表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

06.二人は、敵らしきものに遭遇する

 “地下3階”に降りると、竜人の遺体と遭遇する回数が増えた。

 二部屋に一人ほどの頻度で、これまでに10名分ほどだ。

 地下2階で失敬した紙にメモを続けていたが、早くも気が滅入りそうだった。


「パース、見て! 食料が入ってる――けど……

 あー…………」


 部屋の並びはこれまでと同様だが、来賓室や印刷室のあった場所は倉庫になっていた。

 そこには、保存食を収めた大量の木箱が積まれている。

 ただし、中に収められていたびん詰のビスケットや、酢漬けなどは全滅だった。

 クエリに誘われて別の木箱の中を検めたパースも、ため息をついた。


「……みんなカビだらけだ。この湿気の中で長いこと置かれてただろうから……」

「こっちの干し芋も湿気ちゃってダメね……

 酢漬けもみんな酸味が飛んで腐ってる」


 今はクエリの持っていた携行食や大ネズミの肉などで何とかなっている。

 だがこの状況が、三日、四日――いや、一週間も続いたとしたら。

 倉庫の食料が食べられるものであれば、その不安を解消してくれるかも知れない。

 そう考えたのだが、残念ながらことは都合よく運ばないようだった。

 クエリが、形の違う別の木箱から、何やら黒い瓶を取り出してパースに見せてくる。


「行けそうなのは……このお酒くらいかな?」

「う……」


 どうやら、先ほどの火竜舌(カリュウゼツ)の酒の件とを思い出し、からかいたくなったらしい。

 彼女は器用にナイフで栓を外し、手のひらで口を塞いだ瓶を傾ける。

 そして瓶を戻し、手のひらについた酒を舐めて言った。


「あ、いける。いざとなったらこれを飲もうねぇ、パースくぅん?」

「うぅ……本当にいざって時だけだからね」


 その時、二人の耳を吠え声がつんざいた。

 人間の声帯で無理やり模写するなら――


 う"に"ゃあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"


 ――とでもなるだろうか。

 春先に縄張りを巡って暴れるネコの鳴き声を、無理やり大きく、低くしてみたような。

 二人は、思わず黙りこんで互いに顔を見合わせる。


「…………!?」


 吠え声だけではない。

 だん、だん、と、大きな物体同士が跳ねまわり、ぶつかる。

 がりがりと、石畳の床を固く尖ったものがひっかく。

 廊下から聞こえてくるのは、そんな音だ。

 1分ほどもそんな音を聴きながら、二人は息を潜めていた。

 だが、不意にそれが止む。


「…………?」


 恐る恐る、扉を小さく開けて、パースは外を見た。

 彼のすぐ後ろでクエリが、いつ何が襲ってきても斧の一撃を放てるよう待機している。


「…………!?」


 それは、巨大なネコだった。

 大きさは普通のネコの10倍以上、体重にして1000倍は下るまい。

 トラだとか、シシだとかといった野生の猛獣とも思えたが、やはり違う。

 廊下は、クエリが竜詞の力で点灯させた照明石で照らされている。

 その光で照らされた毛並みは、そこらで飼われているネコと大差なかった。

 大ネズミをバリバリと貪るその姿は、巨大化した、ただの三毛猫(キャリコ)だ。

 静かに扉を閉じて、二人は再び、顔を見合わせて小声で意見を交わした。


(パース、あれってネコ……?)

(僕にはネコに見える……大きいけど)

(しかもあのでかいネズミを食べてる……)

(そりゃネコはネズミを食べるもんだし……)


 互いに混乱しているのが、パースにも分かった。


(ていうかどうしよう、さすがにあんなにでかいやつ相手だと……)

(でかいやつ相手だと……?)


 クエリが不安げに言うので、その先を促す。


(もし襲い掛かってくるようなことがあったら、押さえきれるか分からない。

 あたしは生き残れても、パースが食べられちゃうかも)

(そ、それはちょっと……嫌だなぁ)


 だが、再び少しだけ扉を開けて外の様子を窺うと、大ネコは消えていた。

 ネズミの血の跡はあるので、恐らく食べる場所を移しただけなのだろう。 

 二人はクエリを先頭に、警戒を強めながら下の階への移動を試みる。

 そこで、彼女が(あくまで小声で)うなった。


(階段室の扉が開いてる……)

(別の階から移ってきたのかな。それなら上の階で遭わなかったのも納得がいくけど)

(移動するときは戸締まり確認しろってこと……?)


 彼女は少し不満そうだったが、二人は無事に階段室に入った。

 今のところ、廊下に面した扉は例外なく、廊下側に向かって開くようになっている。

 これを閉じてしまえば、少なくともあの大ネコは扉を開けられまい。

 もっとも、今までの3階層は全て2本の階段室で繋がれていた。

 次の“地下4階”に着いたら、安全を確保しつつ扉の状態を確認する必要があるだろう。

 どちらも閉まっていなければ、どこかの階からまたあの大ネコが来る危険がある。

 そしてその、“地下4階”。

 幸い、通路の構造は今までの3階層と同じだった。

 方形の回廊と、そこを貫き二つの階段室を繋ぐ、やや短い通路。

 しかし、扉の間隔は随分と狭く、ひと部屋ごとがかなり小さいらしいと予想がつく。


「鍵がかかってる――」


 そう呟いたパースが背後を振り向くと、早くもクエリが斧を振りかぶっていた。


「ちょっ……!?」


 慌てて退くと、竜人の少女の振り下ろした斧が取っ手と鍵を破壊する。

 彼女はまるで物分りの悪い子供を見るような目で、彼に言った。


「この方が早いでしょ」

「いや、まぁ。そうだけどさぁ……」


 パースは

 扉を開くと、そこはそれまでとは様子が違った。


「……寝室?」


 扉を閉めて内部に入ると――寝台に、机、天井の照明石。

 その他には、幾つかの書物や、花の枯れた花瓶に、壁に貼られた大量のメモなどだ。

 天井には照明石以外にも、換気口らしきものが開いていた。

 ただ、そこに取り付けられていたらしい金網は、錆びて真下の寝台に落ちていた。

 布団や毛布、枕は虫食いなどでかなり劣化してはいたが、元は高級品だっただろう。


「上の階が会議や仕事をするところで、ここは住み込みで働く人のための階。

 ってことかな」

「……まあ、筋は通ってるけど。

 結局問題は何一つ進展してないってことか……」


 クエリが溜息をつくのも、致し方ないところだろう。

 このまま下へ下へと降りていったところで、この事態が解決する保証はないのだ。

 と、そこで、誰かが扉を叩く音が室内に響く。

 クエリが鍵と取っ手を破壊して、それでも念のために閉めておいた扉を、だ。


「……!?」


 反応、するべきか。

 より入り口に近かったクエリが、パースの方を振り向く。

 その表情は、彼に問いかけているように思えた。


(ど、どうしよう……?)


 と。

 情けないことだが、パースは判断する材料を持たなかった。


(こんな場所で、今更友好的に話のできる誰かが異変を感じてやってきた……?

 いや、だったらここを根城にしているならず者とでも考えた方が……?

 でも、そんなやつが律儀にノックなんて……?)


 迷っている間にも、また、扉が叩かれる。

 そして沈黙。

 反応がないと見たか、扉が開く。


「…………!?」


 そこに現れたのは、サビだらけの甲冑だった。

 兜からつま先まで一揃いの板金で形成されたそれが、戸口に立っている。

 そして、腰に取り付けられていた鞘から耳障りな摩擦音とともに、剣を抜いた。


「――と!」


 鋭い音と共に、クエリが斧を振って甲冑の突き出した剣を弾く。

 甲冑はそのまま室内に踏み込んで、弾かれた剣を振り下ろし、再びクエリを狙った。

 再び、鋭い金属音。

 大ネズミを一撃で叩き割る竜人のクエリが、押しきれないでいる。

 パースは寝台にあった枕を引っ掴み、甲冑に向かって投げつけた。


「その子から離れろ!」


 その時、パースの脳裏に電流じみた何かが走った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ