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21.少年は、心臓に希望を燃やして

「クエリもそうだろうが、パース君と俺は特に、身を以て体験したことだ。

 8歳だったお前がこんなに大きくなるまで、俺は死んだままだった。

 当然まともに肉の残った死体じゃなかっただろうが――」

「すごい骸骨だった」

「そ、そうか……」


 真面目な表情で答える娘に面食らったものの、彼はすぐに先を続けた。


「まぁつまり、これは死人を漬け込めば白骨からでも生き返る霊薬ということだ。

 こいつは、確実に大戦争か、はたまた大虐殺の引き金になりかねん」

「あの、捨てるんでしたら、最後に……!」

「ん?」

「最後に、使って欲しい相手がいるんですけど……」


 パースが食い下がって説明すると、ロウルは納得してくれた。

 骨と肉片をかき集めて、小脇に抱える大きさの壺に満たされた霊薬をそこに注ぐ。

 パースたちを庇って死亡した白い巨象が復活し、最後の霊薬はこの世から消えた。


「まさか、本当に霊薬を手に入れるとはな。

 あまつさえ私に使って、構わないのか」


 瑞々しい姿になって復活したプリメレファスの、生き返って最初の台詞だ。

 クエリが彼の、毛むくじゃらの長い鼻の先端を握って、告げる。


「いいのよ、あたしもお礼が言いたかった。

 ありがとうね、プリメレファス!」

「……悪くない気分だ。だが……良いのか、竜人の戦士よ」


 プリメレファスがクエリの父親に向かって尋ねると、彼は答えた。


「娘の頼みでもある。我がアズ・ダハクの里で、君を迎え入れる」

「こうなった私は多くの草を食らうぞ、覚悟が必要だ」

「望んでいたぞ、と答えよう」


 大人の会話というものか、竜人の戦士と巨象は笑いあう。

 だが、ロウルが小さく呟くのを、少年は聞いてしまった。


「……できれば手柔らかに頼む……」


 パースよりもはるかに耳の大きな巨象ならば、なおのことだろう。

 だが、彼よりも困っていそうな者がいた。


「あ、あの……私たちは……?」


 どこかノウサギを思わせる顔立ちの女が、おずおずと尋ねる。

 ロウルの答えは、やはり迷いがない。


「あぁ、君たちもだ。

 特に君は、名があった方がいいな……すぐには思い浮かばん。

 クエリ、パース君、何かいい名前ないか」

「えーと、じゃあ」


 パースはやや面食らったような彼女を見て告げる。


「神話の天女のままですけど、アプラサ、ってのはどうですか」

「……よく分からないけど、名前をくれるのね?

 ありがとう。大事にするわ」

「あはは……はぐ!?」


 喜ぶ彼女の笑顔に何となく照れていると、背後から尻に鋭い一撃が走った。

 振り向くと、クエリが尻尾を振りながらそっぽを向いている。


「………………!?」

「ということで、アプラサや何かそのヌメった変なのと座高の低い馬君とかも……

 まとめて連れ帰るとしよう。

 クエリ、帰ったら父さんのこと、母さんから庇ってくれるよな?」

「知らない」

「えっ、ちょ……」


 苗木を持った彼女は父親からも顔を背け、尻尾を不機嫌そうにくねらせ続けた。

 そして、帰還が始まる。

 全員を乗せて地上に戻るため、彼らは昇降機の修理に取り掛かった。

 プリメレファスやパースたちが資材を運び、竜人の父娘が竜詞でそれを接合した。

 最下層にあった操作装置を起動すると、装置は無事に、彼らを載せて上昇し始める。

 その途中、白い巨象が愚痴のように漏らした。


「しかし、お前まで来るとはな……」


 低い声でごろごろと唸っているのは、例の大ネコだ。

 昇降機が動いている最中、途中の階から飛び込んできたのだ。

 どうやらプリメレファスになついているらしかった。


「まぁ、仕方ない。こうなったら全員、まとめて面倒を見るしかないだろ……もう」


 竜人の戦士の、やや後悔したようなため息が聞こえる。

 昇降機は最終的に、かなり広い通路に出た。

 そしてクエリとロウルが障害物を破壊すると、一気に外界までの通路が開ける。

 明るい光が差し込む角度を見ると、もう夜が明けて朝になっていたらしい。


「こっちにはこんな広い通路があったんですね……」

「俺たちが遺跡の調査で使っていたのは、主にこっちだ。

 他の人間に露見するのを嫌ったサッファークが、塞いでいたようだな」

「もしかして、階段の上にあった、石で塞がってた扉って」

「……もしかして、あれのことか」


 ロウルが指差すと、そこには水泥(セメント)の山を盛られた壁の一角があった。


「やはりサッファークが、君たちが出られないように細工をしたようだな。

 初めてここに来たなら、昇降機の存在は知らなかったんだろう?

 あらかじめ移動しておけば、知らない者には縦穴にしか見えない作りだからな」

「くあぁぁぁ今になってムカついてきたぁぁぁ!!」


 苗木をパースに押し付けたクエリが小さな海獣を抱きながら、身を反らして悶える。

 今やすっかりパースの臨時の保護者のようになったロウルが告げた。


「ひとまず、目立ちはするだろうがパース君の村に行くぞ。

 俺が、村の大人たちと話をつける。

 出しゃばってしまうようだが、いいね?」

「すみません、お願いします」

「まぁ、何にせよ、あたしもパースも心臓は元通りになったし……

 父さんも帰ってきたし、可愛いペットも出来たしって、痛い!? 痛い!?」


 クエリは言葉を続けようとして、悲鳴を上げた。

 抱きしめていたアザラシのような生き物のヒレで、びしばしと顔を殴打されている。


「せっかくかわいい名前つけてあげようと思ってたのに何てことすんのよ!?」


 何かと賑やかに、一行はマハルの村へと向かった。











 竜人の戦士ロウル・ルダーヴは、過去に人間の学者と共に行動していた時期があった。

 人間の名は、サッファーク・ペイヴァ。

 ロウルは、人間の領土における案内人を。

 サッファークは、遺跡探索における護衛を兼ねた助手を、それぞれ求めていた。

 二人は利害の一致から、竜人のファラウと呼ばれる氏族が残した遺跡を発見した。

 竜人の遺跡の発見は人間には困難であり、彼らが協力する意味はここにもあったのだ。

 最深部までたどり着いた二人は、様々な遺物と、“施設”を発見する。

 持ち去られた形跡もあったが、それでも内部には大量の資料があった。

 それを調査し、二人は施設の最深部の地底湖が、神々の時代の水の名残であること。

 また施設の建造目的の究極が、神々の時代の霊薬、アムリタの再現であること。

 そして彼らは設備の稼働方法までを解明するが、肝心の霊薬は発見出来なかった。

 この過程で毒の化身が出現し、サッファークが死亡する。

 ロウルは脱出し、サッファークに心臓の半分を与えて蘇生させた。

 その後、アムリタについての方針の違いから、二人は袂を分かつた。

 サッファークは単独で遺跡の調査を続け、自身の死後に地底湖に出現した霊薬を入手。

 それを境に大きな野望を抱いた。

 それが、竜化だった。

 彼は研究を進める内に、自身が分けられた竜人の心臓が決め手になると確信した。

 過去にファラウの竜人たちが残した、地底湖から産出した数々の神話の品。

 それらを使って下位の竜を呼び寄せて殺し、心臓を取り出す。

 竜の心臓を外科手術によって自身に埋め込み、霊薬で治癒して強制的に融合させる。

 その繰り返しの果てに、神話における竜化――真の知識、魔術への到達を試みたのだ。

 活動の資金源は、倉庫に保管された宝物を売り捌くことで(まかな)った。

 しかし、その野望は二人の子供がきっかけで打ち砕かれた。

 一人は、ロウルの娘。

 サッファークはのちに、地底湖の湖畔で死亡しているロウルの遺体を発見する。

 その原因は数年の間分からないままだったが、後に意外な形で判明した。

 ロウルの娘が、彼の竜の心臓狩りの邪魔をしたのだ。

 その証言で、サッファークはロウルが、残った心臓を全て彼女に与えたらしいと知る。

 彼は状況を利用し、ロウルの娘、クエリを遺跡へと誘導したが――


「その結果がこれか……忌々しい!」


 彼はなんとか腐った肉汁の海から立ち上がり、うめいた。

 以前出現したものは、あそこまで大きくはなかったはずだ。

 機械の操作を間違えたか、それとも湖水が変質していたか。

 だが、最後に運が味方し、彼はかろうじて一命をとりとめた。

 空気中に僅かに噴霧された霊薬の奇跡が、彼にも及んでいたのだ。

 その結果。


「だが……これは化身の毒のせいか?

 やけに世界が大きく見えるな……!」


 彼はすっかり静かになった地底湖周辺を見回すと、野望を思い出した。

 腐った衣服の端切れをまとって、毒づく。


「クソ……服が滅茶苦茶だ……

 一旦計画は頓挫したが……見ていろよ……ロウルの娘と、あの小僧……!

 絶対に竜になって、奴らを食ってやる……!!」


 だが、その決意に対して忍び寄る影があった。


「ん…………?」


 それは素早く彼に接近する、大型の齧歯類。


「んんん……!?」


 大きい。

 とてつもなく巨大だ。

 彼は慌てて距離を取ろうとするが、その速さは凄まじい。

 体長は彼を遥かに上回り、竜化した時のそれにも匹敵するだろう。

 何ということか、遺跡にはまだ、このような巨大な怪物が潜んでいたのだ。

 あるいは彼の作動させた万物創生装置から、こんなものが生まれたのか!


「ぬ、ぬおぉぉぉぉぉ!?

 りゅ、竜化ぁぁぁ!!!」


 竜化して何とか、サッファークは巨大齧歯類に対抗する。

 白い竜と巨大齧歯類がぶつかりあって、地響きを立てた。

 しかし。

 そう、彼自身は気づいていないが、実はその体は、元の1/8程度の身長に縮んでいた。

 身体の各部の縮尺は変わっていないので、体重はおよそ1/500程度にまで減っている。

 つまり、巨大齧歯類の大きさは変わっていない。

 彼だけが、小さくなっているのだ。

 全身を毒の化身によって壊死させられた所に、少量の霊薬が起こした(いびつ)な奇跡。


「化けネズミめ、竜の力を思い知れッ……て、何だ……!?」


 地鳴りのような音が聞こえたその方向を見ると、巨大齧歯類の群れが向かってくる。

 彼が必死に取っ組み合っているものと同じような大きさの齧歯類の、大群が!

 悪夢のような光景に、彼は逃げ出した。


「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇ!!?

 い、いくらなんでもあり得ないだろ!!??

 こんなことが、私の、夢が――――」


 化身の猛毒で腐肉の山となった、彼の元の肉体に引き寄せられたのだ。

 だがそれを知らない彼にとっては、もはや、野望どころではなかった。

 高速で殺到してくる巨大齧歯類の数は、まだ増え続ける。


「アッーーーーー!!!!?」


 地底湖に、悲鳴がこだました。











 二時間ほどでパースたちが村に着くと、まずは一騒ぎあった。

 珍妙な一団が予告無しでやってきたこともあるが、まずは、パースのことについて。

 すでに両親が、息子の行方不明を領主へと通報していたらしい。

 今度は取り消しの連絡を送らなくてはと、両親は彼を叱りつつ、温かく迎えてくれた。

 そして、ロウルが村の大人たちに事情を説明している間、彼はクエリと話をしていた。

 場所は、村の会議所の表から少し離れた道端だ。

 そこから見える村の広場では、プリメレファスと大ネコに人だかりが出来ていた。

 毛を逆立てて威嚇するネコを、白く毛深い巨象が宥めている。

 彼には悪いと思いつつ、パースは竜人の少女に告げた。


「……色々大変だったけど……君に心臓を返せてよかった」

「……うん。

 ちょっと驚いたけど……心臓を分けたのが、あなたでよかったと思う」


 うなづく彼女のその言葉は、率直に言って嬉しかった。

 二人とも、既に全くの健常に戻っている。

 クエリなどは、竜詞の不得手は元々の心臓の半減にも原因があったらしい。

 霊薬で心臓が完全になった途端、竜詞の精度や威力が上がったと喜んでいた。


「……これからも、氏族の戦士を続けるの?」

「うん。父さんが死んでて、心臓が半分になってて。

 そんなことも気づかずに生きてたっていうのは、ちょっと悔しいけど……」

「けど?」

「それでも頑張ってたから……だからパースに会えた」

「…………!」


 その台詞を聞いて、自分の顔が赤らむのを自覚する。

 彼は懸命に言葉を探して、何とか格好のつくことを言おうと試みた。


「ぼ、僕もその……正直、あんまり役に立てなかった気も、するけど……

 誤解されるような言い方かも知れないけど、君と一緒に冒険できて……楽しかった」

「…………!」


 今度は、クエリの顔が心なしか、紅潮したような気もする。

 というよりも、よく見なくとも分かったことに、尻尾がぐねぐねと激しく踊っていた。

 怒っている時とは動きが違うので、これは嬉しく感じてくれたと取るべきか。

 そう思うと、つい彼は頭を抱えて明後日の方向を向いてしまう。

 照れて身悶える、人間の子供と竜人の子供。

 後から思えば、傍目にはさぞ奇怪に見えたことだろう。

 だが、そこで邪魔が入った。


「それじゃあクエリ! 里に帰るぞぉ!」


 彼女の父親の角ばった声が聞こえ、彼女の尻尾がようやく冷静さを取り戻す。


「は、はいー!!」

「あ、そ……それじゃあ、クエリ!」

「うん。じゃあ、これ」

「……なにこれ」


 彼女から受け取った、三角形の小さな何か。

 クエリはその正体を、愉しげに明かした。


「矢毒竜の逆鱗」

「いいの……!?」

「内緒だからね。また、いつか」

「……!」


 二人は短く互いの手を叩いて合わせ、別れの挨拶とした。

 それを見た彼女の父親が、彼を牽制する。


「パース君、言っとくけど娘は絶対やらないから!!!」

「父さん!!?」


 既にロウルの他、プリメレファスやアプラサ、獣たちも揃っていた。

 珍客の慌ただしい引き上げに困惑気味の大人たちに混じって、パースも彼らを見送る。

 街道沿いの小さな人間の村の少年である彼の冒険は、ここで終わるべきなのだろう。

 恋しい竜人の少女の一行が街道の向こうに消えると、彼は両親と家に戻った。











 両親に再び叱られたあと、パースは樽を載せた台車を引いて、村の井戸へと向かった。

 昨日は出来なかったことを、するために。

 釣瓶から樽へと、彼はいつもよりやや真剣に、水を汲んだ。

 急いで4つの樽を水で満たすと次に、桶に水を張る。

 そしてそこに、竜人の少女にもらった、竜の逆鱗を浮かべると。


「…………!」


 竜詞が込められた逆鱗は、その使用者のいる方角を向くという。

 この場合、逆鱗の先端の指し示す方向が、彼女の居場所ということになる。

 内緒、というのは、そういうことか。

 彼女はまたいつかと言ってくれたが、彼の方から出向いても、構わないものだろうか。


(竜人の里か……場所を知られたら生きては返さないとか……

 そんな掟があったらちょっと怖いけど)


 じっとこのマハルの村で待ち続けるなどということは、もはやできそうにない。

 パースはしばらく、水面に浮いて北西の方角を指し示す逆鱗を眺めた。


(今度は……一緒に都会に行ってみたいな)


 そんな大それた希望を、心臓に燃やしながら。











お疲れ様でした、本作はこれにて完結です。

無数の作品の中から本作を見出して頂き、ありがとうございました。

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