異形狩りの少女と同居している話「射木颯と降石視晴」
記念すべき、なろうへの初投稿作品は、本シリーズのメイン主人公二人の物語。颯と視晴が出会ってから一ヵ月程経った頃のお話。実際の小説とかだと1巻の最後くらいなんじゃないかな。アニメとかだと3~4話にありそうなの。
深紅の長髪に紫がかった瞳を持つ少女、射木颯。高等部に一週遅れで入学した彼女には、秘密がある。
『異形狩り』
その名の通り、異形の存在を狩る者のことだ。
彼女の家は戦国時代から続く異形狩りの一族で、現在は組織として闇に紛れて異形を狩っているという。
颯自身も10歳から異形狩り組織に加わっていて、その戦闘力は若手の中でも特に優秀とも言われている。
そんな彼女は今――
僕、降石視晴の部屋に居座っている。
「あ、ハルー。お帰りー」
異形狩りの少女、颯はサラシにスパッツという肌色の多い、実質下着姿でリビングのソファーに寝転がって、僕が買い出しから帰ったら食べる筈だったポテチを食べていた。
因みにハルとは友人間で使われている僕のあだ名だ。
「また君はそんな恰好で……。ここ僕の部屋なんだけど!」
本当なら今頃、親元を離れてこの1LDKの部屋で華の一人暮らしをしている筈だった。しかし、一か月前に彼女と出会ってしまい、それは儚い夢となったのだ。
「別にいいじゃん、同じ部屋にいる方が何かと楽だし」
「隣だろ君の部屋は!」
颯の本当の部屋は僕の部屋の隣だ。このアパートは値段の割に部屋は広く、風呂とトイレも別と、学生の一人暮らしにはかなりいい物件なのだが……。
「細かいこと気にすんじゃないの。このアパート、大家はウチの使用人だし、今住んでるのも私達だけなんだから実質ウチの一軒家じゃん? マスターキーも貰ってるし。よかったわね、こんな可愛い女の子と同居できるなんて」
この娘、自分が可愛いと自覚してるあたり更に質が悪い。どういう偶然か、このアパートは颯の所属する異形狩り組織の若手人員の為の物件だった。カモフラージュの為に一般の若者にも部屋を提供していたらしい。…まさか僕と颯だけとは思わなかったけど。
「あのさ……君も一応女子高生でしょ? 男子と同居とか平気なわけ?」
本当の所、女子が自室で寛いでいるというのは年頃の男子としては基本嬉しいシチュエーションだ。ただ…あまりにもその女子に恥じらいとかそういうのがない。
「何? 意識しちゃってる? アッハハ、やらしー♪」
正直、眼福といえば眼福ではあるが、健全な男子高校生の僕には少々刺激が強い。
「コイツ……」
何か言い返してやりたかったが、これ以上は無駄だと悟った。
「ま、諦めなさい。関わっちゃったアンタにも責任ってのはあるのよ」
「ぐ……」
そう、僕が彼女の狩りと素性に関わってしまったから、今こうして彼女といる。
颯は、元々ロンドンからの帰国子女(実際にはロンドンで異形狩りの仕事をしていた)だったこともあり、最初から距離感も遠く感じる生徒が多く、学校で孤立していた。
何人か話しかけた勇気ある人もいたが、彼女は言動が悪く、誰に対してもからかうような接し方をしていた。それが反感を買い、不良達にも目を付けられている。そんな理由で、入学して2、3日で、颯に自ら接しようとする者は居なくなった。今思うと、それは彼らが“異形”に関わってしまう可能性を少しでも下げようという彼女なりの気配りだったのだろう。
だが、それは起きてしまった。颯だけじゃなく、僕にも目を付けていたクラスの不良3人組が、夜の街で数体の異形に襲われたのだ。
3人組を襲っていたのは、“死形”と呼ばれる異形だ。異形に殺された人間の死体から生まれる、所謂アンデットモンスターだ。暗色のローブ姿で、顔にあたる部分には何もなく、よく幽霊に喩えられる淡く光る球が浮かんでいる。何でそんな存在が現れているのかはまた別の話だ。3人組はなんとか死形達から逃げてきたのだが、バイト帰りに偶然居合わせてしまった僕に異形を擦り付けたのだ。当然僕には何もできない。何が何だかわからなかった。もうだめかと思ったその時、黒と赤の忍者装束を纏った射木颯が現れた。
颯は両手に持った武器で死形を次々と倒すが、死形の一体が颯を無視して僕に襲い掛かり、颯は僕を庇ってダメージを受けてしまう。倒れた颯に死形が止めを刺そうとしたその時、今度は颯の体が赤く光りだした。次の瞬間、目の前にいた死形は消し飛んだ。“赤い”颯は残った死形も一瞬で片づけてしまった。その姿は鬼にも似た颯じゃない何かの様だった。
颯はその身に何かの異形の力を宿しているらしい。特定の条件下で発動し、颯の生存本能だけで行動するバーサーカーと化すものだ。当然、人間にその消耗率は高すぎる物で、MPをごっそり持っていかれるようなものらしい。
戦いが終わり元に戻った颯は、消費した力を養うために――
僕の唇を奪った。
具体的には、僕から消耗した分のエネルギーを吸い取ったのだ。キスでエネルギー供給、まるでその手のゲームみたいな話だ。
僕は突然の出来事に頭の処理が追い付かず、力を吸われた脱力感と共に気を失った。
次に目覚めた時、僕はなぜか自宅のベッドで眠っていた。…颯と一緒に。
その日は颯と共に学校を休み、颯から一連の事情を聞いた。僕は颯の素性を知った代わりに、彼女の手伝いをさせられることなった。手伝いと言っても直接異形と戦う訳ではない。僕の役目は彼女の普段の身の周りの世話と、颯が異形を狩っている間、一般人が巻き込まれないようにする見張り。そして逃げ遅れた人の救助だ。
話は現在に戻る。颯の堂々っぷりにズレた眼鏡を直し、僕は買ってきた食材を冷蔵庫に入れようとした時、シンクに置かれた、今朝までカレーが入っていたはずの鍋が雑に水に浸けられていたのを見てしまう。
「…なぁ、カレーまだ昨夜作ったばっかりだったよな? 量もまだ沢山あったよな?」
「ん? それ全部食べちゃったわよ」
「なんだとっ!? 今夜の分もあったんだぞ!?」
「ふぁ…眠……。ねぇ、何か食べ物ある?」
「まだ食う気か! どうなってるんだ君の胃袋は!!」
颯の食欲は異常だ。一度ライス食べ放題のラーメン屋に連れて行った事があるが、メインの大盛りチャーシュー麺が来る前に軽く6杯は食べていた。曰く、消耗したエネルギーは食欲でも補えるとのこと。また、颯は日中、欠伸をよくしており、学校でも居眠りが多い。日本での異形狩りの仕事は人目に付きにくい夜が多い。その所為もあるが、睡眠も颯の異形の力の対価でもあり、そちらの影響の方が強い。とにかくよく眠り、よく食べるのだ。
「ハルのカレー、私好みの辛さで好きよ♪」
(くそっ、いい顔しやがって……)
「そりゃどうも…! でどうするのさ、今日の夕飯は!」
「また買い物行くか外食よねー」
他人事のようにこの女は…!
「どの道この後外出な訳だし」
「え?」
僕が聞き返そうとしたその時、部屋のチャイムが鳴る。
ドアを開けると30代半ばの男性がいた。このアパートの大家、宮藤さんだ。
「視晴君、お嬢そっちにいますかね?」
「あ、宮藤さん。ええ、颯ならこっちに」
「いいタイミングね宮藤」
颯はその容姿のまま宮藤さんの前に来る。
「お嬢…。お嬢もお年頃なんですから……」
宮藤さんは颯の実家の使用人でもあり、保護者代理だ。
「別に自分ちの中ならいいじゃないの」
「さも当然のように言っているが忘れるな。ここは僕の部屋だぞ」
「まぁ、いいんですけどね。視晴君との同棲も」
「宮藤さん!? いいのそれ!? しかも同棲とか言葉のハードル上がってない!?」
「親しき中にもある程度の礼儀もあるもんです。せめて、共有のスペースで下着姿や全裸はやめましょうよ。お二人でいる間は良いですが、お友達が来ることがあるんですから」
「待って僕の前では良いの!?」
「…ん。で、仕事は?」
「こいつです。昨日、数人の異形狩りが対峙し、数体討伐しています。また、他の街でも同様の異形が目撃されています」
急に仕事モードになった宮藤さんがタブレットの画面を見せて来た。宮藤さんの本業は颯の仕事の管理と手配だ。
写真に売っていたのは紺のローブに黄色く光る瞳を持った白い仮面、そして両手には甲殻類の様な鋭利な爪。ぱっと見では死形とよく似たシルエットだ。
「…仮面を付けた死形ですか?」
僕も颯の狩りの手伝いで何度か死形を見ている。死形はその元となった遺体の死因から様々な種類が生まれる。最初に見た死形は右手に刃物を持っていたし、その後も獣の爪を持った個体、炎を纏った個体などと対面した。
「ええ、ですがこいつは死形ではありません」
「どういうことですか?」
僕の問に合わせて颯が口を開いた。
「死形に顔なんて無いし、死形にしてはローブが小綺麗。そうよね?」
颯の言う通り、死形には顔がない。僕は遭遇したことないが、異形に捕食されて生まれた死形には牙のついた口のようなものがあるらしいが、それも顔とは言い難い。
「はい。過去数十年の間、顔つきの死形は日本で発生していません。他の異形狩り支部でも資料を漁りましたが、該当する死形及び異形はいませんでした」
「…じゃあ海外ではどう?」
「流石お嬢です。ええ、海外では異形として、こいつの目撃例と実戦の報告があります。時期は今年の初め頃。主に西洋、特にイギリスとその近隣諸国で見られています」
異形狩りは日本だけでなく、世界中で行われている。颯もかつて射木家と親しいロンドンの異形狩り組織にいたことがある。
「更にもう一つ、死形でない決定的な証拠があります。こいつは倒しても消滅しない。つまり実体が残るんです」
死形は倒せば消滅する。これは異形狩りの間では常識だ。死体、残骸が残るということは、これは異形で間違いないのだろう。
「昨日ウチの奴がこいつと戦ったんでしょ? 倒した残骸は調べたの?」
「ええ。生物らしい肉や骨はありません。ローブは麻布、爪や顔は強化プラスチックと軽金属。ロープの下には球体関節。つまりコイツは、何者かが遠隔で操っている人形ということです」
「こいつによる死形の発生は?」
「イギリスで一件報告されています。現れたのは、魔法を使う死形でした」
正体不明の異形が相手の時、死形は貴重な情報源だ。死形の種類、攻撃方法である程度、異形の正体を絞ることができる。
「と言う事は魔術士絡みと見ていいわね。根元の異形はまだ見つかっていないのね?」
「はい。今の俺らにできるのは、現れる人形を片っ端から壊すなり生け捕りにして、黒幕の異形の手掛かりを見つけることです。それともう一つ。この人形の出現場所近くで、新人が1人やられています。どうやら近くに別の異形も潜んでいるらしいです。死形は討伐済みで、種族は獣人と判明しています。可能であればその異形の排除もお願いします」
「…ん、了解。場所と他の連中は?」
「今回お嬢達の他に人形退治に参加するのは8人。内4人が新人です。新人達には先輩狩人とタッグで、目撃数の少ない場所を担当して貰います。お嬢には特に人形の目撃数の多く、新人が襲われた現場付近で狩っていただければ」
「ええ、任せなさい」
「では、詳しい情報はこのタブレットに入っているので、視晴君。頼みますよ」
宮藤さんはそのタブレットを僕に渡した。
「あ、はい」
「待ってよ、普通は引き受けた当人に出すでしょ?」
「いや、だってお嬢は機械音痴じゃないですか。先日も視晴君の部屋のエアコン壊しましたよね。その前は掃除ロボットも」
射木颯の数少ない致命的な弱点、それは機械に弱いことだ。特に電子機器や家電はすぐに壊す。最近になってやっとテレビの操作方法が分かったくらいだ。TVゲームも弱い。
「颯は準備しててよ。資料は僕が見てるから」
「むぅ…!」
颯は頬を膨らせながら仕事着に着替えに向かった。
「視晴君。お嬢の事、よろしくお願いします」
「はい。颯を手伝うことが約束ですから」
夜。僕と颯は最後に人形が目撃された場所に来ていた。街中の大きな公園だ。時間も時間で人目は無いが、こういう雰囲気に浸ろうとするカップルや見回りのお巡りさん、酔いつぶれたサラリーマンが来るかもしれない。僕の仕事は颯のサポートをしながら一般人が巻き込まれないようにすることだ。だがその心配は殆どないだろう。
「…降りそうだな」
今日は夕方から曇り空になり、降水確率も上がるとのことだった。
「雨具は持ってる?」
忍者装束に着替え、両腰に二振りの直刀を装備した颯が聞いてくる。最初の夜の時は装束だけだったが、今回は装束の上に羽織を纏い、顔も隠している。僕は勝手に“アーマー颯”と称している。
「大丈夫。雨合羽も持ってきてるよ」
「黒双牙と朱鉄扇は?」
「そっちも持ってる。何時でも交換できるよ」
僕は短い鞘に収められた二本の暗器と一本の短剣を颯から預かっている。暗器の方は最初の夜で颯が使っていた得物だ。特別な力を持った一族秘伝の武器で、本来なら射木家以外の人間が持つことはあってはならないらしいが普通に持たされている。もう一本の短剣は颯から護身用に渡されたものだ。
「いざとなったら、持って貰ってる武器は使ってもいいから」
「そうなる前に君がやってくれるだろう?」
「…もしもってこともあるのよ」
その颯の言葉に、僕は彼女なりの心配を感じた。
「颯……。わかった、注意する」
颯の忠告に従い、短剣をいつでも抜ける様にしておく。
「ほら、アンタの目の出番よ」
次に僕は眼鏡を外す。
僕にも、普通の人と少し違うところがある。颯のような異形の力を持っている訳ではなく、魔法とか特別なこともできない。ただちょっと、人より視覚と味覚が優れているだけだ。視覚の方は、狩の場で非常に役立つ。
「ハル! 右の茂みの方!」
颯が何かの気配を感じたらしい。颯に支持された方角を見ると、茂みの奥に人のようなものが見えた。紺のローブに淡い黄色の光が二つ。宮藤さんからの情報通りの姿だ。人形は3体いるようだ。
「奥に3体いる。こっちには気付いていないようだ」
見えた情報を颯に伝える。言い終えた時には颯は既に行動していた。
「なら奇襲…!」
颯は人形たちに向かって一直線に走りながら、両腰の刀を引き抜く。朱く、まっすぐな刀身をした忍者刀だ。朱双刃と颯が呼んでいる二振りの刀は通常の忍者刀より長めの刀身と太目の柄の変わった形をしている。素人目からしても扱いにくそうな武器だ。颯はそれを軽々と使いこなしている。
「一つ!」
飛び掛かりながら振り下ろした刀は一番前にいた人形の両腕を斬り落とした。咄嗟の出来事に他二体の人形は処理が追い付かなかったのか、颯への反応が遅れた。颯は続けざまに左の人形へ攻撃する。
「二つ!」
二重の払い斬りが人形を切り裂いた。人形は三分割され、そのまま動かなくなった。残った人形が爪を颯に突き出してくる。
「遅い!三つ!」
人形の攻撃を咄嗟に姿勢を低くして避けた颯はそのまま刀で斬り上げた。戦闘は一瞬で終わった。
「え……。流石に弱すぎない?」
朱双刃の刀身は異形に有効な素材が使われており、異形相手に特攻があるとはいえ、一体一撃ずつで終わるのは確かにあっけなさすぎる。人形自体が魔法を扱うようなことも無かった。
「ハル、他の奴らはどう?」
「今調べるよ」
宮藤さんから預かったタブレットを開く。周辺の地図が表示され、他の異形狩り達が人形と交戦したという記録が出ていた。
「大丈夫みたいだ。苦戦しているところはない」
「じゃあこれで終わりってこと?」
「…もしかして、対応した数が少なかったから苦戦しなかった。とか?」
「どういうことそれ?」
「ゲームのモンスターでよくあるんだよ。その敵が一体や二体だったら大したことないんだけど、集団で来ると物凄く厄介になるってことが」
「…ハル。それ当たりかも。今度は公園の方よ」
颯に言われ、公園の方を探る。すると今度は20体が一斉に現れていた。
「なっ……!?」
タブレットを見てみると、他の場所でもここほどではないが各エリアで先ほどより多くの人形と交戦を始めているらしい。
「確かにこの数は少し厄介ね。経験の浅い異形狩りだと、数に威圧されて本来の力を発揮できなくるわね。…ま、私はそうでもないけどね!」
颯は人形達に突っ込んだ。先ほどの3体との戦闘以上の速度で20体の人形を二分ちょっとで狩り切った。
「ん~~。今度こそ人形は終わったわね」
颯は体を伸ばし、満足げに言った。
「うん。もう人形の反応はないみたいだ。お疲れ様」
僕は颯に雨合羽を渡そうと近づく。その時―
「ハル!」
「?!」
颯は僕を突き飛ばす。鋭利な爪が僕のいた場所と雨合羽を切り裂く。
「チッ、外したか……」
爪の持ち主が声を発した。
「…アンタは?」
「俺はお前達が壊した人形の親玉…の顧客さ」
夜の公園に雨が降り出す。現れた異形は、獣の力を宿した所謂獣人だ。屈強な肉体に尻尾を持っている。爪の形状からして、分類は狼男のようだ。
「顧客ぅ?」
「俺達の縄張りで人形のテストをさせる代わりに、厄介な異形狩り共を誘き出してやる。そういう取引があったのさ」
狼男は淡々と話してきた。
「随分とペラペラ喋ってくれるじゃない。そんなに自信があるわけ?」
狼男がニヤリと笑う。
「あるさ。ついでに魔法で強化してもらったからな」
微かだが、狼男の爪が淡く光って見える。何かしらのバフが掛けられているようだ。
「この力で昨日、お前らのお仲間を一人殺してやった。お前も、そこの小僧もそうなる」
その言葉を聞いた瞬間、颯の目つきが変わった。
「…ホント、良い度胸してるわ。アンタ」
颯は怒りを堪えながら、僕にいくつかハンドサインをする。それは事前に決めていた合図だった。その内容は―
「その場で待機。方法は問わない。合図をしたら黒双牙を渡せ」
僕は黒双牙をバッグから取り出し、何時でも渡せる体制に入る。
「アンタは狩る。私達が絶対に」
「来い! 異形狩り!」
颯と狼男が距離を詰め合い、二人の決闘が始まった。颯が人形の時と同じように斬りかかるが、狼男の右手の爪が瞬時に刃を受け止めた。続けて左の爪で引っ掻く。颯は直ぐに距離を離し回避したが、狼男の攻撃はまだ続く。今度は両手の爪に加え、噛み付きも使って颯に襲い掛かる。あの狼男、魔法で強化されたと言っていたが、元々の実力も高いのかもしれない。
「ああもう! しつこい! 汚い! めんどい!」
颯は狼男の攻撃を受け流し続けている。
「おらおらどうしたぁ!その程度か!」
颯が受けに回り、手数で押せると思ったのか、狼男の攻撃が更に激しさを増す。それが颯の作戦とも気づかずに。颯と狼男の立ち位置が反転し、僕と颯で敵を挟む形になっている。
「小娘が俺の攻撃をここまで耐え抜くとはな。まだガキなのが惜しいが、俺の女になるなら命は助けてやる」
狼男は慢心して完全に僕のことを忘れている。…なんだか無性に腹が立ってきた。
「嫌、キモい、無理。アンタざっこいし。何よりアンタは、私の家の奴を殺した。唯では済まさない」
「生意気な…やはりお前は殺す! これで終いだ!」
狼男が両手を広げ、颯に突撃する。
「ハル!」
颯の合図を出した瞬間、僕は黒双牙を颯の元へ投げた。
「なんだ!?」
黒双牙は狼男の頭上を通り、飛び上がった颯が暗器を掴んだ。そのまま鞘は抜け落ち、漆黒の暗器が姿を現す。鞘が完全に抜け落ちたと同時に、中に仕込まれた刃がそれぞれ二本、トの字の形に展開される。短剣と鎌を合わせたような暗器、これが颯の切り札、黒双牙だ。
「漆黒の武器…だと!?まさか……!?」
狼男は動揺した。多くの異形達は知っているのだ。その武器がどういう力を持っているのかを。
「はぁぁぁ!」
黒双牙の刃が狼男の体に突き刺さる。
「ぐあああああああああ! ヤ…メロ……! 力…が……! 強化が……!!!」
それと同時に狼男の爪が砕け、強靭な肉体が細くなり、痩せこけた上半身裸の男が現れた。恐らくあれが本来の姿なのだろう。黒双牙に秘められた力……。それは異形にとって絶対に受けたくない物だ。黒双牙の漆黒の刃は、傷を付けた相手の特別な力を封印する。魔法のバフは勿論、異形が持つ特性や非物理的な攻撃も無効化する。まさに異形にとって最悪な武器だ。
「ふーん、少しは人間に近い姿になったじゃない。汚いけど」
「クソが! …よくも俺の力を……!」
颯は狼男に止めを刺すために近づく。
「…アンタは超えてはいけない一線を超えた。言った通り、私達が狩るわ」
颯が黒双牙を振りかざす。だがその時―
「この…! ガキどもが……! いい気になるな!!!」
狼男はズボンから小型拳銃を突き出す。もしもの時の為に仕込んでいたようだ……!
「!?」
銃口は颯に向けられている。いくら颯でもこの距離では致命傷は避けれても直撃は免れない。颯が傷付けば、また颯の異形化の力が開放されてしまうかもしれない……!
「颯!!」
僕は咄嗟に駆け寄り、颯を突き飛ばした。颯は射線から外れた。だけどこのままだと弾丸が僕を撃ち抜く。銃口が火を噴き、鉛の弾が――
「このバカっ!」
颯が咄嗟に僕を引き寄せ、僕は颯に覆いかぶさる用に倒れる。弾丸が僕の右頬を掠め、颯は直ぐに僕の腰から短剣を抜き出して狼男へ投げつけた。朱鉄扇は朱双刃と同じ素材で作られている短剣で、刀身は楕円形に近い。短剣は一直線に狼男の脳天に突き刺さった。
「チク…ショウ……!」
狼男はそのまま絶命した。
戦いが終わり、雨が本降りになってきた。僕達は倒れたまま、互いに呼吸を整えている。
「ハァ……! …生きてる……!」
雨に塗れて傷口から血が滲む。
「…アンタ、ざっこい癖に何してんのよ……! アレくらい、避け切れなくても大したことは――」
確かに、颯であれば致命的な箇所への着弾くらいは避けれただろう。
「知るかそんなこと……! 僕が嫌だっただけだ。…君が、負わなくていい傷を負う事が……!」
「えっ」
「あのまま銃撃を受けていたら、君はまた暴走していたかもしれない。君はあの力が発動するの、嫌だったんじゃないのか?」
「ハル……」
「僕も…嫌だ。だって……」
その先を言おうとしたところで僕は気付く。颯がきょとんとして、僕をじっと見つめている。それが何だか気恥ずかしくなり……。
「えっと、発動した度に応急処置とかでキスされてエネルギー奪われたり、その日の食事代がシャレにならないし……」
ヘタレてしまった……。
「…プッ…アッハハ! …ばーか。弱い癖に」
颯は吹き出して笑った。
「…ああ、僕は弱いさ。弱いから弱いなりの方法で君を助ける」
「そうね、おかげで無傷よ。ありがと。…で、いつまで私を押し倒してるつもり? 雨が冷たいから帰りたいんだけど」
「あ、ごめん……!」
僕は颯の上から退いた。ただでさえすぐ側に異形の死体があるのに、こんな所誰かに見られる訳にもいかない。色んな意味で。
「あ、宮藤さんからメッセージだ。他の場所が片付いたから必要ならこっちに向かわせるって」
タブレットに通知が来ていた。防水仕様でよかった。
「そ。じゃ、死体は他の奴らに任せて帰りましょうか」
「うん、雨具持ってきたのにお互いずぶ濡れだ。帰ったらまず風呂だね。…自分の部屋の使ってくれよ?」
「ん? なんだったら一緒に入る?」
「狭いだろ2人じゃ! っていうか嫌だよ!」
「照れちゃってまぁ…♪」
僕達は宮藤さんに狼男の件を報告して、撤収した。
アパートに戻った僕達はまず風呂に入った。颯が今回はちゃんと自分の部屋の風呂を使ってくれたので、久しぶりにのんびり入れる。…いつも勝手に使われた後の風呂に入っていて、いろいろ気になってあまりゆっくり浸かれなかった。
「痛ッ……。傷に沁みるなぁ……」
右頬の傷口が痛む。出血は止まっているが、まだ処置をしていなかった。
「痣にはならないといいけど……。アイツを守れたなら、名誉の負傷かな」
などと湯舟に浸かりながら今日の反省をしていると、脱衣場の方から颯の声が聞こえた。
「まだ入ってるの? ちょっと長くない?」
「颯!? 来るの早くないか?!」
互いの部屋に入って10分ちょっとだ。早風呂すぎる。
「サッとシャワー浴びただけだし。で、アンタはのんびり湯舟張ってるわけね」
「良いだろ別に。僕の部屋の風呂だ。テレビでも見て待っててくれ」
「ん。お腹空いてるから早くね」
(やれやれ、ゆっくり入れると思ったのに……)
僕は風呂から上がり、手早く着替えた。
リビングに戻ると、昼間のほぼ下着姿の上にTシャツを着た颯が目の前にいた。
「ちょっと見せて」
「は、颯……!?」
颯が両手で僕の顔を掴み、じっと見つめる。物凄く顔が近くてドキっとしている。
「…傷、手当てしてあげる」
意外な発言に一瞬固まった。
「えっ」
「…何?」
颯がギロっと睨む。
「あ、いや…! 意外だったから……」
「…私を庇って怪我したんだから、それくらいさせなさいよ」
その颯の言葉には、いつものからかい癖は無く、ただ優しい声だった。
「うん…。じゃあお願いするよ」
ソファに座り、颯は手慣れた手付きで手当をしてくれている。
「手慣れているね。よく誰かの手当てをしていたの?」
黙っているのも気まずかったので話題を振ってみた。
「ロンドンの時にね。手のかかるチームメイトが居たから」
「前に言っていた魔法使いの友達のこと?」
颯にはロンドンで共に異形狩りをしていた仲間がいた。リザという女の子で、同い年の魔法使いらしい。
「いいえ。もう一人いるわ。私の一個下の女の子よ」
「へぇ……。どんな子だった?」
「小さくて可愛い子よ。料理もできて、よく歌っていて、善属性極振りで、ちょろくて、ほっとけない。妹みたいな子」
颯は優しい顔で話す。余程いい子なのだろう。
「相当懐かれていたんだね」
「どうかしら? 結構リザと騙し合いの道具にしてたし」
「酷いなそれ!?」
いい話と思ったらとんでもない爆弾が来た。
「別にそこまで酷い事はしてないわよ。あの子が直接傷つくようなことはしてないわ。お互い」
「そ、そうなんだ……」
「ほら、これでおしまい」
頬に絆創膏を張って、手当てが終わった。
「ありがとう、颯」
僕の礼に対し、颯は後を向いて言う。
「今日は特別だからね。…アンタだけじゃないのよ。パートナーに傷ついて欲しくないのは」
「うん。次は僕も気を付ける。…じゃ、遅めの夕飯でも作るよ」
「今夜のカレーなくなったんじゃないの?」
「君が全部食べた所為でね。でも食材をはちゃんと買い出ししてあるんだよ」
「ああ、そうだったわね。メニューは何?」
「僕の得意料理だよ」
「唐揚げね! 最高。ハルの唐揚げ、私大好きよ♪」
時刻は11時を超えている。本来なら寝静まり始める時間だが、食卓には大皿に盛られた唐揚げ、白米、付け合わせの野菜と味噌汁。飯テロにすればかなりの威力だろう。
「あむっ♪ ん~~♪」
颯は僕の料理を本当に美味そうに食べてくれる。その顔は、とても異形の力だとか異形狩りとか関係ない、一人の女の子のとても幸せそうな笑顔だった。
(本当にいい顔で食べてくれるな……)
僕が彼女の手伝いをしているのは、彼女の部屋の出入りを許しているのは、この笑顔の為なのかもしれない。
翌朝、宮藤さんから報告があった。人形を操っている黒幕の異形は未だ発見できていない。他の場所でも、あの狼男と同様に、黒幕と取引をした異形と交戦をしたチームもいたらしい。結果的にその異形も討伐することができたが、黒幕に繋がる情報は掴めなかったとのことだ。魔人形と名づけられたその人形の出現は今も続いている。颯は一度射木家の異形狩り組織、通称射木組の本部で組長である父と相談し、ロンドンの姉妹組織から援軍を要請する。その援軍とは、かつて颯がチームを組んでいた二人の少女だった。彼女達との出会いの物語は、また別の話である。
ウチの子達のこんな日常見てぇなぁと思って制作しました。(これで漫画描いてTwitterで公開したらバズらねぇかなぁという動機でした)