04.二人は、火を起こして空腹を癒す
その階にある全ての部屋の、半分ほどを検めただろうか。
一角には便所や手動ポンプ付きの水道までもがあったが、こちらは全て壊れていた。
ともあれ二人は、ようやく階段室を発見した。
階段室の中には、下に行く階段と平坦な通路とが設置されていたようだ。
階段は、下に降りるもののみ。
通路の先にある扉を開ければ、先ほどのように、上への階段が現れるかもしれない。
だが、扉を開けるとそこは、一面の平らな石材で埋まっていた。
「何これ」
扉を開けたクエリの反応も当然だった。
全くの伊達や酔狂で、何もない壁に扉と戸枠を取り付けようと提案した者がいたか。
それとも、扉の向こうに通路がある状態で、何らかの理由から通路が塞がれたのか。
可能性として高いのは後者だろうが、その向こうに何があるのかは分からない。
いずれにせよ、今のパースたちが簡単に容認できる状況ではないが。
「ていっ!」
クエリが扉を塞いでいる石材を蹴る。
が、彼女の体重は恐らく、パースと大差ない。
いくら竜人の力が強かろうと、蹴破れるとは思えなかった。
クエリは荷物を降ろして、大ネズミを仕留めた大斧を担ぎあげながら宣言する。
「パース、ちょっと離れてて。試しにぶっ壊してみるから」
「え……あぁ、うん」
パースが10メートルほど離れて耳を塞ぐと――
ドガッ、ズガッ、ゴガッ、ヅガッ
――だのといった、恐ろしい音と振動が伝わってきた。
(間違っても怒らせない方が良さそうだな……)
だが、振動が収まって様子を見に行くと、ゆっくりと肩で息をするクエリの姿。
そして散らばった石片と、指先から肘ほどの深さも削れていない石壁の様子が見えた。
武器を持った竜人とはいえ、これを破壊して掘り進むのは困難だろう。
彼女は呼吸を整えて、パースの方を振り返って弁明する。
「お、おかしいな……何かいつもより力が……!」
「階段を降りてみるか、別の場所を探そうよ」
「ちょっと待って、少し休んだらもう一回……!」
クエリは未練がましそうだったが、もう一度試して駄目だと分かったようだった。
二人は、同じ階の残りの部屋の探索に移った。
クエリの斧が、木を削り出した重厚な扉の錠を叩き割る。
部屋に僅かに反響する、すさまじい音。
同時に破壊されたドアノブが回転しながら床を滑り、パースの足下をすり抜けていく。
(危ないな……)
「とう」
クエリが扉を蹴破ると、部屋の中が見えた。
「ここは……来賓用の応接間みたいな?」
「……美術品とか肖像画とか飾ってあるし、そんな感じだね」
「灯れ」
クエリが竜詞を使うと、天井の照明が点灯した。
点灯したのは照明石ではなく、装飾のあしらわれたシャンデリアだった。
床には変色したとはいえ絨毯まで敷かれており、使用目的は明白だと思われた。
「はぁ……お金持ちか、偉い人がわりと頻繁に来るような場所だったみたいね」
「せめてこの建物がどこにあるのかが分かればなぁ……」
ガラス棚に陳列された美術品、いかめしい老人たちの描かれた肖像画。
描かれている者は、見る限り全員が人間だったが、パースの記憶にはない。
建物の照明は竜人の使用を前提としているように思えたが、この違いは何だろうか。
他に手がかりがないかどうか見回していると、クエリが言う。
「パース、お腹すいてる?」
「え……何で?」
「最後に食事を取った時間から、何か分からないかなって。
食事の記憶も失くしてるんだとしたら、あんまり当てにできないかも知れないけど」
彼女がそういうと同時、それを見計らったように、パースの腹の虫が鳴った。
竜人の少女が、小さく吹き出す。
「ぷふ」
「しょうがないだろ……生理現象だよ」
「でも、お腹が空くってことは、最後の食事からそのくらい経ってるってことだよね」
「あ、そうか……半日は経ってないのかも。
水汲みはいつも朝ご飯の前なんだけど……食べたのかどうか覚えてない」
だがそれは、慧眼だと思えた。
狩りもするという、戦士の氏族ならではの感覚か。
「あたしの食料、分けてあげる。
まず火を起こせそうな場所を探そう」
「分かった」
ただ、ほとんどの部屋はどこかしら、可燃性らしき部材が使用されていた。
仕方なく、二人は石造りの階段に戻り、そこで慎重に火を起こすことにした。
燃料は、会議室らしき部屋の壁から剥がしてきた木切れ。
そこにクエリが、竜詞の力で火を点ける。
「熱せ」
ひんやりとした地下の寒気が、大きく和らいだ。
彼女がぶ厚い頑丈そうなナイフに干し肉を刺して炙ると、肉の香りが鼻をくすぐる。
パースは疑問に思って、クエリに肉の素性を尋ねた。
「これ、何の肉?」
「……そういえば、何だろ。母さんがいつも作ったり分けて貰ってきたりしてる……
多分外竜だと思うんだけど」
「竜肉ってやつ……? 初めて見るよ」
「多分、都会に行けば売ってるんじゃない?
人間には良い値で売れるって言ってたから」
「都会かぁ……」
「何か思い出しそう?」
「いや……行ってみたいなとは思ってるんだけど、ってこと」
「何だ……」
肉汁が火種に垂れて、じゅっと音を立てる。
その辺りが頃合いなのか、クエリは小皿にその肉を落とし、パースに渡してきた。
薄めに切られてはいるが、手のひらの半分くらいの、大きな肉だ。
「はい。すぐ焼けるから先に食べちゃっていいよ」
「あ……ありがとう。いただきます」
空腹だったこともあって、パースはすぐに口をつけた。
だが。
「熱ち……」
当然ながら、肉は熱を持っていた。
慌てて口を離すと、クエリは既に次の肉を焼きながらこちらを見ていた。
特に笑うでもなく、こちらを見て彼女は告げる。
「気をつけなさいよ」
「…………うん」
母親じみた呆れた声でそう言われるのは、心外だった。
携行食には限りがあるので、念の為に節約するということになった。
二人は満腹になるほどには食べず、再び探索を始めた。
その階の全ての部屋を見て回ったが、話ができそうな相手はいなかった。
大ネズミが三匹(全てクエリが仕留めた)の他は、小さな虫などだ。
一つの階がここまで無人ということは、更に下の階も同様だろう。
また、上に行けそうな通路もなかった。
もう一つ階段室があったのだが、こちらは下に行く階段しか存在しなかったためだ。
パースとクエリ、二人がここにいる理由に繋がりそうな情報も、得られていない。
唯一、上の空間に繋がっていそうなものは、巨大な縦穴だった。
「この縦穴、上にも広がってるよね」
「底も天井も見えないんだけど……」
回廊の中ほどを貫く通路の先の扉を開くと、広大な空間が二人の前に現れたのだ。
奥行きはやたらに広く、10メートルはあるだろうか。
幅に至ってはそれどころではなく、ざっとその倍以上はあった。
クエリが試してみてくれたが、この縦穴には照明の類はないようだ。
何の目的で、このような空間が設置されているのか、パースの理解を超えている。
彼は恐る恐る、通路に転がっていた石畳の欠片を拾ってきて、穴に落としてみた。
「………………」
音がしない。
深淵を見下ろしているのも相まって、パースは戦慄した。
「音がしないのはまずいんじゃないかな、これ……」
「下が固くないとか? 草でもぼうぼうに生えてたら」
「こんな暗いのにまともに草が生える訳ないじゃないか」
「むう……毛深いじゅうたんでも敷き詰めてあったり」
「……絶対に有り得ないとはいえないけど。クエリ、飛んで降りて確かめてくれる?」
「い、嫌よ!? 照明石も無いのに、こんな暗い所に降りてくとか……!?」
大ネズミを眉一つ動かさず屠った竜人の娘が、明らかに動揺している。
パースはそれに良からぬ愉悦を覚えながら、それは表情に出さずに言った。
「上の方に飛んで行くのは? 地上への出口とかがあるかも」
「わ、悪いけど嫌。やりたくない!」
彼と同様か、それ以上に暗所が苦手らしい。
顔を背ける彼女の様子に苦笑して、パースは慎重に後ずさり、立ち上がった。
「とりあえず、ここは後回しにしてさ。まずは階段を降りて、下の階を見てみよう」
二人は通路に戻り、下へ降りる階段へと向かった。