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「え、なにそれ。心霊現象?」

 こわーい、と肩をすくめて見せたのは、真幸のクラスメイトである、浅井由美あさいゆみだった。

 ホームルーム前の騒がしい教室の一角。真幸の自席で、彼女は昨日の一部始終を聞かされていた。もちろん、冗談めかしてだ。

 多くの人にとって、幽霊なんてものは、あくまで聞いて楽しい話であり、実在を信じているわけではない。深刻に話すほど、相手は引いていくものだ。少なくとも、優に会う前の真幸はそうだった。

 それでも、昨日見たものを心の内で溜め置くには、少しばかり後味が悪かった。優とあちこち出かけた一か月。何度も胡乱な影を見たことはあったが、昨日ほどはっきりと感じたのははじめてだった。

 そういうわけで、多少の脚色を加えつつ話してみたのだが、これが案外楽しんでもらえたらしい。

「誰かに殺されて、恨んで出た幽霊、とか。犯人を捜してずっと町をさまよっていたり……」

 脅すように低い声で、山村瑞穂やまむらみずほがそう言った。由美が彼女の言葉を受け、「きゃー」と楽しさ半分に悲鳴を上げる。

「やめてよ瑞穂! マジ怖いから!」

「いやいや、でも割とアリだと思うんだよね。最近、死体遺棄事件もあったじゃない? その被害者とか、出てきてもおかしくないじゃん」

「それ、ガチでヤバすぎない? だって、人殺し、って言ってたんでしょう?」

 由美の言葉に頷きながら、真幸は自分の机に鞄を置いた。

「言ってたのは、幽霊じゃなくておばさんたちだけどね。思えば、あの会話もおかしかったなあ」

 思い返してみれば、女性たちの会話ははじめからなにか不穏だった。誰が死んだとか、誰が殺されたとか、そういう話ばかりだ。もしかしたらあのときの女性たちは、まるごと憑りつかれていたのかもしれない。

「真幸、ヤバない? 幽霊を見た人間が憑りつかれるって、よくある話じゃん」

「大丈夫だよ、あの後なんともないし」

 ――すでに憑かれているし。

 とは言えずに、真幸は苦笑した。怖い霊とは言い難いが、厄介ではた迷惑な幽霊がすでに真幸には憑いている。これ以上増えるのはごめんだった。

「そうやって、油断しているところに出るんだよ。ホラー映画だとだいたいそうじゃん!」

 由美は楽しそうだ。真幸の机の端に座ると、妙案を思いついたように手を打った。

「お祓いしてもらうべきなんじゃない? ホラー観てて、いつも思うんだよね。どうして手遅れになる前にお祓いに行かないのかって。まあ、誰にお祓い頼むのかって話もあるけど――うちのクラスには、いるじゃん」

 言いながら、由美は視線を右斜め前の席に滑らせる。

 そこに座るのは、一人で静かに本を読む少女、四ノ宮あこだ。彼女は由美の大きな声にも無反応で、本から顔を上げる気配もない。

「あの子、霊感あるって評判じゃない。小学校だか中学校のとき、それで結構有名だったらしいよ。それに、神社の親戚なんだしさ」

「由美」

 瑞穂が咎めるように、そっと由美の名前を呼ぶ。だが、由美は止まらない。

「駅前の月宮神社。あそこ、四ノ宮さんの家じゃない。真幸が頼めば、お祓いでも何でも、絶対に聞いてくれるよ」

「由美、由美」

 止めても聞かない由美の肩を、瑞穂は少し強めに掴んだ。

「その話、やめよ」

 険しい顔を由美に向けたあと、瑞穂は慎重そうにあこと真幸を見比べた。由美は瑞穂の視線に一度怯み、それから口をおさえた。

「……ごめん」

 誰に向けた言葉なのか、由美は一人つぶやいた。ばつの悪い表情には、罪悪感が見え隠れする。

 あこは、こちらの様子に気が付いているのか、気が付いていないのか。ずっと本に目を落としたままだ。長い黒髪が耳から垂れ、本をめくる手を隠している。

「ごめん、真幸。無神経だった」

 由美はしおらしく、真幸に向けて謝った。

「あ、いや、私は別に」

 謝るのであれば、真幸よりもあこに対してだろう。戸惑う真幸に、由美は息を吐いた。かなり落ち込んでいるらしい。小さく首を振ると、先ほどとは打って変わって沈んだ声で言った。

「やっぱり、お祓いは、月宮神社以外にしよう。噂だけど、四ノ宮さん今、あそこで暮らしてるって聞くし。ほら、あの人、家があんなだし――」

「由美、話やめよ。お祓いも行かないでしょ、どうせ」

 瑞穂は由美の言葉を強引にさえぎった。あまりに不自然なさえぎり方に、真幸は眉をしかめる。

 どうにもこの二人は、真幸があこを嫌っていると勘違いしているらしかった。学校にいる間、真幸にあこを近づけようとはしないし、彼女たち自身もあこを遠巻きにしている節がある。もとより、あこはクラス中から避けられ気味ではあるものの、二人の態度は特別だった。

 確かに、真幸はあこが苦手だ。それは、あこの「憑いている」発言よりも、もっと前からのことだ。

 あことはじめて同じクラスになった、高校二年の春。あの頃はまだ、真幸は彼女をここまで苦手としてはいなかったはずだ。同じ「し」のつく名前同士、席も近くて、そこそこ話をした覚えもある。

 それなのに、いつの頃からだろうか。真幸はあこを避けるようになった。あこもまた、あまり真幸に近づこうとはしない。

 どうして、こんな不自然な関係になってしまったのか。その原因を、真幸は覚えていなかった。


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