第一話 転生
「ここは……そうか……」
暗く深い闇の中でフレディウス――だった魂は淡い光を発しながら呟く。
もっとも、魂と言っても体はあり、胴体が断絶されている訳でもない。ただ一つ違うのはその姿がフレディウスの物ではなく、18歳ほどの青年の姿だと言う事か。
「この体も久しぶりだな」
青年はその体を懐かしむように動かす。軽くジャンプしてみたり、拳を突き出してみたり。そして青年は魔王だった時の様な化け物じみた身体能力では無い事を確認すると、ほのかに笑みを浮かべた。もし、この体が魔王の時の様な身体能力であったならば、ジャンプしただけで数十メートルは飛び、拳を突き出せば暴風が吹き荒れるだろう。
「さて……ここ――魂の狭間に来たってことは……」
青年が過去の事を思い出し予想した瞬間、突如、暗い深い闇を消し去るように眩い黄金の光が青年の視界いっぱいに現れる。その光は勇者ルーベルが放った【神殺し】の光に酷似しているが、その光からは【神殺し】の様な力の波動を一切感じさせない。むしろほっとするような、母に包み込まれ安心するような感覚を覚える。青年はこの感覚を知っていた。
「お久しぶり……ですね」
その光から突如声が響くが、青年は驚いたような表情を一切見せず返事をする。
「500年ぶりか」
青年のその言葉を聞いた光は、段々とその眩しさを収めながら人の形へと姿を変えてゆく。やがて光は青年と変わらない淡い光へと変えるが、黄金のまるで太陽を圧縮したような煌めかしい金髪と全てを見通す美しい金眼によって青年は、やはり次元が違うと改めて実感する。
「そう……ですね」
だが、その美しき女神の様な存在――否、女神の表情は暗い。何故か、それは青年が一番よくわかっていた。
「とりあえず、何か言うべき事があるだろう?」
青年はそんな女神に呆れたような声で言った。一方、その呆れた声の中に1%ほどの怒りが込められている事を感じ取った女神は……。
「本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!!」
日本人の最大にして最終奥義、土下座を物凄い勢いでしながら謝罪をするのであった。その土下座は正にパーフェクトと言っていいだろう。
「はぁ、もういい。過ぎた事だしな。人間誰だってミスはある……ってお前は神だけどな」
そんな土下座が功を奏したのかは分からないが、青年はため息をつきながら土下座を止めさせる。女神はそんな青年の寛大さに感謝しつつ、ほのかに良い匂いを振りまきながら立ちあがった。
青年からしてみればこんな美女、というか神をを土下座させているのに若干の罪悪感を感じるので止めさせただけだったりするのだが。
「神でもミスする時はするんですよ!ってそうじゃないです」
女神は先程までの天真爛漫な顔から一変し、キリッとした表情へと変える。それはこれから話す事がそれほど重要であり、真面目な話であるからだろう。
「白木刃さん。このたびは本当に申し訳ありませんでした。本来ならば手違いであなたの未来を奪ってしまい、お詫びにお好みの来世へと転生させる筈だったのに、魔王と言う極悪非道な来世へと転生させてしまったのです。謝っても謝りきれません。しかも勇者を望んでいたあなたです。人を殺すのはさぞやお辛かったでしょう」
そう、青年――刃は500年前、事故で死んでしまった。本来ならばそのまま記憶の全てを消去され、ランダムで何処かの世界へと転生することになるのだが、刃は違った。何故なら、本来刃はその時死ぬはずではなかったのだ。
何故死んでしまったかと言うと、死をつかさどる神、俗に言う死神が居るのだが、その死神が他人を殺す時に誤って刃を巻き込んで殺してしまったからだ。
神と言っても一度死んでしまった命を蘇らせる事は出来ないので(死ぬ前から加護を受けている場合は可能らしいが)、目の前に居る女神――ミレーナがせめてものお詫びに好きな条件で来世へと行けるようにしてくれた。
その際、元々ラノベやアニメ、ゲームと言った物が好きだった刃は記憶を持ったまま魔法などが使えるファンタジーな世界が良いと希望した結果、オーメルンと言う異世界に転生することになった。また、転生する前にどんな職業にでも希望すれば出来ると言われたので、刃は迷わず勇者を選んだ。
だが、転生してみればどうだ。倒す側だと思ったら何故か倒される側へとなっていたのだ。
当然最初は人を殺すぐらいなら自殺してやろう、そう考えたが、周りの部下達には止められるわ自分の体が強靭すぎて攻撃が通らないわで失敗に終わった。
結局、500年もの間自分を倒せる者は現れず、500年目にしてようやくあの勇者ルーベルが現れた。
あの時、フレディウス、もとい刃が勇者の仲間を虐殺――したように幻術で見せかけたのは、ルーベルは仲間がやられると戦闘力が何倍にも上がると言う、とある戦闘民族のようなスキルを持っていると部下の調べにより分かっていたので実行した。
結果は一目瞭然。見事に刃を打ち取ってくれた。もっとも、オーメルンはルーベルの【神殺し】の影響で天変地異が起きてめちゃくちゃになっているだろうが。
「ああ、最初は辛かったさ。でも人の怖い所は何にでも慣れちまうってところで、100年も過ぎた頃には人を殺すのに躊躇がなくなっていた。ホント、何てことを俺はしてたんだろうな」
人を殺したくないなら殺さなければいい。普通ならそう考えるであろう。それは刃も同様で、最初の1週間は一人も人間を殺さなかった。
だが、一週間を過ぎると刃はまるで誰かに囁かれているような感覚を覚えたのだ。そう、『殺せ』と。そしてそれは日を追うごとに激しくなり、気付いたときにはある村を壊滅させていた。
初めて人を殺した刃は言葉にできない罪悪感で押し潰されそうになった。だが、それと同時に囁きが聞こえなくなった安心感と人を殺した時の爽快感も感じていた。
このままでは自分は快楽殺人者となってしまう。そう考えた刃はただひたすらに無心で1週間ごとに人を無心で殺した。
そんな事を繰り返し100年、その頃にはもはや人殺しに対して何の感情も待たなくなっていた。罪悪感は感じないし、安心感もない。ましてや爽快感なんてものも消え失せていた。
「……」
それを聞いたミレーナは黙り込んでしまう。なにせ自分のミスで魔王とさせてしまった上に、元々は正義感に溢れていた青年の性格を根から変えてしまったのだ。
神である立場と言うこともあり罪悪感や責任感で押し潰されそうになる。
「……さっきも言ったと思うが、これはもう過ぎた事だ。今さら考えたって何の意味もない。そんなことよりも、一つ聞きたいんだが俺はもう一度転生できるのか?」
そんなミレーナを見ていられなくなった刃は早々に話を切り替える。
「はい、もちろんです。それと今回は手違いで死んでしまった、と言う事ではないですが、私の手違いのお詫びにもう一度お好みの来世を選んでもらって結構です」
「だが、俺は前世で数え切れないほどの命を奪ったぞ?」
それこそ刃は何十万と言う数の命を奪って来た。地球に居た頃に悪い事をすると地獄に落ちると考えていた刃はもしかしたらもう、転生できないのではないかと思っていたのだが……。
「それは魔王と言う存在になってしまった故の事ですし、魔王にしてしまった私の責任です。それにどれだけ命を前世で奪っていようとも、転生させないと言う事はありませんので」
「そういうものか」
「そういうものです。ささ、早く転生先を選んでください。この魂だけの状態はそう長く持つものでは無いので」
ミレーヌがそう急かす。刃にしてもこのまま消えてしまうのは嫌なので、転生先を必死で考える。そこで一瞬だけもう一度ファンタジーな世界で勇者選ぼうかと考えた刃だったが、流石に前回の失敗があるのと、少し前まで自分が魔王だったのに勇者として自分が魔王を倒すのはどうかと言う思いがあったので、すぐに脳内却下する。
「地球に転生すると言うのは?」
刃は、やはり昔のような人を殺すというのが日常ではない世界も良いな、と思いミレーナに言ってみる。だが、ミレーナから返ってきた返事によりそれもまた却下された。
「えーと、地球はこの五世紀の間に核戦争が始まった影響で環境汚染がすすみ、人間がすめる場所はもはや地下ぐらいなってるけど……いいの?」
「もちろんNOだ」
確かに、刃が死んでから今までで約五世紀経っているが……まさか核戦争による環境汚染で人類が地下暮らしとなっていたとは。刃は微かに眉をひそめる。
刃が生きていたときにも核戦争が起きるのではないかと危惧はされていたが、実際に起きるとは考えてもいなかった。しかもそんなことをして環境が破壊された挙げ句地下暮らしとなると、人類はアホなのかと思ってしまう刃だった。
「やはり、記憶を維持したままファンタジーな世界に転生するのが一番か……ああ、でも勇者とか魔王とかは居ない所がいいな」
「なるほど……でしたらオーメルンと酷似している世界――ゼインクラウドがあります。魔法やモンスターは同じものが多いですし、勇者や魔王といった存在はおりませんので丁度良いかと」
「へぇ、じゃあそこで頼む」
刃としても前世で覚えた事は多いのでそれが無駄にならないのは好都合と思い、即決する。
「では、さっそく転生を……っ!?……と、言いたいところですが事情が変わりました。丁度いいですし前回の様な失敗が起きないよう、そしてお詫びもかねて特別な転生を行います。よろしいですね?」
さっそく転生を、と思ったミレーナだったがとある事に気が付きそれを変更する。その表情は正に驚愕。何に驚いたか分からない刃はただ、特別な転生について質問した。
「別に問題ないが……特殊とは?」
「転生してからのお楽しみです」
悪戯をする子供の様な笑みを浮かべつつ、ミレーナは刃の質問を受け流した。
「では、よい来世を」
ミレーナのその言葉を聞いた直後、刃の視界はブラックアウトした。
「ここは?」
薄暗い祠の様な場所で目を覚ました刃が呟く。
「見たところ転生には成功したようだが……」
周りを見渡すと、蒼白い炎を上げる松明が壁に立てかけてあるのを刃は確認した。近づいてそれを取り、自らの身体を確認する。
「転生って言ったからてっきり赤ん坊から始まるものだと思ったのだがな……」
松明を取る時に歩けた事で既に自分が赤ん坊では無い事は分かり切っていた事なのだが、刃は呟いた。
刃は改めて自らの肉体を確認する。目線の高さからの予想ではあるが、刃の身長は160センチ程であると分かった。また、自分の性別は男だと言う事も見ただけで分かった。それは何故か。理由は簡単、刃が全裸だったからだ。
「不思議と寒くは無いが……このままは拙いな」
あたりに服は無いかと松明を掲げて調べる。しかし、周りに服らしきものは無い。その代わり、何やら蒼白く光る魔法陣の様なものを発見した。
「なんだこれは?」
近づいてみると、その魔法陣は何重にも書き込まれた極めて複雑な召喚用魔法陣だと分かる。それこそ魔王時代の刃が見た事のある魔法陣で最も複雑と言える程に。
「一体誰が……って、む」
魔法陣は書いただけでは効果を持たず、魔力を込める事で初めてその効果を発揮する。なので試しにその魔法陣に魔力を込めてみようと思い触れる刃。
すると、魔力を込めた瞬間バチバチと稲妻が魔法陣から放たれた。その迫力はルーベルの【神殺し】に匹敵する程である。
『お目覚めになりましたか、我が主よ』
魔法陣からその声を発する主――正確にはテレパシーなのだが――が激しい雷鳴と共に現れる。その姿は体長5メートルは越えようかと言う巨体の獅子。
その美しくも力強く神々しい鬣は見る者が思わず手を伸ばしてしまうかもしれない。しかし、そんな事は出来る訳が無い。
何故なら、その鬣は雷で形成されているのだから。
そして、あらゆるものを切り裂いてしまう鋭い鉤爪は自らの鬣を触ろうとした物をたやすく切り裂くのだろう。
そんな正に獣の王――否、獣の神とでも言うような雷獅子は刃を見ると頭を地面に付け、まるでお辞儀をしているかの様なポーズを取った。
「……?」
そんな姿を見た刃は戸惑う事しかできなかった。
なにせ自分には目の前の雷獅子とは一切面識が無いのだから。
『その様子は……どうやらミレーナ様よりご説明を受けてないのですね……では、失礼ながら私が説明させて頂きます』
刃が何も知らない事を察した雷獅子は刃に全てを説明し始めた。
まず、刃が転生したのは神の肉体であると言う事。正確に言えば神の肉体の予備に転生したらしい。
通常であれば既存の肉体に転生するには魂の波長が肉体の波長と100%合致しなければ出来ない。
なので、刃は当初新たに刃の波長と合致する肉体をミレーナが作りだす筈だったのだが、たまたま、本当にたまたま偶然、刃と魂の波長が合う肉体が見つかったのだ。
しかもそれが神の肉体だったと言う事はどういう事か。
それこそ万に一つ、いや億を吹っ飛ばして兆に一つだろう。正に奇跡と言うべき事だ。
ちなみに何故神の肉体があるかと言うと、神と言えど肉体無しでは下界に下りる事は出来ないらしく、ミレーナが全ての世界に2体ずつ正と予備の肉体を設置しているからだ。
もっとも、下りる理由は実験もとい遊ぶ為だとのこと。暇なのかなぁと思う刃だったが、それは心の中にそっと閉じ込めておく。
次に、この場所についてだ。この場所はとあるダンジョンの最深部らしい。
刃が魔王だった時の世界にもダンジョンはあった。ゆえにダンジョンならば人などの冒険者、もしくは魔物がやってくるのでは?と考えていたが、そこは問題ないらしい。
何故かというと、このダンジョンがあるのは人がまだ到達していない場所にあると言う事と、結界――それも強力な――が常時張られているかららしい。
最後に、今説明をしてくれている雷獅子――ゼールについてだ。
なんでも、ゼールはミレーナが生み出した召喚獣だそうだ。
もっとも、神の召喚獣であるゼールがそこらの召喚獣と同じな訳もなく、その力は強力無比。ゼールが一体いるだけで国を一つ軽く壊滅させる事が出来る。正に天災、もしくは厄災級の神獣らしい。
「そういえば、俺を主って言っていたが俺はこの肉体に入っているだけでミレーナじゃないぞ?」
『その肉体に入っているからこそです。その肉体に入れるという事は魂の波長が合致したという事。つまり、ミレーナ様と同じ魂を持つ者です。それはもはや神と同等。ゆえに私は貴方様に付き従うのです』
「そういうものか」
『そういうものです』
何処となくデジャブを感じる刃だったが、そんなことよりと刃は重大な事を思い出しゼールに質問する。
ここで神と同等と言う事を知らされて気にしないのは刃の性格ゆえだろう。
「その、俺の服ってあるか?」
今の刃は何も着ていない。つまりゼールとは全裸状態でお話していたという事になる。国をも壊滅させる神獣と全裸でお話……なんともシュールである。
『はい、もちろん。ですがその前に私の体にお触りください』
そう言うとゼールは自らの体を魔法陣からギリギリ出ない程度に刃の前に突き出した。
「ん?いいが……感電しないか?」
そんな事は無いと言うように首をブンブンと振ったので、刃は信じてその体に触れる。
「ふむ……これは融合……か?」
するとゼールの体はぬるりと言った様子で刃の中に入った。先程まで唸りを上げていた電撃も、元から無かったかのように消え失せた。その際、地面に書いてあった魔法陣も光を失い、もう一度触れて魔力を流しても一切反応は無かった。
そして、それを確認して直ぐに脳内にまたゼールの声が響いた。
『ご明察、これは一種の融合です。私は強力な召喚獣であるが故に、あの魔法陣から出ると主から延々と魔力を吸い取ってしまいます。ですが、私が持つ融合の能力で一体化させて頂ければ、魔力の消費はありませんし私の持つ能力も主が使用する事が出来ます』
なるほど、それは便利だ。確かに延々と魔力を吸われ続けるのは拙いし、何より刃は人が居る場所に行こうと思っていたので、このような危険極まりない神獣を警戒される心配が無くなって好都合だった。
『では、さっそく案内します』
ゼールが言うがままに松明を持って進んでいくと、古びた扉を見つける。ドアノブを回すが古すぎて錆びてしまっているのか扉は開かない。なので、ドアをけり破って強行突破した。
「ほう、これは」
ドアの向こうに映った光景、それは数々のマジックアイテムだと思われる服や防具、武器が壁に掛けられているというものだった。
ここで思われると言ったのはその全てがいままで刃が見てきたマジックアイテムと圧倒的に格が違うと言うか、込められた魔力、純度共に桁はずれだったからだ。
『どれでもお好きな物を』
ゼールがそう言うので刃は一目散に目に入った物を手に取る。
「下着までマジックアイテムか……しかし、男物が少ないな」
刃はまずは着る物を、と下着を手に取るがそれもまた強力なマジックアイテムであった。ゼールの説明によると、効果として汚れない、体力の自動回復などが付いているようだ。
他にも色々な効果を持つ下着があるが、それらの全てが女ものであった。
ちなみに男物は今刃が早速着た物以外には無く、これ一式のみだった。
『それはそうでしょう。ミレーナ様は性別として女を取る事が多いので』
なるほど、言われてみればそうか。そう納得する刃だった。
「ん、そうだ。俺のこの体は男だが、女の体は……」
『別の場所に保管されております。そちらは正の肉体ですね』
「ふーん。そう言えばここに鏡は無いのか?自分の身長はある程度分かるが……容姿となると確認のしようが無かったからな」
ここまで来るときに刃は自分の髪の毛を確認していた。色は黒と刃自身馴染みのある色だったが、問題は髪の毛の長さだった。
刃の髪の毛は胸のあたりまで来ており、さわり心地はまるで女の髪のようであった。また、声も男としては高いような気がする。
その事から刃は合ってほしくは無い考えへと至っていた。
『はい、ありますよ』
そう言われて案内された先にで刃は大きな鏡を発見する。そこで、刃は見た。
「……」
絶世の美少年では無く、絶世の美少女を。




