上官殿と縁談
「…いい加減にしなさいよ。」
「それはこちらの台詞かな。」
極めて穏やかな午後の陽気。
一組の男女が部屋の一室で揉めていた。
「さっさと婚約を受け入れて。貴方の父上にも私にも迷惑なのよ。」
「最初から私は断っているじゃないか。君だって本当に婚約したいのはガブリエルだろう?」
ダニエルの向かいに座るサリーは頬をカッと赤くさせた。
どう見ても図星だ。
「ガブリエルは貴方の弟でしょう。私は長子と結婚しなきゃいけないの。」
「それならますますおかしい話だ。この髪を見れば私が長男じゃないことくらい”本物”の貴族の君にはわかるだろう。父上の好意で私はこの家にいるだけだ。」
言い飽きた論争にため息をつく。
今日、この日。
今この間にもウォーカーは見知らぬ男に会いに行っているというのに、俺は一体何をしているんだ。
「君が表に出てきたせいでいらぬ虫がつき始めた。もう少し今の生活を楽しむはずだったのに…。」
「貴方の恋路なんて知らないわ。私には貴族としての務めがあるの。」
はぁ、とまたため息をひとつ。
「当主候補はやはりガブリエルがなるべきだと考えている。父上にも昨日話した結果、俺はこの家の長子扱いではあっても当主にはならない。サリー、これで引く気になったかな?」
「…貴方って本当に馬鹿ね。」
サリーは紅茶を置いて立ちあがった。
「それなら早急に縁談は取りやめよ。後悔しても知らないから…。」
「嬉しいくせに素直じゃないな。」
「…振られたら盛大に笑ってあげるわ。ただし今招待を受けている夜会には全て出てもらいますからね。ゴシップなんてごめんだわ。」
そう言って彼女は去って行った。
表には馬車がまわされ彼女が乗りこむのが窓から見えた。
「兄様、本当にいいの?」
「ああ、ガブリエル。帰っていたのか。」
馬車が見えなくなるまで見送り、声の主の方へ振り返る。
そこに立っていたのは弟のガブリエル。
もう成人前だというのに父に似た穏やかな表情があどけなさを醸し出していた。
「父上が優しすぎるんだ。俺は母上の子だが父上の子ではない。当主にはお前以外にいないよ。」
「兄上は兄上です。それに…私は父上や兄上のように強くなれるのでしょうか…」
不安気な弟の頭をつい手を伸ばしなでる。
こうしていると小さい頃と何も変わらない。
「騎士訓練学校で主席なんだから当たり前だろう。謙虚は良いことだが謙遜が過ぎるのは良くないぞ。」
「兄様だって主席でした。」
「たまたまだよ。ガブリエル、これは兄様の我儘なんだ。」
「わがまま?」
ガブリエルは不思議そうに首をかしげている。
とてつもなく可愛いが、もしこれが計算だとしたら俺はもう弟の将来がこわい。
「好きな人がいるんだよ。」
「いつか、私にも紹介してくれますか…?」
弟はほんのり頬を染めて恥ずかしそうに言う。
サリーがガブリエルに密かにベタ惚れになるのも仕方ないような気がしてきた。
「ああ、もちろん。」
「お姉様ができるの…嬉しいです。」
ウォーカーが少年好きでないことを祈ろう。