噂の歌い手は小さな狩人「風音レシエはクレシェンド」後編
MMD化済みうちの子シリーズのレシエちゃん編です。
いろいろ長くなってしまったので前後編に。後編の方がクッソ長いじゃないか!
後々色々修正入るかもしれません。
小さなスカウト:後編(視点:降石視晴)
商店街に入った僕は八百屋、肉屋、魚屋などを周り、今夜の歓迎会用の食材を確保した。
商店街特有の客と店主の近めな距離感は割と好きだ。
「…その犬、どうしたの?」
行く店の殆どで、ケルについて聞かれた。それもそうだ。行った店はどこもよく行く店で顔を覚えられている。見知った人物が見慣れない動物を連れていたらそう聞くだろう。
「先週、海外から引っ越してきた友達の犬です。とても賢いので、リールが無くても平気らしいです。…買い物もできるのだとか」
「ほぉそりゃ凄い。外国の犬はお使いもできるのか」
『店主、このメモの品をくれ』
ケルはいつの間にか咥えていたメモを店主に渡す。当然店主に声は聞こえていない。
「お?…はいよ、このメモの品だね。1200円だよ」
『ここから出して行ってくれ』
ケルは背中に付けた財布を見せる。
「えっと?ああ、そこから取っていけばいいんだね?…うん、1200円丁度。毎度あり!」
店主は取り出したお金をケルに見せて、確認を取ってから受け取った。
「いやぁ、買い物できるって本当だったようだね!」
『当然だ。甘く見るな』
「ちょっとオマケしといたからね。今度は飼い主のお友達も一緒にね」
…あれ、意外と受け入れられそう……?
「あはは……」
『シハル。正直な所、日本人の印象は悪く思っていたが、そうでもないらしいな』
悪い印象っていうのがどんなものかが気になるが…。まぁ颯の解説じゃ極端すぎていい印象を受ける方が難しいだろう。
「うん、地域の繋がりだとかそういう面では交流、団結力は厚いと思うよ。ただ、排他的な面が出るとそこからどんどん亀裂が生じることもある。全員が全員じゃないけどね」
『…やはりニンゲンは変わってるな。ところで、その携帯はなんだ?』
僕は通話してるわけでもないのにスマホを耳に当てている。
「この方が頭お花畑には見えないだろ?」
『…まぁそうだな。ただ、今度は頭が病気と思われても知らんぞ。厨二病だったか?』
「う、うるさいなっ!」
なんでこのメカ犬そんな言葉知ってんだよ!?…リザか。でそのリザに日本語を教えた颯か……。
『ん?あれは催し物か?』
歩行者天国となっている商店街の交差点に人だかりが出来ている。少し眼鏡をずらして観察してみると、人だかりの先ではカメラや小道具を持った人達、役者と思しき男女、ヒーローと怪人のスーツを来たアクター。どうやら特撮の撮影をしているようだ。
「あれは…今テレビでやっている『仮面ファイター雷皇』の撮影だな。へぇ、こんな所でもロケしているのか……」
仮面ファイター雷皇とは、日曜の朝に放送している子供向けヒーロー特撮だ。仮面ファイターの歴史は長く、昭和時代から続いている。そのため、世のお爺さんお父さん、大きいお友達まで根強いファンが多い。僕も何かと子供の頃から今のシリーズまで見続けている。友二みたいに変身ベルトセットとかは…ちょっと欲しいとは思うけど買うほどではない。
『アレは何をしている?』
「今はリハーサル…というか、打ち合わせ中みたいだね。雷皇は夜の殺陣が売りのファイターだから、昼間の内にああやって動きの確認をしているんだ…って、友二が語ってたな」
『仮面ファイターか……。その雷皇というのは初めて見るが、似た奴なら見たことがある。たしか…甲冑だったか?』
「前作の仮面ファイター甲冑のこと?よく知ってるね」
『イギリスで見ていたからな』
「え、君が?それともリザ?」
仮面ファイターは世界各国でも放送されている特撮だ。ただし、吹き替えなどの関係で1クール遅れて放送されている。
『いや……。…シハル。お前に一つ言い忘れていたことがある』
ケルが前方の人だかりを見て、直後急に改まって話しかけてきた。
「え、何?」
『レシエは日本の特撮が好きなんだ。向こうでもリザの研究室にいくつか私物のコレクションを持って来ていた』
「へぇ……。意外な趣味だ。…ん!?」
僕はケルが見ている人だかりを見直した。写真などで見たわけじゃないので、詳しい外見は知らないのだが、昨日のラジオや颯達から聞いていた情報と合致する後ろ姿を見つけてしまったのだ。
『お前にも分かるだろ。あの一際目立つ存在が……』
その少女はとても小柄で、肌は白く、髪は優しい水色をしていた。髪と近い色のワンピースを着ており、白いポシェットがアクセントになっている。初夏に現れた無垢な天使と言えるだろう。成程、確かに小学生と見間違われそうだ。野次馬の中には雷皇のリハーサルより彼女に注目している輩もいる。彼女はそれに気付かず、ぴょんぴょんしながら撮影を見てる。
「…OK。予想は付いた。そっか、あの子がレシエなんだね」
『そうだ。…相変わらずな様だな』
「…?あっ」
少女がこちらに気付いた。何やら気まずい顔をしている。
「……!」
突如走りだした。
「え」
『何をしているんだアイツは……追うか?』
「うーん……」
正直追う必要は無い。どの道同じアパートに引っ越してくるのだから、後でも会えるが―—
「…そうだね、少し様子を見てみたい」
『分かった。後から来い』
僕はケルの後ろから彼女の後を追い始めることにした。
弟弟子はお兄さん?(視点:風音レシエ)
「はぁ…つい逃げちゃった……」
私は商店街を出て直ぐにある公園まで来ていました。この時は知りませんでしたが、少し前に颯さんが獣人の異形と戦った場所らしく、公園の一部には立ち入り禁止になっている場所がありました。
「尾行の課題はもう終わっているから、逃げる必要は無かったけど……」
もっとあの人を観察したかったから、見つからないようにしていたのに…私は目の前の欲望に負けちゃいました。雷皇がかっこよくてつい……。
「私、ちゃんと成長したのかなぁ」
『尾行なら合格点だったぞ』
目の前のベンチに座って休憩していると、後の方から声が聞こえました。
「わっ、ケルちゃん…!?」
「ああ、やっと見つけた。ふぅ…足早いんだね」
それから、ケルちゃんと一緒に男の人が来ました。
「あ、えっと……。ごめんなさい。私、急に逃げちゃって……。あの…ハルさん…ですよね?」
「うん、視晴だよ。降石視晴。君がレシエちゃん、だよね?」
「はい、風音レシエです…」
「ちょっと、隣いいかな?」
「あ、はい。どうぞ…」
ハルさんが私の隣に腰かけました。
…どうしよう、なんて言えば……。
「君の事は、颯からよく聞いているよ」
「え、颯さんから?」
「善属性極振りの良い子だってね」
「そ…そうですか…?…えへへ」
「あと、歌の事もね。颯から君の事を聞いた時はびっくりしたよ」
「へっ!?…あ、あの!そのことは……」
クレシェンド。異形狩りともう一つ、周りの人に秘密にしている私の姿。歌うのが好きだった私は、お母さんに勧められて、インターネットに動画を投稿した。…その結果、有名歌い手なんて言われるようになってしまいました。
「大丈夫。言いふらしたりしないよ。本業の方に支障が出ちゃうからね」
「あ…はい。助かります」
「そういえば、ケルから聞いたけど、颯に言われて僕を尾行していたんだよね?」
「え、えっと…!ごめんなさい……」
どうしよう……。怒られちゃうかな……?
「全然気付けなかったよ。一瞬気配は感じたけど、君だとは思わなかった」
「…怒らないんですか?」
「颯の思いつきに…課題とかなんか言って付き合わされたんだろう?それなら、颯に文句を言うさ。まぁでも、颯はそういった回りくどいっていうか、ひねくれたっていうか、颯なりに君を指導しているんだよな……」
確かに、この人からは怒っているって気がしません。…寧ろ「やれやれ」とか「しょうがないな」っていう感じが顔から出ていました。
「ハルさん、優しいんですね。颯さん達から聞いた通り……」
「あの颯がそんなこと言ってたの…!?」
ハルさんが何か有り得ないものを見たような顔をしました。…颯さん、この人に一体何しているんだろう?
「優しい人っていうのはリザさんから聞きました。颯さんは…面白い人って言ってました」
「あはは…やっぱりそうか……」
『リザの評価は間違っていない。が、こいつには少し悪ノリという悪癖がある。気を付けることだな』
「…悪ノリ?」
「ケル、余計な事言わないでくれ」
ハルさんは普通にケルちゃんと会話していました。
「あ…やっぱり、ケルちゃんの言葉が分かるんですね」
ケルちゃんと会話できると言うことは、ハルさんにも少なからず魔力がある。何か魔法を使えるのかな?
「うん。といっても、僕はちゃんと魔法が扱えるわけじゃないけどね。君は?」
「私は…一応使えます。リザさんと違って、私の魔法は詠唱を必要とする精霊魔法ですけど」
「精霊……?」
『魔法は大きく分けて3種類に分類される。一つは生命魔法。リザが使う魔法だ。詠唱を不要とする代わりにコストとして生命力を魔力として消費する。日本のことわざでは「肉を切らせて骨を断つ」だったか?尤も、リザの魔法はそれを応用した例外だがな。二つ目は錬金魔法。比較的歴史の浅い魔法で、所謂錬金術だ。素材の合成や生成が主で、魔術士界隈では入門者向けの新技術として広まっている』
ケルちゃんが少し解説してくれました。それに続けて、ハルさんに私の魔法について話します。
「そして精霊魔法は、その名の通り、精霊の力を使う魔法です。契約の詩を詠唱して、対価を払うことで、生命魔法や錬金魔法では不可能な独自の魔法が扱えます。私の場合は、歌うことが対価で、補助の魔法が主です」
「へぇ、魔法にもいろいろあるんだね。凄いな、レシエちゃんは。…あ、いやレシエさん?一応姉弟子ってことになるから…その方がいいのかな?」
「い、いいえ!レシエでいいですよっ。ハルさんの方がお兄さんなんですから!」
「え?…分かったよ、レシエ」
「あ、他にも私が教えられる範囲でしたら、お教えしますよ」
「それは有難いな。正直、颯のは直観的でアバウトで、リザのはなんだか高度すぎて用語とかも多くて…2人とも難しいんだ」
「あはは…そうかもしれませんね。それじゃあ――」
突然、私とハルさんの携帯が鳴りました。
「電話…?二人同時って妙だな……。あ、これグループ通話か」
「私もです。出てみましょう」
『あ、二人共出たね』
『ん、あんたら今一緒いるの?』
電話の相手はリザさんでした。通話グループは3人だけですが、リザさんと一緒に颯さんもいるみたいです。
「ああ、今公園にいる。初めて魔人形と戦ったあの場所だよ」
「リザさん、どうかしたんですか?」
『うん、ちょっと妙な事が起きた。クドウからの報告なんだけど、街の北側の山中で、異形と魔人形の被害が確認された』
『それも厄介なことに、こんな真っ昼間にね』
「なんだって!?」
以前、お母さんから聞きました。日本は国土の狭さ、人口密度の高さや法律、司法の面で異形、異形狩り共に日中は公な行動ができないと言います。特に異形狩りの方は歯がゆい思いをすることが多いのだとか。
『既に警察が動いているし、武装警官や自衛隊も投入されるかもしれない。私達が狩りに行かなくても、対処されるとは思うけど……』
『日本の異形って、政治家やらヤクザやら、権力や金持った連中と繋がってる奴もいるのよ。私の見立て、どーも魔人形やその黒幕、そしてその近辺の異形にはそういったバックを持った奴が関与してる気がするのよね』
「それって…まさか揉み消されたり、そのバックとも敵対するってことか?」
『うん、最悪のケースである可能性もゼロじゃない。何か先手が必要だ。そこで異形が暴れた証拠だとか部位や血液などのサンプルがね』
『そこでレシエの出番ってことよ』
「わ、私ですか…!?」
『そう。私達の中で、日中でも目立たず静かに狩りができるのってアンタだけなのよ。一応ケルもそういうのは得意だけど、ケル一人ではどうにもならない場合もある。私が隠密で動いてもいいんだけど、確実に仕留めるには敵に近づかないといけない。リザの魔法も目立ちやすいしそもそも隠密向きじゃないのよ。宮藤とエルダさんが車とアンタの装備を持ってそっちに行くから、合流して現地に向かって。警察やら自衛隊の動きを見てから、私達もいくわ』
「は、はい!」
『シハルはレシエと一緒に行って。レシエの戦い方もよく見ておくといいよ。ケルはバックアップだ。君はレシエのスタイルにも対応できるだろう?』
『了解だ。リザ』
それから数分もしない内に、宮藤さんがキャンピングカーで公園にやってきました。
異形狩りの正義 (視点:降石視晴)
僕とレシエの前に止まったのは、今まで使っていた乗用車とは全く違う、後部が小さな部屋になっているキャンピングカーだった。それも小型バスくらいの大きめな車体だ。
「やあ、視晴君、レシエお嬢ちゃん」
運転席から宮藤さんが顔を出す。
「宮藤さん、この車は一体……」
「いやなに、移動しながら準備するならこっちの方が都合がいいんだよ。夜と違って、乗用車じゃ目につくからね。こっちの方が、現地で周囲に溶け込める」
今回の異形はキャンプサイト付近で現れたらしい。成程、確かに一般のキャンプ客に紛れた方がいい。
『では俺は先行し、様子を見てくる』
ケルの移動速度は車を軽く超えているらしい。
「はい、ケルちゃんお願いします」
ケルを見送ってから、僕とレシエは車に乗り込んだ。
「あら、そちらの人が颯ちゃんのボーイフレンド?」
奥の席には女性が座っていた。レシエによく似ている。
「あ…降石視晴です。えっと、レシエのお母さんですか?」
「はい、母のエルダです。娘共々、よろしくお願いしますわ」
とても丁寧な言葉遣いだ。
「お母さん、私の装備は?」
「そこに置いてあるわ。さ、着替えなさい」
「うん。…んしょ」
「ちょ!?」
レシエは僕がいるにも関わらず衣服を脱ぎだし、一瞬で下着姿になった。薄着になったレシエは色白で無垢な身体付きを…じゃない!レシエは恥じらいもせずに着替えを続けている!
「うふふ、ごめんなさい。この子ったら……。レシエ、殿方もいるんだから着替えは奥でしなさい」
「え?はーい」
レシエは言われるがまま奥へ行く。
「…もしかして、普段からああなんですか?」
「可愛いでしょう? まぁ、確かに少し無防備すぎるとは思いますが……。あの子は環境に不自由なく育ちましたから。それに、颯ちゃん達の影響もあります。元気でいい子になってくれました」
「あんな子が、なぜ異形狩りを?」
僕が見た感じ、レシエは異形狩りに向いている子とは思えない……。
「ウチの家系が代々異形狩りの一族だったというのもありますが、あの子は正義の味方に憧れているのです。強きを挫き、弱きを助けるという姿勢に」
そうか、レシエが特撮好きな理由もそこから来ているのかもしれない。
「異形狩りが正義の味方…ですか」
「あの子にとってはそうなのよ。颯ちゃん達は違う考えもあるらしいけど」
僕も以前、颯に言われたことがある。「異形狩りは単なる正義の味方じゃない。相手の種族が違うだけでやっていることは殺し屋と同じ。正義はあってないような物。場合によっては私達は誰かの悪にならなければならない」と。
「貴方はどうかしら?貴方にとって、異形狩りは何?」
エルダさんは真面目な声で聞いてくる。多分、見極めるつもりなのだろう。僕が颯のチーム、娘の仲間に相応しいかどうか。颯達を手伝い始めて2ヶ月近く経つが……。
「…僕は……」
どうにか答えを出さなくては…頭の中で言葉を紡いて行く。…しかしなかなかまとまらない……。そんな中――
「お母さん、準備終わったよ」
着替え終わったレシエが戻ってきた。白と緑の狩装束だ。その上から濃い緑のフード付きマントを羽織っている。右手には木の弓、腰には短剣と矢筒のようなポーチ。まるでファンタジーなどでよくみる狩人やエルフの様だ。
「ハルさんどうですか?異形狩りっぽいですか?」
「あ、えっと……。うん、颯達よりは狩人って感じがするよ」
颯もリザも、異形狩りというよりは普通に忍者と魔法使いだったからな。
「ありがとうございます!これ、私達の家系の正当な狩装束なんですよ!」
「そうなんだ……」
「…それで、視晴君。さっきの答えはどうかしら?」
エルダさんが元の話題に引き戻す。
「あ…はい。…えっと、僕はまだこちら側を知って日が浅く、まだ異形狩りが正義なのかそうでないのか…ピンと来ていません。…でも、颯やレシエ達の狩りを手助けしたいって気持ちは変わりません。精一杯、レシエ達の支援をします」
僕に今できる、最大限の答えはこれだ。
「フフ…。そうですか。今はそれで良しとしましょう。…視晴君。改めてレシエの事、どうか宜しくお願い致しますわ」
エルダさんは深く頭を下げる。
「は、はい!こちらこそ…よろしくお願いします」
僕も釣られて頭を下げる。
「…?」
レシエは何も分かっていないようだ。
「視晴君、レシエお嬢ちゃん。到着です」
レシエの弓矢とケルベロスウェポン(視点:降石視晴)
車を降りると、周囲は木に囲まれた森の中だった。本来のキャンプ場の駐車場よりかなり奥に来たらしい。
「それじゃあ自分はお嬢達を連れてきます。終わったら、少し遠いですが地図の示す場所へ向かって待機していてください」
「レシエ、日本での初狩猟よ。しっかりね」
「うん」
「宮藤さん、荷物はお任せしますね」
「ああ。今回も期待してるよ」
宮藤さんのキャンピングカーは街の方へと戻っていった。車の走る音は消え、森の中は静寂に包まれる。
「ハルさん、この辺りに来た事はありますか?」
「え?ああ…小さい頃に何度か。たしか、バードウォッチングで人気のキャンプ場だったかな。…レシエ。異形って、普通の銃弾は効果あるの?」
警官達も最低限の拳銃はあるとは思うが、颯達が普通の日本刀や拳銃で戦っている所を見たことがない。実際の所、効果はあるのだろうかと、ふと疑問に思った。
「え、えっと…。種族や銃の種類にもよりますけど、大抵の場合はあまり効果はありません。強力なライフルや対異形用の特殊な弾を使っていないのであれば、足止めが手一杯です」
「つまり、強力な銃火器を持った特殊部隊的な人達が来ない限り、今応戦してる警察も危険ということか…。それじゃあ、警官達の被害が増える前に早く行かないと――」
『待てシハル』
いつの間にかケルが合流していた。変装は解いており、メカメカしい外見になってる。周囲に溶け込むためか、ボディの色は緑色になっている。
『お前、山岳や森林での異形狩りの経験はないだろう?』
「え?…そういえば、確かに…」
これまでの狩りは全て街中だった。公園など多少緑のある場所での経験はあるが、今回みたいな場所は初めてだ。
『自然の多いエリアでの狩りは都会のそれとは動き方も変わる。迂闊に動いては危険だ。異形が一体とは限らないし、魔人形も彷徨いているかもしれない』
「…じゃあどうしたらいいんだ?」
『レシエ、お前なら分かるな?』
「はい。木々、動植物、風などの自然と同一化し、対象や第三者に見つからない様にする。耳と鼻も使って、音と匂いからも情報を得て、対象を見つける。ですね」
「え、匂い?」
『街中は匂いの混じりが酷く情報になり難いが、自然の中では目立つ事が多い。特に血や火薬、毒物などな』
「森の中は視界の情報量も変わります。逆に音や匂いの方がわかる事もあるんですよ」
「そういうものなのか…」
「はい、仲間の匂いも覚えていれば、それが頼りになるって、颯さんも言ってました。なのでハルさん、お互いに匂い覚えておきましょう」
「ああ、そうだ…は?」
今なんて言ったこの子?
「ちょっと失礼します」
レシエが僕の胸元に顔を埋めた。
「あ、あの…レシエ…!?」
少しレシエの鼻先が動いたのを感じる。
「…はい、覚えました。ほら、ハルさんも!」
「え、あの…ホントにやるのか…?」
女の子、しかも年下で小柄な子の匂いを嗅ぐ。うん、絵面酷すぎないか?
「はい、どうぞっ」
レシエは両手を広げる。…異形狩りの女子って恥じらいを持っていないのか……?
「じ、じゃあ……」
屈んでレシエの体に顔を近づける。…颯達とはまた違う…女の子のいい匂い…というべきなのだろうか…森の中の匂いと違う、彼女の匂いを感じ取れた。…流石に顔を埋める事はしなかった。…少しは膨らみがあった。
「覚えましたか?」
「…なんとか。…ケル、この事颯達に言うなよ?軽く1週間は揶揄われる」
『全く、日本の人間のオスとは可笑しいものだな。何を恥ずかしがる必要がある?』
「…文化的違いとでも思っててくれ」
『まぁ、準備はできたんだ。注意しつつ、現場へと向かうぞ』
事前に宮藤さんから受け取った緑色のフードを纏い、僕らは道を外れた山の中へと入った。当然だが道は舗装されてなく、足場も悪い。草木はびっしりと生い茂っており、視界も悪く死角が多い。僕の視力も活かせるかどうか分からない。今までと違う緊張感が凄い。しばらく進むと、警官の物であろう、銃声が聞こえてきた。銃声は少しずつ大きくなっていく。少しずつ着実に対象へと近づいている。幸いにも、この間に他の異形や魔人形と接敵する事は無かった。
大体10分程進んだところでケルが止まった。
『見つけたぞ。南東、200m先だ。シハル、お前なら目視できるだろう?』
ケルに指示された方向を眼鏡を外して観察する。草木の隙間から黒い影と青い服の人間が4人見えた。
「…ああ、見えたよ。警官4人、内2名が負傷している。周囲に魔人形はいない…いや、粗方倒された後か…?数体倒れてる…。異形の方は…熊みたいな異形だ。かなり大きいな…。…ん?左の目が撃ち抜かれている…警官の人達、そこそこ善戦してたみたいだ」
恐らく、左目を撃ち抜いたことが原因で余計に暴れ出して手がつけられなくなったのだろう。警官達はじわりと後退しつつある。
「えっ、そこまではっきり見えるんですか…!?凄い視力ですね!」
『その目こそが俺達の新たな切り札という事だ』
そう言われるとなんだか気恥ずかしいな……。
「そうなんですね!それで、これからどう仕掛けますか?」
『俺が"透過"の魔法で近づき、近接攻撃を仕掛けて動きを止める』
ケルはリザが使えない魔法も扱える。その一つが透過だ。身体変化の魔法は魔術士本人への負担が大きいのだが、ケルは機械の身体なので気にする必要が無いのだとか。
『そこをレシエが射抜く。ただし、狙撃地点はここから50m先だ。それ以上は近づくな』
「って、まさか150m先の相手を狙撃するのか!?それもそんな弓で!?」
レシエの持つ弓はアーチェリーや弓道に使われるようなものではなく、所謂短弓、ショートボウと呼ばれる弓だ。昔、姉の創作活動を手伝った際に調べたことがある。短弓の有効射程は大体100m。飛距離だけで言うなら200m先まで届きはするが、大した威力にはならないし精度もお察しだ。加え、小柄なレシエにそこまで飛ばせる程、弦を引ける力があるとも思えない。
「大丈夫です、ハルさん。私なら、当てれます。私だって、異形狩りなんです。ちゃんと修行してますし、一族秘伝の武器だってありますから」
レシエの目は真剣だった。レシエは腰のポーチから一本の細い金属の棒を取り出す。驚いた事に、それは矢と言うにはとても短く、鏃も矢羽も無かった。
「その棒は?」
「私の家に伝わる、正義の矢です――」
レシエが棒を弓の弦にかけると同時に小声で何かを呟く。英語とは少し違う別の言語…呪文のようだ。"詠唱"が終わると、棒に変化が起きた。棒の両端が伸び、先端から淡く光る鏃と矢羽が現れた。
「これは…!?」
「私の家では『閃光の矢』と呼ばれています。異形相手に強力な一撃を与える事ができます。これなら、ここからでもあの異形に届きます」
『シハルは観測手をやってくれ。もし外れたらそこからどれくらい調整すればいいか、レシエに伝えるんだ』
「観測手って…そんなのやったこと――」
『行くぞ!』
「あ、待て…!ああクソ!やってやる!」
ケルは全速力で異形へと向かう。僕はそれをずっと目で追いかける。茂みを出るところでケルの姿は透過で見えなくなったが、微かな地面の変化から居場所は大体掴めている。それから直ぐに異形に変化が起きた。
「グガァァァァ!!!??」
異形の右足が切り落とされた。ケルが切断したのだろう。ケルの舌は2種類の近接武器になる。舌全体は伸縮自在で鞭の様にしなる蛇腹剣に、そして舌先は先端が剣状に伸びて発熱するヒートソードとなる。
「ダ…ダレ…ダ…!?足ヲォォォォォォ…!!」
異形が周囲を確認するがケルを見つけられない。ケルは既にその場を離脱している。透明化と言っても、持続時間は短いらしい。異形はバランスを崩し転倒する。動きは止まり、警官達も今のうちにと距離を取り始めた。狙うなら今だ。
「レシエッ…!」
「はいっ!」
レシエは弓の弦を引き、放す。その瞬間のレシエの目はとても真っ直ぐな狩人の目をしていた。レシエの放った矢は空気抵抗など受けることなく直進して行く。矢に掛けられた魔法の力か何かだろうか、矢はその名の通り一筋の閃光となり、その速度を増していく。そして閃光の矢は、異形の胸を貫いた。命中した場所には鏃の大きさ以上の風穴が空く。凄まじい威力だ。
「グワァァァァァァァァァァァァ!!??」
異形の苦痛の叫びがこちらまで響く。かなりの致命傷になったはずだ。…だがまだ異形は倒れていない。
「レシエ、次だ!」
「はい!どれくらい修正するべきでしょうか?」
異形はレシエの一撃を受けて大きく奥へとずれた。少し修正がいる……。
「上に5度の修正でいい、と思う。…できるか?」
「やれますっ!」
レシエは正確に射角を調整する。これは…この子の才能なのだろう。
「そのまま、射て!」
「はい!」
二本目の矢が放たれた。今度も矢は直進し、異形の頭部を射抜いた。異形はその場に倒れ、絶命しただろう。
「や、やりました?」
「…ああ。見つかる前に撤収しよう」
「あ、少し待ってください。矢を回収しないと……」
「いや、そんな暇は――」
「…『回収』!」
レシエが何かの呪文を唱えると、レシエの左手に、放たれた2本の矢が現れた。
「なっ…!?どうなっているんだ……!?」
「えっと…私もよくわからないんです……。この矢は、遠い昔に失われた技術と魔法で作られたモノらしくて、今の様に使用者が回収の呪文を唱えたら、一定の距離内であれば手元に戻ってくるんです」
よくわからない、失われた技術…。異形や異形狩り達の間ではそういう類の物が多い。颯の黒双牙も、その一つだ。だが今はどうでもいいことだ。
「…とにかく、もういいんだよな……?」
矢には先程の異形の血が付着している。サンプルとしては充分だろう。
「はい、大丈夫です。行きましょう!」
僕達はケルと合流し、この場所を離れる。宮藤さんから言われた合流地点はここからだとかなりの距離だ。また森の中を進むのかと、少ししんどいな……。
しばらく森の中を歩き、宮藤さんとの合流地点まであと少しの所でケルがまた立ち止まる。
『…厄介なことになったな』
僕達の前方に沢山の動く影が現れた。もう見慣れた紺のフードに白い顔の人形……。
「何ですかこれ…!?こ、これが魔人形さんですか!?」
「まだこんなに居たのか!?…まずい!」
いつの間にか後方にも魔人形が現れた。大体30体程だろうか。魔人形は規則的に僕達を取り囲んでいる。
「コイツら、統率が取れているのか…!?」
今まで颯達が相手にしてきた魔人形とは何かが違う……!
「ど、どうしたら……」
『一体一体の戦闘力は大した事ない。正面突破だ!シハル、レシエ。少し身体を大きくする。合図をしたら俺に飛び乗れ。一気に駆け抜ける』
「今度は巨大化の魔法か?本当に何でもありだなお前……」
『流石に幾つか制約はあるがな。まずはでかいの1発かますぞ!』
ケルは口を大きく開く。そこにはリザの魔法銃よりも大口径の魔導砲ともいえる武器が隠されていた。リザの趣味なのだろうが、どれだけロマン武器を仕込んでいるんだこのメカ犬。
『ウオオオオオオン!!!』
ケルの魔導砲から、緑色に光る魔力の塊がビームの様に放出される。魔力は着弾地点で強力な風の塊となり前方の魔人形を吹き飛ばす。道が開けた……!
『乗れ!』
僕とレシエは魔法で大きさを変えたケルに跨る。手綱などは当然ない。僕はケルの上半身の掴みやすい場所に、レシエは僕の体にしがみ付いた。
『振り落とされるなよ!一気に合流地点に向かう!』
ケルは包囲網に出来た穴を直進する。森の中を猛スピードで駆け抜ける。魔人形達が追って来ているがケルに追いつくことはない。奴らに飛び道具が無いのが幸いだった。
合流地点は先程異形を倒した場所に似て、開けた土地だった。到達したと同時にケルが元の大きさに戻る。
『流石に、ケルベロスカノンを使った後だと長続きしないな。少し魔法は節約だ。シハル、武器は…無いよな』
「ああ、丸腰だよ……」
元々買い物だけのつもりだったんだ。颯から借りてる朱鉄扇も持って来ていない。
「あの!これ使ってください!」
レシエが自分の持っていた剣を差し出した。剣というよりは少し長いナイフ…ショートソードだ。レシエ用に調整されているのだろう、柄も刀身も短めだ。柄の部分は鳥の頭と羽がモチーフと思われる造形をしている。
「ありがとう…無いよりはマシだ」
『来たぞ!備えろ!』
僕達が来た方向からワラワラと魔人形が現れる。それも、さっき以上の数に増えて……。
「クソっ!多すぎだろ!?」
『これだけの数…一体何処から呼び出しているんだ……!?』
魔人形達が襲い掛かってくる。金属の爪が鋭利な刃物となって迫ってくる。ケルは舌の剣や爪で、レシエが弓で迎撃する。僕もレシエの短剣で応戦を試みるが、撃破には至らず、魔人形の数は増える一方だ。
「キリが無い…!」
僕はともかく、ケルが相当倒しているがそれでも人形の数が減らない…。壊れた人形が足場を埋めて動き辛くなる。
「せめて魔法を使える隙があれば……!ひゃぁ!?」
レシエが背後の人形の残骸に躓き尻餅をついてしまう。そこに別の人形が近づき、爪を振り下ろそうとする。
「レシエ!このぉぉぉ!!」
僕はレシエを攻撃しようとする人形に突撃した。突き刺さった短剣が人形の関節を破壊し、動きを止める事に成功する。レシエは無傷だ。
「あ、ありがとうございますっ!」
「無事で何より…うわっ!?」
人形が二体、同時に爪を突き出して来る。間一髪の所で、ケルの舌の剣が二体を貫く。
『油断するな!』
「ご、ごめん…!」
ギリギリの戦いが続く。回収の魔法を使う暇がない為、レシエの矢はそろそろ尽きてしまう。別の魔法もあるらしいが、そちらは詠唱が必要なため使えない…。ケルは何度か下位の魔法を使えるくらいには魔力を補填できたが、まだ大技を使える程ではない。
そろそろ限界を感じ始めた頃、事態が急変した。ブォォォォォン!と車の走る音が聞こえた。その方向からは、一台の大型車が現れる。宮藤さんのキャンピングカーだ!人形を跳ね飛ばしながらこちらへと向かっている。
『間に合ったか!』
助手席の窓からリザが顔を出す。
「ごめん皆!待たせたね!」
そのままリザは魔法銃を撃ち、人形達を攻撃、牽制する。撃っているのは圧縮された水の魔力だ。圧縮された水は鉛弾より強力な貫通力を持ち、命中した人形のローブを貫き、中の機構を破壊する。
「ハァッ!!」
車から颯が飛び出し、両手の朱双刃を振るい人形達を斬り払う。颯は一直線でレシエの元へと向かう。
「は、颯さぁん…!」
「特に怪我、してないわよね?露払いしてあげるから、アンタは矢の回収をしなさい」
「はいっ!」
レシエの顔が明るくなる。先程までの不安な表情も消え、落ち着いて矢を回収する。
「ケル、お疲れ様。応急だけど、これで魔力を補給して」
リザが魔力の込められた結晶をケルに近づける。結晶が光り、ケルの宝玉が輝きを取り戻す。
『助かる』
「レシエ、いつもの魔法を頼むよ!車の進路を確保して一気に逃げ切る!」
「宮藤の情報によると、そろそろ武装警官…だか自衛隊だかが到着するみたいよ。厄介になる前にトンズラよ!」
「分かりました!…スゥー……」
レシエは一度呼吸を整え――
「♪〜〜(草木を揺らすそよ風よ――)」
唄を詠唱する。とても透き通った綺麗な歌声だ。日本語や英語、ほかの言語とも違う聞いた事のない言語だが、不思議とどういう意味なのか何となく分かる気がする。
「♪〜〜(大地を駆ける疾風となり、我らに力を――)」
「Crescendo Wind――!」
最後は英語で魔法の名を唱える。レシエの周囲に光が集う。集まった光は円状に拡散し、僕達を包む。すると、体の底から力が湧いて来る感覚がした。疲労感がなくなり、身体も軽くなる。どうやらレシエの魔法は周辺のレシエが味方と思っている相手全員の力とスピードを強化する魔法のようだ。リザの少し科学的な魔法と違い、この精霊魔法は完璧にファンタジーだな……。
「ん〜!!この感じ、やっぱテンション上がるわね!リザ、ケル!やっちゃいなさい!」
颯は他の方向の人形がリザ達に向かわない様に引き付ける。スピードが上がり、人形は翻弄されている。
「OK、ハヤテ!ケル、ケルベロスキャノン行けるね?」
『勿論だ。合わせるぞ!』
リザが水の魔法瓶を銃から取り出し、別の瓶を装填する。ケルもそれに合わせて口を開く。
「『Blust!!!』」
2人が放ったのは風の魔法だ。先程のケルベロスキャノンだけでも強力だったが、2人の魔法とレシエのバフが合わさったことで、より強力になった魔力の塊は着弾点に小さな台風を生み出す。前方の人形は跡形もなく吹き飛んだ。
「道が開けました!お嬢達、早く乗り込んで!」
運転席から宮藤さんが呼びかける。僕達は言われるがまま、車両に乗り込んだ。
「いいわ宮藤!出して!」
最後に飛び乗った颯の合図と同時にキャンピングカーが動き出す。リザ達が作った道に魔人形達の姿はなく、無事に公道へと出ることができた。その直後、ズダダダダダッ!と拳銃とは違う激しい銃声が聞こえた。アサルトライフルだろうか?到着した武装部隊が残った魔人形達と接敵したのだろう。魔人形であれば、普通の武器でも対処できる。後はそっちに任せるとしよう。…最後結構派手にやってたけど大丈夫だよな…?
三位一風(視点:降石視晴)
現場を離れ、アパートに戻った頃にはもう夕暮れ時だった。
「お嬢達、お疲れ様でした。後の処理や報告はこちらでやっておくので、ゆっくり休んでください。あ、視晴君。食材は君の部屋の冷蔵庫に入れてあるんで」
宮藤さんは僕らを下ろすとそのまま射木組事務所へと向かった。
「あ〜お腹空いたわ。ハル、なる早で夕飯お願い〜」
「流石に少しは休ませてくれ。汗だくなんだよ……」
「そうだね、まずはバスタイムだ。後でシハルの部屋に集合でいいよね?」
「あ、うん。今夜はレシエ達の歓迎会をするからね」
「歓迎会ですか…!?そんな悪いですよ!ハルさんだってお疲れなのに……」
「いーのよレシエ。こういう時はお言葉に甘えるもんよ」
…颯、君は逆に遠慮を覚えてくれ。
「まぁ、今回は颯の言う通りだ。おもてなしさせてくれ」
「あ、えと……。はい、ありがとうございますっ」
「それじゃ、私はお先に」
先にリザが部屋に戻る。
「私達もお風呂行きましょ。せっかくだし洗わせなさいよ」
「はい!颯さんとお風呂、久し振りです!」
2人も二階へと上がる。…こうしてみると本当に姉妹みたいだな。相当颯に懐いてるようだ。
『シハル。お前に一つ残念なお知らせだ』
自室に向かおうとしたところでケルに呼び止められた。
「何だよケル?」
『お前が秘密にしろと言った件、守れそうに無い。…知ってるだろ?颯は鼻が利く』
「あっ……」
リザの時の例もある…。揶揄いコース…決まったな……。
揶揄われる覚悟をして自室の扉を開けると同時に玄関を確認する。…よし!颯の靴はない。自分の部屋、もしくはレシエの部屋の風呂を使ってくれているようだ。僕は安堵して荷物をその場に置き、直ぐに風呂場でシャワーを軽く済ませた。本当は湯船にゆっくり浸かりたいところだったが3人が部屋に来る前には上がって着替えていないとならない。着替えを用意しなかったので、腰にタオルを巻いて着替えを取りに部屋に戻ると……。
「あら、そこそこいい身体していますわね」
何故かエルダさんがいた。
「エ、エルダさん!?何で僕の部屋に!?」
「恥ずかしい事に、自室の鍵をレシエが持ったままで、部屋に入れませんでしたの。そしたら颯ちゃんがこちらで待っていてと。…それより、早く服を着るべきじゃないかしら?」
「あ、すみません!」
おかしい。何で僕が謝ってるんだろう…?とりあえず、クローゼットから服を取り出して直ぐに着る。
「それで、あの子の狩りはどうでした?」
「え…?…そうですね……。あの弓矢や魔法には驚きました。颯やリザと似て異なる…独特な狩りだったと思います」
「…そう……」
「それと……。凄く真剣で、落ち着いた目をしていました。弓の微調整も正確に行って…。颯がレシエに目を付けた理由が少し分かった気がします。レシエは凄い才能に恵まれた子だ。それを発揮させる事ができれば、異形狩りとしても、歌い手クレシェンドとしても、物凄い存在になると思います」
レシエにはとてつもない伸び代が多くある。歌でも狩りでも。もしかしたら他にも沢山あるかも知れない。
「よく見ているのね。颯ちゃんが言っていた通り、いい目を持っているわ貴方。貴方が昼間の答えを見つける時が楽しみになってきたわ」
あれ…?僕自分でこの人に対するハードル上げちゃった……?
「…そういえば、どうしてレシエが歌い手をすることを認めたんですか?異形狩りにとって、メディア露出って自滅行為にも見えますけど……」
「いい質問ね。それは……。あの子可愛いんだもの」
「は?」
「つい甘やかして調子に乗っていても、叱ってシュンと反省してても、真面目で礼儀正しくしてても、無邪気になってても。可愛いのよあの子。あの子がどんな大人になるのかもう楽しみで楽しみで。そんなレシエが身につけた才能をもっと大きくしてあげたいのよ」
この人、ただの親バカなのかもしれない……。
「まぁ実の所は、あの子には異形狩り以外の道もあるって事を知っておいて欲しかったの。私達の実家は異形狩りの家系だけど、その一族の使命に縛られる必要は無い。あの子には、まだ異形狩りと関係の無い世界を生きるチャンスがあるの」
「……。」
急に真面目な回答が返って来て、唖然とする。この人は凄い人なのかそうじゃないのか掴めないな……。
「あの子がどういう未来を選ぶか、それは貴方や颯ちゃん達との生活で見つけてくれるでしょう。改めて、娘のことをよろしくお願いします」
「えっと…凄く、責任重大な事を任された気がしますけど……。はい。此方こそ」
昼間の様に、互いに頭を下げる。その直後、玄関のドアが開かれる。
「ハル〜ご飯できてる〜?」
颯とレシエだ。颯は相変わらずのシャツにスパッツという薄着だ。レシエは薄緑色の可愛らしいパジャマを着ている。
「そんなに早くできるわけないだろ」
「あれ、お母さん?ハルさんの部屋にいたの?」
「ええ。少しお話をね」
「あ、そうだ。今夜はレシエ達の歓迎会をしようと思っているんですけど、エルダさんもどうですか?」
「あらそうだったの?ごめんなさい。私はこれから夫の仕事に合流しないといけないの。私の分まで、この子を歓迎してあげて。レシエ、日本での暮らし、楽しめるといいわね」
エルダさんは部屋を出て行った。
「…なんていうか、凄いお母さんだね」
「はい。自慢のお母さんです」
「あの人実際凄いわよ。人としても異形狩りとしても(ボリボリ)」
空腹の颯は今日買ったお徳用ポテチ(BIGサイズ)を開けて食べていた。
「って君はまた勝手に!!!しかもこれから夕飯だろ!!!」
「これ以上お菓子を減らされたくなければ早急にご飯を作りなさーい」
「ああもう!今から作るから!もうお菓子開けるなよ!!!」
颯のお菓子の消化スピードは化け物級だ。急がねばまた明日お菓子の買い込みに行かなきゃならない…!
「あ、あの…!私、やっぱりお手伝いします!エプロンも持ってきましたからっ!」
レシエは歓迎される側なのだが、今はその言葉がありがたい……。
「助かる。…レシエは偉いなぁ……」
「ひゃっ!?…あの、ハルさん……!?」
つい思わず、レシエの頭を撫でていた。なんでか、こうしてあげたかったんだ……。
「あっ、ごめん…つい……。嫌だった?」
「えっと…!いえ。びっくりしましたけど…嬉しいですっ!」
本当にいい子だ。こんな子が妹や娘だったなら、どれだけ幸せなことか……。
「…ハルー?その子に手ぇ出すと後が怖いわよ?」
いきなり颯が間に割り込む。
「しないよそんなこと!!!」
「ど〜かしらねぇ?アンタ昼間も……。ま、気をつけなさいレシエ。ハルがロリコンになるかどうかはアンタ次第よ」
「…ろり……?ん〜…はい…?」
「何を心配しているんだ君は!?大人しく待っててくれよ!いや待て、昼間って……!?」
「…ヘッ」
何だよその笑いは!!!???
僕とレシエは料理を始める。驚いた事に、レシエはかなり料理に手慣れていて、スムーズに調理が進む。ロンドン時代にはよく颯とリザに料理を振る舞っていたのだとか。レシエが大人になったら、何でもできる様になってそうだな。
リザが合流した頃には、丁度全ての料理を作り終えた。唐揚げ、オムライス、一口ハンバーグ、焼き魚、パスタ、サラダ…。これだけの料理を作ったのは多分初めてだ。
「おお、これはまた…凄い御馳走だね」
「作りすぎだと思うけどね。…約1名が大食らいなおかげで余ることは無さそうだけど」
「何よ。たまには抑えるわよ?今日とか」
「今日はもうお菓子2袋も開けてたからだろ!?」
今度から戸棚に鍵を掛けようかと本気で悩んでる。
「だ、大丈夫ですよ!明日まで日持ちはする筈ですっ」
『…そういう問題か?』
全員がテーブルに付いてから、僕は改めてレシエ達に歓迎の言葉を送る。
「えっと…。今回はレシエ…それとリザとケルの歓迎会ということで……。3人とも、ようこそ。これからよろしく」
「よろ〜」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「うん。お世話になるよ」
『ああ』
「それじゃあ…乾杯でもするか」
「あ、少し待って、シハル。私達からも一つあるんだ。ケル、アレを用意して」
リザに言われてケルが持ってきたのは…小さめの盃だった。
「…えっと……?何で?」
「昨日映画で見たんだけど、日本ではコレで絆を約束するんだろう?」
「違うよ!?いや、確かに一部の人達はするけど!!!」
どんな映画を見たんだ!?
「まー細かい事気にしないの。ほら、注ぐわよー」
いつの間にか颯が何処からか持ち出した瓶の液体を注ぎ始めた。
「いや何注いでんの!?未成年だよ僕ら!?」
「心配ないよ。それ、サイダーだから。それっぽくそういう瓶に入れ替えたんだ」
「紛らわしいよ……」
颯は四人全員の盃にサイダーを注ぐ。瓶に残ったサイダーはケルの側に置かれている。
「さて。これから皆の決断を聞くわね」
「決断…?」
「射木組のルールの一つに、こういうのがあるんだってさ。『新たなメンバーをチームに迎える場合は、今いるメンバーの承諾を得らなくてはならない』って」
「え、それって……」
「ま、そういう事よ。じゃ、ハルを正式に私達のチームに受け入れるって奴は、盃を持ちなさい」
颯の言葉にリザとレシエは躊躇なく盃を手に持つ。…ケルも器用に舌でボトルを持ち上げている。
「ん。それじゃ、この盃を交わす事でハルを私達のチーム『三位一風』の正式なメンバーとするわ」
「はいっ!」
「異議なし」
『いいだろう』
「ほら、ハルも」
「…あ、ああ……」
僕も盃を手に持つ。
「新しい仲間に!」
「『新しい家に!』」
「えっと、新しい生活に!」
「…新しい自分に」
最初は巻き込まれて、訳も分からずに手伝わされて…正直嫌だって思ってた。…でも、今は寧ろ…。彼女達の力になりたい。そう思い始めていた。彼女達の帰る場所を守り、出迎える。この目で見届ける。それくらいしかできないけど、それが僕の役割なんだ。
「「「「乾杯!」」」」
エピローグ:(視点:降石視晴)
歓迎会を終え、僕はケルと後片付けをしている。…うん、もう突っ込まないぞ。
「…ところでさ、どうして『三位一風』って名前なんだ?」
『ああ、それはだな。三人の名前に風が入っているからだ』
「風…?ああ!確かに…『"颯"』、『"風"音』、『"Wind"er』か。…ん?それじゃあ僕、お邪魔じゃないか?」
『そうでもないと思うがな。お前は"晴れ"…即ち太陽だ。《北風と太陽》を知っているか?』
「旅人のコートを先に脱がせるのはって勝負を北風と太陽がして、太陽が勝った話だっけ?」
簡単に言えばそんな感じの内容だった気がする。で、寛容に物事を考えろだとかの教訓の話でもあったと思う。
『そうだ。北風は強風で旅人のコートを無理やり飛ばそうとしたが出来なかった。逆に太陽はその暑さで少しずつ旅人にコートを脱がさせた。風である彼女達が目の前の壁に躓いた時、太陽であるお前の存在はきっと解決への糸口となるだろう。お前は彼女達とは違う別の考え方もできるからな』
「僕ってそういう立ち位置なのか……?」
『因みに、この話には別の展開もあるのを知っているか?実はコートを脱がせる勝負の前に、旅人の帽子を脱がす勝負もしていて、そっちでは北風が勝ったらしい。コートの時とは違い、帽子は太陽の暑さを凌ぐ。そのためなかなか脱がせられない。だが強風には簡単に飛ばされる。そのケースの時は、北風のやり方の方が正解だったんだろう』
「へぇ。そういう話もあったのか……」
『シハル、太陽のお前には、風の颯達にはできないことをやれる力があるが、その逆も然りだ。お前が突き当たった時は、彼女達のやり方が合っている場合もある。お前達はそれをお互いに補う事で、最高のチームになれる。お前は彼女達に、彼女たちはお前にとって必要な存在だ。俺はそう思う』
「お前、偶にはまともな事言うんだな」
『偶にとは何だ』
「僕が太陽か……。少し痴がましい気もするけど、ケルの言う通りだ。僕は、僕にできることをやるよ。颯達が戦うのであれば、この目で狩りを支え、帰ったらご飯を用意して労う。時には普通の学生らしい遊びに誘う。今はそれくらいしかできないけど……」
ソファの方を見る。僕の部屋である事などお構い無しに、3人は仲良く寄り添って眠っている。安心しきった穏やかな寝顔をして。
「颯達が異形から僕達を守っているんだ。だから僕は、僕が彼女達の日常を守る。これから守れるようにするよ」
『その意気だ。俺も力になろう。ニンゲンの友よ』
「…ケル、少し男同士の秘密にして欲しいんだけど……。今の3人の写真を撮りたい」
『フッ、いいだろう。何気ないこの青春を守るのが、お前の役目だ』
僕は密かに眠っている3人を撮った。…後でバレたらどうなるか、少し怖いけど……。この写真は大切にしよう。
やっとうちの子達を合流させることができました。やったぜ。
次回以降の話ですが、このままこれまでのエピソードの続きに入るか、一度視晴と颯の出会いまで時間を遡るか…まだ未定です。ただ、この作品は気ままに無理のないペースで細々と続けられたらなぁって思います。
最近は仕事が忙しくなってきましたが、またモデリング等にも熱が入っており、創作モチベ自体は高まっていると思います。次は何ヵ月後かな?とか笑いながらお待ちください。
最後に、颯、リザ、レシエ、ケルの4人のMMDモデルは絶賛(?)配布中です。よかったら使ってみてね。