はじめての食堂
上官殿が言った。
『一人で食べるくらいなら俺と食べろ。』
まだ私が本当の新米で、男にだって負けない、貴族なんかに負けるかと肩を張っていた時期。
当然の如く私はひとりぼっちだった。
そこに突如現れた憧れの人。
その時はまだ私は上官殿の部下ですらなかった。
私は上官殿の言葉に何を返したかも覚えていない。きっとこれは夢だと思っていたから。
しかし、それは夢ではなかった。
その日から毎日毎日、上官殿は上手いこと私を見つけては食堂へ誘ってくださったのだ。
正直、淡い期待もあったけれどそれに関してはすぐさま砕け散った。
「ダニエル、例の黒いカラスちゃんはどうだ?面倒を見てやれだなんてサムエル様も厄介なことを言うもんだな。お前の所の隊に配属させるからって飯まで一緒にとれと言ったのか?」
掃除用具室にいた時、廊下からたまたま聞こえたそれに私の手は止まった。
“黒いカラスちゃん”
思い当たるのは自分の真っ黒な髪。
話しているのは三番隊隊長ウェザーさんと二番隊隊長である上官殿だった。
ダニエルは上官殿の名前。
私に気がつくことなく彼らはそのまま去っていった。
「…指示、」
私は一人きりの狭い掃除用具室でぽつりと呟いた。
サムエル様、それは一番隊の隊長で上官殿の父上だ。サムエル・リドカイン。
代々騎士団長を務める大貴族の当主。
私もまだ一度しかお会いしたことはないが、薄い金髪に優しげな雰囲気の方。だが戦場では天才軍師であり、単騎での戦いもお強いと聞いている。
(上官殿が気にかけてくださったのはサムエル様の指示だったのね…)
私は目当てであったバケツと雑巾の束を持って部屋から出た。
ここ数日、上官殿に構われて内心浮かれていた自分がなんだか急に恥ずかしくなった。
昨日発表された配属で上官殿の隊だと知った時の喜びすらも今となっては滑稽に思えた。
元々そういうことだったのだ。
私が、庶民で、女で、直属の部下だから。
すんなりと納得できた。
(何を、期待していたのだろう…)
そもそも上官殿とではどうなりようもないというのに…。
私はこの時改めて心に決めた。
決して期待しない。
甘えることもしない。
この気持ちは大事にしたいけれど、決して表には出さない。
そうして出来上がった。
無愛想な私。
既にあれから数年が経っている。
今も私が同僚と馴染みきっていないせいで上官殿は食事を共にしてくれている。
新米だった頃と違い、今では古参の部下の部類に入っているし、私がよほど使いにくいのか異動の話すらなかった。
同僚たちも慣れたもので、食事時になると上官殿の居場所を教えてくれる時がある。
それ以上の会話こそしてくれないがそれにもすっかり慣れてしまった。
「上官殿、お迎えに参りました。」
「ん、そんな時間か。」
こうして今日も私は上官殿と食堂へ向かう。