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 本日の優が思い出したのは、紅茶の専門店らしい。

「真幸は、珈琲よりも紅茶のほうがいいみたいだからね」

 などと言って連れてこられたのは、これもまた地元民でも知らないような、古い店だった。どうにかして再開発から逃れた雑居ビルの一階。四角四面な建物に、錆びた看板だけがある。

 紅茶と聞いてイメージするしゃれた雰囲気はない。それは、店に入ってからも同じだった。

 色褪せた花柄のテーブルクロスが、店の古さを物語る。壁に貼られたポスターは日焼けし、窓際の置物は埃被っている。メニューは手書きで、極端に少ない。それでも、何組か客が入っているのだから不思議だった。

「優、よくこんな店知ってるね」

 真幸が小声で話しかければ、優はとぼけた声を出す。

「なんでだろうねえ」

「私、この辺に住んでるけど、全然知らなかったよ」

 真幸の生まれは東京だが、小学校に上がる前に、隣県であるこの町に越してきた。ほとんど地元民といって差支えがない。

 現在、真幸は駅から徒歩二十分程度のマンションに、母と共に住んでいる。高校は、真幸の家から駅を挟んで向かい側、自転車で十分の距離にある。登下校のたびに通る駅前には、自然と詳しくなった。

 なにより、真幸には高校生のネットワークがある。真幸自身は流行に鈍くとも、教室や友人から、新しい店や穴場の店の情報が手に入るものなのだ。

 だが、優が連れて行く場所は、いつも真幸の知らない店だ。精通した土地勘に、真幸は感心する。

「優は、きっとこの町の出身なんだろうね。喫茶店めぐりが趣味だったの?」

「覚えてないよ」

「でも、この店は覚えていたでしょ」

「さあねえ」

 苦笑しながら答える優の声は、いつも通りだ。明るく飄々として、嘘っぽい。

 真幸はため息を吐く。優のひととなりが、未だにさっぱりつかめない。

 真幸と優の出会いから、一か月と少しが過ぎた。

 今もまだ、優の記憶は戻らない。もちろん、真幸のデータも戻らない。優は真幸に非協力的で、なにを聞いても覚えてないと言う。そうなると真幸だって、彼の記憶の探りようがない。

 いつだったか、興信所に頼んで調べてもらえないかと、路地裏で優を写したこともあった。が、やはりと言うべきか、カメラに優の姿は映らなかった。代わりに撮れたのは心霊写真だ。路地裏のビルが歪み、ぼんやりとした黒い影が映る写真は、いかにも邪悪な気配がした。相手が優だとわかっていなければ、真幸はまず間違いなくお焚き上げをしてもらっただろう。

 いっそ、心霊写真をどこかの霊能者に送ったほうが、うまいこと鑑定してもらえるのではないだろうか。そんなことも思ったが、まかり間違って除霊されてもたまらないので、結局なにもできずにいる。


 アールグレイの紅茶を頼むと、ごく一般的な中年女性が、店の奥からポットを持ってきてくれた。店に似合いのというべきか、彼女は店員というよりも、どこかの家庭の主婦に見える。

 紅茶は、自分で蒸らして入れるらしい。出された茶器は、色褪せてはいるものの、意外に本格的なものだ。一緒に頼んだミルクも、きちんと温めてあった。

 店員は、真幸の前に紅茶のセットを置くと、そのまま別のテーブルへと向かった。そして、あろうことかそのテーブルに着席し、客と仲良く談笑しだした。

 おそらく相手は、常連客かなにかなのだろう。恐ろしくアットホームな雰囲気に、真幸はしばし圧倒された。


 砂が落ちるまで待ってください、と出された砂時計を横目で見ながら、真幸はカメラに手を触れた。

「優は地縛霊……じゃないよね。ふらふらしてるし」

 カメラは相変わらず、テーブルの上に置いている。当然、優の姿を見るためだ。カメラのモニターに、ごきげんで真幸を見つめる優の姿が映っている。

「でも、この辺りの人だとは思うんだよなあ。地元に詳しいし」

 真幸のつぶやきは、以前の珈琲店よりもずっと抑え目だ。衝立もなにもない店は、声がよく通る。隣の席で繰り広げられる店員と客のおしゃべりも、店中に響きわたっていた。

「会った場所は関係ないのかなあ。あのビル」

 ――ビルから飛び降りて自殺した、とか。

 ありそうな話だ、と真幸は内心で思う。真幸が最初に見たのは、ビルの屋上にいた優だ。落ちてくる姿も見ている。それに優は、見た目も若い。老衰で亡くなったとは思えない。

 だが、その割に引っかかるのは、優の服装だった。

「着ているものは、普通のシャツっぽいよね。あとスラックス。足は……運動靴かな? なんというか、死にそうにない格好だよね……」

 飛び降りに抱く真幸のイメージは、スーツ姿のサラリーマンだ。正装をして、屋上に靴をそろえ、生真面目に死に向かう。自死を選ぶのは、真面目すぎる人間の最終手段。そう思っている。

 優の格好は、運動でもしようかという軽快なものだ。正装どころか、遊ぶための姿である。

 ――それなら、事故だろか? あるいは顔色の白さから、病死?

 無数の死を頭に浮かべ、真幸はモニターに映る優を見る。

 服装は、動きやすいというほかに、特徴らしい特徴はない。どの年齢にも似あいそうな無難な格好は、年齢や趣味をわかりにくくさせていた。

 さすがに真幸よりは年上だろうが、優は十代にも、二十代にも見える。落ち着いた雰囲気のせいで、童顔な三十代といっても通るだろう。

 運動しやすい服装も、アスリートのような本格的なものではもちろんない。ハイキング、ジョギング、仲間内でテニス。なんでもできそうだ。

 せいぜいわかるのは、今の時期は寒そうな格好だということくらいだろう。薄い長袖シャツの腕まくりが、見た目の寒々しさに拍車をかける。思ったよりも暑かった、初秋や初春のいでたちだろうか。

「……死んだときの服なのかなあ」

「違うと思うよ」

 真幸のつぶやきに、ふと優が口をはさんだ。はっきり否定するのは珍しい。いつもの彼は、「記憶がないからわからない」とごまかすのが常だった。

「僕、服着替えられるんだよ。この格好は、前に見たことのある人のまね」

「えっ」

 優本人の格好ではない。ということは、服装はなんのヒントにもならないということだ。

 気落ちしかけて、いいやと真幸は顔を上げる。ついでに砂時計も落ちたので、紅茶をカップに注ぐ。

「その、見たことある人って誰? いつの、知り合い?」

「いや、覚えてないね。でも、なんか印象に残ってるんだ。真幸に会う、少し前くらいに見たような気がする」

「死んでからじゃん」

 はあー、と真幸は深いため息をついた。死んでからでは意味がない。生きている記憶が欲しいのだ。

「もう今日もだめ。紅茶飲んだら帰ろ」

 店内の時計を見れば、間もなく二十時になるところだった。

 真幸の母が、そろそろ帰ってくる時間だ。母は真幸の行動にあまり口を挟まないが、さすがに二十時過ぎまで家にいなければ心配もする。どこで何をしていたのかを聞かれたとき、今の真幸には言い訳が立たない。まさか、『幽霊の記憶を探していた』なんて言えるはずがない。

 帰るつもりの真幸に、優はうんうんと満足そうにうなずいた。もちろん、聞こえるのは声だけだ。

「それがいいよ。最近、真幸はちょっと帰りが遅くなりすぎ。年頃の娘が遅くまで出歩いたりして、ご両親が心配してるでしょう」

「いや、お母さんは別に。きちんと帰れば文句は言わないよ」

 良くも悪くも、真幸の母は、子供に対してかなりの自由主義者である。真幸のすることにはあまり干渉せず、日々なにをしているのか追及されることも少ない。死体遺棄事件があるまでは、夜歩きも咎められることはなかった。

 事件のあとは、さすがに真幸の母もいつもより心配性になった。それでも、母の帰宅までに家にいれば、なにか言われることもない。子供ながらに、放任主義が過ぎると思わないでもないが、束縛されるよりはよほど楽だった。

 おかげで、毎日こうして寄り道し、優と不毛な喫茶店巡りもできるのだ。

「いや、お母さんだけじゃなくて」

 いっそ、優の方が母親よりも母親らしい。心配性の顔で真幸を見やり、小言を口にしかけ――。

「――――来た」

 不意に表情を硬くして、短くつぶやいた。


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