2-5
「篠原さん、待って」
アクセサリー店の件から数日後。すっかり冬に染まった町で、路地裏に抜けようとする真幸を誰かが呼び止めた。
振り返って声の主を見て、真幸は少し驚いた。
「四ノ宮さん」
高校の同級生である四ノ宮あこ。普段、まったく話をしないクラスメイトだ。寒そうにマフラーをぐるぐると巻き、少しだけ鼻の頭を赤くして、彼女は真幸に忠告した。
「今日は行かないほうがいい。誰かに待ち伏せされているみたいよ」
「……え」
「――って、通りがかった女の人に言われたの。止めてあげてって」
真幸は瞬いた。あこの言葉は、あまりに唐突過ぎた。
誰かに待ち伏せされるような覚えはない。強いて言えば、待っているのは優だろう。彼にしたって、いつも真幸が勝手に押しかけているだけだ。真幸がいない間も、彼は彼で思うように過ごしているはず。
「通りがかった人って誰?」
胡乱な顔で、真幸はあこに問い返した。苦手な相手であるせいか、声が意図せずとげとげしくなってしまう。嘘をついているのではないか、と無意識に態度に出てしまっていたのだろう。あこは真幸に、いくらか気後れしてしまったらしい。
「……知らない人よ。寒そうなワンピースの、結構美人の女の人。でも、あなたのこととても心配していた」
はあ、と真幸は渋い顔のまま答える。話を聞いても、余計に胡乱さが増すだけだった。
「私も、なんだか行かないほうがいいと思う。ただの勘だけど、私、勘はいい方なの」
「勘って」
なにを言っているの、とは口には出さない。だけど内心では思っていた。そんな調子だから、クラスからも避けられるのだろう――――内心でそう思った自分に気づき、真幸は内心で苦々しさを噛み殺す。あこに対して、真幸は妙に反発心が強い。特別彼女を嫌うような理由はないはずなのに、どこからか冷たさがにじみ出る。
「ねえ篠原さん、今日はそっちに行くのはやめて、ちょっと私とお話ししない? 話したいことがあるの」
真幸の冷たさに、しかしあこは譲らなかった。大人しく、あまり人と干渉しない彼女が、今はそう言いながら、真幸の手を無理やり掴む。
「行きましょう」
そう言うと、あこは返答も聞かずに真幸を近くの店へ引きずり込んだ。
あこと共に足を踏み入れたのは、駅前に三店舗はあるファストフード店の一つだった。
放課後の店内は、地元の中高生であふれていた。一階席は満員で、二階席も埋まっている。
カウンター席はとびとびに空いているが、並んで座れそうにはない。
どうしようかとまごまごしていると、カウンター席に座っていた女性が真幸たちに気が付いたようで、荷物をまとめて席を立ってくれる。
「どうぞ、ここ使って」
女性は真幸たちに近付くと、自分がいた席を示して言った。
「あ、いや、いいんですか」
「いいのよ。私は人を待っていただけだから」
そう言って、にこりと笑う彼女の姿に、真幸はどこか見覚えがある。比較的、最近に見たはずだ。ここ数日の記憶を総動員して、真幸はようやく思い出す。
「あの、前にアンティークショップにいた」
「あら、覚えていてくれたの」
真幸より年上で、大学生かそれより少し上くらいのお姉さんだ。改めて見るとかなりの美人で、真幸はついつい見とれてしまう。花のある顔立ちなのに線が細く、どこか儚げな雰囲気がある。知らず、ため息が出る。
そんな真幸に、女性はくすりと笑いかけてから、「それじゃあ」と手を振った。軽やかに階段を降りる姿を見送って、真幸はようやく、譲ってもらった席に着く。
二人分空いた席の片側には、すでにあこが座っていた。
そして、遅れてきた真幸を見やって、どことなく呆れたようなため息を吐く。
「あなたって憑かれやすいのね」
「疲れやすい?」
「……まあいいや。いえ、良くはないんだけど」
あこは長く息を吐くと、注文したオレンジジュースにストローを差した。それから、飲むわけでもなくストローでジュースをかき回す。
真幸も、頼んだ紅茶に砂糖を入れて、ぐるぐると回した。そうして、二人で無言で飲み物をかき回す。話したいことがあると言ったくせに、あこはなかなか口を開かなかった。
耐え切れず、先に声を上げたのは真幸の方だった。
「えっと、えーと……四ノ宮さん」
「うん?」
「四ノ宮さんってさ…………霊感があるって、本当?」
あこは顔を上げ、真幸を見た。何度か瞬き、それから首をかしげる。
「霊感って……」
「幽霊が見えるって、噂で聞いたことがあるよ。だから私に、憑いてるって言ったんでしょう?」
こういう時でもなければ、あこと話す機会なんてない。苦手意識からずっとあこを避け続けていたが、あこの言葉は長らく気になっていた。
真幸に『憑いている』と見抜いたのは、あこだけだ。幽霊の話を真面目にとらえる人間なんていない。特に、優のようなふざけた存在ならなおさらだ。
もしかして、誰かに、話を聞いてもらいたかったのかもしれない。優の存在は、真幸一人の胸に置いておくには、少し大きすぎたのだ。
「四ノ宮さんなら、なにかわかるかなって。ええと、私霊感ないんだけど、最近変なことが続いていて――――」