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異形戦舞  作者: 天狗天子
3/5

噂の歌い手は小さな狩人「風音レシエはクレシェンド」前編

予告通りのMMD化済みうちの子シリーズのレシエちゃん編です。

いろいろ長くなってしまったので前後編に。後編はその内に。

あと、お試しで今回は視晴視点だけでなく颯視点も書いてみました。

放課後のラジオ(視点:降石視晴)

 リザとケルベロスに出会った3日後の水曜日。僕はバイトで射木組事務所の向かいにある喫茶店イーグルアイにいた。この店は僕の祖父のもので、20年以上営業している。店内はカウンター6席、テーブル16席と少し狭い。全席禁煙。僕は週3日程しか入っていないが、射木組と古い付き合いらしく、暇な人員が手伝いに来てくれているから店は回っているとのことだ。

「ありがとうございました」

 会計を終えて店を出る客を見送ると、1人の老人が僕に話しかけて来た。

「視晴。そろそろ休憩なさい。折角颯ちゃん達も来ているからね」

 この人が祖父の降石(ふるいし)相徒(あいと)だ。イーグルアイのマスターで僕の料理の師匠でもある。

「お疲れ様、ハルくん」

「ハルー唐揚げちょうだい」

「君、マスターの話聞いてた……?あ、キリマンジャロおかわり」

 カウンターには制服姿の颯とリザ、純が来ている。他の客は今は居ない。

「…祖父さん、唐揚げ作ってからにするよ」

 僕は家でするのと同じように唐揚げの調理を始める。

「ははは。そうだね、颯ちゃんには視晴の唐揚げじゃないとね」

 普通の客に出す料理は祖父さんが調理しているのだが、颯達の料理だけは特別に僕が調理したものを出している。

 祖父さん曰く、「颯ちゃん達には視晴の味付けの方が合っているのさ」とのことだ。祖父さんも僕と同じく味覚が鋭い。その祖父さんが言うなら、間違いないのだろう。


『さぁDJジョニーのミュージックホープ。次に登場するのは、今WhoTubeで話題!天使の歌声と称されている女性歌い手のクレシェンド!!!なんと今回、まさかまさかの生出演です!』

 カウンター席にあるレトロなラジカセから歌番組が流れている。自身もシンガーソングライターであるDJジョニーが、新人歌手や人気の歌い手を招いてトークする番組らしい。バイトの時間帯と被っているので意図せずともよく聞いている。

「クレシェンド!?ラジオ出演していたんだぁ…!!」

 純が珍しく興奮している。純はこのクレシェンドという歌い手のファンらしい。2年ほど前から動画投稿サイトに所謂「歌ってみた」の動画を投稿していて、素人とは思えない歌唱力と綺麗な歌声に世界各地でかなりの高評価を受けている。再生数は最高で200万を超えているのだとか。彼女はライブ配信やSNSを行っておらず、その素性やプロフィールは殆ど明かされていない。性別以外で分かっているのは、初投稿時はイギリスに在住しており、今年から日本で暮らすという事だけだそうだ。

「ラジオ出演とは大きく出たなぁ」

「クレシェンド、ねぇ……。彼女、日本でも人気なんだ」

「そうなの!あ、そっか。クレシェンドって最初イギリスから投稿していたんだっけ?」

「うん、そうだね。最初に投稿したのが、ウィルエンTの日本版OPテーマだったのが、人気爆発の要因だったよね」

「うんうん!リザちゃんもクレシェンド好きで嬉しいよ!」

「あはは…。まぁね」

「…プッ」

 少しリザの返事に違和感を感じた。あと颯、今笑わなかった?

『では登場です!ご挨拶をどうぞ!』

『…えっと、Hellow!日本の皆さん!えとえと…初めまして。クレシェンド…です』

「きゃ~!ねぇハルくん聞いた!?すっごい可愛い声だよ!」

 純のテンションがフルMAXになった。

「フッ…!」

 颯がまた何故か噴き出す。

「…ククク……!」

 今度はリザも笑いを堪えている。

『さぁ今、DJジョニーの目の前には、噂のクレシェンドご本人がいらっしゃいます!クレシェンドさん本人が業界関係者に顔を見せるのは今回が初めてです!私、初めて御姿を見て、大変驚きました!なんと現れたのは正に天使のような美少女!』

 少女ってことは、未成年なのか。もしかして年下か?

『あのあの、そんなことは……!…そうですか……?えへへ……』

 あっ…声からでもわかる。この子、押しに弱い子だ。

『いやぁ、リスナーの皆さんにもお見せしたいくらいです。ですが、これはDJジョニーと番組スタッフ内だけの秘密にしておきます』

 ちょっと腹立つなこのDJ。そういうキャラ付けなんだろうけど。

『あ、はい。助かります』

『今回はですね、せっかくの初出演ですからね。我々、色々クレシェンドちゃんに聞いていこうと思います。あ、勿論お答えできる範囲で、ですからね!』

『は、はい……』

 それから、DJからクレシェンドへのインタビューが始まった。…頑張れ!と心の中で応援しながら、下ごしらえを済ませた鶏肉を揚げ始める。

「はぁ~♪…どんな人なんだろうなぁ……」

「…フフ……!ちょっろ……!」

「ハ、ハヤテ……!笑ってやるな……!!」

 さっきからこの二人はどうしたんだろう?純のテンションの豹変がそんなに珍しいのか?

「なんだか楽しそうだねぇ」

 祖父さんはなんかほっこりしてる。

『あの、大変失礼な質問ですが……。小学生ですか?』

『中学生ですよ!?』

『あっ…すいません。しかし、将来が凄く楽しみですね!』

『あ、あのぉ……。はいっ、夢はないすばでぃです!』

 まさか年下だったとは……。しかも凄く小柄らしい。

「小学生みたいに小さいんだぁ〜きっと可愛い子なんだろうなぁ♪」

 純はメロメロだ。

「プフッww小学生wwww」

「いやwwwwわかるけどもさwwww」

 颯とリザは大草原だ。

『やっぱり、将来の夢は歌手でしょうか?クレシェンドちゃんならアイドルや声優でもいけるんじゃあないかな?』

『えーっと……。歌は好きなのでこれからも歌っていきたいです。ですけど、両親の仕事のお手伝いをしないと、ですので……』

『成る程ねぇ。ご両親、どんなお仕事ですか?』

『お父さんもお母さんも、普段は人を助けるお仕事をしています』

『お医者さんや、お巡りさんとか?』

『まぁ、そんなところ…ですっ』

「「wwwwww」」

 また笑う2人。クレシェンドのアンチなのか?

『ご実家はイギリスとの事ですが、日本にはどれくらい滞在する予定ですか?』

『えと、日本の中学に編入して、そのまま高校に進学するので、4年くらいの予定ですね。もし、聞いている同級生の人達が同じ学校になったら、お友達になってくれると嬉しいです』

『おお、受験生なんですね!入試、頑張ってくださいね!では、最後にクレシェンドちゃんの新曲を流して、本日は以上となります。クレシェンドちゃんありがとうございました!!』

『はい、ありがとうございましたっ!』

 歌が流れ始めたのと同時に、颯が頼んだ唐揚げが出来上がる。

「ほら、できたよ」

「ん。アリガト」

 颯は出てきた唐揚げを早速食べ始める。熱々なのに火傷とか気にせず、満面の笑みでもぐもぐ食べている。そんな颯を邪魔するのはどうかと思ったが、僕は話題を振った。

「…颯もリザも、クレシェンドのこと、そんなに笑えたか?」

 さっきの颯とリザの反応はまるでTV出演した友達を見て大笑いしてるみたいだった。

「ああ…いや何、彼女の事を知ってるとね」

「相変わらずの様だったわね。向こうにいた頃と変わってない」

「え!リザちゃん達、クレシェンドちゃんの正体知ってるの!?」

「ん。知ってるも何も、()()()()()()()()()()()()()()()()

「…へ?」

「あー……」

「「ええええええええええ!?」」

 この2人の反応からして、頭の片隅でまさかとは思っていたが、人気絶頂中の女子中学生歌い手が異形狩り!?設定過多過ぎないか!?

「ク、クレシェンドちゃんが…颯ちゃん達の…弟子!?」

「あ!あれか!この前話してた……!」

 僕は思い出した。颯がロンドンで組んでいたチームにいた少女の話を。

「そう、レシエよ。あの子、弓の狙撃が上手なのよ」

 なるほど。レシエだから、ク"レシェ"ンドというHNだったのか。

「ついでに魔法も少し使える。私達を足して割った様なスタイルなんだよね。まぁ将来有望なのさ」

「ハッハッハ、世間とは狭いものだねぇ」

 祖父さんは驚く事なく話を聞いている。

「あ、シハル、ジュン、マスター。彼女の正体については内密にね?」

「分かってるよ。本当に色んな意味でね……」

 元々異形狩りという事自体、日本ではあまり公にはできない。加え、歌い手としての彼女にはファンも多く、ファンの中に異形がいるかもしれない。それに彼女は聞くところによると、チョロい。

「しかし、このラジオ聞いて、放送局で出待ちとかされないか心配だねぇ」

 祖父さんの言う通りだ。日本じゃ情報の拡散率が高く、その気になれば特定は余裕らしい。万が一、身バレしてしまうとその子も颯達も危険だ。

「その辺は大丈夫でしょ。あの子自体、異形狩りよ?まだ新米だけど、才能はあるんだから」

「ああ。それに、彼女の母も一緒だろうし」

 颯とリザ曰く、その子の両親も異形狩りで、実力もキャリアも相当らしい。そんな親同伴なら大丈夫だろう。

「そうか、それなら安心…かな?」

「ごちそうさま。…ハル、今日ちょっと遠出するから」

「えっ?ちょっと颯――」

 僕が呼び止めようとした時には既に颯は店を出ていた。…支払い任せたと書かれたレシートを残して。

「せめて金は自分で払えよ!!!」

 結局颯の唐揚げ代は僕が払った。その後、颯は宮藤さんの車で何処かへ向かったらしい。



弟子=かわいい(視点:射木颯)


 射木組の事務所で適当な服に着替え、私は宮藤の車でラジオ局に向かった。そこは先程イーグルアイで流れていたラジオを収録している場所だ。ラジオ局の前には既に何人ものカメラやマイクを持った記者達。そして少し気持ち悪い連中。追っかけ、キモオタってヤツね。あの子がまだ14歳程度と知って、お目に掛かりに来たのかしら。

 ラジオ局の入り口にスーツ姿の女性が現れた。私はその人の事をよく知っている。

「皆さん。申し訳ありませんがクレシェンドへの取材及び直接のプレゼントはお断りしております。彼女にもスケジュールやプライベートがあります。彼女自身、楽しみにしていた日本への留学をどうか壊さないようにご配慮お願いします」

 女性は真摯な姿勢で対応している。

「お待ちください!どうしてDJジョニーはよくて我らはダメなのですか!?」

「こちとらジャーナリスト人生賭けているんだ!クレシェンド本人の顔写真撮るまでは帰れませんよ!」

 クソ見たいな言い分垂れ流す奴らに、彼女はさっきとは違う、重く冷たい口調で言い放した。

「そうですか。では尚更受け入れるわけには行きません。日本は礼節を重んじ、他人を尊重すると伺いましたが、貴方達は違う様ですね。とくに今声を荒げた方々とは今後一切の取材等お断り致します。これ以上は此方も然るべき対処を致しますので。では、失礼します。ああ、それとファンの皆様、クレシェンドへのプレゼントは後日郵送先の用意などで対応を致しますので、ご了承ください」

 唖然とするマスコミやファンを尻目に女性は局内へと戻っていく。いつ見ても凄い迫力だわ。私は連中に悟られぬ様にラジオ局内に入り、女性に声を掛けた。

「よっ、流石の神対応ね。エルダさん」

「まぁ颯ちゃん!一年振りくらいかしら?また少し大人っぽくなったわね!」

 彼女は風音(かざね)エルダ。クレシェンドこと、レシエの実の母親。彼女はイギリス人であり、日本人男性と結婚している。彼女はリザの所属している『女王陛下の狩人(エリーズハンターズ)』の傘下の異形狩り組織『アルヴハイム』所属の異形狩りでもある。実力は英国随一。私とリザのタッグでも勝てるかどうかわからない。

「あの、この人は……?」

 スタッフのお兄さんは困惑している。

「彼女は通していいわ。クレシェンドの大事な恩人だから」

「は、はぁ……」

 私はエルダさんの案内であの子のいる楽屋に案内された。扉を開けると、奥にいた少女がこちらに振り向く。

「あぁ〜!!颯さんだ!!!!」

 少女はぱあっと笑顔になり、私の胸元へと飛び込んで来た。まるで仔犬ねこの子。

「久しぶり。レシエ」

 この少女こそが、風音(かざね)レシエ。歌い手クレシェンドの正体であり、私とリザの弟子だ。

「はい!会えて凄く嬉しいです!」

 私はレシエの頭を撫でる。う〜ん、この手に収まる様な小ささが可愛いのよねぇ……!レシエの身長は140cm行くか行かないかくらいで、今年15歳になるにしてはかなり小さい方。

「えへへ……。あ、そういえばリザさんとケルちゃんは?」

「2人は家よ。アンタが引っ越す予定のアパート。明日には来るんでしょ?」

「はい!お母さんと一緒にお引越しします!」

「でも私は仕事で留守が多くなるだろうから、殆ど一人暮らしみたいなものね。颯ちゃん、レシエの事よろしくね」

「任せてエルダさん。レシエはちゃんと一人前に育ててやるんだから」

 レシエは私にとって妹の様な存在だ。異形狩りとしても、人としても見守ってあげたい。あととっても可愛い。抱き締めるとすっごく可愛い。

「一生懸命頑張りますっ!」

「頼もしいわ。本当にレシエのお姉さんみたいね。さ、早く帰りましょ」

 いつの間にか荷物を纏めていた。レシエとエルダさんは緑色のフードマントを身に付ける。私も簡単に帽子を被って顔を少し隠す。

「あ、待ってください!まだ外には出待ちしている人達が……」

「心配いらないわ。私達、()()()()得意ですから。そうよね二人共?」

「はい!かくれんぼは得意です!」

「勿論。ウチの宮藤が車用意してるから、そこまでその窓から行きましょ?」

「え、窓……?って、ここ4階……」

「あら、言ってなかったわね。我が家代々、得意なスポーツがあるのよ」

「えと、パルクール。です」

「…は?」

 困惑しているラジオ局のお兄さんは無視して、私達は窓を開けて、すぐ隣の小ビルの屋上へと飛び移る。

「嘘だろ……」

 ラジオ局があったのが街の中心部なだけあって、程よい高さの建築物が連なり、建物間の移動は楽だ。それでもロンドンの街よりは動きづらいけど。

「ふ~ん、前より動き良くなっているじゃない」

「はい。高い所もう怖くないですよ!」

「ホント、颯ちゃんと会ってから随分成長したわね。高所恐怖症だった頃が懐かしいわ」

「お、お母さん!」

 そうこうしている内に宮藤との合流地点に着いた。ここまで来れば、流石にマスコミや追っかけは来ていないだろう。私達は既に来ていた宮藤の車に乗り、直ぐにその場を去った。

「お久しぶりです、レシエお嬢ちゃん」

「あ、はい。お久しぶりです」

 宮藤はロンドン時代にも一時期、私の護衛と世話役として同行していた。なのでレシエとも面識があった。

「そちらが、お母様ですね。私は射木組の宮藤と申します」

「レシエの母、風音エルダです。娘がお世話になりますわ」

「ええ。お二人のお部屋はお嬢の隣、201号室です。親子二人だと少し手狭ですが、よろしかったですかね?」

「問題ありませんわ。最初数日は私も滞在しますが、その後は夫のいるアルヴハイム家の別荘を拠点にしますから、実質的に入居するのは娘一人になりますわ」

 アルヴハイムとは異形狩り組織の名だが、その中枢を担っている古い一族の名字でもある。レシエとエルダさんはその血族の末裔だ。かつては射木組並の勢力を持っていたらしいが、今は直系の親族数名のみの少数組織となっている。現在のアルヴハイム家の収入がどうなっているのかは知らないけど、未だに世界各地に別荘を持っている当たり、かなりの資産を持っているらしい。

「分かりました。レシエお嬢ちゃんのことは、私やお嬢で。それに、リザさんともう一人の入居者でしっかり見守りますので」

「もう一人…?颯さん、誰かいるんですか?」

「そういえば言ってなかったわね。私、もう一人弟子みたいなのができたのよ」

 ハルのことだ。因みに射木組の連中にも見習いということで認知されている。

「…ええ!?…じゃあ、私もう要らない子ですか……!?」

 レシエが涙目になる。…可愛い。

「違うわよ。年は私と同じだけど、アンタに弟弟子が出来たってことよ」

「弟弟子?…なぁんだ、ほっとしたぁ……。えへへ、じゃあ私が先輩に…って、男の人なんですか!?」

「それがどうかした?男嫌いとかじゃないでしょ?」

「あ、いえ……。…えと、その人って、颯さんの彼氏さん…ですか?」

「んー?どうかしらね?」

 そういえば、傍から見たらそう見えているのかしら?…確かに、カップル乙とか、学校の不良とかに言われてる。ハルはそう見られるの嫌みたいだけど。まぁ、そう見えてるなら見えてるでカモフラージュとかになってるかしらね。

「いやいやお嬢……!」

 宮藤が何か言いたそうだけど、とりあえず何時もので黙らせる。私がニコってすると、組の連中は大抵黙るのよね。

「…何でもありません」

「あ、そうだ。レシエ」

「はい、何ですか?」

「修行の成果を見るための課題、出すわね」



小さなスカウト:前編(視点:降石視晴)


 翌日の木曜日。時刻は9時、普通なら遅刻だが、今日は学校の創立記念日。休日なのでゆっくり起きることができた。起き上がり寝室を出ると、颯がソファにいた。

「昨日は一日中どこ行っていたんだ?」

 颯は昨夜、寝る時になっても帰って来なかった。

「迎えに行ってたのよ。あの子もウチのアパートに来るからね」

「あの子?ああ、クレシェンドか。もうこのアパートにいるのか?」

「…まだね。今日中には来るわよ」

「そうか。じゃあ今日は買い出しに行こう。せっかくだから歓迎会でもしようよ」

「あらいいじゃない。勿論唐揚げも用意するんでしょ?」

「分かったよ。…君はどうする?」

「少し寝たらリザの部屋行ってるわ」

「うん。リザにも歓迎会のこと伝えておいてよ」


 僕は部屋を出て階段へと向かう。途中、颯の部屋ともう一部屋を通り過ぎるのだが、そこで少し違和感を感じた。

「…掃除機の音?」

 201号室は空き部屋の筈だ。

「ああ、新しい子の部屋になるのか。宮藤さんが引っ越してくる前に掃除しているのかな」

 僕は一人で納得し、階段を降りた。


『おい、シハル』

 階段を降りた先にはケルがいた。最初にあった時の大型犬に化けている。

「おはようケル、どうしたんだ?」

『クドウから貰った食料が底を尽きたのでな。買い物に行きたい』

「お前が行くの!?」

 ケルは首からエコバッグをぶら下げている。

『そのつもりだが?』

「いやいやいやいや!目立つでしょ!?その変装で正体は分からないだろうけど、真っ先に異形かもって疑われるよ!」

『ロンドンでは普通に買い物出来たんだがな』

「どうなってるのロンドン!?…分かったよ、僕も買い物に行くつもりだったから、必要な物は僕が買ってくる」

『そうか、すまない。しかし、日本とは世知辛いのだな』

「どこでもそうだよ!」

 僕はケルの分のエコバッグも持ってアパートの敷地を出る。

「…しかし、よく化けているよなぁ。それ」

 ケルの変装は大したものだ。間近でみても機械と分からない。本当に犬の毛皮の手触りまで再現されている。

『そうだろう?これは複数の魔法を組み合わせている。この姿は広範囲に幻覚を見せる魔法だ。現代の技術でいうとホログラム、だったか?それに近いから、カメラなどの電子機器にもこの変装のまま映る。幻からはみ出てしまう部位は縮小の魔法で小さくしている。触感は体を振動させて偽装している。唯一、音が誤魔化しきれないという難点があるな』

「あー、確かにお前の足音は特徴的だからなぁ。足にクッションも仕込んだらどうだ?」

『悪くない考えだ。しかし駄目だな。俺の足にも戦闘用の仕掛けがある。それの発動の邪魔になっては意味がない』

「お前本当にロマンの塊だなぁ」

『ロボットアニメ大好きな主の趣味だからな。このまま半日は語れる』

 流石にそんなに聞こうとは思わない。僕は話題を変えることにした。

「そうだ。ケル、今日新しく来るレシエちゃん…だっけか。その子の好きな料理は知ってる?」

『どうした急に?』

「いや、今夜その子の歓迎会しようと思ってさ。折角だからその子の好きな物で歓迎してあげようと思ったんだけど」

『成程な。俺はリザの記憶も共有している。その中から知っている情報を教えよう』

「助かるよ。あ、それと苦手な食材とかある?」

『レシエは野菜の好き嫌いをしない。だが味覚は子供だ。オムライスやハンバーグが妥当だな』

「オムライスとハンバーグ、っと。箸は使える?」

『問題ない。彼女は幼い頃から日本とイギリスを行ったり来たりしている。日本式の作法は知っている筈だ。因みにリザも箸は使える』

「了解。そうだ、リザの好物も教えてくれないか?ついでだし、リザとお前の歓迎会も兼ねようよ」

『賛成だ。リザは日本食が好物だぞ。特に鮭などの焼き魚と味噌汁だな』

「意外だなそれ……。分かった、じゃあそれも買っておこう…ん?」

 なんて話をしていると、僕は背後を付けている気配を感じた。

「ねぇ、ケル。さっきから僕達、付けられていない?」

『そうか?左右に怪しい人影は見えていないぞ?』

「…いや、確かに視線を感じる。でも害を加えようとはしていないようだ」

 眼鏡を外して周囲を見渡すが、怪しい人影は見つからない。どこか死角にいるのだろうか……。

『ならば無視でいいだろう。それよりも、すれ違うニンゲン達に頭お花畑と誤解されている視線を気にしたらどうだ?この場ではお前にしか聞こえていないからな』

 ケルに言われて周囲を見渡すと、おばさん一行がひそひそとこちらを見ていた。

「ッ……!?…早く商店街行こう……」

 僕はそそくさと商店街へと向かう。



その頃――リザの部屋にて。


「おっと、今のは危なかった。彼、なかなか鋭いね」

「ククク…!あっはははは!ハルってば……!あっははははははは!」

 リザの部屋にある大型モニターには、先程のケルと視晴のやりとりが移されていた。

「見つからなくてよかったねレシエ。テストは合格だ」

 リザは目の前のスタンドマイクに話しかける。

『は、はぁ……!ドキドキしたぁ……!』

 スピーカーからレシエの声が聞こえる。中継で繋がっているらしい。

「『いや、確かに視線を感じる』……!プッハハハハハハハハハ!!」

「…笑いすぎだよ、ハヤテ」

「ハー!ッハー……!フフッ……!…で、どうよハルは?」

『えっと……。優しそうな人…だと思います。なんだか、隠し撮りしているの申し訳ないなぁって思います』

「はは、そうだね。もう録画はいいだろう。な、ハヤテ?」

「ええそうね。レシエ、夕方まで自由行動よ。引き続きハル達を監視するもよし、襲い掛かるのもよしよ」

『そ、それはしませんよ!?』


「…さてと」

 通話を切り、スマホをバッグに入れる。レシエは今いる建物の屋上から出っ張りなどを利用し、軽々と降りて通りに出る。可愛らしい水色のワンピースの少女は自然な流れで人込みに紛れ、視晴を追跡する。

「ハルさん…か。流石に、仕掛けはしないけど……。もうちょっと見てみようかな」


風音レシエとの出会いの物語は商店街へと続く。

後編でようやく視晴君とレシエが出会います。

レシエちゃんはどのタイミングで視晴に見つかってしまうのか、戦闘技術はどんなものなのか。

そのあたりまで書けたらいいなぁって思います。

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