第四話 食事
「おっと、危ないな」
517層に上がって来た刃に突如、轟と音を響かせながら巨大な火球が全てを灰燼に帰さんと襲いかかって来た。
刃はそれをホワイトプリズムの防護膜で無効化し、お返しの意で低級火魔法【火球】を素早く抜いた神剣セラフを媒介とし、攻撃してきた魔物に放つ。
その火球はセラフの素材であるヒヒイロカネによって強化され、先程刃へと飛んできたモノより巨大かつ、高熱となり、薄暗いダンジョン内に小型の太陽が現れたかと思うほどの姿を見せる。
「キィシャァァァア!?」
放った本人である刃でも予想以上の威力に一歩下がるほどの火球に、禍々しいオーラを放つ骸骨は、とっくの昔に捨てたはずである恐怖という感情があるはずの無い脳を支配し、叫び声を上げながら灰となった。
「原型を留めていないが……《死者の大魔法使い》だろうな」
刃は死者の大魔法使い……だったモノに近づき、攻撃する前に見た姿を思い出す。
刃は配下に《死者の大魔法使い》が居たことから、申し訳なさそうに手を合わせる。
魔王時代に居た配下の《死者の大魔法使い》は配下の中でも随一の忠誠心であったため、違うと分かっていても思わず罪悪感を感じてしまった。
「さて、ここもさっきと同じように大広間な訳だが……もしかしてこのダンジョン、全てこうなのか?」
『いいえ、大広間はここと先程の層を合わせて4層となっております。いわゆる“最深部まで行きたければこの四天王を倒していくんだな!”みたいなものですね』
「ああ……なるほどな」
刃はゼールの言葉に、四天王とは滑稽な。とは言え無かった。
何故なら、魔王時代の配下に“魔の騎士四天王”とか言う奴らが居たからだ。
「あいつら……ウザかったな……」
“魔の騎士四天王”は刃への忠誠心のあまり、刃が何か言うたびに行動を実行し、刃を呆れさせていた。
例として言えば刃が『あー腹減ったなー』とか言うと、手段を選ばず世界中から最高級の食材を手に入れ、無ければ自ら作り出し、明らかに刃一人で食べきれないであろう量の料理を作ったり……なんというか、めんどくさい奴らであった。
「ま、そんな事より早く上がるとするか」
『はい』
「今、何層だ?」
『220層です』
刃とゼールは寝ずに食わずにひたすら出口へと向かっていた。
そのおかげか予想より遥かに早く進む事が出来ている。
それはいいのだが、何故、魔力をエネルギーとする召喚獣のゼールはともかく、神の肉体である刃が一切の食事と睡眠を取らずに動けるのかは不明だった。
刃は何故か空腹感と言うものが、およそであるが一ヶ月以上何も食べていないにもかかわらず、来ていなかった。それは睡眠欲も同じであった。
そのため何も食べず、寝てもいないのだが、特に体に異常は無かった。
そのため、ゼールと同じく魔力がエネルギーではないかと考えた刃だったが、魔力を消耗しているようにも思えない。
ゼールにも聞いてみたが、分からないそうだ。
謎である。
だが、刃の体について分かった事もある。それは魔法適正である。
刃の適正魔法は、火・水・風・地の四大属性、そして神の肉体故か光属性。さらにはゼールと融合している時ならば雷属性も扱える。もっとも、まだ雷魔法は使っていないが。
流石は神の肉体とでも言うべきか、これら全ての魔法は超短縮詠唱で発動でき、魔力総量も魔王時代の刃と比べても驚愕と言えるほどもののようだ。
尚、これらを調べるためにダンジョン内の魔物は、焼かれ、斬られ、ちぎられ、刺され、溶かされ、落され、潰され、浄化され、蒸発されと、散々な目に会った。
「そうか、もう半分以上進んだか。しかし、疲れたな。肉体じゃなく精神が」
神の肉体の謎動力によって動く刃には、肉体疲労というものがほぼ無いのだが、ダンジョン内のトラップや魔物が刃の精神を蝕んでいた。
ちなみに刃はトラップを解除する知識は一通りあった。何故かと言うと、刃が昔暇つぶしにダンジョン攻略をしたときに、暇だから覚えようとしたからである。
魔王時代の刃は毎日が暇だった為、覚えれる事は何でも刃は覚えている。
500年ものありあまる時間の暇つぶしに覚えた技術は伊達では無く、戦闘技術はもちろんの事、料理や建築、絵画、演奏、さらにはマジックや石を正確な位置に寸分違わず当てるなど無駄な技術も覚えており、出来ない事はあまりない。
『休憩しますか?』
「そうだな」
刃はダンジョンの壁を神剣セラフで切断し、簡易的な小部屋を造り出し中に入ると、中級地魔法【土壁】を発動し密室空間を造り出した。
「さて、休憩と言ってもな……あぁそうだ。《黒竜》の肉でも食べてみるか」
刃は地魔法で造り出した椅子に座りつつ、これまた地魔法で造り出したテーブルに、エターナルリングに収納されていた《黒竜》の肉を取り出そう……としたところで、止める。
「危ない危ない、ここであの巨体を出したら潰れてしまうな」
収納した時に解体せずそのままで収納したのが悔やまれる。
代わりにここまで来る途中に手に入れた《トロル》の肉を取り出す。これは倒す時に八つ裂きにしたおかげで肉の一つ一つは小さめなので、安心して取り出す事が出来た。
「ふむ……特に道具もないしここは丸焼か」
刃はテーブルに置いた《トロル》の肉を鷲掴みにし、火魔法でこんがりと焼く。
ここでセラフを媒介にしなかったのは、火力が高くなりすぎて丸焦げになるからだ。
「これは旨そうだな……」
刃の手の上で《トロル》の肉がジュウと音を立てて良い香りを空間に充満させる。刃はそれに辛抱たまらずに喰らい付く。
若干弾力のある柔らかい肉が刃の口の中で咀嚼され、肉汁が口いっぱいに溢れだす。
魔王時代の刃が食べていたものはもっと豪華かつ美味ではあったが、このダンジョン内と言う雰囲気故か、《トロル》の肉はそれに勝るとも劣らない味のように感じた。
「旨かったな……」
『はい、とてもおいしかったです』
「ああ、融合してるから感覚共有しているのか」
ゼールも刃と同じように幸福感に包まれた声、もといテレパシーを送ってくる。
融合の欠点である、寄り代がダメージを受けると融合した者までダメージを受ける、という感覚共有が功を奏したようだ。
「さて、疲れもとれたし再出発だな」
『はい』
刃は密閉していた【土壁】を蹴破り、元の通路へと戻り、進行を再開し始めた。
尚、刃が造った穴は強力な魔物の住処となった。
〔残り220層〕




