パーティと同僚の話
ある日、私と上官殿が食事していると同僚がやってきてこう言った。
「上官殿、昨日はありがとうございました。それにしても上官殿のお連れの方お綺麗でしたね!縁談中の方ですか?それとももう婚約してらしたんですか?」
突然現れた彼に上官殿は多少目を丸めながらも次の瞬間にはにこやかに返事を返していた。
「気にしないでいいよ。彼女はあの後大丈夫だったか?君が褒めてたとサリーにも伝えておくよ。」
「はい!では、また後で。」
彼は同僚に呼ばれたらしく上官殿のもとから去っていった。
私は上官殿の向かい側に座っているのに心はどこか遠くにある気分だ。
(彼女?婚約者…?)
様々なワードに頭が混乱する。
でも表情には出さず、視線は目の前のシチューから離さなかった。
「昨日知り合いの所の舞踏会に呼ばれてな。エドが婚約者とはぐれたらしくてたまたま見かけたから場所を教えてやったんだ。」
聞きたいけど聞きたくもないのに上官殿は私に説明をしてくれた。
彼ら貴族の間で時折話題にのぼる舞踏会に、庶民の私はもちろん参加したことも、そもそも招待を受けたこともない。
「そうですか。」
私はいつものように無愛想に答えた。
いつもより声が冷たいのはきっと気のせいではない。
でも、舞踏会を知らない上にこれからも無縁な代物にどう質問をしていいやらもわからなかった。
(サリーさん…綺麗なんだ…)
じんわりと心が歪む。
先ほどの同僚の言葉がようやく理解出来てきたらしい。
ちくちく痛む胸を無視して私はパンを一口食べる。
「婚約者いらしたんですね。」
何か言わねば、と思って開いた口を私はとじるべきだった。
なんてことを聞いているんだ。
いやでも、モテるのに浮いた話のない上官殿なのだからこれは当然の質問だったんじゃない…?
さっき同僚だって同じようなことを聞いたじゃない。
うん、大丈夫、今のは…セーフ…。
「気になるか?」
彼は不敵に笑った。
意地悪そうな笑みも素敵で困る。
「秘密なら結構です。」
私は最大限無愛想に、そして興味がなさそうに答えた。
でも彼は依然としてにやりとしている。
何かを見透かされていそうで気が気ではない。
「お前には特別に教えてやろう。サリーは確かに縁談中の相手だ。たまたま招待が被ったからエスコートすることになった。それだけのことだ。」
心のズキズキが増した。
完全に増した。
食道がキュッと狭くなり食欲の波が一気に引いていくのを感じる。
上官殿のばか…。
私にとってそれは“それだけのこと”などでは決してなかった。
ほんの一瞬スプーンを握る手に力が入ってしまった以外は私は上手く動揺せずにいられたのが幸い。
眉が寄らないように特に表情には気を配った。
「楽しそうでなによりです。」
しかしもうどう返していいかは私にはわからなかった。
縁談中の相手を舞踏会でエスコートすることの意味を私は知らない。
出来れば知りたくもない。
彼や先ほどの同僚が如何に私と違う世界を生きているかを目の当たりにしている。
だからその日の午後の模擬演習は荒れに荒れた。
鬱憤とはこういうことを言うのだ、と思いながらペアになる同僚たちをなぎ倒していく。
時には投げ倒されもしたがそれはそれで何かが発散された。
モヤモヤした時にビンタをしてもらったようなそんな感じ。
きっと女の子のするストレス発散方法とはおそよかけ離れているだろう。
上官殿がそんな荒れた私を見てほくそ笑んでいるのなんて気がつくわけがなかった。