表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

2-5

「篠原さん、待って」

 アクセサリー店の件から数日後。すっかり冬に染まった町で、路地裏に抜けようとする真幸を誰かが呼び止めた。

 振り返って声の主を見て、真幸は少し驚いた。

「四ノ宮さん」

 高校の同級生である四ノ宮あこ。普段、まったく話をしないクラスメイトだ。寒そうにマフラーをぐるぐると巻き、少しだけ鼻の頭を赤くして、彼女は真幸に忠告した。

「今日は行かないほうがいい。誰かに待ち伏せされているみたいよ」

「……え」

「――って、通りがかった女の人に言われたの。止めてあげてって」

 真幸は瞬いた。あこの言葉は、あまりに唐突過ぎた。

 誰かに待ち伏せされるような覚えはない。強いて言えば、待っているのは優だろう。彼にしたって、いつも真幸が勝手に押しかけているだけだ。真幸がいない間も、彼は彼で思うように過ごしているはず。

「通りがかった人って誰?」

 胡乱な顔で、真幸はあこに問い返した。苦手な相手であるせいか、声が意図せずとげとげしくなってしまう。嘘をついているのではないか、と無意識に態度に出てしまっていたのだろう。あこは真幸に、いくらか気後れしてしまったらしい。

「……知らない人よ。寒そうなワンピースの、結構美人の女の人。でも、あなたのこととても心配していた」

 はあ、と真幸は渋い顔のまま答える。話を聞いても、余計に胡乱さが増すだけだった。

「私も、なんだか行かないほうがいいと思う。ただの勘だけど、私、勘はいい方なの」

「勘って」

 なにを言っているの、とは口には出さない。だけど内心では思っていた。そんな調子だから、クラスからも避けられるのだろう――――内心でそう思った自分に気づき、真幸は内心で苦々しさを噛み殺す。あこに対して、真幸は妙に反発心が強い。特別彼女を嫌うような理由はないはずなのに、どこからか冷たさがにじみ出る。

「ねえ篠原さん、今日はそっちに行くのはやめて、ちょっと私とお話ししない? 話したいことがあるの」

 真幸の冷たさに、しかしあこは譲らなかった。大人しく、あまり人と干渉しない彼女が、今はそう言いながら、真幸の手を無理やり掴む。

「行きましょう」

 そう言うと、あこは返答も聞かずに真幸を近くの店へ引きずり込んだ。


 あこと共に足を踏み入れたのは、駅前に三店舗はあるファストフード店の一つだった。

 放課後の店内は、地元の中高生であふれていた。一階席は満員で、二階席も埋まっている。

 カウンター席はとびとびに空いているが、並んで座れそうにはない。

 どうしようかとまごまごしていると、カウンター席に座っていた女性が真幸たちに気が付いたようで、荷物をまとめて席を立ってくれる。

「どうぞ、ここ使って」

 女性は真幸たちに近付くと、自分がいた席を示して言った。

「あ、いや、いいんですか」

「いいのよ。私は人を待っていただけだから」

 そう言って、にこりと笑う彼女の姿に、真幸はどこか見覚えがある。比較的、最近に見たはずだ。ここ数日の記憶を総動員して、真幸はようやく思い出す。

「あの、前にアンティークショップにいた」

「あら、覚えていてくれたの」

 真幸より年上で、大学生かそれより少し上くらいのお姉さんだ。改めて見るとかなりの美人で、真幸はついつい見とれてしまう。花のある顔立ちなのに線が細く、どこか儚げな雰囲気がある。知らず、ため息が出る。

 そんな真幸に、女性はくすりと笑いかけてから、「それじゃあ」と手を振った。軽やかに階段を降りる姿を見送って、真幸はようやく、譲ってもらった席に着く。

 二人分空いた席の片側には、すでにあこが座っていた。

 そして、遅れてきた真幸を見やって、どことなく呆れたようなため息を吐く。

「あなたって憑かれやすいのね」

「疲れやすい?」

「……まあいいや。いえ、良くはないんだけど」

 あこは長く息を吐くと、注文したオレンジジュースにストローを差した。それから、飲むわけでもなくストローでジュースをかき回す。

 真幸も、頼んだ紅茶に砂糖を入れて、ぐるぐると回した。そうして、二人で無言で飲み物をかき回す。話したいことがあると言ったくせに、あこはなかなか口を開かなかった。

 耐え切れず、先に声を上げたのは真幸の方だった。

「えっと、えーと……四ノ宮さん」

「うん?」

「四ノ宮さんってさ…………霊感があるって、本当?」

 あこは顔を上げ、真幸を見た。何度か瞬き、それから首をかしげる。

「霊感って……」

「幽霊が見えるって、噂で聞いたことがあるよ。だから私に、憑いてるって言ったんでしょう?」

 こういう時でもなければ、あこと話す機会なんてない。苦手意識からずっとあこを避け続けていたが、あこの言葉は長らく気になっていた。

 真幸に『憑いている』と見抜いたのは、あこだけだ。幽霊の話を真面目にとらえる人間なんていない。特に、優のようなふざけた存在ならなおさらだ。

 もしかして、誰かに、話を聞いてもらいたかったのかもしれない。優の存在は、真幸一人の胸に置いておくには、少し大きすぎたのだ。

「四ノ宮さんなら、なにかわかるかなって。ええと、私霊感ないんだけど、最近変なことが続いていて――――」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ