第三話 漆黒の竜
「……は?」
520層、その言葉に刃は硬直し、呟いた。
「本当に……520層か?」
『はい』
「……」
ゼールのさも当たり前の様な声のトーンに、刃は思わず脱力した。何故ならそれほどに層が多いとは思っていなかったからだ。
(魔王時代に見た事がある最大のダンジョンでも100層だぞ……)
刃は魔王時代に暇をつぶすためにダンジョンに潜ったことがあった。
大体のダンジョンが30~50層程度で、刃が見た中で最も規模が大きかったダンジョンも100層程だった。しかし、このダンジョンは520層と異常な程大きい。
魔王である刃でもトラップなどで足止めを食らう事があってか、100層のダンジョンを攻略するのに約2週間もかかった。ちなみに通常の人間が攻略しようとしたら何年もかかるだろう。
「ミレーナも外に出る時は徒歩だったのか?」
『はい。確か二ヶ月程で脱出なされたと思います』
「うーむ、長いな。……まぁ仕方ないか」
何故それほど時間がかかるというのに転移魔法陣を発動出来なくしたのか。そう思いつつ刃は、このままウジウジしていても時間の無駄だと判断し、ダンジョン脱出に向け出発した。
「チッ……いきなりドラゴンか……しかもコイツは……」
結界を抜け、階段を上がった刃は大きな広間の様な場所に出た。天井は遥か高い場所にあり、ここが本当にダンジョンなのか分からないほどだ。
そんな空間の真ん中には、光りをも吸収しているかのような深い漆黒の鱗を持つドラゴンが居た。体長は10メートルを軽く超えており、並みの人間ならば裸足で逃げ出すだろう。ドラゴンもこちらに気付いた様で、牙をむき出しにしてこちらを威嚇してくる。
刃はこのドラゴンを知っていた。
名を≪黒竜≫。名前は見たまんまだがその力は強大であり、最大の特徴である漆黒の鱗はあらゆる魔法を吸収し、無に帰す。さらには物理攻撃に対する耐性も有しており、生半可な武器では傷一つ付かない。
正に強敵だ。一般人には。
「さて、出会ってすぐで悪いが……急いでるんでな。速攻で殺らせてもらう」
刃は動くのに若干邪魔な愚者の羽織をエターナルリングに収納し、背負っていた神剣セラフを引き抜き、その美しき白銀の刀身を露わにする。
刃はセラフを正面に構え、地面を勢いよく蹴り、一瞬の内に≪黒竜≫へと接近する。≪黒竜≫は突然視界外へと消えた刃に一瞬戸惑ったが、すぐに自分の懐に入り込んでいる事に気付くと、ごつごつとした筋骨隆々な腕を豪速で刃へと振り下ろす。
カキーン!
大広間に金属と金属がぶつかり合った様な音が響く。
「グギャオ!?」
「はっ!そんなものか、≪黒竜≫?」
刃は片手で持ったセラフで≪黒竜≫の振りおろしを受け止めていた。
(やはり、この肉体の身体能力は半端じゃないな)
実はマジックアイテムを保管している部屋へと入る際、古びたドアを蹴破った時に刃は半ば確信していた。この体の身体能力は桁違いだと。
理由としては、ドアを蹴破った時にあまりにも簡単に破壊出来た事だ。古びていたとはいっても、その扉はマジックアイテムを保管する部屋の扉。それが木製で出来ているなんてありえない。そこで確認してみると、ドアノブが古くなっていただけで、それ以外の部分はアダマンタイト製の扉であった。
それをいとも簡単に蹴破れる程の身体能力。おかしくないと思う方がおかしかった。
それに、と言うかこれが一番なのだが、神の肉体が平凡であるはずが無い。
「では、今度はこちらからだな……ふん!」
刃はセラフを無造作に振る。すると、受け止めていた≪黒竜≫の腕が何の抵抗もなく綺麗に切断され、宙に舞う。そして、ついでとばかりにもう片方の腕で、≪黒竜≫の腹に一撃、正拳突きを入れる。
「グギャァァァア!!」
≪黒竜≫はあまりの痛みに咆哮を上げながら暴れる。どうやら腕を切断された痛みもあるだろうが、ついでの正拳突きがかなり効いたらしい。おそらく衝撃が骨の隅々までいきわたっている事だろう。
「おっと、そう暴れるな。埃が舞う」
刃は暴れる≪黒竜≫から離れ、やれやれといった表情でわざとらしく手を上げた。
「グ、グギャァァァァァァァア!!」
そんな様子を見た≪黒竜≫は頭に来たのか、巨大な翼をはばたかせ、空中へと飛び上がると、口から黒い炎を吐き出し、刃へと攻撃した。
刃はその漆黒のブレスに包まれ、姿が見えなくなる。
「ふむ、なかなかいいな。まさかブレスまで完全に遮断するとは」
しかし、焼き尽くされ灰となったかと思われた刃は、一切の無傷で現れた。
種は簡単。ホワイトプリズムの防護膜を発動したのだ。
刃はもしかしたら魔法攻撃では無いブレスは防げないのでは?と思ったが、どうやら賭けには勝ったようだ。
「さてと、そろそろ終劇と行こうか」
「グギャア!?」
刃はセラフに魔力を込め、身体能力強化を発動させる。そして、地面を蹴り上げる。すると、刃は一瞬で≪黒竜≫の目の前へと接近した。
≪黒竜≫も空中に居るはずの自分に接近できるとは思わなかったのか、素っ頓狂な鳴き声を上げる。
「それではさようなら。永遠に」
次の瞬間、刃の振るうセラフが≪黒竜≫の首を熱したナイフでバターを切るかのように、両断した。
「ふう、こんなものか」
白銀の刀身に着いた血を一振りで払い落し、鞘へとセラフを戻しつつ言う刃。口ではふうと言うものの、刃の額には汗の一つも付いていなかった。
『お見事でした』
「いや、この体に馴れていない故か、前世の様にはいかなかった」
実際、魔王時代の刃ならばこの程度の相手なら二秒とかからず屠れたはずだ。
身体能力は魔王時代と差ほど変わらない神の肉体ではあるが、やはり転生してから一日も経っていないとなると、まだ体に違和感があり動かしずらい。
刃はゼールの称賛の言葉に返事をしつつ、死んだ≪黒竜≫の死体をエターナルリングで回収する。
10mを越える巨体が、一瞬の内にエターナルリングに吸い込まれ、姿を消した。
当然、斬り落とした頭部も回収する。
特に使い道がある訳ではないが、もしかしたら何かに使えるかもしれないし、なにより食料として
≪黒竜≫の肉は最適だった。
もっとも、この体が食事を必要とするのかは不明だが。
「さて、こんな奴に時間をかけていたらいつまで経っても脱出出来ない。急ぐとしよう」
収納していた愚者の羽織を取りだそうと思ったが、このダンジョンに他人は居ないので装備する意味がないと判断し、そのままにする。
「次の階段は……お」
大広間を見渡すと、≪黒竜≫が居た場所の後ろ奥に階段を発見した。
「さてさて、次は何が居るのか」
ワクワクしながら階段を上る刃だった。
〔残り518層〕
流石に一層ずつ上がると言う訳ではございません(笑)ご安心を。




