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08.二人は、心臓を分かち合った

 彼――そう、確かパースと名乗っていた――はおとなしくそれを聞き、礼を言った。


「ありがとう。ごめん、僕のせいで……」

「そ、そんなに落ち込まれると……あたしとしてもちょっと気分がっていうか……」


 出会った当初の彼の態度に、腹が立ったのは事実だ。

 ただ、(うつむ)くその表情を見ていると、自分の方が悪事を働いたように思えてしまう。

 彼は、服だけに穴が空いた自分の胸郭をさすりながら、おずおずと言葉を続けた。


「だって……生命の元を半分くれたってことは……

 君の命……寿命も半分になっちゃったってことじゃ」

「半分だけなら大丈夫だから! またその半分、とかやったら危ないけど……」


 それは事実なので、彼女は声音をうわずらせながらも、そう説明する。

 重要なのはそこではないので、クエリは少年に別のことを尋ねた。


「そ、それよりもその……村に医者はいない? 会いたいんだけど」

「どうして? 僕の傷はもう……う!」


 立ち上がろうとするパースが、急によろめく。

 駆け寄ってそれを支えながら、クエリは説明した。


「悪いんだけど、あくまで心臓を()()()しただけだから、肝心の竜の毒はそのままなの。

 全身が痛んだり、呼吸が少し大変だったりするはずよ。

 人間の医者に見せて、解毒の方法を聞かないと……」

「そ、そうか……でもうちの村に医者なんていないよ」

「最寄りの他の村とか、町とかには?」

「いるけど、呼ばないと来ないよ」

「うう…………」


 彼を抱えて飛ぶのは簡単だが、さすがに村人たちに話も通さずに連れ出してはまずい。

 クエリはひとまず、彼の親に説明をして、医者を呼ばせることにした。


(あぁ……竜人の大戦士の娘なのに……

 仕事でヘマして人間の子供を死なせた上に後先考えずに自分の心臓分けちゃった挙句、

 親に罵られる末路が待っているのね……仕方ないけど……)


 尻尾の先まで憂鬱に浸かりながら、彼女は少年の後について、彼の家へと向かった。











 クエリは、大切な記憶を思い出した。

 気まずい思いで後ろを振り向くと、パースの真剣な表情が目に入る。

 彼は、言いかけた言葉を再び口にする。


「クエリ……今、僕……思い出した!」

「え……?」


 それは、彼女だけではなくパースも思い出したという意味か。

 今の出来事で、失っていたはずの記憶が戻ったとでも。


「あ、あたしも……でもちょっと待って!」


 クエリは廊下に半身を乗り出し、他に危険な甲冑がいないかどうかを確認した。

 幸い、そうした影は近くには見当たらない。

 二人は部屋に引っ込み、情報の整理にとりかかる。


「僕は……ここに来る前にクエリに会ってる」

「……うん」


 クエリはまだ、思い出した記憶の内容をパースに話していない。

 にもかかわらず、それは彼女の思い出した内容と、一致していた。

 彼はまだ、続ける。


「僕は一度……死んでる」

「…………うん」


 自分の至らなさを責められているわけではない、理性ではそうだと分かる。

 だがそれでも、彼の記憶が戻ったことを、クエリは不都合に感じてしまう。


「クエリ、君は僕を助けるために自分の心臓を……」

「………………ごめん」

「いや、そうじゃなくて……心臓を分けてくれたってことは、君自身の心臓は……?」

「…………えぇと……」


 彼女が言いよどんでいる間に、パースは更に疑問を口にする。


「心臓が半分になったってことは、だよ……

 もしかして……今まで本調子じゃないみたいなことを言ってたのって……」


 恐らくその推測は、当たっていた。

 大人ならば、半分を分け与えても問題ない。 

 だがクエリはまだ子供、少なくとも半人前だった。

 もっとも、本題はそこではない。

 彼女は何としても、この地下施設の最下層にたどり着かなくてはならないのだ。

 きっかけとなった出来事を思い出してしまえば、残った記憶が戻るのも早かった。











 何と折よく、マハルの村には医者が来ていた。

 目的地までの途中で宿を借りに立ち寄ったらしい。

 殺した矢毒竜の角と牙、爪の一揃えを報酬がわりに、彼は診療を引き受けてくれた。

 そろそろ中年に差し掛かるかという年齢の、人間の男だ。

 彼の取っている宿の一室に、パースとその母親、そしてクエリが集まっていた。

 医者は関係者が揃ったのを見て、見解を告げる。


「素晴らしい処置だ。傷跡が多少残る程度で、身体に外見と触診で分かる異常はない」

「良かったわね、パース……!」

「ぅ、うん……」


 喜ぶ母親から視線を外し、医者は代わって、クエリに話し掛けた。


「竜人の娘さん……クエリ・ルダーヴといったね。初めて見たよ。

 失礼ながら、竜人族が自分の生命を人間に分け与えてくれるなんて思わなかった」

「そ、そんな……父の真似をしただけで」


 歯切れも悪く、クエリは答えた。

 パースの母も、しきりに彼女に礼を言う。


「本当にありがとうございました、夫は町まで仕事に出ていて……

 もしもこの子に何かあったらどうしようかと……!」

「母さん……もういいから……離れて……」


 かがんだ母親に背後から抱きつかれたまま、少年はやや不服げな表情をしていた。

 糾弾されることを覚悟していただけに、居心地の悪さに身が縮む。


(いやあの……思いっきり何かあったっていうか、

 一度あたしのせいで死なせちゃったんですけどね……)


 医者が、説明を再開した。


「だが、私もあの竜の矢毒の解毒手段は知らない。竜人の君が知らないとなると……

 竜とは元々、人間界に降りてくることなどほとんど無い生き物だ。

 王都の医者でも、彼の身体の毒を治療する方法は知らないかもしれない」

「うぅ……」


 やはり医者が遠回しに自分を糾弾しているように思えて、クエリはうめいた。


「呼吸困難に効果のある痛み止めを処方したから、今は小康状態といった所だが……

 このままでは竜の毒で、せっかく分け与えられた生命も効果が相殺されてしまう。

 人間の身体の抗毒力で分解できる毒ならいいんだが、この竜毒は分解できない。

 最悪の場合、長くは生きられない可能性もある」

「ほ、本当ですか……!?」


 愕然とする、パースの母。


「ど、どのくらい……!?

 息子の時間、どのくらい残されているんですか……!?」

「母さん……」


 息子から手を放して医者にすがりつきそうな彼女に、彼も閉口していた。


「い、いえ、具体的には何ともいえないんですよ、前例がないから、分からないんです!

 普通、この手の竜毒を受けた人間はほとんど即死してしまうんですよ。

 まして、パース君くらいの歳の子だと、こうして生きているのが奇跡なくらいで」

「それは……それはそうですけれど……!」


 いつ死ぬか、分からない。

 それは死期を告げられるのと同じくらい、恐ろしいことだろう。

 まして、最愛であろう息子なら。

 取り乱しそうな彼女の様子に、クエリは俯くことしかできなかった。

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