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2-2

 翌日、真幸は由美から、あのアンティークショップで買い物をしたことを聞かされた。

「早すぎる!」

 結局、真幸と別れた後で、我慢しきれずに店に入ったらしいのだ。瑞穂はあきれ返っていたが、由美は満足そうだ。

 聞いている真幸としては、その思い切りの良さに笑ってしまう。馬鹿だなあと思いつつ、その性格が由美の楽しいところでもあった。

「あたしお金ないし、めちゃめちゃ高かったけど、探してみれば安いのもあったの。あそこって新品だけじゃなく、中古も売っててね。そっちは掘り出し物だらけ!」

「へえ」

「それで、財布を使い切るんだからアホだよ」

 瑞穂はそう言って、由美を小突いた。異論なく、真幸も彼女はアホだと思う。そのせいで帰りの電車賃もなくし、瑞穂から借りたというのだから呆れてしまう。笑って供養してやらねばなるまい。

「昨日は使い切るつもりのお財布だったからいいの。たまの散財じゃん!」

「限度があるでしょうが」

 どんなに言われても、由美はへこたれない。瑞穂の忠告を気にした様子もなく、鞄を開けると、昨日買ったという品々を取り出した。

「ほら、こんな感じ」

 鞄から出てきたのは、由美らしいセンスのかわいい小物たちだった。小粒な花のブローチ、蝶と四つ葉のブレスレット、蔦をモチーフにしたらしい、シャラシャラ揺れる髪留め。

 そうして並べられたアクセサリーの中に、見覚えのあるペンダントを見つけたとき、真幸は笑えなくなった。

 暗緑色のガラスを埋め込んだ、ダイヤの形のペンダント。

 由美が選びそうもないそれは、他のかわいい小物に紛れられず、明らかな異彩を放っていた。

「由美、これ……」

「ああ、それ? そんなにかわいくはないけど、安かったから。意外となんでも合わせられそうじゃない?」

 はしゃいだ由美の声に、真幸はそれ以上なにも言えなかった。

 あのペンダントは、優に「いけない」と言われたものだ。

 それがどう「いけない」ものなのか、本当に「いけない」ものなのか、真幸にはわからない。もしかしたら、なんの変哲もない地味なペンダントにすぎない可能性だってある。

 だいたい、「いけない」ものだとして、それをどうやって伝えることができるだろう。

 優は幽霊で、真幸のカメラ越しにしか見ることができない。優の声は真幸にしか聞こえない。

 誰も知らない、見えない彼の言葉を、信じて聞いてくれる人間なんて、いるのだろうか?


 〇


 その日の優は、珍しく不機嫌だった。

「真幸はいいよね、友達がいて」

 いつものように優のよくわからない誘導によって、今日の真幸は大型の家電量販店に来ていた。

 優の誘導先は、たいていが「知る人ぞ知る」というべき店ばかりなので、こういう場所は少し珍しい。店にはデジタルカメラやレンズも置いてあり、真幸は少なからず浮足立っていた。やはり、アクセサリーはカメラに限る。ストラップを変えたいと思っていたし、バッテリーも換えが欲しい。真幸の財布では手が出ないが、接写用のレンズも少し見てみたい。

 浮かれる真幸と、優の機嫌は反比例していた。

「僕には真幸しかいないのに。真幸は僕のほかにもいっぱい浮気して」

「浮気ってなに」

 真幸は眉をしかめながら、しかしカメラから目を離さずに言った。今の真幸にとってはカメラが本命で、優こそ浮気のようなものだ。

「僕はこんなに真幸ばっかり見ているのに」

 恨みがましい優の声が、カメラを見つめる真幸の背に刺さる。

「真幸は好きなものがいっぱいあるよね」

「そうかなあ」

 小さめのカメラもいいな、と思いつつ、真幸は手のひらサイズのデジカメを手に取る。真幸が使うものとは違い、驚くほどに軽い。容量が少ないのと、レンズが限られているのは少し痛いが、こんなに小さいのに機能は十分だ。

「ほら、僕が話しているのにカメラに夢中で! 一つ持ってるんだからいいじゃない!」

「こっちは古いんだよ。おさがりだから」

「おさがり?」

 彼らしからぬ渋い声に、真幸はうなずきを返した。

 あれはたしか、小学校から中学校に上がるとき。入学祝いに譲ってもらったものが、今の真幸のカメラだった。おさがりとは言っても当時の最新機種だったし、今でも現役で使える立派なものだ。値段は、今真幸が手にしているコンパクトデジカメよりも、ゼロが一つ多い。拡張性も高く、今も金さえかければ最新機種には劣らない。

「いったい誰が、真幸にカメラなんてあげちゃったの」

 むくれた優の声が、真幸の隣から聞こえる。すぐ傍にいるのだろう。

「誰がくれたんだったっけなあ……思い出せないや」

 親戚の誰かだったような気もする。全然違う誰かだったような気もする。

 だけどそんなカメラをもらってしまったせいで、真幸はアクセサリーよりもデジカメの性能に興奮し、いつもカメラを首から下げるような女子高生になってしまったのだ。

「思い出せない相手のくれたカメラばっかり。真幸にとって、僕はその程度の存在なんだ」

「データ泥棒の幽霊なんだから、当たり前でしょう」

 むしろ、好いて親しんでもらえると思う方が間違っている。すげない真幸の言葉に、優は悲しげな息を吐いた。

「僕にとって君は、たった一人の存在なのに」

 姿のない優が、隣ですがるような声を出す。

「いつも君のことばっかり考えてるんだよ。一人の時も、誰もいなくても、君が来てくれるって思うから、僕は耐えられるんだ。じゃないときっと、寂しさで僕は消えてしまう」

「重たい」

 優の哀切な声を、真幸は短く切り捨てる。

 幽霊である優には、自分の姿を見ることのできる人間は貴重なのだろう。だからもしかして、口説き文句のような彼の言葉は、ある意味で真実なのかもしれない。

 優にとって、真幸は唯一無二の存在。それはだけど、別に真幸である必要はない。たまたま彼を見つけたのが、運悪く真幸だったと言うだけだ。

 ――私じゃなくてもいいんだ。

 新しく大事なものを見つけたら、平気で捨てていく。男の人はみんなそうだ――胸の中でぽつりとつぶやき、真幸は思考を消すように息を吐く。そして、意図して固い口調で優に恨み言を吐き出した。

「いいから、早く記憶を取り戻してよ。そうしたら、友達や恋人を思い出すかもしれないでしょう」

 優にも、記憶を失う以前がある。そこには大切な人もいたはずだ。真幸ではない誰かが、彼を想い、想われていたかもしれない。

 真幸は、自分が捨てられるのも嫌だけど、誰かを捨てさせるのも嫌だ。

 ――同じになりたくない。

 記憶にない嫌悪感が、真幸の胸に満ちている。

「……僕が思い出したら、真幸は会ってくれなくなるでしょう」

「なに?」

「僕ばっかり君のことを好きなんだ。こんなに言っているのに、君はぜんぜん信じてくれないんだ」

「日頃の行いが悪いからだよ」

 いつも軽口ばかりで、記憶についてもはぐらかしてばかり。まったく真摯でない優の言葉を、どうやったら信じられるのだろうか。

 ふん、と鼻で息を吐くと、真幸はいじける優の声へ、陳列されたコンパクトデジカメを向けた。片手で持てるそのカメラには、優の姿は映らない。真幸の持つ一眼レフでなければ、優は見えないようだ。

 代わりに、真幸は変なものを見た。

 足早に通り過ぎる、三つ編みの女性の姿だ。チェックのスカーフを首に巻いた彼女に、既視感がある。

 なにか買い物でもしたのだろう。電気屋の袋を手に下げているのは、ありふれた光景だ。ちらりと覗くのは、束になったコード類。機械修理でもするのだろうか。それも特に気にならない。

 奇妙なのは、彼女の背後だ。彼女と同じ速さでついていく、黒いもやのような影の存在に、真幸は目を奪われる。

 女性とその影は、すぐに真幸のカメラの前を横切って行ってしまった。ただそれだけで、他に何があったわけでもない。

 女性は真幸の方を見向きもしなかった。

 だけど真幸はぞっとした。女性は前を向いていたのに――その後ろについている影は、真幸をじっと見つめているような気がしたのだ。


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