乙女ゲームの世界に転生し……オイ、乙女ゲームって難しいなこのやろう!!
「……どういうことだ?」
豪華なベッドに身を起こし、じっと手を見る。なんだこの細っこい手? それに豪華なカーテン付きのベッド?
この部屋も見慣れた東京の、俺のアパートじゃあ無い。テレビか映画でしか見たことの無いような、西洋風の立派な館か城の中か?
ベッドの上で自分の身体をペタペタ触る。
胸、ちょっと、ある。
股間、まったく、ない。
俺、女になってる?
ここはドコ? 私は誰?
「なんなんだ、コリャ?」
「その疑問にお答えしましょう!」
目の前がパッと光って明るい可愛い声がする。
「あなたは生まれ変わったのです!」
俺をピッと指差すのは小さな女の子。
身長が10センチくらいで、背中に蝶の羽が生えてて、赤い花みたいな服で、パタパタと宙に浮いている。
あぁ……、
「……俺はこんなファンタジーな幻覚を見るくらいに、疲れていたのか。……うん、もう仕事やめよう。そして心療内科で診てもらおう」
生きる為に働くのであって、仕事の為に精神を病んで健やかに生きられなくなるのは、やっぱり本末転倒というものだ。うん、あのクソ仕事辞めよう。辞める前にあのクソ部長の面を殴ってからにしよう。
同性愛というのは個人の性癖で別に構わないが、新入社員の山田川君に、ケツを貸せ、でないとクビだ、というケツ部長はやっぱり頭がおかしい。
いや日本の中小企業の上役は、頭がおかしく無いと出世できないから、何処も似たようなものだろうけれど。
「あ、あのー? 聞いてます?」
「あぁ、幻覚が話しかけてきた。俺ももうダメな人なのか……」
「幻覚じゃ無いです! 私はここにいます!」
小さな妖精みたいな女の子は腕を振り自己主張する。
「私は妖精アインセル。あなたのアドバイザーです!」
「アドバイザー?」
「はい」
「なんの、アドバイスをするアドバイザー?」
「事情説明とあなたのサポートをします。ここは乙女ゲームをもとにした世界。あなたはこの世界エアスイートに転生したのです!」
「乙女ゲーム? 転生?」
「ええ、なんかそういうのが流行してるから、うちの神様もちょっとやってみようかなって仰いまして」
「流行してんの? 俺の周りで転生したっていう人は、あんまりいないんだけど。あ、昔の同級生で一人いたけど、確かあいつはずっと病院に入院してるとか」
「いえ、あなたの世界から他の世界へと魂が生まれ変わるのですよ。そしてここはあなたのいた地球の日本から見て、異世界エアスイートなのです」
「はぁ」
「そしてあなたはこの世界のギィギィ国の王女コウメとして産まれたのですよー」
「いや、産まれたのですよー、とか、可愛く言われてもだ」
「ただいま12歳で熱病にかかって寝込み、このときに前世の記憶を思い出したという設定です」
「今、設定って言ったか? ちょっと待て、じゃあ12歳まで生きてきた記憶は? 王女コウメの記憶は? 人格は?」
「世界誕生五分前仮説というのはご存知ですか?」
「なんか哲学的にメタでメチャクチャなものぶっ込んで来やがった?」
「というわけで、あなたはギィギィ国の王女コウメ様なのです。この世界エアスイートで、乙女ゲームっぽく五人のイケメンズが待ち構えています。これを好きに攻略しちゃってください」
「ちょっと待てや。いきなりイケメンズとか言われてもだな」
「クール、ワイルド、美少年、おじ様、脳筋と取り揃えておりますよ」
「タイプともかく、俺は男だ。そして俺は異性愛者だ。女が好きなんだよ、男はごめんだ」
「あ、アレ? おかしいな? えぇと、でも今はほら、女の子ですから、人の意識は肉体に引きずられるものですから。いずれ男が好きになったりもするでしょう。ニーチェもカーラも肉体は魂の入れ物に過ぎないとも言ってますし」
「おいコラ、それに今、12歳とか言わなかったか?」
「そこは世界が違いますから。ここは15歳で成人、十代前半でも結婚したりはあって当然ですから」
「どんな時代設定なんだ? いや十代で政略結婚とかあってもおかしくないのか。現代日本でも俺のもと同級生でそういうのいたけれど」
「攻略対象の五人のイケメンズは、全員ロリコンですから問題ありませんよ」
「問題しかねぇだろ! そのロリコンに狙われるのが俺だろが! 鳥肌が立つわ! まだ王位を狙って王女と結婚を企むの方がマシに聞こえる!」
「なので好感度を上げるのはわりと簡単かと」
「う、うわぁ、何で俺が乙女ゲームの主人公なんだよ、俺が男に狙われる少女? きもちわるう」
「あれ? ええと、睦月さんは乙女ゲームが好きで、乙女ゲームばっかりしてたんですよね?」
「いや、やったこと無いし、それに睦月さん? 俺の名前は如月正吾だけど?」
「え?」
「え?」
赤い花のドレスの妖精は、何処からかタブレットのようなものを取り出して慌てて操作する。額に汗して何度も何度も俺とタブレットを見直して。
「如月正吾、さん?」
「はい」
「睦月輝美、さんじゃ無い?」
「誰だよそれ」
「職場ではお局さんにいびられて、上司が睦月さんのおっぱいをネタに下品なジョークをかますのに苛立って、たまに社長が尻を触ってくるのに困ってて、唯一の生き甲斐は休日の乙女ゲームだけという、睦月輝美さんでは?」
「何か親近感を感じるなあ睦月輝美さん。会ったことも無いけど。やっぱ日本の会社ってそんなんばっかりか。あのな、俺は睦月輝美じゃ無くて如月正吾。その名前と、あとおっぱいとか言ってたから、その睦月輝美って人は女だろ。俺は、男だ」
「そのようですね。えー、私も途中からなんかおかしいなあ、とは感じてましたが、どうやら……」
「……どうやら?」
「……人違いのようですね」
「……ほおう、」
「てへ」
……このやろう。この妖精野郎。可愛い子ぶって何を誤魔化そうとしてやがる。
「その羽むしるぞ」
「やめて下さい!」
「で、どうすんだ? その睦月輝美さんを呼んで俺と交代してもらうのか?」
「そこをちょっと上司と相談したんですけど、どうにもやり直しはできないみたいで」
「どういうことだ?」
「いや、ほんとはやり直しはできるはずなんですけど、どうやら上司はこのまま押し切るつもりみたいで、正吾さんを説得して神様には内緒にしろって言い出して」
「こうして偽装は作られていくのか。妖精の世界も日本みたいだな」
「いえ、私は隙を見て神様にチクリますよ。そのときに正吾さんのことを神様と相談します。すいませんがそれまで、コウメ王女をやってもらえませんか?」
「それ、拒否できるのか? 既に俺の身体は12歳の女の子で、知らない国の見たことも無い部屋にいるわけなんだが。拉致か誘拐か略取か知らんがこれで嫌と言ったらどうなる?」
「ううん、代わりの身体も無いので、それに上司が神様に見つからないように強引に事を進めようとしたら、隠蔽するために正吾さんの記憶を改竄したりするかも……」
「こんのブラックフェアリーが」
「私は仕事はちゃんとやりたいんですけどねえ。とりあえず上司を騙しつつ神様に相談する機会を窺ってみますので、それまでなんとか」
「なんとかするには、俺にどうしろと?」
「やったあ、乙女ゲームの世界だひゃっほい、どのイケメンを食ってやろうかゲヘヘって感じで、コウメ王女をやってもらえると助かります」
「ふ、ざ、けんな」
「あとは、死ねばゲームオーバーになりますけど、その場合は次に生まれ変わるとこを用意してないので、次回を用意できるまで数百年ほど煉獄で待機してもらうことになりますが……」
「碌でもねえ、煉獄ってなんなんだ」
「地獄よりはマシなとこです。まぁ、そう拗ねないで下さいよ。この妖精アインセルが全力でサポートしますので、この世界エアスイートをちょっと楽しんでみませんか?」
はぁ、昨日までしがないSEだった俺が今日から一国のお姫様に。12歳の可憐な少女に。なんだこりゃ。
とりあえず熱病のせいで記憶が混濁しているという設定のもと、いろんなことを誤魔化しつつ、この国の王女様をやることに。
いかれた夢のようなバカバカしい話だが、上手い飯もあるし、屋根もあるし、部屋は豪華だし、可愛いメイドさんがお世話してくれるし。
掃除も洗濯もしてもらって、お風呂もあって、生活面で苦労は無いし、病み上がりだってことでのんびり生活できてるし、今のとこわりといい生活? 王女暮らしも、悪くない?
父親の王様も母親の王妃様も優しいし、はー、王様家族ってこういうものなんか? 父親って子供を殴ってストレス解消するクズ人間のことじゃなかったのか?
「あの、コウメ王女? これまでどんな悲惨な家庭で過ごしてこられたので?」
「アインセル、そういうのは日本ではわりと普通なんだけど?」
「異世界日本から別の世界に生まれ変わりたいって魂が多い理由が解っちゃいましたよ」
「とりあえず、俺、あっと、ワタシは大人しく可愛い王女を演じていればいいんだな?」
「第一部では五人の攻略対象の好感度を上げます。ここで好感度を上げておかないと第二部で困ることになります」
「二部構成? 乙女ゲームというのがよくわからんが、ギャルゲーみたいなものならやったことある。相手を一人に絞って好感度を上げればいいのか?」
「できれば五人とも上げるようにして下さい。好感度がマイナスになるとその攻略対象は他国に亡命してしまいます」
「は? 亡命?」
「攻略対象は優秀なので、いなくなると国政に影響が出ます。またコウメ王女への好感度が上がると仕事のやる気も上がって、国が豊かになります」
「なんだそれ? これが乙女ゲームなのか?」
「例えば、攻略対象、クールの好感度が上がると新しい政策を提案して商業が発展します。脳筋の好感度が上がると軍がやる気出して山賊とか魔獣を討伐して、開墾できる土地が増えます。逆に攻略対象の好感度が下がると、仕事がいいかげんになって、賄賂に税の誤魔化し、悪徳商人とゲス貴族の癒着などが増え、退治されない山賊、魔獣が暴れて国が荒れます」
「……シム系恋愛ゲーム?」
「ワンパターンだと飽きられるので、目新しい要素を入れないと人気が出ないんですよね」
というわけで、五人の攻略対象。クール、ワイルド、美少年、おじ様、脳筋、の五人とは、なるべくお喋りして嫌われないようにと努めることになる。どこの業界の人気を気にしてんだ? 神様って何をやってるんだ?
というかこの五人のイケメンズ、こいつら全員マジのロリコンじゃねえか。12歳美少女の俺にデレッデレじゃねえか。ガチだよ、ヤバイな乙女ゲームって。レーティングはどうなってんだ? うおお、ワイルドの視線がぁ、美少年が触ってくるう。ちくしょう。
妖精アインセルの助言に従い、五人の好物やら、どの時間帯に何処にいるかとか聞いて、少し話をしたりとか、酒とかお菓子とかプレゼントしたりとか、上目使いでニッコリしたりとか。うお、思い出したら鳥肌があ。俺がなんかするその度にピコーンといい音がなる。何かが上がった音がする。
おじ様なんて32歳で年齢が親子ほど離れてるじゃねえか。そのおじ様が俺を見てクスリと微笑んだりして、うわおう。やめてぇ。マジだコイツう。
「この五人のうちの誰かと結婚することになるのか。うーわ、初夜とか考えたくねー」
「もう女の子になって半年なのに、まだ意識は男のままなんですか?」
「これまで二十年以上男で生きてきて、いきなり女になれとか言われてもだ、そう簡単に心は切り替わらないんだろうよ。あぁ、可愛いメイドちゃんとのお風呂が俺の心のオアシスだ。何故このメイドちゃんは攻略対象じゃ無いんだ?」
「だって乙女ゲームですから。そろそろ夏イベントなので攻略対象に水着姿を披露しないといけないんですが」
「うがががが、なんで俺が肌色サービス回をする方になってんだ! あとあのクール! いい歳して12歳の女の子を見る目がなんかエロいぞ! あいつモテてる筈なのに俺一筋かよこのロリコン野郎!」
「けっこう好感度が上がりましたし、あれは照れているみたいですねー。ところで、なんでクールの好感度上げるの頑張ったんです?」
「だって、あいつの好感度が上がったら国内のスラム問題が解決して、飢える子供が減るってアインセルが言うから」
「意外とマジメですねー」
まあ、一応王女なんだから? 国の為になることをやらんと不味いんじゃないか? 乙女ゲームとか言われても、そこに暮らせば生きている人達がいるわけで、その人達と挨拶したり話をしたりしてたら、ちゃんとしないといけないって気にもなる。王族がしっかりしてないと国民が困るだろ。なので国の為、俺の生活の為にイケメンズ五人のご機嫌とりをする日々。
美少年と手を繋いでお散歩とか、脳筋が俺を抱き上げたりとか、おじ様の膝に座ったりとか、鳥肌もののイベントを歯を喰い縛ってなんとかやり過ごす。なんか気分はキャバクラのお姉さんだ。乙女ゲームってたいへんだ。
夏の海水浴、冬の露天風呂、おい、12歳の女の子のどんな姿のどんなシーンを期待してやがる? 何イベントだこのやろう。誰得なんだこれ?
というか、この五人に頼るあたり、この国って人材不足なんじゃないか? しかもコイツら12歳の女の子への情欲で国の仕事をがんばるとか、お前ら頭がおかしい。
……でも仕事はできるんだよな、コイツら。ロリコンというのを気にしなければ、国の役に立つ優れた人材なんだよな。
だけど、くそう、なんで俺がクッキーを作ってワイルドに差し入れしなきゃならんのだ? あーん、ってしたら目を逸らしたぞワイルド。顔が赤くなって、心は恥ずかしがりの少年かお前は。
「あの、お気に召しませんか?」
「あ、いや……」
可愛いらしい仕草にも慣れてきてしまったぜ。ワイルドのやつキョドってやがる。しかしこれをやってワイルドの好感度を上げておかないと、南の悪徳商人を潰すことができなくなってしまう。なんだこのフラグ。恋愛国政ゲーム? 五人中四人が甘党だがら、俺のお菓子作りの腕が上がっていく。
「第一部の間にお金も貯めた方がいいですよ」
「アインセル、金ってなんだ? 国の金じゃダメなのか?」
「コウメ王女が個人で使えるお金じゃないとダメです」
「バイトでもすりゃいいのか? いや待てよ」
お菓子作りの腕が上がり、イケメンズに好評のお菓子が作れるようになり。じゃあ、王女レシピのお菓子を売りに出すか。あとは好物がお菓子じゃ無くて酒っていう一人の為に、作っていたブランデーもなかなかいい感じになってきた。よし、王女印のブランデーも販売しよう。
作り方だけ信頼できる料理人と商会に渡して、えーと美少年の兄貴が商会やってたよな、あとは脳筋のいとこが城下で料理人やってたか。
「これで金はどうにかなるか?」
「うーん、どのアルバイトをするかでステータスに変化が出るんですけど、裏技っぽいですね」
「なんだ、そっちでイベントがあったのか?」
「代わりに学習と好感度上げに時間が使えますね」
「育成ゲームかよ? しかも俺の」
「そういう要素もあります」
「で、」
「で?」
「俺はいつまでコウメ王女をやらなきゃならんのだ。アインセル、神様はなんて言ってた?」
「それがですね、これはこれでおもしろいからゲームクリアかゲームオーバーまでこのままやってくれないか? と神様は仰いまして」
「ふ、ざ、けんな」
「その代わりゲームクリアまで行けたら、次の転生先で出来る限り希望に応えると。この条件でもう少しやってみてくれませんか?」
「何処までやればクリアなんだよ? あの五人のうちの誰かと結婚して、俺が妊娠して出産とか、ちょっと考えたくもないんだが」
「あ、この国は一夫一妻制では無いので、五人全員と結婚できますよ?」
「やめろ、ただでさえ最近クールとワイルドが俺絡みで睨み合ったりして怖いのに」
「モテる女の子は苦労しますねー。独占欲って厄介ですねー」
「あの二人が同室にいると、パプーと音楽が変わって『険悪な雰囲気』の表示が出て、それで『ワタシの為に争わないで』と、俺が言うはめになるとは思わんかった」
「いいですねー、それ女の子が言ってみたいセリフのひとつですよ」
「これ、どうすりゃいいんだ?」
「そこは上手く言いくるめて、思い通りになるように誘導して、ハーレムエンドに持ち込むといいですよ。好感度上がってますからいけますって」
「俺はあの五人のイケメンズと結婚して乱交されてしまうのか……」
考えたくも無い未来へと流されていく。
コウメ王女になって一年。ううむ、いろいろと有りすぎて濃い一年だった。好感度の上がったイケメンズとはスキンシップも増え、ますます俺の精神がヤバイ。しかも俺が女の子の身体に慣れてきてしまった。だからと言ってこれまで男で生きてきた記憶があり、俺が好きなのは男じゃ無くて可愛い女の子だ。俺があのイケメンズと結婚してムニャムニャするとか、やめて欲しい。勘弁して。許して。
「文句言うわりには王女としてちゃんとやってますよね」
「それは王族として産まれた義務ってやつだろ。俺が流されやすいのは否定できないけど」
「そろそろ第一部が終わり第二部が始まります」
「ん? アインセル、どういう区切りなんだ? 第二部はどう変わるんだ?」
「第二部では隣の国が攻め込んで来て戦争になります」
「おいこら、戦争だ? ようやく国営農場が軌道に乗って、流通網の為の街道整備も進んで来たのに」
「随分と発展しましたね」
「あの五人、マジで有能なんだよな。ロリコンだけど」
「で、隣の国が攻めて来て国が混乱し始める中、コウメ王女が聖剣を抜くのです」
「唐突過ぎんだろが」
「その聖剣の力と五人のイケメンズで国を守るのが第二部です」
「……乙女ゲームって、ハードだなあ」
王城の地下に眠る聖剣を求めて、五人のイケメンズと六人パーティーでダンジョンを進む。
「なんでいきなりダンジョン探索RPGなんだよ?」
「これまでに無い組み合わせにチャレンジすることで、次のブームが産まれたりするんです」
「マンネリを打破しようとしてわけの解らんキワモノになっていくのはどの業界でもあることなのか?」
「冒険する余裕も無くなると末期ですよね」
暗いダンジョンの中、五人のロリコンと13歳になったばかりの美少女の、わ、た、し。おい、身の危険をダンジョンモンスターよりもパーティーメンバーに感じるぞ。なんだこの新感覚ダンジョン探索RPGは。
もう、俺の精神力は限界よ?
「……だいたい隣の国が攻めてくるときに、呑気にダンジョン探索とかって……」
「これはイベントの一環ですよ。同じテントで寝泊まりしながら、たまにちょっとエッチなハプニングもありつつ」
「ふふふ、ずっと身近にいるからか、連続でピコーンピコーンと鳴りやがるぜ……」
「イケメンズ同士でケンカしたりとか、起きないもんですねー」
「あのな、そうならないように俺がどれだけ精神をすり減らしていると……」
イケメンズも悪い奴等じゃないんだよ。ただ俺に惚れてるロリコンってだけで。言ってて気持ち悪う。ああ、お前らなんで俺が脳筋の治療してるとこ睨むように見てんだよ。おい、わざと戦闘でケガしようとかすんなよ? 地上は現在戦争中、我が国ピンチ、だから速く探索を済ませる。サクサク進むオーケイ?
なんとか聖剣を見つけて地下から持ち帰る。
「はー、やっとダンジョンパートが終わった」「この聖剣を持ち帰ったことで、いよいよこの国を守る為に戦う準備ができました!」
「そうなのか? この聖剣、もしかして戦争を終わらせるような凄い力があるのか?」
「ええ、そうです。この聖剣が無いと隣の国に滅ぼされます。実はダンジョン探索中に、既に国土の四分の三が奪われましたけれど」
「取り返すぞ。先ずうちの国の軍ってどうなってるんだ?」
「奇襲を受けてほぼ壊滅状態です」
「……ここから逆転していくのか、今度はSLGか? タクティクスか? まさかのリアルタイムストラテジーか?」
「敵は十万の大軍です」
「……それ、勝ち目あるのか? 泣きそうだ」
「大丈夫です。我が国には優秀な武将が五人もいます」
「え?」
妖精アインセルが示すのは五人のイケメンズ。俺は五人を順に見て。
「たった五人でどうしろと?」
「この中から一人を選んで下さい」
「十万の敵を相手にたった一人でどうしろと? いや五人全員で行ってもどうにもならんだろ」
「そこでこの聖剣です。この世界エアスイートで最強の聖剣です」
「よほどとんでもないものでも無いと勝てる気がしないんだが、この聖剣にそんな力があるのか?」
「はい、この聖剣の柄に穴があるでしょう?」
「スリットみたいに細い穴があるのは気になってた」
「ここに銀貨を入れると武将がパワーアップします」
「……は?」
「更に武将が死んでも十秒以内に銀貨を入れると復活します。コンティニューができます」
「コンティニュー?」
「この聖剣に繋がるコントローラーでコマンドを入力すると必殺技が出ます」
「……、」
この世界の名前、エアスイート。
分解して、
エア、アース、イート、
空、地を、喰らう?
「SLGじゃ無かった! これはベルトスクロールアクションだぁ!」
「この聖剣と武将の力で、ソウソウ国の十万の兵をこの国から追い出すのです!」
「今どきベルトスクロールアクションがウケるわけねーだろーが! 乙女ゲームがなんでベルトスクロールアクションなんだよ!」
「今までに無いものに挑戦する冒険心が次のヒット作を作るんです!」
「お前の神様はゲーム会社か!」
「あー、最近はクソゲーのプレイ実況の配信みたいになってるとか、言われたりしてますねー」
「ここまで好感度を上げた俺の苦労はなんだったんだ?」
「あ、好感度の高い武将はステータスも高くて、しかも使える必殺技が増えてます」
「だけどワンプレイ、ワンコイン?」
「そこは仕様なので。だから使えるお金を稼いでおいた方がいいと」
小高い丘の上、地面に聖剣を刺しその前に立つ。背中に背負ったリュックが重い。中には積めるだけ積めた銀貨。
見下ろす先には村がひとつ。ソウソウ国の兵が火を放ち、略奪の真っ最中。逃げる村人、それを襲うヒャッハーな兵隊達。家が燃え、逃げ惑う村人が背中から兵に斬られ、響く悲鳴。血に酔う兵達のわめき声。
俺は銀貨を一枚、そっと聖剣のスリットに入れる。チャリンと音がすると、空から雷がひとつ落ち、そこに槍が突き立つ。
イケメン武将の一人、脳筋がその槍を抜き天高く掲げる。
「おおお! これが伝説のホウテンゲキか!」
俺は聖剣に繋がるコントローラーを握り、脳筋の顔を見上げる。
「……お願いします」
「任せろ! 姫! おおおおおッ!」
脳筋は吠えながら眼下の燃える村、ソウソウ国の兵へと、たった一人で突撃していく。
敵の数、約十万。
……俺、アクションゲーム苦手なんだけどな。
「コウメ姫、敵を掴んだらジャンプからアタックでパイルドライバーです」
「パイルドライバー? こうかッ!」
「飛び道具を回避するには軸をずらして!」
「いや、だけど雑魚に囲まれて!」
「敵に前後を挟まれないように位置取りに気をつけて!」
「ああっ! 脳筋のライフゲージが!」
「囲まれたら全ボタン押しで緊急回避!」
「あああ! 脳筋が死んだ! コンティニュー! コンティニューッ!!」
勝てるのかこれ? でも勝てないと国が滅ぶ? 復活した脳筋が再び敵陣の中へと躍り込む。敵、多すぎんだろ。銀貨足りるのか?
あぁ、乙女ゲームって、難しいなあ。
◇◇◇◇◇
一方そのころ。
「あなたは女の子を一人、養子に迎えます」
「……はあ?」
「この女の子を教育して、躾して、立派なレディに育てるのです」
「……なんで?」
「あれ? テンション低いですね。あなたの育て方次第で女の子は、聖女になったり勇者になったり王子様と結婚してお姫様になったりするんですよ」
「えーと、いきなりこんな世界に連れてこられて、子育てしろとか、意味がワカンナイ」
「もちろん、隠しエンドでパパの嫁もちゃんと用意してありますよー」
「キモッ! なにその気持ち悪い光源氏計画?」
「あ、あれ? 美少女育成ゲームが好き、ですよね?」
「私、そんなのやったこと無いんだけど」
「え? ちょっと待って下さい。ええと、あなたは、地球の日本出身で、部下をイビるのが好きな上司に悩まされ、効率が悪くて二度手間、三度手間になる作業を遣り甲斐のある仕事と言うのが経営方針の、一日の仕事時間が平均十八時間というブラック企業に勤めて、唯一の生き甲斐が休日の美少女育成ゲームという、最近は鬱病気味の、如月正吾さん、ですよね?」
「なんだか親近感が湧く人ねえ。日本の会社ってそんなのばっかりなのね」
「あの、地球の日本って、大丈夫なんですか?」
「日本はもう終わってるわよ? それと私の名前は睦月輝美」
「あれ?」
「その美少女育成ゲームが生き甲斐の如月正吾なんて人、聞いたことも会ったことも無いんだけど」
「あっれー? 人違いー?」
終わりっ