同期からの告白
いつもは挨拶だけで後はそそくさと去っていく同僚、そして同期でもあるマクシムの様子が今日に限っては違った。
「おはよう、マクシム。」
「おはようウォーカー…」
いつもならここでそれぞれ歩き出す。
けれどマクシムは会話を続けた。
「なぁ、隊長殿の噂ってあれ本当なのか?」
「噂…?」
私は内心就業前に話しかけられたことにものすごく驚いていたが普段の無愛想が功を奏してなんとか平常心を装えた。
ちなみに隊長殿とは上官殿のことだ。
二番隊では隊長殿と呼ぶ連中と上官殿と呼ぶ連中がいる。他の隊では名前か家名で呼んでいる等隊によって違う。
私はもちろん上官殿という響きの方が好き。
「隊長殿が婚約したって話。なんか知ってるか?」
え、と私は言葉に詰まった。
つい先日聞いたばかりの縁談中の話がいよいよ纏まってしまったのだろうか。
いや、それでもおかしくなどはない。上官殿は大貴族の長男なのだから縁談中などと言ってもそれはほとんど決定事項みたいなものだったのかも知れない。
「縁談中という話は聞いたけど、それ以上は聞いていないわ。」
あまりのことにぽろっとこぼしてからしまった、と思った。確かあれは上官殿が私だけに教えてくれたことではなかっただろうか…いや、しかしものすごく軽く言ってたしな…。
もやもやと回らない頭で悩んでいる私をよそにマクシムの顔は明るくなった。
「やっぱそうなのか!いやー、オレてっきり隊長殿はお前のこと気になってるのかと思ってたよ。オレっていうかみんなそう思ってた。」
「…そんなわけないよ。私が多分庶民だからサムエル様が面倒を見るように仰っただけだもの。」
私と上官殿がどうこうだなんてありえない。
そうしてありえないついでにマクシムからは爆弾発言が落とされた。
「なーんだ、もっと早く話かけりゃよかった。」
…。
「え…?」
今なんて…。
「だからー、みんなずっと隊長殿とお前はそういう仲だと思ってたから中々近寄れなかったんだよ。横恋慕してるなんて思われたら厄介な上にあのリドカイン家に目をつけられたら俺の家なんて一瞬で取り潰されちまうし。」
「え、ちょっと待って、ん…?私、てっきり苦手に思われてるか嫌われてるのかと思ってた。庶民だし…」
女だからとはなんとなく言わなかった。
マクシムはすまなさそうな表情になる。
「悪い。でも半端な奴が騎士隊入れるわけがないことはみんなわかってる。ちょっかいかけていいかわかんなかっただけなんだ。まぁ、これから隊長殿が結婚すりゃそれこそみんなこぞってお前とトレーニングしたがるよ!結構お前話題になること多いしな。」
ニカっと笑うマクシム。
なんだこれは、長年の謎がぽろっと剥がれるように解明されてしまった。
しかも理由は私と上官殿の“仲”ですって…。
今まで、多少さみしいとは思ったが、真剣にへこむようなことはなかった。
勤務中はみんな普通に接してくれているのに、プライベートでは挨拶だけ。
サムエル様に心配されて上官殿と毎日食事することになったこと自体がみんなが私を避ける要因の一つだったなんて…。
私が庶民で女だからだと思っていたのはまったくの勘違い…?
え、なにこれ…本当なの…?
戸惑うものの、マクシムはいたって真剣な表情だ。
「いや、なんか私こそごめんね。マクシム、話してくれてありがとう。ここ数年の謎が一気に解けた気分だわ。」
もちろん私のことが本当に苦手で嫌いな人も中にはいるかも知れない。
でも、誰が悪いと言う話ではない。
私だって勝手に怯んで同僚たちと歩み寄る努力をしなかったのだもの。
マクシムのように勤務中は普通に接してくれている同僚たちはきっとみんなマクシムの言う勘違い組なんだろうな、と思えて心が少し軽くなった。
そう、少しだけ。
ここでなぜ少しかというとそれはもちろん…
「珍しい組み合わせだな。」
この見目麗しい上官殿のご縁談のせいだ。