上官殿とプレゼント
上官殿はみんなに優しい。
そこが好きでそこが嫌い。
演習が終わっていつものように上官殿を探していた。
目当ての人はすぐに見つかった。
演習場の門の前。
ここからでは距離がありすぎてなにを話しているのかなんてわからない。
上官殿と侍女の女の子。
上官殿と向かい合う彼女の髪は綺麗な蜂蜜色をしていた。
(王室侍女ともなるとやっぱ庶民じゃダメなのかな…)
そんなことをぼんやり思いながら私は自分の黒い髪を一房つかむ。
相変わらず真っ黒だ。
演習の後だからさらにツヤもなくなんだかくすんでいる。
上官殿たちにまた目を向けた。
彼女は何かを渡しているらしい。
小さなバスケットだ。きっと中身は手作りのパイか何かに違いない。
王室侍女の可愛らしい制服を着た貴族の女の子。きっと彼女も上官殿に恋をしているのだろう。
(…遠いな…)
この距離がじゃない。
ああいったものが酷く遠くに思えた。
無意識にぎゅっと握りしめた手は、見なくたって硬くマメだらけで、好きな人のためにパイ一つ焼いたことなどない。
ましてやそれを贈ったこともない。
きっとこれからもずっと。
「おや、カラスちゃん。うかない顔してどうしました?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには無駄にキラキラした三番隊隊長のウェザーさんがいた。
「上官殿を探していたのですが、お取り込み中のようで待っているのです。ウェザーさんも珍しいですね、お一人だなんて。」
「僕もダニエルに用事があってね。あー、うん、確かに取り込んでいるようだ。」
彼は不敵に笑った。
初対面の印象こそ微妙だったけれど、ウェザーさんは悪い人ではない。
それはここ数年でわかった。
嫌みな物言いが多いけれど、彼は面倒くさがりで女ったらしで、無駄にキラキラした装飾と自分の隊が大好きな自分が大好き、というナルシストなだけで決して悪い人ではない。
ちなみに私の”カラスちゃん”というあだ名の名付け親でもある。(三番隊だけでしか普及していないのが幸いだ)
容姿端麗、貴族らしく濃いめの金の髪は少しウェーブがかっていて翠色の瞳と良く合っていた。そんな彼は今日も演習後とは思えないほどキラキラしている。
「ところでカラスちゃん、君はまだダニエルに告白していないのかい?」
忘れていた…こういう鋭いところは大嫌いだ。
「誤解だと何度言えばその無駄にキラキラした頭に理解していただけるのですか。」
「いやー、我らがカラスちゃんがあまりにも不憫でね。」
こうして話を聞いてくれない所も追加しておこう。
彼は私をからかって遊ぶのが好きなのだ。
「ウェザーさん…何か私に頼みたいことでもあるんですか?」
「いやいや、女性の友達一人いない君に頼むことなどないよ。それに私は狩りも嫌いじゃないんだ。ただあれを見てどう思うか聞きたくてね。」
あれといって彼は上官殿たちの方をさした。
いつにもまして彼はニヤりとした。
「…青春ですね…としか言いようがないです…。」
「うむ、本気でそれしかでないなら君は本当に可哀そうになるくらい乏しい心をしているね。」
そんなことを言われても。
私にとってあれくらいの情景は日常茶飯事だ。
上官殿は縁談の件をなしにすればそういう噂がない、しかしモテる。
あんな風に侍女たちにアタックされることなんて、(地味にはへこむけど)今さらがっつりへこむほど傷つくようなものではない。
なんと言えばいいんだろう。
でもそうだな…しいていうなら。
「羨ましいです。」
「それは彼女がかい?でもあれはきっと上手くいかないよ。」
「そうじゃありません。結果ではなく、ああいう風に好きな人にぶつかることができること自体が羨ましいです。」
私はできないから。
「すればいいじゃないか。」
「好きな人がいませんので。」
ここで彼の罠にはまってはいけない。彼の狙いはきっとここだ。
カマをかけて白状させようとしているのだろうけれど、ちゃんとバレないように誤魔化しておかねば…。
「ちなみにカラスちゃんデートの経験は?」
「…ありません。」
「本当に…?」
「ええ、ウェザーさんたちと違って私みたいなのはモテないんですよ。騎士になるほど強い女なんて。」
女をとっかえひっかえ。
毎日違う女性とどうこうしているどこかの誰かさんとはなにもかもが違う。
「カラスちゃん可愛いのにね。」
「…ウェザーさん…最近思うんですが、入隊したころと違いすぎませんか…昔はもっとこう…」
「女騎士はね、好きじゃなかったんだよ。すぐ辞めちゃうことが多かったから。でも君はちゃんとついてきているし、なにより弱音を聞いたこともない。そんなわけで今度非番はお暇かな?」
ウェザーさんは仲間内にはすこぶる優しい。でも反対にそれ以外にはわかりやすく冷たい。
「どうしたんですか…ウェザーさん…もしかして熱でも、」
「最近黒髪の女性もいいなと思ってね。それにカラスちゃんの勉強にだってなるはずだ。」
彼は私に向き直って髪をひとすくい持ちあげた。
無駄にきらきらした笑顔。
私はハッと気付いた。
わかった、この人…何かたくらんでいる。
「ね、暇でしょ?」
「お断りします。」
「僕と君がデートしたって話を聞いたダニエルの反応見たくない?」
…。
「見たくありません。」
危ない…言葉につまって動揺するところだった。
「もー、カラスちゃん全然ひっかかってくれない。」
「貴方はなにがしたいんですか…」
やっぱり。
良かった…彼の誘導尋問をどうやら私は上手く乗りきれたらしい。
のらりくらりとしているのに立派に策士だから本当に困る。
安心するとともに上官殿がこちらにやって来るのが見えた。手にはしっかりあのバスケットがあった。
「さっきカラスちゃん強い女はモテないって言ってたけどさ…それってちょっと間違っているんじゃないかな。」
「…私が男だったら嫌だと思いますけど…。…違うんですか?」
「だってさ」
ウェザーさんは一拍置いた。
「強い女の子を組み敷くのってゾクゾクしない?」
「…」
私は頭の中でまた彼について一つ書き加えた。
この人は変態だ。
たぶん、重度の…。
あまりにも笑顔な彼に私は小さな声で「わかりかねます…」としか返せず、上官殿がもっと早くこちらに来てくれることを切に願った。