第二話 装備
「……は?」
鏡に映る絶世の美少女に、刃は半ば予想はしていたが思わず呟いた。もしかしたら女寄りになっているのかな?と思って居たのだが、目の前に映る自分は女寄りなどではない。もはや女そのものだ。
「下は……付いてるよな……」
もしかしたらこの肉体は女だったのかも知れないと、男にあるべきモノを確認する。そこにはきちんと男の象徴的モノがついており、それにホッと安心する刃だが、じゃあこれは何だと鏡に映る自分の顔を凝視する。
「……可愛くはある……が」
自分の顔ながら惚れ惚れしそうになる。これは決して刃がナルシストだったからでは無く、ただ単純に鏡に映るその顔が美しかったからだ。
「もっとカッコイイのを期待していたんだが……な」
刃としては異世界に転生したなら是非ハーレムを、と思っていたのだがこの顔では寄ってくるのは男だけだろうと思う刃。
ちなみに、魔王時代にハーレムじゃ無かったと言えば嘘になる。だが、そのほとんどが人外で、ただ魔王たる刃の力に心を奪われただけの存在。そんなのは刃が求めるハーレムでは無かった。
もっとも、その中の人外には人間そっくりの魔族が居たので色々と楽しんではいたのだが。
「しかし、何で男の体なのにこんな女の顔なんだ?」
『それは多分、ミレーナ様の魂に会う肉体を創ろうとした際、無意識に女寄りになってしまったからでは?』
独り言のように言った疑問にゼールが答える。
(なるほど、絵は描いた人に似ると言うがそれと似たようなものか)
学校の美術の時間に先生が言っていたような……。おぼろげではあるがそんな事を思い出す刃。
「それに、この体に転生した以上はもうどうしようもないか……諦めよう」
もちろん、ハーレムは期待していたがそんな事は出来たらいいな、くらいの願望だったので刃は早々に諦める。
「さて、気になってた事も分かったし、身支度をするか」
鏡を見ていた時は顔しか見ていなかった為気付かなかったが、刃は自分が下着しか来ていない事に気付き、早々に着替えを捜す。別に誰かが来るとかそういう事は無い筈なのだが、それでもこの格好には思うところがあった。
はたから見たら下着姿の超絶美少女が仁王立ちで鏡を見ているという風景だ。無理もない。
「ふむ、この防具は?」
ズボンとシャツを着た刃は一つの防具に目がとまった。それは純白のハーフプレートで、傷一つない美しい物だ。もはや防具と言うより美術品と言った方が良いかもしれない。
『それはたしか、ホワイトプリズムと呼ばれる防具だったと思います。素材はこの世界でもっとも超硬質、超軽量の天然鉱石、アダマンタイトと伝説のドラゴン、ウムガルナの鱗を砕いて混ぜた物で、特殊効果としては魔力を流す事によって体の表面に不可視の防護膜を張り、防御力を高める、魔法攻撃などを打ち消す、または反射させる事が出来るものだったかと』
「なんだそのチート防具は」
流石は神の使用する防具と言うべきか、その性能は破格と言うかもはやチートと呼べるものだった。
アダマンタイトは魔王時代の刃が座る玉座の一部に極少量使われており、生半可な攻撃ではビクともしなかった筈だ。たしかルーベルの聖剣の刀身もアダマンタイトで作られていたはずである。
そしてもう一つの素材、ウルガイナの鱗、これも確か物凄く硬く、風のように軽い素材だった筈だ。配下にウルガイナがいて、その時に自らの鱗の一部を刃に献上していたが、硬すぎて素材に使うどころか砕けなくて放置されていた……と、刃は思い出す。
そんな物をどうやって砕いてアダマンタイトと合成したのか、そう思いつつ手にとってみると、まずその軽さに驚く。手の上にはあるのに、本当にあるのかという程の軽さなのだ。装備してみても重さは全く感じず、体の動きを阻害する事もない。
欠点としてはハーフプレート故に防護箇所が少ないと言う事だが、これは先程ゼールが説明した通りであれば無視できるだろう。
物は試しとホワイトプリズムに魔力を流すと、体全身を包み込むようにして膜の様なものが張られた。
「これはいいな。よし、これにしよう」
この防護膜がどれほどの性能を持つかはまだ分からないが、軽さや強度と言った点からホワイトプリズムを選ぶ刃。
『お目が高いですね。それはミレーナ様も愛用になされていた物ですよ。それにミレーナ様がこの世界に最後来たのは……たしか1200年程前なので、きっとその防具も久しぶりに主に使われれば喜ぶと思います』
「ならなおさらだな」
内心、1200年も放置してたのかと呟く刃だったが、この世界のほかにも数え切れないほどの世界があるので、それも仕方ないかと納得する。
「えーと、次は武器か。基本的になんでも扱えはするが……む」
武器を探す刃が見つけたのは、これまた純白の剣だった。大きさとしてはロング・ソードほどで、刃の身長からすると若干大きい。また、その剣の柄頭には空色の宝石の様なものが神々しく輝いていた。
「これも……アダマンタイト製か?」
手に取ると、その剣はホワイトプリズムと同等とまではいかないが非常に軽かった。鞘から剣を抜くと、美しい白銀の刀身が姿を現す。軽く振ってみると感覚的には小枝をふるっているようで、とても剣を振るっているとは思えない。
『はい、ですが他にも魔鉱石であるヒヒイロカネとミレーナ様の神の力を一部注入させた魔結晶を素材にしております』
魔鉱石ヒヒイロカネ、たしか超純度の魔力を超圧縮させる事によって創りだされる鉱石で、魔力伝導率がおかしい程に高いという代物だ。
魔力伝導率と言うのは魔力がどれだけ効率良く流れているのを表すもので、例えば、一般的な魔法使いが使う魔力伝導率の低い杖で低級魔法【火球】を使ったとする。その場合【火球】は20㎝ほどの火球となるが、ヒヒイロカネ製の杖だと、1mほどの巨大な火球となる。
このように魔力伝導率が高ければ高いほど低級の魔法でも、威力、規模は大きくなるのだ。
そんな魔力伝導率が高いヒヒイロカネは天然鉱石に比べ、比較的柔らかい金属なのだが、そこはアダマンタイトを合成することによってカバーしているようだ。
「ヒヒイロカネをわざわざ剣に使うと言う事は、この剣は魔法発動体としても使えるのか」
『その通りでございます』
「じゃ、神の力を注入した魔結晶と言うのはなんだ?」
魔結晶、それはある特別条件をクリアした結晶に魔力を込めたものである。その結晶は魔結晶と呼ばれ、込められた魔力によって装備者への効果を変えるものだ。また、多くの魔結晶はネックレスや指輪等にされる事が多い。
ちなみに刃が魔王時代に造った魔結晶は、本来美しい輝きを放つ筈の魔結晶が禍々しいオーラを纏い、効果としては装備者に闇の力を授けると言う物だった。もっとも、その魔結晶を装備した者は闇の力に耐えられず発狂死したので、死蔵と化したが。
『言葉通り、結晶に魔力では無く神の力を込めた物です。差し詰め神結晶と言ったところでしょうか』
「ほう、神結晶ねぇ。その効果は?」
『装備者の魔力増幅及び身体能力の強化です』
「ん?その程度か?神の力なんて言うからもっと凄いものかと思ったんだがな」
『そうですね、たしかにそれだけ聞くとあまり凄そうではありませんが……試しにその剣――神剣セラフに魔力を込めてみてください』
神の剣なのに熾天使の名を冠するのは何故だろう。そんな疑問を頭の中で浮かべつつ、刃はゼールの言葉通り神剣セラフに魔力を込める。
「む、これは」
次の瞬間、刃の奥から膨大な力の波動があふれ出た。その力はあのミレーナの様な包み込むような安心するような物で、同時に強大な神の力を思わせるものだった。
試しにセラフを軽く振るってみると、轟!!と風を切り裂く音が周囲に響き、風圧で刃の美しい黒髪がふわりとなびく。
「……前言撤回だ、なんだこの武器は、チートじゃないか」
『お気に召しましたか?』
「……ああ」
チートだなんだと言うが、実際にはとても気に入った刃はセラフを鞘に戻し、背負う。刃の体格故にまるで大剣のように見える。
「さて、防具、武器と揃ったが……後は」
刃は他に冒険に役立つ者は無いかとあたりを見渡す。すると、どれもこれも強力なマジックアイテムだと言うのに、何故か一つだけただのマントの様なものを見つけた。
「これは?」
手に取って見るが、特に何の変哲もない布のように見える。だが、数秒間凝視するとその効果に気が付いた。
「隠蔽魔法が施されている?」
『正解です。それは愚者の羽織と言って、装備者の持つ装備の価値が分からなくなる効果があります。ミレーナ様が出かけるときはよくこれを装備しておりました』
「なるほど、そいつはいいな、このマジックアイテムってかなりの価値がありそうだしな。好都合だ」
刃は早速装備する。鏡で見てみるとさながら美少女旅人だ。もっとも、刃は男だが。
「さて、これでいいか。いや靴とかもいるか」
そこで刃は靴を探そうとあたりを見渡す。だが、何処にもそのような物はない。
「ん?これは……」
その代わりと言っては何だが、一つの腕輪を見つけた。その腕輪からは強大な神の力を感じる。
『それはエターナルリングですね。容量無限のアイテムボックスだったはずです』
「なるほどな、容量無限となるとよほど高度な空間魔法の使い手がいなければ創れないはずだが……神の力は万能って訳か」
空間魔法の使い手と言うのは早々いない。それはあまりにも高度な魔法だからだ。しかも容量無限のアイテムボックスを造る為には空間魔法を極限まで極めなければならない。それをすっ飛ばしてしまう神の力こそチートだろう。
「で、中には何が入っているんだ?」
刃はエターナルリングを装備し、中に物を取り出そうとする。すると脳内に入っている物がゲームのように綺麗に種類別五十音順で並んでいた。
ゼールによると脳内の表示は装備者が最も分かりやすいものになっているそうだ。このへん、前世でアニメやラノベやゲームが好きだった刃の性格が分かる。
「えーと、世界樹の木の実にエリクサ―、そして……なんで靴」
中には特に何も入っておらず、入っていたのは世界樹の木の実と言う何だか神々しい果実と、どんな傷でも一瞬で直すと言われるエリクサ―、そしてなぜか靴であった。
『……出し忘れでもしたんじゃないでしょうか』
「そうか?まぁいい、丁度靴を探してたんだ。これでいいだろ」
刃が脳内で靴を選択すると、腕輪から出てこず、自分の足に直接装備された。不思議の思い、靴をもう一度収納しようと考える。すると次の瞬間、靴が収納された。
「なるほど、触ったりしなくても出し入れ可能なのか」
ふつうのアイテムボックスの類は触れなければ出し入れできないが、これは違うようだ。流石、神の創ったアイテムボックスだ。ちなみに、そのあと何回か出し入れして分かったが、触れずに収納できる者は2m内の物のみのようだ。
「さて、これでホントに準備万端だな」
『そうですね。どういたしますか?』
「そうだな……まずはこのダンジョンを出るか」
『分かりました。ではこちらの階段から』
「ん?転移とかで一気に出られないのか?」
ミレーナのだから親切に転移魔法陣でも用意しているだろう、との判断だったのだが……。
『すいません、ここ、結界のせいで転移魔法とか禁じられてるんですよ。なので徒歩でしか外へは出れません』
「そうか。ちなみにここって何層構造のダンジョンなんだ?」
『520層です』




