上官殿と私
「昨日はどうだった。」
私が非番の次の日、上官殿はいつも決まってそう聞く。
隊唯一の女である私を気遣ってのことだ。
「いつもと変わりませんよ。しいて言うならデッドリフトの負荷を10キロ増やしてみましたが…回数はそれなりにできたってくらいですかね。」
にこりと笑うこともなく、女らしさも可愛げもなく返す私に上官殿が声をあげて笑う。
「また寂しい休日を過ごしやがって。いや、お前らしいけどな。ただ負荷を増やすなら5キロ刻みにしろ、わかったな?」
「わかりました。まぁ、当分増やすつもりもありません。」
趣味、筋トレ。
もちろんずっと筋トレ好きだったわけではない。
女の中では怪力で最強、でも男の猛者集団の仲間入りを果たすのに必要に迫られて始めた鍛錬にすぎない。
おかげでそれなりの成績を残せてはいるものの、やはりここでも女らしさは反比例するように私のもとから離れて行く。
俯くと長い髪がさらりと頬をかすめた。
私の唯一の砦。
烏のようにまっ黒だけれど、真っ直ぐでツヤのある長い髪。
堅い鎧に身を包み、剣をふるう私の外目に見える女らしさはこれだけ。
入隊が決まった日、切ろうとした私を止めたのは上官殿だった。
「もったいないからやめておけ。」
一言。
たったその一言を聞いてから私は髪を切ることなく伸ばし続けている。普段はポニーテールだが邪魔な時は団子状にしている。鎧の中では邪魔でしかないのにどうしても切ることができない。
胸を超える長さになってからはめっきり伸びるスピードも落ちた。まぁ短髪で頻繁に切るより面倒が無いのは良い。
私は隊のみんなから嫌われている。確信や心当たりがあるわけではないけれど…。
たぶん、きっと、そうだ。
私と話す時のよそよそしさ、気を使われているだけかも知れないが地味に傷ついていることをきっと彼らはしらない。
やはり女だからだろうか…。
業務上問題ないと思っていても私には何か欠点があるのかもしれない。
トレーニングにも誘われず、もちろん酒の席にも呼ばれたことはただの一度もない。
私が食堂に行っても一緒に食事を共にしてくれるのはいつも上官殿だった。
(申し訳ない…)
上官殿だって私なんか相手にせず隊のみんなと鍛錬する方がよほど得るものが多いだろうに…。
愛想のない女を相手にする日常は”仕事”と呼ぶにある意味ふさわしいようにすら思う。
でも私は辞めない。
私には仕事が必要であったし、なによりこの仕事が好きだった。
国を守るための使命、たまには女騎士だからこそ頼まれる仕事だってある。
(まぁでも一番の理由は…不純すぎるけどね…)
お察しかもしれない。
私は上官殿が好きだ。