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お祭と友達
















「今日はお祭りだから行ってらっしゃいな。」






久しぶりに実家に帰った私に母は言った。









庶民の祭。

年に一度開かれるそれに最後に参加したのは私が騎士として働き始めるよりも前のことだ。

あの頃はまだ母もそれなりに元気で、妹達も嫁入りする前だった。最近はめっきり足腰が弱ってるらしい。

今でも妹達が代わる代わる母の様子を昼間見に来てくれるから私は安心して働いていられる。優しく可愛い妹達。

宿舎暮らしの私は久しく会っていない。



「ほら、出来たわよ!可愛いわ、鏡を見てごらんなさい。」



元侍女の母は髪を結うことも人に化粧を施すことも得意で小さいころは姉妹全員が何かと可愛らしい髪型にしてもらっていた。私は騎士になると決めてからはめっきりそういう機会がなかったけれど、祭に行くならと気合いの入った母には逆らえなかった。




「ありがとうお母さん。でもやっぱり慣れないね。この服も誰の?マリーかな?隊の人たちと会っても気がつかないほど別人になった気分よ。あ、お土産買ってくるね。」


「貴方も女性らしい格好に慣れなきゃダメよ?まぁ、貴方は私達家族のために働く道を選んでくれたのだから私が言える立場じゃないけれど…今はもう娘は貴方以外縁談も結べたし、末のマリエッタの夫は医者で私の薬代の心配もない。貴方はもう自分のために生きていいし、そうなって欲しいの。」


“自分のために”という言葉を聞いた瞬間頭に上官殿の顔が浮かぶ。

私は一瞬でその幻影を振り切った。





(あの方は貴族で、上官で、縁談中の婚約者もおられる…)




「フローリア?」

「ん?ああ、うん。そうね、母さんの言う通りだわ。そろそろ私も考えなきゃね。」


誤魔化すように笑って私は行って来ますと家を出た。

私は心配をする立場からいつの間にか心配される側の人間になっていたらしい。

母にも言えないような秘密の恋をしている、と知ったらきっともっと心配するのだろうなと思うとなんだか本当に思春期の娘に戻ったような気分だ。



(まぁ、上官殿の縁談が纏まれば、その恋もあえなく撃沈だけどね。)




はたと鏡に映った自分の姿を思い出した。

騎士になってからしたことのない女らしい格好。

普段は中性的な顔立ちも化粧をすれば完全に女になる。可愛らしいフリルやレースのついた淡い緑のワンピース姿。

こんな姿を見たら上官殿はなんて言ってくれただろうか。

同僚も気づかないほどなんて言ったが貴族の彼らが庶民の祭にそもそもいるわけもない。

私は私が思ってるよりもあの職場で場違いな人間なのだろうか。

うだうだと考えているうちに、気がつくと私は祭の行われている広場に着いていた。






(せめて私が男だったらいいのに)






ま、今更そんなことを考えても仕方ないか、と私は祭を楽しむことにした。









祭は昔の記憶以上の賑わいを見せていた。


広場を囲むように並ぶ夜店の数々。

あらゆる所から良い匂いがしてくる。

端に置かれた椅子には夜店で買った物を食べる人々がいて、広場の中心では音楽を生業としている人たちが楽しげな音楽を奏でていて踊る老若男女のカップルも結構多い。

走り回る子供たちの話からどうやら今夜は花火も上がるらしい。





(すごい…こんなだったかな)





私はまず夜店を一通り見て回ろうと歩き出した。




そのとたん近くで悲鳴があがる。

反射的に顔を声の方に向ける頃には次いで「ドロボー!!」という声が聞こえた。

運の悪い男があきらかに女性物のカバンを抱いて私の方へ走ってくる。どうやら私の後ろにある路地に逃げ込みたいらしい。

真っ暗闇と言っていいその細路地に入れば確かに逃げ切ることもできたかもしれない。





(足の速さは悪くない…)





私はほとんど無意識のうちに男を足払いして、気が付いた時には男を地面に抑え込んでいた。


「運の悪いことね…」


でもお祭を台無しにするのは許せない。

被害者の女性が人混みを掻き分けやってきた。



「貴方のですか…?中身、今確認お願いします。」

「あ、ありがとうございます!!!」


女性、といってもほとんど少女と言っていい。

こんな子からお金を盗もうなんてどうして思えるのか。


「だ、大丈夫でした!お金もあります!本当にありがとうございます。」


彼女がばっと頭を下げた瞬間周りから歓声がわいた。

口々にすごいだの、やるねーだの言われてやっと我にかえって顔が赤くなる。


(やってしまった…)


せっかく同僚のいない祭に来ているのに、こんなことではいよいよ私の嫁入りは幻になりそうだ。

男を自警団の人たちに引き渡してもしばらく賞賛は続いたけれど、いつの間にか止まっていた音楽が再び流れ出すと人々はまた祭を楽しむことに専念したらしい。



私は帰ることも考えたが、改めて夜店を見て回ろう歩き出した。







「ねぇ、アンタすごいね!綺麗な顔してやるじゃん!」







声をかけて来たのは私より頭一つ分は高い青年だった。



「たまたま足が長かったのよ。」




冗談で誤魔化そうとしたけれど青年は私から離れない。


「オレ見てたんだ。押さえ込みも完璧だったじゃん。」

「たまに練習してるの。」


これは嘘じゃない。


「ね、なんか奢らせてよ!」


私は耳を疑った。

男性に奢らせてよなんて言われたのは初めてだった。

いやでもこれはなんの?

お礼?

でも彼を助けたわけじゃないし…?


「なんで…?」

「オレが見てたのはたまたまじゃないってこと。アンタをダンスに誘おうと思ったんだ。そしたら悲鳴が聞こえてアンタの方に男が走ってくから大変だ!と思ったらアンタはあっという間にあの男をのしちゃったってわけ。」


それと奢らせてが私の中でどうしても繋がない。


「んーつまり、お疲れ様ってこと?」

「深く考えすぎたよ〜!可愛い女の子がいたから何か奢りたいってだけ。そんでなんか食べたらダンス踊ってくれない?まぁでも理由が欲しいならそのお疲れ様ってやつでいーよ!」


彼はルーンというらしい。

祭の明かりだけではわかりにくいが、青みがかった髪に青い目をした精悍とした顔立ちで、現に彼をチラチラみる女の子は一人や二人ではなかった。

最初こそどうしていいかわからなかった私だが、彼が鍛治職人というのを聞いてからはもう俄然彼に興味がわいてしまう。




「ルーンはモテるでしょ。」





私はルーンが買ってくれた団子を頬張った。

私の周りはモテる男ばかりで嫌になる。



「いやー、鍛治職人ってわかってたらモテないよ。あまり綺麗な仕事って思われないし見た目や匂いも気にしないし。」

「そうなの…?私は鍛治仕事かっこいいと思うしいつも感謝してるけど…街じゃそんな感じのイメージなのね。」

「感謝?」


彼は首をひねった。

言っていいのだろうか。

いや、別に今日は嫁ぎ先を探しに来たわけじゃないしいいか。

少し小さな声で私は言った。


「私…騎士だから…」

「え?でも見回りの騎士隊には女性は入れないでしょ?」

「うん。だから王室直属の方の…」

「えー!超エリートじゃん!あ、でも聞いたことあるな。庶民出身の女の子がいるってのは…まさかフローリアが…」


流石鍛治職人…騎士だなんだの情報はそこらの人より多いらしい。

引かれただろうか。

私はちらりとルーンの顔を伺った。



「すっごいじゃん!オレ会って見たかったんだよね。この辺住んでたってのは聞くけどやっぱ寄宿舎だから見れないしさ!感謝祭もなんだかんだ行けてなかったし!」

「うん、だからまぁ引ったくりくらいはわけじゃないの。」

「こんな可愛いのにねー。」

「え…?」




今可愛いっていった?




「ルーン、さっきも言ってたけど可愛いとかあんまり言わない方がいいよ。それに私職場じゃこんなじゃないしもっとどろどろに汚れてるし、男みたいに扱われるから男慣れしてるわけでもないし…」


あと勘違いした女の子って怖いんだから!と忠告する。

なのにルーンは聞いているのかいないのか、まだニコニコしていた。




「勘違いしてくれていいよ、というか勘違いじゃないよ。オレはフローリアのこと最初見た時よりますます気になっちゃってるしさ!」

「…いつか刺されるわよ…。」

「ま、とりあえずは友達ってことで!」



その後、断ってもルーンはなんやかんやと理由をつけては奢ってくれたし、ダンスに関しては3曲も続けて踊る羽目になった。まぁ、全て美味しかったし楽しかったからいいのだけど…。



「ねえ次はいつ寄宿舎からでてくるの?」

「非番の日なら出れるけど?」

「んじゃ今度オレの所の鍛治屋来てよ、オレはまだまだだけど親父は王宮にも剣おろしてるくらい腕は良いし、フローリアの剣メンテしてもらえばいい。」

「ええっ!お父さんに迷惑じゃない?」

「そもそもオレに王宮の女騎士の話したのは親父だし、親父の方が一回会って見たいって言ってたからきっと大歓迎だよ!」

「そ、それならお邪魔しようかな…」





なんだか流されている気がしなくもない。

でも初めて出来た外の友達に私は少しうきうきした。







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