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2-6

 優との出会いから、現在まで。ここふた月ほどの間に起こった奇妙な事件の顛末を、真幸はかいつまみながらあこに話した。

 真幸の話を、あこは真面目な顔をして聞いてくれた。おかげで真幸の気持ちは少し楽になったが、逆にあこの方が渋い顔をしている。

「……篠原さん、そのアンティークの幽霊って、死んだものだと思う?」

「幽霊って、死んだから幽霊なんじゃないの?」

 少なくとも、真幸が見たあの影は、人間のものではなかった。それなら幽霊くらいしか、選択肢はないように思われる。

「でも、篠原さんと一緒にいたモノは、生きているか死んでいるかわからないって言ったんでしょう」

「そうだけど……」

 それは優自身が幽霊だからであって、生きている真幸とは別の目線にあるためだろう。

 あまりピンとこない真幸に、あこは一つ質問を突きつける。

「篠原さんって、幽霊ってどんなものだと思っている?」

「えっ……死んだ人」

「じゃあ、さっきの話だと、ひいおばあさんがひ孫を恨んで出たってことよね。かわいいひ孫がくれたものを自分でのどに詰まらせて、ひいおばあさんが恨むと思う?」

 真幸は黙った。身内でも、親子でも、恨みあうときは恨みあう。ひ孫相手だとしても、そういう人もいるだろう。

 だけど一方で、それはあんまりにもやるせないとも思う。自分の行為を悔い続ける子供を、いつまでも恨んでいられるのだろうか。その気持ちは、自分が死んでみなければわからないかもしれない。

「篠原さん、ひいおばあさんの霊は、病院の入院服を着ていたんだよね」

「あ……うん、そうだったはず」

「でも、飴を詰まらせたのは病院ではないんじゃないかな。聞いた印象だけど、誰も見ていない隙にあげちゃったんでしょう?」

 真幸は頷く。病院であれば、常に看護師や家族の目があるだろう。子供一人が、勝手にものを上げられるような状況にはならない。

 飴を渡したのは、おそらくは自宅のはずだ。

「自宅で亡くなったり、意識を失くしたのなら、その幽霊は入院服なんて着ないんじゃないの? だって、幽霊は入院服を着た自分のことを知らないんだから」

 ――――たしかに。

 真幸には、幽霊の事情は知らない。幽霊の服装と、死んだ際の服装に関連があるかもわからない。

 だけど、あこの言葉は妙に腑に落ちた。苦しい、辛いともがき続けた曾祖母は、そのとき私服を着ていたはずだ。

「入院服のひいおばあさんを見たのは、ひ孫のほうのはずよね。病院に運ばれて、服を替えられて、結局は亡くなってしまったひいおばあさんの最期の姿が、印象に残っているはずだわ」

「……それなら、私の見たあれは」

 なんだったのだろう。そんな言葉が真幸の口から零れ落ちた。

 真幸はあのとき、確かに幽霊を見た。鬼気迫る老婆が、怯えた子供に迫る姿を忘れられない。だけどあれが曾祖母でないのであれば、いったいなんだったと言うのだろう。

「それで、さっきの話。幽霊がなにかってこと。――――正直言うと、私はあんまり幽霊を信じてないの」

 あこはさらりと言った。目を見開く真幸に、それから少し苦笑する。

「ごめん、ちょっと語弊がある。変なものや不思議なものは散々見てきたし、そういうのは否定しないわ。私は、『いわゆる』幽霊を信じてないの。死んで恨みを持った、とんでもなく恐ろしい存在っていうやつ」

 真幸は眉根を寄せる。いわゆる幽霊と、あこの言う幽霊との違いが理解できない。

「ええとね、これはただ、私がそう考えているだけなんだけど。幽霊って、もっと現実にありうるものだと思うの。死ななきゃわからないような、特別なものじゃなくて」

「ううん?」

 真幸は難しい顔で、唸るような相槌を打つ。まだあこの言う意味が噛み砕けなかった。

「たとえば、幽霊って強い恨みとか、未練があったら出てくるでしょう? でも、生きていたって、強い恨みや未練は抱くじゃない。なのに、死んだときだけ幽霊になるのって不思議じゃない?」

「……まあ」

 真幸は肯定とも否定ともつかない、ため息のような声を出した。生きていても、恨むこともあれば憎むこともある。むしろ、生きていてこそ抱く感情なのかもしれない。

「人って、考えるときになにが起こると思う? 頭の中、電気が走るのよ。複雑な感情ほど、たくさんの信号が走って、強い感情ほど、強い電気が流れるの」

 あこは自分の頭に指を当て、トントンと叩く。脳を信号が走ると言う話は、真幸も聞いたことがある。だけど、その話が幽霊とつながらない。

「世の中のものって、だいたい電子でできているでしょう? 電子が流れて電気になるんだから、感情も電子だし、人間の体も電子の塊。そう考えると、幽霊って、体のない電子なんじゃないかって思うの。ただの電気信号。――だけど、その電気にも強弱があるでしょう。恨みを持って死んだなら、死ぬときに強い信号を放つはず。それがいつまでも残って、幽霊になるの。――――でも、生きている人間でも、きっと同じことができる。強い感情で、幽霊を生み出すの。生霊なんて、そういうものだと思うわ」

 電気、と真幸は口の中でつぶやく。幽霊が電気。人間の思考と同じ。頭の中で想像しようとするが、あまり上手くはいかなかった。

「幽霊がいると、電気機器に異常が起こるっていうじゃない。そういうのも、全部同じ電気だからじゃないかって思うの。機械って、強い電流を流すとショートしちゃうでしょう? そうなると、幽霊が見える人っていうのは、ちょっと特殊な電気を感じやすい人。静電気が集まりやすい人とかいるでしょう、そんな感じ」

 あこはそこで言葉を切ると、ストローに口を当てる。オレンジジュースを飲む横顔を、真幸は瞬きながら眺めた。

「四ノ宮さんって、理系なんだねえ……」

「変なこと言ってごめんね。要するに、生きている人間も幽霊も、そう変わりはないってこと。篠原さんについているモノが言っていたのと同じ」

「うん」

 今度は、真幸はきちんと頷いた。幽霊も人間の思考も電気信号なら、その点では同じと言える。幽霊である優の視点は、生きた人間のものとは違うだろう。電気の方を本体と見て、生死の判別がつかなくなっているのかもしれない。

「ひいおばあさんの霊は、その男の子が生みだしたものなんじゃないかって思うの。強い後悔、罪悪感。そういうものが信号になって、周りの人に影響を与えたんじゃないかな。言ってしまえば、人間の感覚なんて全部電気なんだから。見るものや聞くものに変化があるかもしれないよね」

「なるほど……」

 あこの言葉に、真幸はひとりつぶやいた。

 幽霊そのものと言われるよりも、電気のほうが納得できる気がする。もともと真幸はあまり幽霊や不思議を信じないたちだ。理由づけられると、そちらを信じたくなる。

「じゃあ、あのアンティークショップの幽霊も?」

「話を聞いた感じだと、生きている人間の仕業じゃないかと思う。だとすると、犯人は店員さんの強い思い……かな」

 あこはそう言うと、少し考えるように首をひねる。それから、真幸の話を思い出すように、歌うように口ずさむ。

「かわいい、かわいい、かわいい子。かわいい子が好き、ずっとずっと聞いていたい――――これ、ちょっと変だよね」

「変?」

「聞いていたい、って言葉。かわいい子は、普通は『見ていたい』って思うんじゃないかな」

 ――たしかに。

 声にかわいさを求める人間もいるが、あの黒い影の場合は違うだろう。あれは明確に「かわいい格好が好き」と言った。つまりは、見た目のことを指している。

「かわいいものが好きってことは、たぶんアンティークが好きなんだと思う。かわいい子は、アンティークを身に着けた子のことね。そんなかわいい店にある、安い中古のペンダント。大きくて、光を通さないガラス――――篠原さん、カウンターの奥で工具を見たんだっけ」

「あ、うん。ペンチとか、普通のやつだけど……」

 真幸は先日の記憶をさらい、そう答えた。普通の家にあるような工具だ。後姿の店員が、工具を横に置いて、なにか熱心に作業をしていたことを覚えている。

「中古……ってことは、状態が悪いものもあったりするよね。チェーンの付け替えとか、ガラスの嵌めなおしとか。そのための工具かな」

 言いながら、あこは自分の頭を再び小突く。考えるときの癖なのだろう。

「かわいいものが好きな人が、自分でアンティークを修理できるのに、かわいくないガラスを嵌めるかな……。格安のアンティーク、透過しないガラス、中が覗けなくて、ずっとずっと、聞いていたい。買わせるように仕向けた? 電気屋で買ったのはなに? なにかの材料――――なにか、細工を?」

 独り言のようなあこのつぶやきの、その最後の言葉に、真幸ははっと立ち上がった。

「細工――――」

 生きた人間の、強い感情。かわいい子が好きで、ずっと聞いていたい――ずっと、後を付けていたい。気持ちが先んじて、感情だけが由美の後ろを追いかけた。

 頭の中で、なにかが結びつく。

「私、由美のところ行く。四ノ宮さん、ありがとう」

「あ、いえいえ――こんな風に普通に話してくれると思わなかったから、嬉しかった。また話してね」

「うん! さよなら!」

 真幸はそう言うと、あこを置いてファストフード店を飛び出した。走りながら、寄り道をしていなければ、もう自宅に帰っているはずの由美に電話する。

 あの緑のペンダントを持って、会いに来てくれと。


 〇


 由美は今日も、瑞穂と遊んでいたらしい。

 駅前の公園で待ち合わせ、すぐに会うことができた。

「真幸、どうしたの急に。急いで会ってくれなんて」

 公園のベンチで、由美は瑞穂と座っていた。いぶかしそうな顔に、突然の呼び出しへの不満と不安が見える。

「しかも、ペンダントも持って来てくれって。鞄の中入れっぱなしにしてて良かったよ。じゃないと家に帰らないといけないところだった」

 由美は、例の緑のペンダントを手のひらに乗せ、真幸に向けて差し出した。真幸はそれを奪うように取る。

「良くない」

 全然よくない。鞄の中に入れっぱなしということは、ずっと持ち歩いていたということだ。平日、学校へいる間も、ずっと。

 奪ったペンダントは、見た目のわりに重たい気がした。日暮れの公園のせいもあるが、相変わらず濁ったガラスの奥は見えない。小突くと、思ったよりも音が軽い――中が空洞になっているようだ。試しに振ってみるが、特に音は聞こえない。

「――由美、ごめん」

 真幸はそう言うと、自分のスマホを取り出した。思いつく限り、真幸の持つ中で一番固いものが、カメラの次にこれなのだ。カメラは大きくて扱いにくいが、スマホならちょうど――狙いが定めやすい。

 ペンダントを手に握り、もう一方の手でスマホを握り、真幸は一瞬の覚悟のあと――二つをぶつけ合わせた。

 パリン、と薄いガラスの割れる音がする。

「なにするの!」

 由美が悲鳴を上げた。粉々になったガラスは、真幸の手のひらから零れ落ち、地面に転がる。

 真幸の手に残ったのは、銀の嵌め型だけだ。その型の中に、SDカード程度の、小さな端子が付いている。

 ――ずっとずっと、聞いていたい。

 それは、少女の声を集める盗聴器だった。


 〇


 数日後に、アンティークショップは閉店した。かわいい品々は、数日間の間に投げ売りされ、人形やオルゴールの類も処分されたらしい。

 店長の女性は、人が変わったようにかわいいものの蒐集をやめ、今はどこかへ引っ越してしまったようだ。

 店を去る店長の服装は、リボンとフリルのファンシーな格好を止め、年相応の落ち着いた姿だったそうだ。

 あれほどこだわっていた店を、どうして急に閉めたのか。不思議がる周囲の人々に、彼女はこう答えた。

「もう、興味がなくなっちゃったんです」


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