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07.物語は、少しだけさかのぼる

 都会では、家のすぐそばに水が出るようになっているのだという。

 わざわざ、井戸まで行って水汲みをしなくてもいいらしい。

 パースは村のはずれの井戸で水を組みながら、父のそんな話を思い出していた。

 都会には行ったことがないが、そんなものがあればさぞや良いだろう。

 彼がわざわざこうして、毎日水を汲みに往復する必要はなくなるのだから。


(いやいや……)


 と、そこで彼は考えなおした。


(そんな楽になったら、今度は僕が活字(タイプ)を売りに行かされちゃうじゃないか)


 井戸桶を洗って排水溝に汚水を捨て、パースは胸中で愚痴をこぼす。

 彼の父は活字(タイプ)職人。

 紙に文字を印刷するための、活字(タイプ)を作って生活をしている男だった。

 都会は出店料が高いので、彼の父はかなりの量を作り貯めてから、町に売りに行く。

 パースは、ずっしりと重い金属の活字を大量に街に運ぶのは絶対に嫌だった。

 しかし、そこで彼は更に考えなおす。


(でも街なら色々あるんだよな……本だって直接店の棚に並んでるのを見られるんだ。

 外国の本だって……)


 物思いに耽っていると、彼はふと、後ろから声をかけられた。


「ちょっと、そこの人間の子供!」


 聞いたことのない声。

 振り向くと、そこには彼と似たような年頃らしい娘が立っていた。

 ただ、春明けにしてはかなりの厚着だ。

 背中には色々と背負っているようで、弓のようなものが覗いている。

 フードを目深にかぶっていて、目元はかろうじて見える程度。

 彼は不信感を隠さず、尋ねた。


「……誰、きみ」

「クエリ・ルダーヴ。旅の者よ」


 そのフードから覗く髪は、美しい海の色をしていた。

 彼女は、続けてパースに問う。


「この辺で、竜を見なかった?」











 その唐突な追想は、長いようで一瞬だったらしい。

 パースの顔に、投げつけた枕から落ちたほこりがかかる。

 枕は彼女の頭上を通過して、見事に甲冑の顔面に当たった。











 人間の村を見つけて最初にクエリの目についたのは、村の外れの井戸。

 そこで水汲みをしている子供に声をかけ、最初の情報収集を試みた。

 生意気な子供だったが、彼女は運よく、当たりを引いたらしかった。


「けさ母さんと一緒に見たよ」

「ホント! どこで!?」

「えーと……」


 思わず、身を乗り出しつつ続きを求める。

 パースと名乗ったその子供の人間は、少し表現に迷ったようだ。


(人間の子供じゃ、あまり証言には期待できないかな……

 最悪、大人の人間を探して身元を明かさないとだめか)


 だが、彼はクエリの背後を指差して、続けた。


「あ、あれだ。母さんは最近たまに見るって言ってたけど――」

「危ない!!」

「んぎゃッ!?」


 探していた外竜(げりゅう)だ。

 すでに攻撃態勢を取っていたので、人間の子供は近くの藪に放り込む。

 クエリは続けて背中に背負っていた短弓を構え、照準をつけた。


「あいつ!」


 足先から肩までの高さは1メートルほど、鼻先から尾の先までは4メートルほど。

 蛇に似た体表と、全体的にほっそりとした体格を持つ、四肢二翼の竜だ。

 種類としては、“矢毒竜(やどくりゅう)”と呼ばれている。

 色合いと顔つきを見ても、間違いなく、彼女が追っていた個体だった。

 自然の法理を外れ、人間の世界へと降りていった、狂った竜。


「――っ!」


 矢毒竜の種の名を表す、喉奥から放たれた毒矢を回避。

 彼女も矢を放ち、交錯する。

 放った矢は外竜が体を逸らしたため、直撃はせずに、翼の皮膜を貫通した。

 前転しながら通り過ぎた矢毒竜の、今度は首元に狙いをつける。

 しかし敵は翼の外傷も気にせず、反転してクエリへと跳びかかった。

 体重差があるため、やすやすと伸し掛かられてしまう。

 戦闘で興奮した、矢毒竜の吐息が顔にかかる。

 だが、彼女は冷静に外竜の下顎を左手で掴んだ。

 喉奥から飛んで来る毒矢の射線を反らすのだ。

 この程度の体格の竜に伸し掛かられた程度で、竜人の戦士は押し負けはしない。


(……こいつの知能は低い。このまま喉を切れば仕留められる――)


 見立て通り、外竜の中でも与し易い部類だ。

 そのまま右手で懐の小さな手斧を取り出した時、外竜の頭に何かが当たった。


「――!?」


 藪に放り込んだはずの人間の子供が、近くにあった井戸の鶴瓶(つるべ)を投げつけたのだ。


「そ――その子から離れろ!」

(何で――)


 クエリが手斧で竜の喉笛を掻き切った時には、既に遅く。

 竜の喉から飛び出した毒矢が、人間の子供の心臓に突き刺さっていた。

 小さな体は、悲鳴も上げず、後ろに倒れる。


「バカっ!?」


 クエリは、喉からの出血に暴れる外竜の腹を全力で蹴り飛ばした。











「――ッ!?」


 今頭に流れた光景は、記憶が戻ったということなのか。

 クエリは無意識の内に渾身の力を込めて、攻撃してきた甲冑の腹を蹴り飛ばした。

 甲冑は吹き飛び、ぐおん、ごわんと、空の鍋をいくつもぶちまけたような音が響く。

 錆びた甲冑はばらばらになって、音と部品を廊下に撒き散らした。

 急激に速まる心拍に、呼吸。

 喉と胸が、やたらに痛む。


「はぁ……はぁ……!」


 肩で息をする彼女を気遣ってか、パースの声が聞こえた。


「クエリ、今……!」

「だ、大丈夫……いつもならこのくらい……楽勝なんだけど……!」


 嘘だ。

 それは強がりにすぎない。

 なぜ、これほど大切なことを忘れていたのか?

 クエリの困惑と憤りを他所に、記憶は戻り続ける。











 数メートルも吹き飛んで、竜の死体は大きく土埃を立てる。

 一瞬だけそれを見届けて、クエリは倒れた人間の子供へと駆け寄った。

 矢毒竜という竜は、それ自体はさほど強力な種ではない。

 だが、その毒矢は、大人の竜人でもまともに受ければ死ぬことがある。

 人間の、しかも体重の小さな子供が受ければどうなるか。


「何でこんなことを!」


 手斧についた外竜の血を拭うと、柄を短く持って、その刃で彼の衣服を切った。

 矢毒竜の毒矢は、主として呼吸を阻害するものだ。

 心臓や脳を侵しはしないので、処置が早く、運が良ければ助かることもある。

 だが。


「……!」


 運の悪いことに、彼は胸骨を砕かれ、心臓を射抜かれていた。

 毒矢を握ると、彼の口からか細い声が漏れる。


「ぁ……う……」


 本来ならば、身を捩るほどに痛いはずだ。

 毒矢には抜きにくくなるよう()()が付いているが、無視して引き抜く。

 心臓を射潰されては、毒を処置できようと意味がない。

 既に毒による呼吸困難(こきゅうこんなん)も始まっていた。

 クエリは彼の無謀な行為の動機に思い当たり、愕然(がくぜん)とする。

 彼女は彼に接触した当初、素性を隠して人間を装っていた。


(あたしがただの人間だと思って……守ろうとしてくれたのか……!)


 元から、見捨てるべきだとは思わなかった。

 だが彼女の胸に、この人間の子供を救いたいという気持ちが急激に高まりはじめる。


(外竜を見失ってたあたしの責任もあるし……)


 彼女は意を決して、少年の体を抱きしめた。

 貫かれた彼の心臓から流れる、人間の赤い血。

 それを自分の胸に浴びながら、クエリは互いの心臓の位置を合わせ、念じる。

 人間も竜人も、心臓の位置は同じだ。


「竜と人とをかけあわせし神よ――救い(たま)え。

 ()(しん)(ぞう)を、()の者と()かち給え……!」


 その瞬間、竜人の子と人間の子、二人の心臓の間から淡い光があふれた。

 クエリの体の中から、生命力の根源が、人間の子へと移ってゆくのが分かる。

 耳元に聞こえる彼の呼吸が、安定を取り戻し始めていた。

 竜人の持つ超常の力で、クエリの生命力の源の半分を、彼へと移したのだ。

 それを確認して、彼女は少年の両肩を掴み、ゆっくりと体を離した。

 既に彼は顔の血色も戻り、驚きに目を見開いている。


「ぁ、ぅわ……!?」


 そして赤面して、彼女の手を振り払って後ずさった。

 心外な反応に、立ち上がりながら抗議するクエリ。


「ちょっと!? いきなりそんなに強く振り払うことなんて――」

「君、竜人……!」

「あ……」


 彼女を指さす彼の所作で、理由に思い当たった。

 矢毒竜に伸し掛かられた時に、フードが外れたのだ。

 彼女の耳の上からは、角が生えている。

 後頭部の上方に広がるように生えた、白く透き通る角。

 翼と尻尾は見えていなかったはずだが、他は見られた。

 クエリは、半ば怯えた少年に経緯を説明した。

 言い訳ではなく説明だと、自分に言い聞かせながら。

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