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上官殿に報告













今日も上官殿はいつものように聞いてきた。







「昨日はどうだった。」






いつもならどうだったと言われましても、といった態度だけれど、でも今日はいつもと違う。



「とても楽しかったです。実家に帰って、祭があったので行ってきました。」

「ほう、それで?」

「ひったくりが出た以外は平和なものでしたよ。あとは友人が出来たんですが、かなり明るい人で、ダンスを何曲も続けて踊らされて大変でしたね。」


淡々とこたえて私はトレーを持って食事が来るのを待った。


「随分楽しかったみたいだな。」

「ええ、今日が仕事でなかったらお酒も飲んでみたかったのですがさすがにやめておきました。」

「ああ、それは賢明な判断だな。」



私はまだ酒を飲んだことが無い。

母が飲めないのもあるし、そもそもそんなものを買う余裕は以前はなかった。

興味はあるのだ。

同僚たちがやたらと飲みに行っている姿をみれば誰だってその未知の世界に期待してしまう。




「ちなみにそういった祭じゃ同じ相手と何曲も踊るのは普通なのか?」

「…?はい、ずっと踊ってる人だっていますしね。みんなダンスは好きですから。」

「そうか、じゃあお前がその気なら4曲や5曲でも踊れただろうな。」

「まぁ、踊れと言われればできますけど、食べ物だってたくさんありますし、花火だってみたいですからね。」


私は出てきた皿を受け取って席を探した。ちょうどマクシムたちの隣があいている。

私が歩きだそうとすると袖をくいっとひかれた。



「今日はこっちで食べよう。」



え、と思って私は立ち止まった。

上官殿の向かったのは私が行こうとしたのとは反対にある食堂の隅のテーブル。

あわてて上官殿に続く。

席に座ると上官殿は続きを聞いてきた。





「で、その男とはどうなった?」

「ただの友人でどうもこうもありませんよ。あ、でも今度また会う予定ではあります。親父さんが私のことを知っていてくれて紹介してくれるんだとか。」

「楽しい休日になりそうだな。」



わざとらしいほど微笑む上官殿。

私は交友関係まで心配させているのだろうか…。

確かに地元に友達一人いないのは事実だ。


長年同僚と馴染みきらなかった私だから当然といわれればそれまでかもしれないが。

三番隊隊長にだって”女友達一人いない”という認識をされていたし、と思うとなんだか切ない。

確かにいないけども…。





「上官殿は次の非番はどうなさるんです?」



私は話をそらそうと質問をかえした。

休日には何種類かパターンがある。私と上官殿は同じパターンなので当然同じ日に非番が回って来る。




「夜会がある…その前に人と会うかな。」




あ、聞かなきゃよかった。

胸に見えない矢がぐさっと刺さり、一気に気持ちがしぼむ自分にイラついた。こんなことでなんでへこむなんて…。縁談の話を聞いてから私はどこかおかしい。

でも私はそれを表には出さないし出せない。



「良かったですね、婚約者殿に会えるんじゃないですか。」




私は平然と言った。




サリーさん、彼女はきっと綺麗なドレスを着るのだろう。

私の知らない顔をした正装の上官殿が彼女をそっと優しくエスコートするのだ。

家族よりも、誰よりも長く一緒にいる私でも上官殿に貴族の顔をされれば私の存在なんて一気に蚊帳の外においやられる。

だって私は庶民だから。

華やかな世界を想像することしかできない。

私の返答に上官殿は肩をすくめた。





「縁談中なだけだよ。」




(ああ、やっぱり会うんだ…)




この前も思ったが、縁談中と婚約者の違いはどこにあるのだろう。

いつに決まるのだろう。

妹たちの時はどうだっただろうか。

なんだかもういっそ婚約したと言ってくれた方がこの重たい気持ちもきっとずっと軽くなるのに。





私はたぶん歪んでいる。





上官殿が夜会をあまり歓迎していないことが嬉しい。

婚約者殿と会えることを喜ばず縁談中だと割り切ったように答えてくれるのも嬉しい。






私はなんて嫌なやつだろう。







食事が終わり、上官殿とわかれた。

あたりはすっかり暗くなっていて人通りも少ない。

寄宿舎に戻るための廊下を歩いていてふと私は気がついた。



(あれ、そういえば…友人が男だって言ったっけ…?)



どこかで言ったのかも知れない。

女友達ができていない後ろめたさから性別は言わなかったつもりだったのに上官殿は男だとちゃんと認識していた。


(あー、しまった、また寂しいやつだと思われたかな…)


私はまた少しへこんだ。

そして、数日もしないうちにきっとそれを聞きつけた三番隊隊長がからかいに来るのが手に取るように想像できてしまうのも悲しかった。











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