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05.二人はさらに、空腹を癒す

 パースは、クエリに提案する。


「一応、今の階を地下1階って、呼ぼうか。次の階は、地下2階」

「呼び分けてどうするの?」

「もっと下があるかもしれない。

 上の階に行く手段はないみたいだし、前いた階に戻るってこともあるかも知れない。

 だったら呼び方を決めておいた方がいいかなって」

「ふーん……じゃあそう呼ぼうか」


 階段は少し長いが、一度折り返しただけで、二人はすぐに“地下2階”に着いた。

 クエリが扉を開けて、竜詞で廊下の光を点灯する。

 そこには、何と人骨が転がっていた。


「う……!?」

「あ、大丈夫だよ、クエリ。ありがとう」


 彼女はパースにその有様を見せまいと、手で目を隠そうとしてくれているようだった。

 それを押しとどめ、パースは小さく身震いしつつも左右を確認し、廊下に出た。

 通路の作りや扉の並びは、地下1階と同様らしかった。

 白骨死体は廊下にうつ伏せに横たわり、こちらに手を伸ばしているように見える。

 ボロボロではあったが、衣服を着ている。

 階段に出ようとして、力尽きたのか。


「クエリ、その……この骨って、竜人の骨だよね」

「……間違いないと思うけど」


 骨格はところどころ、そう思える特徴を有していた。

 人間の成人ほどの大きさだが、頭部の左右からは大きな角が突き出ていた。

 クエリのそれとは随分と形状が違った気がして彼女の角を見ると、見咎められた。


「何」

「いや、同じ竜人でも角の形が違うなって……男女で変わるの?」


 透き通った短剣のような形状の彼女の角と違い、遺体の角はシカのそれに似ている。

 クエリは意外そうに口をすぼめると、自分の角に触れながら言った。


「んなわけないでしょ……氏族が違えば角も違うって聞いたから、多分それ」

「そっか……じゃあ親戚の人とかって可能性はないんだね」

「一安心、ってわけには行かないけどね。

 早く外に出る方法を見つけないと、あたしたちも同じ目に遭うかも」


 骨盤は人間のものとは異なる形状をしており、そこから翼と尻尾の骨が伸びていた。

 衣服は虫食いがひどく断片化が進んでおり、生地も黒ずんでいる。

 腰に翼を通すもう一組の袖があるのを除けば、元はローブのような形状だろうか。


「ここから先は、遺体を見ることが増えるかも……クエリ、大丈夫?」

「あたしは心配いらない……っていうか、行くしかないでしょ」


 そして、仮称・地下2階の探索が始まった。

 基本的に、構造と配置は地下1階と大差ない。

 ただ、上の階では来賓用の部屋だったらしい部分が、“印刷室"に置き換わっていた。

 書類やインク、印刷台などに加えて、古びたインクの臭いがかすかに残っている。

 印刷台は相当古いように見えるが、単に中古品というだけかも知れない。

 パースはその印刷台に活版が置かれたままなのに気づいて、字を読もうと試みた。

 それを見たクエリが、彼を咎める。


「え、パース、何やってんの……? 汚くないそれ」

「いや、活版だよこれ。印刷に使うやつ。

 紙も置いてあるし、何とか刷って字が読めないかなって……

 あー……だめだ、インクがもうかちかちだ……」


 台の傍らにおいてあったインク皿の中身は、とっくに乾いて固まっていた。

 棚の中のインク壺を開けてみるが、やはり固化している。


(白骨になった竜人の遺体もそうだけど……

 一ヶ月やそこらをほったらかされたって感じじゃないな)


 活版を慎重に取り出し、活字が崩れてしまわないよう傾けて、読んでみると。


「あ、うーん……だ、だめだ……読めない……」


 印刷用に反転しているとはいえ、こうも読めない単語ばかりだと悔しさが募るものだ。

 活字屋の(せがれ)だからなどと、そんなことを自負するつもりはなかったのだが。

 そこに、クエリが足下の屑かごらしき入れ物から何かを拾い出していた。


「何かこっちに刷り損じみたいなものがあるけど」


 くしゃくしゃに丸められたそれを、彼女が広げて見せてくれる。


「あ、ありがとう」


 それは、どうやらインクの量を間違えたらしい、字の潰れた印刷物だった。

 紙は黄ばんでいたが、字は読めないこともない。


「…………10回目の……宝物……を? 売る知らせ……?」

「宝物……他には?」

「えぇと……極秘の……ミルクの海をまたかき混ぜた……かき混ぜて生まれた……?

 ものを……読めない単語は飛ばしていい?」

「それって意味ある……?」


 彼女が半眼で言うことはもっともだったが、ひとまず読み進める。


「……招待します。必ず紹介状……品物は返せません。よくお確かめください。

 連絡は……字が潰れててそもそも読めないとこも多いな……」


 刷り損じなのだろうから、それは当然のことではあっただろうが。

 クエリが胡散臭げにうめく。


「ていうか何、売り出しの宣伝?」

「……文面読む限りはそうとも取れるね」


 存外、世俗的なことをする施設だったのかもしれない。

 そんなところにパースたちがいる理由は、よく分からなかったが。


「とりあえず、もう部屋はざっと見ていくだけにしない?

 字を読むにしても、よく分からないのばっかりみたいだし」

「そうだね……」


 二人は印刷室を出て、他の部屋を確認していった。

 全ての部屋を見る過程で、クエリが大ネズミを合計で3匹仕留めた。

 地下1階と併せると、7匹にもなる。

 仕留めた7匹目の死骸を見ながら、竜人の少女は提案する。


「パース、ちょっと試してみたいんだけど」

「え、何を」

「ネズミ肉」


 パースは、古びた石畳の床に血を流しながら力尽きている齧歯類の死骸を見やった。


(えぇー…………)


 率直に言って、全く食欲をそそらない。

 やや答えに迷いながらも、彼は自分の意見を口にする。


「………………やめた方がいいんじゃないかな」

「大丈夫だって、悪い病気とか寄生虫がいても、焼けば死ぬし」

「……僕は遠慮しとこう……かな」

「あっそう。携行食を減らさずにお腹いっぱいになるいい手だと思うんだけどなぁ~」


 彼女はそうしたことにこだわりがあるようだった。

 パース一人で彼女を置いて先行できるわけでもないので、協力するほかはない。

 彼はクエリの荷物番を命じられ、上の階と同様に、階段で待つことになった。

 クエリは適当な部屋で獲物の血と皮の処理をしてから戻ってきて、肉を焼き始めた。

 所要時間は30分ほどか。

 火に照らされた彼女の横顔を見て、パースには思い当たるところがあった。


(何か……怪しげな大鍋を煮込んで笑う魔女みたいだ……)

「そろそろ焼けたかな」


 しっかりと肉のついた、後ろ足の腿の部分だろうか。

 骨についたままの剥き身の肉は、しっかりと焼かれ、脂を滴らせていた。

 何やら嬉しそうなクエリに、パースは恐る恐る、具合を尋ねた。


「ど……どう、味は?」

「教えてあげなーい」


 それを忌避したパースをからかうように舌を出し、クエリはネズミ肉に口をつけた。

 もぐもぐと噛んで、彼に魅せつけるように感想を述べる。


「うーん、いける! 塩とかあればもっといけそうだけど!」

「じゃ、じゃあ僕も……」

「えっ」

「えっ」


 パースが希望を言うと、彼女は大げさな仕草で口元に拳をあてて、尻尾をくねらせた。


「きれい好きなパースくんは? 薄汚いネズミの肉とか食べないって言うから?

 このけがれたおいしいお肉は? 薄汚いクエリちゃんが全部食べるわ?

 だから放っておいて?」

「ご、ごめんなさい……っていうか薄汚いなんて一言も言ってないから」


 パースから肉を遠ざけながら、クエリはなおも尻尾をぐねぐねと動かす。

 肉の焼ける匂いを嗅いでいると、ますます空腹が強まってきた。


「携行食は量が少ないから節約ねって言ったのはクエリだろ!

 お願い! 分けてください!」

「あ、パース、ちょっとそこどいて?」

「!?」


 クエリは真顔に戻って斧を振りかぶると、それを恐ろしい勢いで放り投げた。

 パースの背後の、大ネズミの死骸に取り付こうとしていたらしい別の大ネズミ。

 それが飛来した斧で頭部を割られて、即死する。


「肉だけになっちゃうけど、食事には困らないかもね」

「ちょ、ちょっと……危ない……!?」


 冷や汗を垂らす彼の心情を知ってか知らずか、彼女はやはり、こともなげに笑った。


「ごめんごめん。今もう一つ焼くから、ちょっとこれ、持ってて」

「あ、うん……」


 パースは袖をまくって、油の滴る骨付き肉を受け取る。

 クエリは小皿に無理やり載せていたもう一つの骨付き肉を手に取ると、火に掛けた。

 結局、“地下2階”の探索の過程で、竜人の遺体は三人分が見つかった。

 いずれも白骨化し、衣服もひどく劣化していた。

 死期の特定は出来ないが、恐らくは死後かなりの期間が過ぎていると思われる。

 外傷などはなく、酸欠か、有毒な気体でも発生したかといった可能性を思わせた。

 彼らは全員、同じ時期に死亡したと考えるのが妥当だろう。


(紙が無事なんだから、火事や水害じゃない……

 それ以外には……何かの呪い、とか?)


 いや、恐ろしいことはそれだけではない。

 パースはもう一つ、考えたくない可能性に思い至っていた。


(クエリもちょっと言ってたけど……

 この竜人たちを襲った出来事が、今でも起きる可能性がある……?)


 そんな場所にいるというのに、肝心の彼らがここに来た経緯は記憶から失われている。

 よく焼けたネズミ肉を噛み砕きつつ、パースは懸念を強めた。

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