で食事楽しんでね。」
「あ、ああ。ごめんな、、。」
とてつもない罪悪感を感じながらも、早苗の弁当を食べるのは身体が拒否していた。見るからに落ち込んでいる早苗を横目で見ながらも、重い足で食堂へと歩み出す。
「はぁ、、めんどくさいなぁ。こうなったら直接ヤルしか、、」
「ん?早苗、何か言ったか?」
「い、いや!なんでもない!ただの独り言だよーあはは!」
海斗は気のせいかもしれないが、今の早苗は何か夢で見た早苗とどこか似ているように感じた。
「まぁいっか。どうせ気のせいだろう。」
しかし大して気にせず、海斗と智樹は食堂へと歩み出した。
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「海斗君!一緒に帰ろう!」
「うん、いいよ。じゃあ帰ろっか。」
「そうだ海斗君!私ちょっと寄って行きたいところがあるんだけど、、いいかな?」
「もちろん。弁当のこともあるし、今日は早苗の自由にしていいよ。」
「やった!じゃあついてきて!こっちだよー!」
「お、おい!待てって!、、速いな。」
こうしている間にも早苗とどんどん距離が開いていく。ひょっとしたら、俺よりも速いかもしれない。
「、、海斗くーん!どうしたのー?」
(そんなこと考えても仕方ないしな。それに早苗の自由にしていいと言ったし、待たせたいしまうのも失礼だろう。)
「、、いや、なんでもない!今行くよー!」
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「ここ、、神社か?なんでここにきたんだ?」
海斗は周りを見渡すと、夢での出来事を思い出した。空は【赤く】染まり、街にはちょうど5時の鐘がなる。そして目の前には、、こちらに背を向けて立っている早苗がいる。
「海斗君、、お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「ああ。俺ができることなら。今日は早苗の自由にしてくれって言ったしな。」
「ありがとう海斗君、、でも大丈夫。海斗君はなにもしなくていいから。ただそこにいて動かないだけでいいよ。」
早苗がゆっくりとこちらを向き、手に持っているものをこちらに突き出す。しかしそれは弁当ではなく、、ナイフだった。
「海斗君お弁当食べてくれないんだもん、、おかげで私自ら手を加えなくちゃいけなくなっちゃった。」
「何言ってるんだ早苗、、?、、まさか!?お前夢のこと!?」
「、、?何言ってるの?夢って?」
(夢のことを、、知らない?でもこの状況、明らかに夢の状況と被っている。早苗が意図的に作り出したとしか思えない状況だが、、だけど、今は)
「早苗、そのナイフを下ろしてくれ。話がしたいんだ。」
「いやに冷静だね、、まぁ、そう急ぐこともないし、、いいよ、殺す前に少し話そうか。」
そういうと、早苗はこちらに突き出していたナイフをゆっくりと下ろしていった。
「、、まず、なんで早苗は俺を殺そうとしているんだ?」
「それを答える義理は」
「ないんだろ?なら質問を変えよう。なあ早苗。」
「、、何?」
「【カイ】ってのは、誰だ?」
「、、何故、それを知ってるの?」
「、、、やっぱりか。」
あの夢は夢であっても夢ではない。海斗は生まれつき、正夢を見やすい体質だった。否、正確に言えば、夢を見たのならば、それは確実に正夢という特殊な体質だったのだ。今まで多少の違いはあれど一度も正夢でなかったことはないのである。そして毎回正夢の中では、、海斗は死んでいた。
「、、もしかして、記憶が戻ったの?」
「、、わからない。でも、記憶がなくてもこれだけはわかる。お前は、、」
【俺を殺せない。】
「、、なんでそう、言い切れるの?」
「確かな確信はない。だけど、俺は生まれつき正夢を見やすい体質だった。でもな、あの夢の中での激痛は本物だったんだよ。毎回そうだったんだ。死ぬときに感じる苦しみや怒り、そして悲しみは、嘘じゃない。だから、思ったんだよ。」
「一体、、何を?」
「俺は死ぬたびに、なんども過去に戻されてるんじゃないかってな。」
自分でも確信はない。しかし、そうとしか思えなかった。本当に夢であるなら、あんな激痛は感じないだろうし、それに、、夢で早苗に殺されたときに感じたものを嘘にはしたくなかった。
「、、馬鹿げてる。一体なんの根拠があって」
「理由はさっき話した通りだ。正直、自分でも確信なんかない。自分でも馬鹿げてると思うよ。でも、、人間ってのは、死の危機に瀕すると、馬鹿げたことを言える生き物なんじゃないのか?ほら、言葉話せるの動物の中で人間だけだし。」
そういうと、海斗は早苗に笑いかけて見せた。すると早苗は、すっかり意気消沈したかのようにため息をついた。
「はぁ、、本当に意味がわからない。こうなるなら最初からこんな面倒なことせず殺しておくんだった、、で、あなたは結局何が言いたいの?」
「簡単に言うと、お前の目的はわからないけど、俺をこの場で殺しても何も意味はないってことだよ、」
「、、それ私がただの殺人鬼だったら意味なくないかな?」
「そうだな、でもお前は目的もなく人を殺しはしない。」
「なに?それも正夢ってやつ?」
「いや、ただ目的もなしに殺すだけだったら、俺に告白なんてせずさっさと殺してただろ。」
「、、ほんと、意味わかんない。そんなの、なんの理由にもなってないじゃん。」
「まぁ九割方感だしな。」
「、、はぁ、仕方ない、ついてきて。見せたいものがある。」
「、、わかった。」
早苗はナイフをそこらに投げたかと思うと、神社の本殿の中へと歩み出した。そして扉を開けたかと思うと、神社の中には何やら三つの扉のようなものがあった。
「これは、、一体?」
「これは、左から地の国、黄泉の国、天の国へと続いている扉。」
「地の国、黄泉の国、天の国?いったいなんだよそれ?」
「地の国はいわゆる【地獄】黄泉の国はそのままで、天の国はいわゆる【天国】。まぁ天国に関してはほとんどそのままみたいなものだけど。」
「でも、、なんでそんなところに続いている扉がこんなところにあるんだ?」
「、、本当に何も覚えてないのか。」
「、、何をだ?」
「いい?よく聞いて。あなたはスサノオノミコトの子孫でもあり生まれ変わりで、私はクシナダノヒメの子孫でもあり生まれ変わり。そしてこの神社はかつて私とあなたが共に暮らした宮殿があった場所。」
「、、今なんて?」
「、、だから!!あなたはスサノオで、わたしはクシナダ!そしてここはあなたとわたしの【元】家!!」
「、、あの、全く意味がわからないんだが、、?」
「はぁ、、つまり、あなたは生まれ変わって海斗として生まれてきたんだけど、記憶は残ってない。だけど私は残ってるってこと。」
「、、あー、はい。」
正直いって何をいっているのか全く理解ができなかったのだが、これだけは知っている。
「スサノオって、、あのアマテラスさんのところで好き放題暴れまくって、そして追放された神様!?」
「そうだけど、、まぁその話、ほとんど嘘なんだけどね。」
「へ?」
「本当はそんなに暴れてない。暴れたといっても、お母さんに会いたいって駄々をこねて山を一つ壊したくらいだよ。まぁそれでアマテラスさんは洞窟に引きこもっちゃったんだけど、、。」
「俺、前世マザコンだったのかよ、、しかもアマテラスさんなんかメンタル弱くない?まぁでも山一つ壊しちゃってるし、仕方がないか、、でも弱いな、、それより、なんでお前は俺を殺そうとしてたんだ?」
「ああそれね。あなた、八岐大蛇と戦ったとき、私を櫛にして戦ったんだけど、そのおかげで櫛の力がプラスされてとてつもない力が出たらしいのよ。でも、それはもともとあなたの力が強かったから。生まれ変わってしまったあなたは今、一般的な高校生の力しか持ってない。」
「えっと、、だから?」
「わたしは力を封印されていないから、あなたを殺して剣にしてそれを使う事で、全盛期のあなたぐらいの力を出そうと思ったんだけど、、死なないんじゃ本末転倒だわ。」
「そんな死んでくれみたいな目をしなくても、、」
早苗の視線に若干傷つきながらも、今の話に自分の知っている神話と違う部分があることに気がついた。
「でもそれって、クシナダの場合は櫛から戻れたんじゃなかったのか?だったらわざわざ殺さなくてもいってくれれば」
「ああそれも嘘よ。私、それで櫛のままあなたと結婚したんだから。」
「はい?」
「だから、私櫛のまま子供を作ったのよ。神の力的なので。」
「は、はぁ、、」
まったくもって意味がわからない話である。まず櫛のまま結婚などできるものだろうか。昔の日本は不思議がいっぱいである。
「だけどその物となる命は意思がない方が強いわ。道具に意思があるとどうしてもその思いが使っているものに伝わってしまう。だから、あなたの全盛期以上の力を出すには、あなたを殺して剣にするのが一番良いと思ったのよ。」
「な、なるほど。」
こんなにも目の前で殺す殺す言われるとなんだか耐性がついてくる。(実際一回殺されてるかもしれないので耐性とか関係ないが。)おそらく、絶対に許さないというのもこの事だったのだろう。
「その、、ごめんな。」
「もういいわ。そのことについてはそこまで気にしてないし。」
「え、絶対に許さないんじゃ?」
「何を言ってるの?わたしはそんなこと一回も言ってないじゃない。」
「まぁ、、確かに。別にいいか。なんでもない。それより、なんでそんなに強くなろうとするんだ?」
「?、、まぁいいわ。よく聞きなさい。この先、あと半年で、天と獄の戦いが始まる。それはつまり、世界の終焉を意味するわ。」
「せ、世界の終焉、、?いったい半年で何が起こるんだ?」
「今、天と獄は地上をどちらのものとするか揉めているの。そして、最終的には戦いで解決しようという話になったわ。わたしは、なんとしてでもその戦いを阻止したいの。」
「でも、そんな方法なんて、、まさか!?」
「そうよ、答えは至って簡単。つまりは、、」
【両方の王を力でねじ伏せ、やめさせればいいの。】
言葉で言うのは簡単だが、やるのはとてつもなく難しいであろう。日本神話をよく知らない(本当は知らないとおかしい)海斗にとっては両方の王など皆目見当もつかないが、その力が膨大だと言うくらいは分かった。その王を力でねじ伏せるなどほぼ不可能に等しいだろう。
「でも困ったわね。あなたが剣にならないなら私がもう一度櫛になるしか、、でも、あなたは今高校生の力しか出せない。いったいどうすれば、、」
「、、なら、二人で行けばいいんじゃないか?」
「、、二人で行ってもあなたはろくに戦えないし、わたしだってそこまで強くない。そんな二人で王を倒すだなんて到底、、」
「でも、無理じゃないだろう?なら、やってみればいいじゃないか。どうせ俺らが死ねば世界は滅びるんだ。だったら少しでも世界が助かる方にかけた方が良くないか?」
「、、でも、おそらく地の国や天の国で死ねばあなたは生き返らないわ。この二つの国は死んだと同時に肉体が消失し、記憶は一瞬のうちに消去されるの。だから、あなたはここに残りわたしだけが」
「それはダメだ。そもそも俺が死んだら生き返るなんて言うのはまだ憶測の域を出ないし、お前だけで行くのはいくらなんでも危険すぎる。それに、、お前だけ肉体や記憶が消えるなんて、俺には耐えられない。」
すると早苗は少し頬を赤くしたかと思うと、深くため息をついた。
「はぁぁあ、、わかったわよ。なら、さっさと行くわよ。道のりは長いわ。早くしないと争いが始まってしまう。」
「ってもうか?!流石にそれは早すぎるんじゃあ、、」
「さぁ、まずは地獄からね!ほら、さっさと行くわよ!!」
「、、なんか性格変わる前とここらへんは似てる気がするんだが、、。」
そして俺たちは、生きている生身の状態で地獄の門を潜り抜けた。